LOGIN「分かりました」 ミレーヌは表を直した。 ニナがその様子をじっと見ている。 「本当に直すんですね」 「直します。使えないなら意味がないので」 ミレーヌはそう言ってから、少しだけ恥ずかしそうに笑った。 「この前、港で学びました」 ニナは、ふうん、と言った。 まだ完全に心を開いたわけではない。 でも、少しだけ態度が柔らかくなった。 夕方、仕立て場長のエヴァレット夫人は、改訂された余り布記録案を見て頷いた。 「これなら、試せます」 その一言に、ミレーヌは明らかにほっとした。 クラリスも同じだった。 王宮で作った表ではなく、仕立て場で直した表。 それ
ミレーヌの目が真剣になる。 「毛羽立ち。包帯布には不可」 ニナは少し驚いたように彼女を見た。 自分の言葉が、そのまま紙に残っていることが不思議なのだろう。 「それ、書くんですか」 「大事なことなので」 ミレーヌが答えると、ニナは少しだけ目を逸らした。 「そうですか」 照れたようだった。 クラリスは、端布棚をもう一度見た。 余り布の種類は、思ったより多い。 これをすべて細かく記録すれば、仕立て場は止まる。 しかし記録しなければ、消える。 この間を取らなければならない。 「まず、試験経路の北方毛織物だけに限定します」 クラリスは言った。 「全仕立
エヴァレット夫人も、針子たちもこちらを見る。 「ただ、確認したいのです。この端布は、どう使われていますか」 エヴァレット夫人は、端布棚から一枚を取り出した。 小さな灰色の布。 「この大きさなら、子ども用の肩掛けになります。こちらの細長いものは、寝台の隙間詰め。柔らかい薄布は包帯布の裏当て。もっと小さいものは修繕用です」 「捨てないのですね」 ミレーヌが言った。 その声は、責めるものではなく、純粋な驚きに近かった。 エヴァレット夫人は少しだけ表情を厳しくした。 「捨てる?」 ミレーヌは自分の言葉が強く響いたことに気づき、慌てて首を振った。 「すみません。そういう
王妃執務院指定仕立て場は、港とはまったく違う音で満ちていた。 港では、縄の軋む音、荷車の車輪、男たちの声、海鳥の鳴き声、波と風の音が重なっていた。 だが仕立て場では、もっと細かい音が続いている。 布を裁つ鋏の音。 針が布を抜ける小さな音。 糸巻きが木箱の中で転がる音。 寸法を測る紐が机を擦る音。 針子たちが低い声で確認し合う声。 クラリスは扉の前で一度足を止めた。 港の風で破れた紙札は、薄い木札へ改められた。 色ではなく刻印で用途を分ける。 港では大きな字で最低限の情報だけ。 詳細は油引き紙の控えと台帳へ。 そこまではよい。 だが、港で使
ダンは、少しだけ感心したような顔をした。 「王宮の人にそう言われるとは思いませんでした」 「王宮でも、使えない書式はたくさんあります」 オスカーが静かに言った。 「非常にたくさん」 その声に実感がありすぎて、ボルクが小さく笑った。 現場確認を終え、倉庫を出る頃には、港の風がさらに冷たくなっていた。 戻ってきた時、ミレーヌは破れた初代用途追跡札を丁寧に封筒へ入れた。 クラリスが尋ねる。 「持ち帰りますか」 「はい。不備記録として残します」 「恥ずかしくありませんか」 「恥ずかしいです」 ミレーヌは正直に答えた。 「でも、これを残さないと、また机の上で綺麗な
理論上はよい。 札が一枚なら失われにくい。 しかし実物を見ると、欄が小さい。 港湾で書く者が、次に仕立て場が使う欄を汚さないよう気を遣う必要がある。 倉庫の手袋では細かい文字を書きにくい。 ダンは試作札を指で叩いた。 「これ、欄が多すぎます」 「一枚にまとめれば札が増えないと思ったのですが」 ミレーヌが言うと、ダンは首を振った。 「一枚で全部済ませようとして、逆に使いづらいです。港は港の欄だけ見たい。仕立て場のことは仕立て場で書けばいい」 セリアが静かに言った。 「港湾用、仕立て場用、受領先用で欄を分けるべきでしょうか」 「札そのものは一枚。でも面を分ける