LOGIN分からない。 だから、書く。 「ミレーヌ」 「はい」 ミレーヌの声は少し震えていた。 「不一致記録を」 ミレーヌは羽根ペンを握った。 手が震えている。 だが、紙へ向かった。 用途追跡木札番号 NVT-S-007。記録上用途、施療院保温布用。輸出元目的、施療院病床用。現物、厚み不足。端印相違。等級不一致の疑い。要調査。 ニナが、低い声で言った。 「この布じゃ、病床の子は寒いです」 その一言が、誰よりも重かった。 財務院の数字よりも。 王宮の制度よりも。 商会の説明よりも。 布を裁つ手が知っている重さだった。 クラリスは、静かに頷いた。
レオンハルト本人はいない。 だが、王弟府調査官カレルが一歩だけ動いた。 ただ、それだけだった。 マルティンの表情が変わる。 彼は、ここで押し切れないと判断したらしい。 「……では、確認済みになるまで待ちます」 「待つのではなく、補足書類を提出してください」 ダンが言った。 「搬出先の正式名、変更理由、確認者名、用途木札番号」 マルティンは、悔しそうに紙を引っ込めた。 「商会へ戻って確認します」 「戻るなら、未搬出として記録します」 ダンは台帳に書いた。 リーヴェ商会代理人マルティン・ケイル、搬出変更を求める。用途追跡木札確認欄空欄、搬出先不特定のため未
倉庫前に、別の馬車が止まった。 王宮の馬車ではない。 商会の印が入った馬車だった。 荷台の横には、リーヴェ商会の小さな章。 降りてきた男は、三十代半ばほど。 よく整えられた上着を着ているが、目つきはせわしない。 彼は倉庫前に並ぶ荷を見て、すぐに声を上げた。 「北方厚織布、十二梱ですね。リーヴェ商会代理、マルティン・ケイルです。搬出の手続きを」 ダンが顔を上げた。 「搬出?」 「ええ。急ぎの仕立て場回しです。こちらで引き取ります」 クラリスは、手元の搬出予定表を見た。 今日の荷は、港湾到着確認後、第三北方倉庫で一時保管。翌朝、王妃執務院指定仕立て場へ搬出
その朝、第三北方倉庫の空気はいつもより張っていた。 港の空は薄曇りで、海から吹く風にはまだ冷たさが残っている。荷車の車輪が濡れた石畳を鳴らし、遠くで船員たちの声が重なっていた。 だが、第三北方倉庫の前に立つ者たちは、普段の荷受けとは違う緊張を抱えていた。 北方慈善交易路共同調査、試験経路。 ノルヴァルト公認商会から運ばれた北方厚織毛布地の一部が、今日、アルヴィア港へ到着する。 用途追跡木札付きの、初めての荷だった。 クラリスは倉庫の入口で、到着予定表を確認していた。 同行しているのは、オスカー、エリオット、ボルク、王弟府調査官のカレル。そして現場側には、倉庫番のダン
ボルクは黙った。 港の現場は、上から来た書類に従う。 王宮指定先と書かれていれば、そう処理する。 それが本当にどこなのか、誰のためなのか、倉庫番には見えない。 見えないまま、箱だけを守る。 その箱の中で、善意がどこかへ消える。 クラリスは、冷たい風を吸った。 「王宮指定先という表記を、今後は禁止にしたいです」 エリオットが頷く。 「少なくとも慈善物資では不可にすべきです」 「はい」 レオンハルトが言う。 「次は、ギデオン・マースとハーゲンの足跡だ」 「王弟府で?」 「王弟府で保全する」 彼は短く答えた。 「君は、リーヴェ商会への記録補足照会を進
ダンは少し苦い顔をした。 「それでいいんですか」 「はい」 「俺が見逃したみたいになる」 「見逃したかどうかは、まだ分かりません。今は、分からないと記録する段階です」 ダンは、しばらく机の木目を見ていた。 「……今思えば妙な荷は、他にもあります」 その言葉で、全員が少し姿勢を変えた。 ダンはゆっくり話し始めた。 急な別納。 保管都合とだけ書かれた倉庫変更。 王宮指定先としかない搬出先。 慈善用らしい赤い印があったのに、商会倉庫へ回ったように見えた荷。 逆に、商業用の布が後日、慈善補填として入ってきた荷。 「ただ」 ダンは何度も言った。 「不正だ