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第 353 話

last update publish date: 2026-10-29 15:36:22
倉庫前に、別の馬車が止まった。

王宮の馬車ではない。

商会の印が入った馬車だった。

荷台の横には、リーヴェ商会の小さな章。

降りてきた男は、三十代半ばほど。

よく整えられた上着を着ているが、目つきはせわしない。

彼は倉庫前に並ぶ荷を見て、すぐに声を上げた。

「北方厚織布、十二梱ですね。リーヴェ商会代理、マルティン・ケイルです。搬出の手続きを」

ダンが顔を上げた。

「搬出?」

「ええ。急ぎの仕立て場回しです。こちらで引き取ります」

クラリスは、手元の搬出予定表を見た。

今日の荷は、港湾到着確認後、第三北方倉庫で一時保管。翌朝、王妃執務院指定仕立て場へ搬出
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    分からない。 だから、書く。 「ミレーヌ」 「はい」 ミレーヌの声は少し震えていた。 「不一致記録を」 ミレーヌは羽根ペンを握った。 手が震えている。 だが、紙へ向かった。 用途追跡木札番号 NVT-S-007。記録上用途、施療院保温布用。輸出元目的、施療院病床用。現物、厚み不足。端印相違。等級不一致の疑い。要調査。 ニナが、低い声で言った。 「この布じゃ、病床の子は寒いです」 その一言が、誰よりも重かった。 財務院の数字よりも。 王宮の制度よりも。 商会の説明よりも。 布を裁つ手が知っている重さだった。 クラリスは、静かに頷いた。

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    レオンハルト本人はいない。 だが、王弟府調査官カレルが一歩だけ動いた。 ただ、それだけだった。 マルティンの表情が変わる。 彼は、ここで押し切れないと判断したらしい。 「……では、確認済みになるまで待ちます」 「待つのではなく、補足書類を提出してください」 ダンが言った。 「搬出先の正式名、変更理由、確認者名、用途木札番号」 マルティンは、悔しそうに紙を引っ込めた。 「商会へ戻って確認します」 「戻るなら、未搬出として記録します」 ダンは台帳に書いた。 リーヴェ商会代理人マルティン・ケイル、搬出変更を求める。用途追跡木札確認欄空欄、搬出先不特定のため未

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    その朝、第三北方倉庫の空気はいつもより張っていた。 港の空は薄曇りで、海から吹く風にはまだ冷たさが残っている。荷車の車輪が濡れた石畳を鳴らし、遠くで船員たちの声が重なっていた。 だが、第三北方倉庫の前に立つ者たちは、普段の荷受けとは違う緊張を抱えていた。 北方慈善交易路共同調査、試験経路。 ノルヴァルト公認商会から運ばれた北方厚織毛布地の一部が、今日、アルヴィア港へ到着する。 用途追跡木札付きの、初めての荷だった。 クラリスは倉庫の入口で、到着予定表を確認していた。 同行しているのは、オスカー、エリオット、ボルク、王弟府調査官のカレル。そして現場側には、倉庫番のダン

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    ボルクは黙った。 港の現場は、上から来た書類に従う。 王宮指定先と書かれていれば、そう処理する。 それが本当にどこなのか、誰のためなのか、倉庫番には見えない。 見えないまま、箱だけを守る。 その箱の中で、善意がどこかへ消える。 クラリスは、冷たい風を吸った。 「王宮指定先という表記を、今後は禁止にしたいです」 エリオットが頷く。 「少なくとも慈善物資では不可にすべきです」 「はい」 レオンハルトが言う。 「次は、ギデオン・マースとハーゲンの足跡だ」 「王弟府で?」 「王弟府で保全する」 彼は短く答えた。 「君は、リーヴェ商会への記録補足照会を進

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    ダンは少し苦い顔をした。 「それでいいんですか」 「はい」 「俺が見逃したみたいになる」 「見逃したかどうかは、まだ分かりません。今は、分からないと記録する段階です」 ダンは、しばらく机の木目を見ていた。 「……今思えば妙な荷は、他にもあります」 その言葉で、全員が少し姿勢を変えた。 ダンはゆっくり話し始めた。 急な別納。 保管都合とだけ書かれた倉庫変更。 王宮指定先としかない搬出先。 慈善用らしい赤い印があったのに、商会倉庫へ回ったように見えた荷。 逆に、商業用の布が後日、慈善補填として入ってきた荷。 「ただ」 ダンは何度も言った。 「不正だ

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