Share

一族を喰う古狸、最後の巻き返し

last update publish date: 2026-09-16 12:10:21

「緊急の一族会議、ですか」

 秘書室から届いた一報に、俺は思わず聞き返した。差出人は評議会でも古参に数えられる一条忠興。

 招集の名目は「一条本家における家督継承の混乱収拾」——回りくどい言葉を剥ぎ取れば、要は俺の当主としての資質と、凜への人事采配そのものを問題視するという話だった。

 差出人の名に重蔵の名はない。だが、これが誰の描いた絵かは考えるまでもなかった。

「あの老人が正面から出てくるとは思えない」

 隣で書類を睨んでいた凜が呟く。俺も同じ考えだった。

 重蔵は決して舞台に立たない。一族を憂う忠実な長老、という体裁を保ったまま、他人の口を借りて矢を放つ——それが、あの男の流儀だ。表向きは体調を理由に、今日の会議も欠席するという。

「兄さん、私も出席させてください」

 凜が硬い表情でそう申し出たが、俺は首を振った。

「今日は俺一人で行く。お前が同席すれば、連中の的になるだけだ」

「私の存在が兄さんを追い落とすための口実に使われていることが悔しい」

 凜が残念そうに呟く。

「分かってる。だからこそ、連中の口実そのものを潰すんだ」

 凜は納得しきれない顔のまま、頷いた。

     
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   三方から迫る包囲網

     一族会議から三日。俺はペントハウス地下の会議室に、弁護団、財務・調査チーム、法務部の責任者を集めていた。 長机には資料の束が積み上がり、誰の顔にも寝不足の色が濃い。忠興という駒一つを退けたところで、盤面そのものは何一つ変わっていない。ならば、盤面ごと作り替えるまでだ。今度こそ、逃げ場のない場所まで重蔵を追い詰めなければ。「まず、刑事事件の側面からご報告します」 弁護団の主任が資料を配りながら切り出した。「征之の供述と、押収した通信記録・振込記録を突き合わせました。凜様への横領工作、拉致の実行指示——すべて征之単独の犯行として立件は十分に可能です。ですが……」 主任は一呼吸置き、次の一枚をめくった。「資金の振込先口座の構成、監査部の人事に手を回せる立場、征之を切り捨てても自分だけは残る仕組み——これらは、征之の権限だけでは動かせません。何者かの教唆がなければ、この形にはならない」「重蔵だ」 俺は静かに言った。会議室の誰も否定しなかった。「証拠として突きつけられる形に固めろ。奴が一言の言い逃れも許されないところまで積み上げるんだ。教唆及び共犯として立件できる足場を今夜中に完成させろ」 続いて財務チームが端末をこちらへ滑らせた。「本家の帳簿から抜き取られた資金の流れを、三十年分すべて洗い直しました。総額はおよそ二百十億円。香港、シンガポール、ケイマンなど、計七か国、十一のペーパーカンパニーを経由し、最終的にすべてが重蔵個人の口座へ収束します」 画面に映る資金経路図は無数の線が蜘蛛の巣のように絡み合いながら、たった一つの名前へ収斂していた。三十年という歳月の重みが、そこに凝縮されている。「海外への資産移転を試みた瞬間、すべての口座が凍結されるよう手筈を整えました。国内の不動産も含め、逃がせる資産はもう一円も残っていません」 最後に法務部長が立ち上がった。「家督継承規程の穴ですが、忠興が持ち出した『当主権限を一時的に制限する条項』は、評議会規則の改定によって既に無効化しています。以後、後見役を立てる動議自体が二度と成立しません。次に誰を担ぎ出そうと、法の上でその手はもう使えないということです」 一族の意思決定機関そのものを法の側から掌握し直す。それが、忠興の再来を許さないための最後の布石だった。 刑事、経済、家督継承。三つの包囲網が同時に

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   一族を喰う古狸、最後の巻き返し

    「緊急の一族会議、ですか」 秘書室から届いた一報に、俺は思わず聞き返した。差出人は評議会でも古参に数えられる一条忠興。 招集の名目は「一条本家における家督継承の混乱収拾」——回りくどい言葉を剥ぎ取れば、要は俺の当主としての資質と、凜への人事采配そのものを問題視するという話だった。 差出人の名に重蔵の名はない。だが、これが誰の描いた絵かは考えるまでもなかった。「あの老人が正面から出てくるとは思えない」 隣で書類を睨んでいた凜が呟く。俺も同じ考えだった。 重蔵は決して舞台に立たない。一族を憂う忠実な長老、という体裁を保ったまま、他人の口を借りて矢を放つ——それが、あの男の流儀だ。表向きは体調を理由に、今日の会議も欠席するという。「兄さん、私も出席させてください」 凜が硬い表情でそう申し出たが、俺は首を振った。「今日は俺一人で行く。お前が同席すれば、連中の的になるだけだ」「私の存在が兄さんを追い落とすための口実に使われていることが悔しい」 凜が残念そうに呟く。「分かってる。だからこそ、連中の口実そのものを潰すんだ」 凜は納得しきれない顔のまま、頷いた。               *** 会議室に集められた一族の重鎮たちは、十二人。開口一番、忠興が切り出した。「隼人殿、あなたが当主となって、まだ日が浅い。若さゆえの拙速な経営判断も目立つ。加えて、外様の凜殿を重用しすぎているという声も決して少なくはない」「拙速とは、具体的にどの判断を指しておいでですか」 俺は問い、そして続けた。「白鷺銀行との一件、そして黒川商会の処理——結果として、すべて一条の利益に繋がっている。もし異論がおありなら、具体的な数字でお示しいただきたい」 忠興は言葉に詰まった。座を埋める重鎮たちの視線が一斉に彼へ集まる。 抽象的な不安だけを並べ立てる論法に、俺は資料を示しながら一つずつ具体的な反証を突きつけていった。凜の采配についても同様だ。ハイランド・キャピタルの一件を単独で退けた実績、横領の濡れ衣が完全に征之の偽装だったという事実——並べれば並べるほど、相手の足場は崩れていく。「そもそも忠興殿は、凜を重用しすぎているとおっしゃるが、この半年で本家に利益をもたらしたのは、他ならぬ凜の交渉手腕だ。血の繋がりだけを基準に据えるなら、そちらの理屈の方がよほど時代錯誤

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   崩れゆく牙城 〜重蔵の焦燥〜

     一条本家、母屋から渡り廊下で繋がった離れ。 障子の向こうでは、幾日も降り続く雨の音が絶えない。かつて、この四畳半で隼人と凜、二人を没落させるための盤面を静かに組み立てていたあの夜とは、もはや何もかもが違っていた。 表向きは隠居した老人の茶室に過ぎないこの四畳半こそが、一条財閥の裏側を数十年にわたって操り続けてきた本当の玉座だった。 一条重蔵——「本家の良心」と一族の誰もが疑わず、宴席では孫を可愛がるように隼人へ祝いの品を欠かさなかった老人。その裏の顔を知る者は今なお、この家に一人もいない。だが、盤石だったはずのその仮面に、初めて明確な亀裂が走ろうとしていた。 茶筅を置いた重蔵の指先が珍しく乾いた音を立てて震える。 数十年前、この座敷で同じように茶を点てながら、京都支社の帳簿を調べていた一人の女の顔をどうしても潰しきれなかったことを思い出す。あの女さえ黙らせておけば、今頃この揺らぎすらなかったはずだ。忌々しい記憶を振り払うように、重蔵は湯呑みを一度強く握り直した。「大叔父様、ご報告がございます」 障子の外、膝をついた楢崎の声には、これまでにない硬さが滲んでいた。「征之様の取り調べにおいて、監査部内の協力者の名が漏れ始めております。当方の息のかかった者が次々と当局に接触を図っている模様です」 重蔵は無言のまま、湯呑みへ目を落とした。「加えて、あの非公開別荘の登記情報からも、出資者を辿る動きが出ております。ペーパーカンパニーの名義を三重に重ねてはおりますが……専門の調査チーム相手では、時間の問題かと」「もう一つ、耳の痛いご報告が」 楢崎が続けた。「ハイランド・キャピタルとの一件、凜様が単独で退けられたとのこと。こちらの筋を通して融資枠に楔を打ち込むはずが、逆に弱みを握られ、話そのものを白紙に戻された模様です」 本丸である隼人たちを直接崩す前に、周囲から包囲網を狭めておくつもりで放っていた一手——ハイランド・キャピタルの一件までが、次々と意図しない形で崩れていく。 畳みかけるような悪報に重蔵の眉間へ深い皺が寄る。 凜の拉致は完全な失敗に終わり、あれほど便利に使ってきた征之という駒も、今や自らの首を絞める証言台に立たされている。数十年かけて張り巡らせてきた隠れ蓑が、日を追うごとに一枚、また一枚と剥がされていく…… これまで一度たりとも味わ

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   女王の初陣、単独の采配

     一条地方支社、最上階の会議室。 窓の外には、まだ再建の途上にある街並みが広がっている。 今日、この円卓に兄さんの姿はない。相手方への根回しも、資料の読み込みも、すべて私一人でここまで整えてきた。誰かの威光を借りずに采配を振るうのは、これが初めてだった。 準備には二週間を費やした。徹夜で財務資料を読み込み、地道な人脈を辿って裏取りを重ね、相手の弱みを一つずつ拾い集めてきた。かつて兄さんの手足として動いていた頃とは違う、私自身の名前で口説き落としてきたアナリストたちの伝手が、今日初めて本領を発揮する日だ。その積み重ねを、この場で使い切る。 円卓に着く直前、握りしめた掌にじわりと汗が滲んでいるのに気づく。だが弱気は誰にも悟らせない。深く息を吸い、背筋を伸ばして席に着いた。 円卓の向かいに座る男が値踏みするような目で私を見た。「凜さん、でしたか。此度は横領の嫌疑をかけられ、挙句には拉致まで。……いやはや、大変な半年でしたね」 海外資本、ハイランド・キャピタルの極東担当責任者、レイン。白鷺銀行が破綻した今、その融資枠の受け皿を狙って一条の地方支社へ接近してきた男だ。「所詮は本家の後ろ盾があるだけの小娘に、まともな経営判断ができるとは思えませんが」 隣に控える通訳を介さず、レインは流暢な日本語で笑みを浮かべた。侮りを隠す気すらない、値踏みの笑みだった。「会長ご本人ではなく、借り物の権限を持つ代理の方が交渉の席に着かれるとは。御社も随分と人材にお困りのようだ」「今日は兄——会長は同席しません。私一人で十分だと判断しましたので」 私は資料を一枚も開かず、穏やかに言葉を返した。動揺は指先一つ見せない。「ほう。それは頼もしい」 レインの口元がさらに緩む。格下だと決めてかかった相手の余裕を崩すのはこれからだ。半年前、征之の企みで拘束されていたあの夜から、私はずっと、この日のために情報を集め続けてきた。誰の手も借りず、自分の力だけで盤面を握る日のために……「御社が持ちかけている融資枠の件、白鷺銀行が抜けた穴を埋める提案としては、確かに魅力的です。ですが……御社が北米で抱えている不良債権の処理、まだ終わっていませんね」 レインの笑みが凍りつく。「な、何を根拠に、そのような……」「証拠がなければ、この場に、その話題を持ち出すはずもありません」 私は動じ

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   覆された濡れ衣、女王の決意

     救出から三日後、俺は本家評議会を再招集した。 円卓に並べたタブレットには、あの夜押収したすべてが収められている。別荘の警備を担っていた男の自供、使い捨て端末の通信履歴、そして征之が経営するペーパーカンパニーへ流れ込んだ多額の裏金の記録——どれも、言い逃れの余地を残さない代物だった。「凜の横領履歴も機密流出の証拠とやらも、すべて征之、お前が評議会内の権限を使って偽装したものだ。監査部の人事に手を回し、凜のIDで動く承認履歴に細工を仕込ませたのも、お前だな」 俺がタブレットの画面を突き付けると、征之の顔から見る見る血の気が引いていった。「な、何を証拠に……言いがかりも大概にしろ!」「言いがかりかどうかは、これを見てから言え」 俺の合図で警備部の一人が縛られた男を円卓の前まで連れてくる。凜を監禁していた別荘の警備を担っていた男だった。「征之様から直接、監禁と監視の指示を受けておりました。報酬の振込先も、すべて記録に残しています」 男の証言に、円卓を囲む重鎮たちの間に動揺が走った。「そ、それは出鱈目な証言だ!」「出鱈目かどうかは、お前の携帯端末の解析結果が証明してくれる」 俺は静かに告げた。 踏み潰された端末の破片から通信記録の一部が復元されていたことを、征之はまだ知らない。「凜、お前の意見を聞きたい」 俺が水を向けると、凜は円卓の中央でまっすぐに征之を見据えた。「私が横領も情報流出も行っていないことは、この場にいる皆様が既にご存じの通りです。証拠は、そちらの椅子にお座りの征之様が、ご丁寧に全て用意してくださいました」 凜の声には静謐さが纏わりついている。 先日まで「血の繋がらぬ小娘」と唾を吐くように言い放っていた重鎮の一人が、真っ先に椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。「凜様、この度は誠に……知らぬこととはいえ、あのような無礼な発言を……」 その一言を皮切りに、円卓を囲んでいた老人たちが次々と席を立ち、我先にと頭を垂れていく。 数日前まで凜を糾弾する側に回っていた者たちの豹変ぶりに、俺は内心で苦笑した。樹や絵里香が転落した時と全く同じ顔だ。都合が悪くなれば手のひらを返し、強い者に尾を振る。「代理責任者としての権限を即刻停止し、正式な査問にかけるべきだと進言する——先日、そう仰っていたのはどなたでしたか」 凜の一言に、頭を下

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   奪還、そして交わした誓い

     ヘッドライトを消した四台の車列が、山道の闇を縫うように滑り込んでいく。助手席の窓ガラスに映る自分の顔を、俺は一瞬だけ見た。表情という表情が、すべて削げ落ちている。「会長、正面はこちらで抑えます。裏手の警備は追跡チームが」 警備部長の声に、俺は短く応じた。「いや、俺が先頭に立つ」「しかし——」「凜を最初に見つけるのは、俺でなければ意味がない」 反論を許さない声色だったのだろう。警備部長はそれ以上何も言わず、拳を胸に当てて道を譲った。 塀の外で車を止め、明かりの消えた別荘を見上げる。監視カメラの死角は追跡チームが事前に洗い出していた。合図と共に俺たちは音もなく塀を越えた。 裏口に立つ黒ずくめの男が振り向くより早く、俺はその腕を極め、足を払って、声を上げる間もなく地面へ沈めた。廊下の先でもう一人、無線機に手を伸ばしかけていた男の喉元へ肘を打ち込む。呻き声すら闇に溶けて消えた。 一条の看板の下で積み上げてきた研鑽は伊達ではない。重蔵配下の監視員たちは、一人、また一人と声を発する間もなく制圧されていった。 地下へ続く階段を降りるほどに、空気が湿り、冷たくなっていった。突き当りの鉄扉の前に立つ男の首筋へ手刀を落とし、崩れ落ちる体を支えながら床へ横たえる。 鉄扉に手をかけた瞬間、指先が微かに震えていることに、俺は初めて気づいた。 錆びついた蝶番が軋む音を立てて、扉が開く。 裸電球の下、壁際の金具に鎖で繋がれた凜がいた。頬に泥の跡が残り、手首には赤黒い擦り傷が浮かんでいる。それでも顔を上げた凜の目には、まだ光が残っていた。「——兄さん」 声を絞り出した凜の瞳が驚きに見開かれる。 俺は駆け寄り、膝をついて鎖の金具に工具を差し込んだ。指先がうまく噛み合わず、金属の擦れる音だけが虚しく響く。何度もやり直し、ようやく鈍い音を立てて鎖が外れた瞬間、凜の体が力なく俺の腕の中へ崩れ落ちた。 抱き止めた体は驚くほど軽く、そして冷たかった。これまで幾度となく黒川や絵里香を追い詰めてきた俺の中に、あの時とはまるで違う感情が渦を巻いている。安堵と腹の底から突き上げる激しい怒り——その両方が同時に押し寄せ、喉の奥を締め付けた。「兄さん、ごめんなさい。勝手に一人で……これ以上、兄さんの手を煩わせるわけにはいかないと思って」 擦れた声で紡がれた謝罪に、俺は首を振った

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   百回目の宣告と反撃の狼煙

    「結衣、いい子にしてなかったから……ママ、結衣のこと嫌いになっちゃったの?」 その涙に、さすがの絵里香も言葉を失う。気まずげに視線を逸らし、小さく舌打ちをした後、「……そんなこと、言ってないでしょ」と呟いて寝室へ逃げるように消えていった。 胸の奥が激しく痛む。俺は結衣の小さな体を強く抱きしめた。「違うよ。結衣は世界一のいい子だ。パパがずっと一緒にいるから、安心して眠りなさい」 俺は結衣の小さな背中を優しくさすり続けた。 しゃくりあげる声はやがて規則正しい寝息へと変わり、泣き疲れた娘の身体からすっと力が抜ける。 その小さな身体を抱き上げてベッドへ運び、毛布を掛けた。 明日、あの女

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   乾ききったケーキと娘の涙

     冷たい雨がアスファルトを叩く音を背に、俺は自宅マンションの重い扉を開けた。 玄関は薄暗く、静まり返っている。濡れたコートを脱ぎ捨て、リビングの照明をつけると、そこには目を背けたくなるような現実が待っていた。 テーブルの中央に置かれたバースデーケーキ。六本のロウソクは火を灯されることもなく、生クリームは完全に乾ききって、ひび割れている。傍らには、結衣が一生懸命に描いた『ママの似顔絵』が、主役の帰りを待ちわびたまま、ぽつんと残されていた。 表面上は平静を保っていたつもりだったが、内面はすでに決定的に壊れかけている。 俺はソファに深く沈み込み、両手で顔を覆った。 過去の記憶が薄暗いリビ

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   決別 〜崩れ落ちる最後の糸〜

     俺の言葉に絵里香は鼻で笑い、周囲の経営者たちへ聞こえるほど大きな溜息をついた。「何を見間違えたのか知らないけれど、大袈裟に騒がないで。誤解よ、誤解。海外のビジネスシーンでは、これくらい当たり前の親愛の情だわ。本当に器の小さい男ね、あなたって人は」 絵里香は血相を変えるどころか、軽蔑を隠そうともせずに言い放った。「自分の無知を棚に上げて、大事な祝賀会の席で醜態を晒すなんて。恥ずかしいから、もう口を開かないで」 そこへ、横に立っていた樹が一歩前に出た。顔に張り付いた完璧な営業スマイルは、その奥の嘲笑を隠そうともしていない。「旦那様、あまり絵里香さんを困らせないでください。彼女は今、我

  • 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い   一般人ごっこの終焉 〜すれ違う思いと裏切りのステージ〜

     夜八時。リビングのテーブルには、結衣の名前が書かれたバースデーケーキと、不格好なリボンが結ばれた小さな箱が置かれていた。「パパ……ママ、まだお仕事終わらないの?」 五歳になる娘の結衣が、画用紙に描いた『ママへの似顔絵』を胸に抱きしめたまま、泣き出しそうな顔で俺を見上げている。 今日は結衣がずっと楽しみにしていた大切な誕生日だ。俺は娘の頭を優しく撫でると、スマートフォンを取り出して、妻である絵里香に電話をかけた。 数回のコールの後、苛立ちを含んだ声が耳に届く。『何? 今、ホテルで重要な祝賀パーティーをしているの。用がないなら電話してこないで』「今日は結衣の誕生日だ。ケーキを買って

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status