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第35話
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婚約崩壊寸前！初恋は遠ざかれ 第212話
記者たちの対応がようやく終わると、慎一は私を控室へと連れて行った。すると、雲香が私たちが手をつないで入ってくるのを見て、まるで狐につままれたような顔をした。小さな顔に大きな瞳が、驚きでさらに丸く見開かれている。彼女は声を思いきり上げて、「お兄ちゃん！なんで佳奈がここにいるのよ！」雲香の反応には、つい笑いがこみ上げてしまう。昨日はあんなに私に威張っていたのに、今日はまるでしおれた花みたい。私は少し顎を上げ、さらりと言った。「今回の件、私にも関わりがあるからね。お兄ちゃんと相談して、ついでに私も説明の場を借りようかって。前に早瀬さん夫妻と揉めた裁判のことも、一緒に整理しておこうと思ってさ」「急な話でごめんね、雲香」私はにこやかに彼女を見つめる。「でも安心して。今日は雲香が主役よ。私が邪魔することはしないわ」雲香は足を鳴らし、ぷいっと慎一のもとへ駆け寄り、子供のように甘えた。「お兄ちゃん、ひどいよっ！」慎一は、すごく機嫌が良さそうだ。まあ、当然か。自分の妻に子どもができて、しかも義理の妹とも平和的にやっていけそうな雰囲気。これで家の中も落ち着く。嬉しくないはずがない。たとえ雲香が今にも爆発しそうな顔をしていても、お兄ちゃんは「妹が甘えてるなぁ」と微笑ましそうに見ているだけ。私はすべてを見守りつつ、良き義姉らしく、にこにこと微笑んだ。慎一は雲香の頭をぽんぽんと優しく叩き、「わがままじゃない、ちゃんとお義姉さんと一緒にメイクして、後で一番かわいいプリンセスで写れよ」となだめる。私はそっと慎一のネクタイを整え、「じゃあ、あなたは先に行って。ここは私と雲香で大丈夫だから。あとで記者会見の質問も一緒に確認しておくから、心配しないで」と小さな声で伝える。「うん、記者の手配も済ませてあるから」と慎一は淡々と返し、私のおでこに優しくキスをした。「無理しないで、体調が悪くなったら言ってね。すぐに連れて帰るから」記者の手配も万全、ね。彼が雲香のためにどれだけ力を尽くしているか、嫌でも伝わってくる。私はわざと雲香の前で慎一に甘えるように腕を押し返し、雲香の様子をちらりと見てから、「もう、心配しすぎ。早く終わらせて、早く帰ろう」と恥ずかしそうに言った。それでも慎一は念を押すように雲香を見て、「お義姉さん今日はちょっと体調が良くな
婚約崩壊寸前！初恋は遠ざかれ 第211話
私は胸が張り裂けそうだった。私の子がいなくなろうとしているのに、慎一はまるで喜びを隠せない様子だった。たしかに、私が嘘をついた。でも、彼だって罪深い人間だ！悲しみが一気に私を包み込み、こんなときに彼と親密な関係になるなんて到底受け入れられなかった。だけど、体中の力が抜けて、立っていることすらできなかった。私は全身の重みを慎一に預けるしかなく、彼は私が彼にすがりつこうとしているのだと、私も彼に心を許し始めているのだと勘違いしていた。「慎一……」私は弱々しく拒んだ。「やめて。とても疲れてるの」彼は私を見上げ、瞳には欲望が滲んでいた。「わかってるよ。ただキスするだけ、ほかには何もしない」彼はどこか子供っぽく笑った。「今は無理だろ？そんなこと、俺が一番わかってる。ただ、十ヶ月も我慢しなきゃいけないなんて、俺もつらいよ」私は力なく笑い、それ以上返事をしなかった。彼に抱き上げられてベッドまで運ばれると、薄い部屋着はすぐに彼の手で脱がされた。彼はもっともらしく言う。「お風呂に入れてあげるよ。それから一緒に寝よう。もう遅いし、ゆっくり休まないと、赤ちゃんだって休めないから」彼の少し荒い呼吸が私の頬や首、鎖骨にまでかかる……お風呂に入れてくれると言いながら、未練たっぷりに私に触れていた。私は彼の手を掴んだ。「もう無理、お風呂は明日にして。今日は本当に疲れたから」信じてもらえないかと心配になり、さらに言い添えた。「妊婦は疲れやすいんだよ」私は身動きもできなかった。今この瞬間、子どもを失ってしまうのが怖かった。慎一はじっと耐えていた。普段は冷静で気品ある彼が、まるで水に濡れた猫のようで、私の唇にそっと、名残惜しそうにキスを残してから、冷たいシャワーを浴びに行った。私は浴室の曇ったガラス越しに映る彼の姿をぼんやりと見つめながら、いつしか深い眠りに落ちていった。再び目を覚ますと、もう彼の姿は隣になかった。今日は慎一が雲香のために記者会見を開く日だった。鏡の中の私は、目に痛みと意地が宿っていた。軽く化粧して顔色の悪さを隠し、黒の和服に身を包んだ。長い首筋にはキスの痕が残っている。タクシーを呼び、記者会見の会場へ向かった。現場は賑やかで、多くの記者が大きなカメラを構えていた。私は避けることもせず、真っ直ぐレッドカ
婚約崩壊寸前！初恋は遠ざかれ 第210話
「佳奈、こういう冗談はよくないよ」慎一は一瞬きょとんとしたが、その声は真剣そのものだった。たぶん、真思の一件で、彼はもう子どもを持つことを諦めていたのだろう。実際、彼は私にこう言っていた。「子どもがいなくても、二人でやっていける」と。そんな彼に、私が突然「妊娠した」と告げたのだから、その衝撃は計り知れない。大きな波に呑まれるようなものだ。でも、あえて私は彼を動揺させたかった。本当は、ずっと前から彼との関係に終止符を打とうと思っていた。でも、昔の情に引っ張られて、雲香に手を下せずにいた。そして、気付けばタイミングを完全に逃してしまった。どれだけ用意周到に立ち回っても、慎一の彼女への庇護には敵わない。結局、私は彼と妹の二人に振り回され続けてきたんだ。でも、今度は、私の番だ。「信じたきゃ信じればいい。信じないなら、この子は私ひとりで育てる」私はそれ以上何も言わず、淡々と電話を切った。妊娠が分かった時の診断書は、すでに机の上に用意してある。私は窓辺までゆっくり歩いて、慎一が来るのをじっと待った。赤ちゃん、ママを責めないでね？夜は深く、街全体が薄い霧に包まれ、外の景色は何も見えなかった。どれくらい待っただろう。突然、慌ただしい足音が夜を切り裂き、私の心をざわつかせる。間違いない、彼だ。戸締まりなんて意味がない我が家。振り返ると、慎一がまっすぐ私の後ろに立っていて、真剣な眼差しで私を見つめていた。その瞳は夜空の星よりも深くて、気を抜くと引き込まれてしまいそうで、私はそのまま目を逸らせなかった。彼は一気に距離を詰め、私をしっかりと抱きしめた。手にしていた診断書がふわっと舞い落ち、どこかへ消えてしまう。でも、彼はそんなこと気にしない。強く、しっかりと私を抱きしめて、震える声で言った。「佳奈、本当に俺の子なんだな！本当に俺たちの子どもなんだな！」私の手は少し戸惑いながらも、ぎゅっと拳を握りしめて、そしてそっと彼の腰に回した。彼が見えない背中側で、そっとその温もりに応えた。「ねえ、あなた」私は彼の耳元で優しく囁いた。「私たち、こんなふうに抱きしめ合うの……どれくらいぶりだろうね」鼻がツンとして、腕に力が入る……「あなた、やっぱりタバコの匂いする」「わかった。やめる。お前と子どものために、絶対にやめる
婚約崩壊寸前！初恋は遠ざかれ 第209話
翌日、私は別の病院で再検査を受けた。そしてまたしても、「胎児の成長停止」と診断され、心が完全に崩れてしまった。けれど、さらに追い討ちをかけるような出来事がネットで起きていた。なぜか分からないけれど、元々は雲香の話題だったはずなのに、誰かが意図的にその火種を私へと向けてきたのだ。誰かが青木さんのファンたちを煽って、「本妻だけが夫のそばに現れる女を気にするはず。真思の件は雲香の立場からすれば関係ない」と言い始めた。つまり、私をターゲットにしたい人がいるのだ。青木さんのファンたちは、私の話題が下火になってきて不満を持っていた。新しい標的が現れたことで、もはや誰かの誘導などなくても、勝手にそれっぽいストーリーを作り上げては叩き始めていた。まさか、ただ裁判をしただけの私が、ネットでこんなに長い間、泥仕合に巻き込まれるなんて思いもしなかった。頭の中はぐちゃぐちゃで、最初からずっと、明らかに裏で糸を引いている人間がいると疑っていた。でも、それが一体誰なのか？霍田当主なのか、霍田夫人なのか、慎一なのか。だけど、外がどれだけ騒がしかろうと、私にどれだけ理不尽な非難が降りかかろうと、もう抵抗する気力も残っていなかった。医者からはすぐに手術を勧められ、穎子の世話も断って、一人になりたいとだけ伝えて、自分のマンションに閉じこもった。自然に流産するのを待とうと思った。私の子どもには、自分で来て、自分で去ってほしかった。でも、まだ男の子か女の子かも分からない。私の子どもは、パパの顔すら知らないままなのだ。体中が力を失い、深い悲しみの淵に沈んでいった。ネットの騒ぎなんて、いつかは収まる。でも、もし子どもがいなくなったら、もう二度と戻ってはこない。そんな中、スマホがまるで催促するかのように何度も鳴り響く。画面を見ると、雲香からだった。電話を取ると、あの自信満々な声が受話器越しに響いてきた。「佳奈、お兄ちゃんが私のために記者会見を開いてくれるの！私が終わったと思った？残念ね、期待外れでごめん、どうしようかしら？ははははは！」彼女の妙な高笑いが耳に残る。記者会見……か。彼が記者会見を開くってことは、責任転嫁のため？雲香のしたことを、全部私のせいにして、自分だけは潔白だとでも言いたいのか。でも、私の子どもはもうす
婚約崩壊寸前！初恋は遠ざかれ 第208話
雲香は怒りに我を忘れていた。まさか私を階段から突き落として殺せると思っていたなんて……私がずっと彼女の動きを警戒していたこともあるし、ここは高級なVIP病棟エリアで分厚いカーペットが敷き詰められている。そう簡単に大事にはならない。私は体勢を立て直し、上の階から挑発するように笑っている彼女を見上げた。もし私が妊娠していなければ、きっと……ふと、手が自然にお腹へと伸びる。急に恐怖が走った。雲香の目つきがあまりにも冷たくて、背筋がぞくりとした。私は彼女の陰険な笑いを無視して踵を返し、外へ出ようとした。だが、二歩も歩かないうちに、意識が風に揺れる蝋燭の火のようにぐらつき、今にも消えそうになった。必死に気を保ちながら病院の入り口までたどり着き、タクシーを拾った。そして慌てて穎子に電話をかけた。「穎子、病院の前まで迎えに来て……」それだけ言うのがやっとで、意識も思考もどんどん霞んでいく。まるで底無しの闇に落ちていくようだった。再び目を覚ましたとき、穎子が私のベッドの傍らで涙を拭いていた。「佳奈……」彼女が私の名前を呼ぶと、涙がますます止まらなくなった。私は喉がカラカラで、声もまともに出なかったけれど、胸の奥に、ひどく嫌な予感があった。「泣かないでよ、私、大丈夫だから」ぎこちなく手を持ち上げ、平らなお腹にそっと当てる。私の子は、まだここにいる気がした。穎子の目元は涙で濡れていた。「佳奈……赤ちゃん、またきっとできるよ」私は瞬きをして、焦点の合わない目で彼女を見る。「その冗談は面白くないよ。私に怒ってるの？もう勝手に出歩いたりしないから」口元を引きつらせて笑ったのか泣いたのか、自分でも分からない。手のひらでお腹を押さえると、痛みが走った。思わず叫ぶ。「穎子、痛いよ！」穎子は私の手を自分の手で包み、ぎゅっと握ってくる。涙で手はぐしゃぐしゃだった。「痛いよね、そりゃ痛いよ……赤ちゃん、まだ体の中にはいるけど、もう成長が止まってるって……先生は手術を勧めてるの……」私は口を開けて、言葉の意味がすぐに理解できなかった。手術ってなに？成長が止まってるってどういうこと？私の子は、まだこの世界に生まれてもいないのに。ママは瞳（ひとみ）って呼び名までつけたんだよ。男の子でも女の子でも、瞳ならきっと似合うと思って。
婚約崩壊寸前！初恋は遠ざかれ 第207話
病室の前、霍田夫人と雲香がそろって膝をつき、霍田当主が烈火のごとく怒りをあらわにしていた。テーブルの上の水コップが、彼の手によって床に叩きつけられ、粉々に砕け散る。声は大きくないが、威圧感は凄まじい。「お前という親不孝者、俺を殺したいのか！」「お父さん、雲香が悪いことをしたのは分かってる。でも、子供の頃から俺たちが甘やかしすぎて、あんな性格になったんだ。結局、兄である俺にも責任がある。俺が責任を取って、彼女を海外に送り出すよ。ちゃんと結婚相手も探してやる。兄として、それくらいはさせて……」ドアの前で雲香がすすり泣く。「お父さん、ごめんなさい。お兄ちゃん、私、海外なんて行きたくない……」霍田夫人も涙ながらに懇願する。「あなた、私がこれまで霍田家のためにどれだけ尽くしてきたか、どうか雲香を今回は許してあげて？私が責任を持ってしつけるから。海外でもどこでも、行かせるから！」高級病室の入口はまるで市場のように騒がしく、混乱の極み。慎一はため息をつく。「お父さん……」「黙れ！」霍田当主は肩で息をしながら、怒りで胸が大きく波打っている。「我が家は、たとえビジネスで多少の手は使っても、正々堂々と生きてきた。お前にはしっかり教育を施したはずだが、全部ムダになりやがって！見ろ、あいつがやったことを！警察沙汰にしなかっただけでも感謝しろ！まだ庇うつもりか！俺に早く死んでほしいなら、まだ何か言ってみろ！」……この茶番劇、もう見ていられなかった。彼ら父子の対立は、所詮彼らの問題であって、私も、霍田夫人も、雲香も、みんな部外者だ。口出しできることじゃない。ここに来る前に、私は慎一と条件を交わしていた。ネットで雲香のために釈明してやる、その代わり私たち離婚して、と。慎一は、真っ赤な目で私をじっと見つめ、しばらくしてから、私の頬を両手で包んでキスをしてきた。彼は苦しんでいた。慎一の目に映る雲香は、いつまでも幼い、ただ「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と笑って駆け寄ってくる少女のままだ。彼女は大人にならない、年を取らない。いつまでも可愛いワンピースを着て、家の門で手を振りながら慎一の帰りを待っている――そんな存在なのだ。もしかしたら、彼は長い年月の中で、妹と「高嶺の花」の区別が曖昧になっているのかもしれない。あるいは、元々きちんと分かって
