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夏樹の顔をした執事

last update Petsa ng paglalathala: 2026-09-02 13:55:37

「ここはどこ」

 男は僕の問いには答えず、傍らの机から白い布を取り上げると、迷いなく僕の腕へ手を伸ばした。

「触らないで」

 想像以上にか細い声が部屋に響いた。

 反射的に腕を引こうにも、痛みで全く動かない。

 傷口が裂け、新しい血が床へ滴り落ちた。

 男は困ったように眉を下げる。

「そのままでは傷が悪化いたします」

「大丈夫…………」

 拒絶と映ったのだろうか、夏樹の顔をした知らない男が、辛そうな表情をして、僕はそれに心がざわついた。

 こんな知らない場所で、知らない男に触れられる理由なんてない。

 ……いや。

 知らない男じゃない。

 その顔を見れば見るほど、心臓が苦しくなる。

 同じだった。

 高校の頃より少し大人びてはいるけれど、伏せた睫毛も、少し癖のある黒髪も、静かな眼差しも。なんなら、その声も。

 全部。

 全部、夏樹だった。

 夏樹が、僕を心配している。僕に優しそうに触っている。

 ここはいったいどこなのだろうか。

(なんで……)

 喉が詰まる。

「なんで、ここにいるんだよ……」

 男は一瞬だけ目を細めた。

「リヒト様? 何をおっしゃっておられるのですか」

 穏やかな声だった。

 それなのに。

 僕は、その一言だけで背筋が凍る。

「……違う」

「?」

「僕はリヒトなんて名前じゃない!」

 男は何も言わない。

 静かに僕を見つめ、わずかに困っている様に見えた。

 その沈黙が、かえって怖かった。

「ここはどこなんだ!」

「エヴァーハルト公爵家別邸でございます。意識を失って帰ってこられたので、動揺されているのでしょう。お水を持ってまいります」

「……どこってきいてるんだけど?」

「…………? リヒト様のお部屋ですよ」

 何を言っているんだ、この人は。

 公爵?

 別邸?

 意味が分からない。

「ふざけないでよ」

「ふざけてはおりませんが、どうされましたか。誰かお医者様をお呼びして」

「ドッキリなら、もう十分だから」

「……どっきり? どっきりとは何でしょうか。そんな事よりお医者様が来る前に、いつもの処置をいたしますから、うつぶせになって下さい」

「待って、何言ってるかわからないんだけど」

 初めて男の表情が揺れた。

 本当に困っている?

 それとも楽しんでいる?

「私を怒っていらっしゃるのですか」

「なんで」

「いつもは素直にうつぶせになられるではありませんか」

「え……そうなのか」

「どうされましたか。ご実家で何か言われましたか」

「どういう事?」

「いえ。リヒト様にあまりに過干渉だと、よくメシアたちにも言われるもので」

「メシア?」

「リヒト様?」

「ああ、ああ、メシア、知ってるよ。疲れてて、ぼうっとしただけ」

「記憶でもなくされたのかと、びっくりしたではございませんか。それにしてもこんなに酷くされて、もう許せません」

 背中の傷をみて悔しそうに言うこの男が、何度見ても夏樹に見えて、心臓が止まらなかった。

「次にご実家から呼び出されたときは、私もお供いたします」

「いいけど」

「————本当ですか! リヒト様」

「あ、ああ。うん」

 その反応が、逆に僕を混乱させた。

 このリヒトというのはどうやら僕の転生先。

 現代では転生Blなんてものが流行っていて、僕もこんな風に夏樹に愛されたらな。と思っていたものだから、どうやらやらかしたらしいとは全く気が付いていなかった。

「では始めますよ。脱いでください」

「え————」

「————どう、されましたか」

「…………何でもない。背中、だよな」

「はい、お薬はお嫌だと申して」

 そう言って執事と名乗ったこの男は、僕の背中に舌を這わせた。

「ちょっと、待って」

 慌ててそう言うも、力の差は歴然で、大きく捲られたシャツの背中に、この男は幾度もキスをした。

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