第二十九話「五秒後の景色」

第二十九話「五秒後の景色」

　朝、大地は、颯太の家にいくために、時間に余裕をもって自転車で、自宅を出発した。

　『幸運』を奪われて以来、大地は時間と気持ちに余裕を持って行動することを覚えた。

　自転車で出かければパンクをするし、歩いていれば水たまりを踏んだ自転車から泥水を被って服を汚すし、家にいれば階段を踏み外す。それらが頭の中で『五秒後の景色』としてみえるようになった。頭の中で見えるそれらの不幸を回避するために、慎重に動くようにする。そのための時間と気持ちの余裕だ。

　今日は夏休みの最終日。

　ついに昨日の朝、秩父神社の模型が完成して、颯太の発案で秩父神社の神職の今園尊に、できあがったばかりの模型を見せに行くことにした。

　この夏休みはいろいろなことがあった。

　模型を作るために大地は、ふだん行かない図書館に行った。颯太は図書館を利用しているからか、すぐに目的の本を見つけられたようだが、大地には本の中から本を探すことなんて、まったくできない。

　颯太の父にDIYの道具を貸してもらい、大地が自分で板を切ったりした。このときの颯太は本当に不器用で、ほとんどの板を大地が形にした。図工の時間も、、そういえば颯太の手先は危なっかしかったな、と思い出すくらいには、使い物にならなかった。

　それに昔から颯太は、大地には視えないものをよく視てしまうらしく、何もないところに視線を向けていることがよくあったし、不思議なことを言い当てられたりもした。そのことを知っているのはいつも行動を共にしていた大地だけだ。大人にしたら、カンのいい子、くらいしか思われない程度にさじ加減しているのを、大地はわかっていた。

「青龍が昇っていくから、これから雨が降るよ」と颯太が言ったときには、本当に雨が降ってくる。だから、颯太が言っていることや、視ている世界は事実なのだ、と大地は信じていた。

今年の夏休みの始まりに、颯太が視ていた存在も、秩父神社の青龍なのかもしれない。

模型の配置や縮尺の相談で、尊に会うために行った秩父神社で、大人たちに囲まれて神社ツアーをしている景汰に出会ったのが、つい三週間前なのが、噓のように濃い時間を過ごした。もっと時間が経っているように、大地は体感している。

景汰が神社ツアーで、一緒にいた大人たちにテキトーなスピ話をでっちあげていて、それを颯太が注意したのが景汰との、出会いのきっかけだった。

そのあと、秩父神社の境内で、同じ場所なのに大地の知っている境内とは違う、色のない境内になり、現実とは思えないところに迷い込んで、颯太と一緒に、景汰を探し回った。

秩父神社のご祭神『ヤオゴコロオモイノカネ』の神気の神圧で、颯太と大地、それから景汰の力をそれぞれ、景汰の母の清香に移すと決められてしまった。理不尽な決定だ。

　その異界で『半分』として『幸運』を奪われることになり、引き換えのように『補う力』を得たのが、大地にとっては『五秒後の景色』だった。

颯太と景汰と三人で、経験した異界で、もう元の世界には戻れないんじゃないかと、不安になったが、景汰が壬申という、猿面のご祭神の神使から授かった、ホウズキの光で帰ってこられた。異界を経験して、そのホウズキを飲み、三人で協力し合って生きていくように、と壬申に言われた。

自転車をこぎながら、ふと頭の中で映像が、見える。

このまま自転車を走らせると小石を踏んでタイヤがパンクする、と、わかる。だが、小石を避けようと判断した次の映像が、避けた大地の自転車に後方から来た自動車が突っ込んでくる場面が見えたので、ゆっくり自転車を停めて、大地はサドルから降りた。このまま歩こうと考えたら、また景色が見える。自動車のタイヤが小石を跳ねて、その小石が大地の目に当たる場面が見え、その場に大地は立ち止まる。後方を見て、自動車が来るのを確認する。そして自動車が通り過ぎるのを、待つ。

現実で自動車が大地の横を通過したが、『五秒後の景色』で見えた通り、タイヤが小石を跳ねた。『五秒後の景色』で見えるから、辛うじて不幸をやり過ごすことができている。

大地は、慎重に、また自転車に乗り、颯太の家へ向かって走り出す。