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第5話

Autor: あすみ
スカイヒルズ。

ここは誠司が瑠華のために用意した巣だ。現金一括で購入し、名義まですべて瑠華に移してある。

私は玄関先に立ち、ためらいなく呼び鈴を押した。

扉が開く。

瑠華は、誠司が買い与えた真新しいシルクの寝間着をまとっていた。胸元はわざと深くはだけられ、白い首筋には重なるように残されたキスマークが、これ見よがしに晒されている。

手には赤ワイン。向けられた視線には、隠しもしない侮蔑が宿っていた。

「あら、来たの?おばさん。怖くて来られないかと思ってたけど?」

彼女は身体をずらし、勝ち誇ったような表情で中へ招き入れた。リビングではアロマキャンドルが揺らめき、空気だけが不自然なほど甘ったるい。

だが私は、玄関の花瓶の中、テレビの機器の上――あちこちに潜む、かすかな赤い点滅を見逃さなかった。

小型カメラ。

私を挑発し、手を出させ、その瞬間を押さえて刑務所送りにするつもりなのだろう。

考えてはいる。――けれど、浅い。

「紗弥、誠司はとっくにあなたに飽きてるわよ。ベッドの上じゃ、ただのマグロだって言ってた。見てるだけで萎えるって」

瑠華はワイングラスを揺らしながら、じり
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  • 寝室に鍵をかけた日から   第9話

    法廷が開かれた。厳かな法徽の下、誠司はうなだれて立っていた。証拠は揃い、もはや弁解の余地はない。「被告人・一ノ瀬誠司。業務上横領罪、背任罪、傷害罪。以上を併合罪として、無期懲役に処する。また、刑の執行が終わるまで公民権を停止する。被告人・白川瑠華。詐欺罪および殺人罪の教唆。以上を併合罪として、懲役十五年に処する」木槌の音が、法廷の静寂を断ち切った。その瞬間、誠司ははっと顔を上げ、傍聴席を見渡した。私は最前列に座り、すっかり元気を取り戻した美桜を抱いている。美桜は、原形もとどめないほどやつれた男に怯え、私の胸に小さく身を寄せた。「ママ、あの人、だれ?」私は美桜の頭を撫で、穏やかに答える。「悪いことをした人よ。もう、おまわりさんに捕まってる」誠司の目に浮かんだのは、後悔と、絶望と、底知れぬ恐怖だった。唇が動く。私の名を、美桜の名を呼ぼうとしたのだろう。――けれど、私はその機会を与えなかった。表情を消したまま立ち上がり、美桜を抱いたまま、静かに背を向ける。振り返らない。未練は、もうどこにもない。裁判所の外へ出る。陽射しは強く、空気は驚くほど澄んでいた。大きく息を吸い込み、胸の奥がようやく軽くなる。三年間、心にのしかかっていた重石が、音もなく砕け散った。「ママ、どこ行くの?」「遊園地よ。約束したでしょ」背後では、護送車が誠司を乗せ、刑務所へ向かっていった。――中では、妙に手厚い扱いを受けているらしい。かつて踏みにじられた社員や、騙された取引先たちは、それぞれの伝手を使い、中の人間に「よろしく頼む」と話を通したという。彼が中で、穏やかに過ごせる理由は、もうどこにもなかった。私は誠司名義の資産をすべて処分した。そして、DV被害者支援の基金を立ち上げ、結婚という檻の中で苦しむ女たちの、逃げ道を作った。誠司の両親は、その事実を受け止めきれず、二人そろって倒れ、いちばん質素な介護施設で余生を送ることになった。すべてが、ようやく終わった。悪は、巡り巡って報いを受ける。――三年後。私は、自分で立ち上げた警備会社のビル最上階に立ち、ガラス越しに街を見下ろしていた。三年という時間で、この会社は業界でも指折りの存在になった。富裕層向けの高度な警護。そし

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    追い詰められた人間は、何だってする。誠司は、私を道連れにする気になった。私の隙を突き、ガソリンのポリタンクを買い、ベッドの下に隠していたのだ。深夜。月のない、風の荒い夜。誠司は獰猛な笑みを浮かべ、寝室じゅうに液体を撒いた。手にはライター。目は、正気を失っている。「紗弥!一緒に死ぬぞ!全員、道連れだ!お前もだ!あのクソガキも!」誠司は、美桜が隣の部屋で眠っていると思い込んでいた。だが、美桜はとっくに私が安全な場所へ移してある。パチッ。ライターが弾かれ、火が跳ねる。誠司は高笑いし、そのまま床の液体へ投げつけた。――だが、炎は上がらない。聞こえたのは、シッ、という乾いた音だけ。ライターは床に落ち、すぐに消えた。誠司は固まった。床に這いつくばり、液体に鼻を近づける。ガソリンの匂いがしない。あるのは、かすかな水道水の匂いだけ。「どうして……俺は確かに……」パチッ。寝室の灯りが、ぱっと点いた。私はドア口に立っていた。部屋着はもう脱いである。黒の作業服が、身体の線をはっきりと浮かび上がらせる。足元はブーツ。太腿の外側には短剣。指先で弄んでいるのは、ライターだった。小さな火が、私の指の間で踊る。「それ、探してた?」誠司は床にへたり込み、殺気そのものの私を見上げて、完全に絶望した。「……最初から、知ってたのか……」私は一歩ずつ距離を詰める。空気が重くなり、誠司の呼吸が詰まる。「誠司。自殺すら、まともにできないのね」目の前まで行き、見下ろす。「火遊びがしたいなら――望みどおりにしてあげる」私は火を消し、ブーツで誠司の手を踏み抜いた。「ああ――!」「これは、美桜の分」ゴキッ。もう片方。「これは私の分」ゴキッ。左脚。「これは――あなたのせいで倒れた、両親の分」ゴキッ。右脚。四肢は、すべて折れた。誠司は、手足を奪われた芋虫のように床でのたうち、やがて、悲鳴すら途切れた。私はスマホを取り出し、長いあいだ封印していた番号へ発信した。「コードネーム『修羅』、任務完了。対象を確保しろ」次の瞬間、サイレンが夜を切り裂いた。来たのは交番の巡査ではない。捜査二課と、特殊部隊だった。私は、誠司の

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    スカイヒルズ。ここは誠司が瑠華のために用意した巣だ。現金一括で購入し、名義まですべて瑠華に移してある。私は玄関先に立ち、ためらいなく呼び鈴を押した。扉が開く。瑠華は、誠司が買い与えた真新しいシルクの寝間着をまとっていた。胸元はわざと深くはだけられ、白い首筋には重なるように残されたキスマークが、これ見よがしに晒されている。手には赤ワイン。向けられた視線には、隠しもしない侮蔑が宿っていた。「あら、来たの?おばさん。怖くて来られないかと思ってたけど?」彼女は身体をずらし、勝ち誇ったような表情で中へ招き入れた。リビングではアロマキャンドルが揺らめき、空気だけが不自然なほど甘ったるい。だが私は、玄関の花瓶の中、テレビの機器の上――あちこちに潜む、かすかな赤い点滅を見逃さなかった。小型カメラ。私を挑発し、手を出させ、その瞬間を押さえて刑務所送りにするつもりなのだろう。考えてはいる。――けれど、浅い。「紗弥、誠司はとっくにあなたに飽きてるわよ。ベッドの上じゃ、ただのマグロだって言ってた。見てるだけで萎えるって」瑠華はワイングラスを揺らしながら、じりじりと距離を詰める。言葉を刃に変え、私を切り裂こうとする。「ねえ、あなた。私に勝てるところ、どこにあるの?さっさと離婚届にサインして、無様にしがみつくのはやめなさいよ」私はリビングの中央に立ったまま、表情ひとつ変えなかった。「言い終わった?」一瞬、瑠華が言葉を失う。私が動じないことが、よほど想定外だったのだろう。次の瞬間、歯を食いしばり、衝動的にワインをぶちまけてきた。「消えろ!」私はわずかに首を傾ける。赤い飛沫は虚しく空を切った。――その刹那。私の指先から弾き出されたのは、一枚の硬貨。パシン!部屋の隅に設置されたブレーカー箱を撃ち抜いた。火花が散り、ジジッ、と焦げるような音が走る。次の瞬間、アパート全体が闇に沈んだ。「あっ……なに!?停電!?」瑠華の声が上ずる。指先すら見えない闇が、本能的な恐怖を呼び起こす。私はポケットから暗視ゴーグルを取り出し、装着した。世界が濃い緑に染まり、物の輪郭が鮮明に浮かび上がる。――狩りの時間だ。靴を脱ぎ、裸足でカーペットの上を滑るように進む。足音は、ない。瑠華は手探りで手探

  • 寝室に鍵をかけた日から   第4話

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