Short
夫と息子が憎む私はもう死んだ

夫と息子が憎む私はもう死んだ

By:  福満Completed
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
23Chapters
29views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

西村慎吾(にしむら しんご)と結婚して8年目。西村柚(にしむら ゆず)は、無人島で「システム」からの攻略ミッションの誘いを受け入れた。 「本当にいいんですね? ご主人と息子さんをあれほど愛しているのに、このミッションを引き受ければ、新しい体と身分に切り替わります。二度と彼らとは関われませんし、別の男性と恋に落ち、結婚することになりますよ?」 柚は俯き、手にした写真を見つめる。 そこには慎吾と我が子、そして大野蛍(おおの ほたる)の姿があり、3人はまるで本当の家族のように寄り添っていた。 結婚して8年、結婚式すら挙げていない。 それ以上に、1枚の家族写真すらなかった。 慎吾と我が子は好みまでそっくりで、蛍のことは溺愛しているくせに、柚のことだけはひどく嫌っていた。 柚は涙を拭い、写真を引き裂く。「決めた……」 システムが淡々と告げる。「承知いたしました。では、7日後に攻略ミッションを開始します」

View More

Chapter 1

第1話

西村慎吾(にしむら しんご)と結婚して8年目。西村柚(にしむら ゆず)は、無人島で「システム」からの攻略ミッションの誘いを受け入れた。

「本当にいいんですね?

ご主人と息子さんをあれほど愛しているのに、このミッションを引き受ければ、新しい体と身分に切り替わります。二度と彼らとは関われませんし、別の男性と恋に落ち、結婚することになりますよ?」

柚は俯き、手にした写真を見つめる。

そこには慎吾と我が子、そして大野蛍(おおの ほたる)の姿があり、3人はまるで本当の家族のように寄り添っていた。

結婚して8年、結婚式すら挙げていない。

それ以上に、1枚の家族写真すらなかった。

慎吾と我が子は好みまでそっくりで、蛍のことは溺愛しているくせに、柚のことだけはひどく嫌っていた。

柚は涙を拭い、写真を引き裂く。「決めた……」

システムが淡々と告げる。「承知いたしました。では、7日後に攻略ミッションを開始します」

……

無人島。

柚は枯れ草の根を掴み、自分の口に押し込んでいた。枯れ草を掴む手は霜焼けで赤く腫れ、その体は痩せ細り、皮と骨だけになっていた。

そして空には、柚にしか見えないシステムのホログラムが浮かんでいる。

柚は18歳で慎吾と付き合い始め、24歳で入籍した。

かつて慎吾は情熱的に柚を抱きしめ、「一生お前だけを愛するから」と誓っていた。

だが今、慎吾は甘やかすように、彼女の両親に養子として迎えられ育てられた血のつながらない妹、蛍を抱きしめている。

蛍のために食事を作り、体を労わり、高級なプレゼントまで贈る日々……

今までは、柚だけに与えられていたはずの言葉や行動が、今では、すべて蛍に捧げていた。

息子の西村颯太(にしむら そうた)もまた、父親の慎吾と同じように柚を毛嫌いし、蛍に懐いている。

柚が無人島に置き去りにされて1ヶ月経ったのだが、誰一人として柚のことに気づいていなかった。

柚が飢えと寒さで限界を迎えそうになっている間、慎吾と颯太は蛍のご機嫌取りに忙しかった。

柚が無人島で過ごして30日目、蛍は持病が悪化し入院した。その時になって初めて、慎吾はようやく柚のことを思い出したのだった。

慎吾が無人島へ駆けつけた時、柚は喉を枯れ草で傷つけたらしく、血を吐いていた。

そんな柚を見て、慎吾の目に一瞬だけ哀れみが浮かんだが、すぐに嫌悪感を露わにして言った。

「柚、帰ったら蛍にちゃんと感謝しろよ。蛍が執り成してくれなかったら、俺はお前なんか一生迎えに来なかったんだからな。

お前に人間としての心があるなら、蛍に腎臓を移植してやれ」

まだ6歳の颯太までもが、冷たく言い放つ。「ママ。蛍さんに腎臓を一つ分けても、ママは死なないでしょ?だから、ケチくさいこと言わないであげなよ」

親子二人の顔に浮かぶ瓜二つな冷酷な表情。柚の心は激しく締め付けられた。

自分は無人島で死と隣り合わせの生活を送っていたというのに……

しかし、この二人は蛍のことしか考えておらず、自分の惨めな姿などまるで目に入っていないようだった。

柚はゆっくりと立ち上がったが、激しい目眩に襲われた。

よろけてしまい、思わず颯太に触れてしまうと、彼は悲鳴を上げて柚を突き飛ばした。

「ママ、何するんだよ!蛍さんに買ってもらった服を血で汚さないで!ママなんか大っ嫌い!」

地面に叩きつけられた柚の霜焼けで荒れた手からは、血が滲み、激痛が柚を襲った。

慎吾はそんな柚の髪を掴み、なおも冷ややかに吐き捨てる。

「同情を買おうとするな。そんなものは通用しない。さっさと腎臓提供の同意書にサインしろ。それでもサインしないというなら、このまま一生ここにいるんだな」

「置いてかないで……サインするから……」

1ヶ月声を出していなかったので、その声はひどく掠れていて上手く言葉になっていなかった。

柚は口から出た血を拭い、逃げ出したい一心でひび割れた手でペンを持つと、同意書にサインをした。

慎吾にどんな扱いをされようと、柚はもうどうでもよかった。

ただ、これ以上この無人島にいることに耐えられなかったのだ。

もうこんな苦痛など耐えられない。

ようやく飛行機に乗り込んだ柚は、窓の外を見つめながらぼーっとしていた。

大人になるまで、柚は親から疎まれてきた。

そして、大人になってからは、すべてを慎吾と颯太に捧げた。

だが、慎吾と颯太は結局両親と同じだった。養女の蛍を守るため、何度も柚を傷つけた。

しかし、幸いにもシステムと契約を結ぶことができた。

あと7日で、この生活から解放される。

二度と、あんな人間たちとは関わりたくない。

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
23 Chapters
第1話
西村慎吾(にしむら しんご)と結婚して8年目。西村柚(にしむら ゆず)は、無人島で「システム」からの攻略ミッションの誘いを受け入れた。「本当にいいんですね?ご主人と息子さんをあれほど愛しているのに、このミッションを引き受ければ、新しい体と身分に切り替わります。二度と彼らとは関われませんし、別の男性と恋に落ち、結婚することになりますよ?」柚は俯き、手にした写真を見つめる。そこには慎吾と我が子、そして大野蛍(おおの ほたる)の姿があり、3人はまるで本当の家族のように寄り添っていた。結婚して8年、結婚式すら挙げていない。それ以上に、1枚の家族写真すらなかった。慎吾と我が子は好みまでそっくりで、蛍のことは溺愛しているくせに、柚のことだけはひどく嫌っていた。柚は涙を拭い、写真を引き裂く。「決めた……」システムが淡々と告げる。「承知いたしました。では、7日後に攻略ミッションを開始します」……無人島。柚は枯れ草の根を掴み、自分の口に押し込んでいた。枯れ草を掴む手は霜焼けで赤く腫れ、その体は痩せ細り、皮と骨だけになっていた。そして空には、柚にしか見えないシステムのホログラムが浮かんでいる。柚は18歳で慎吾と付き合い始め、24歳で入籍した。かつて慎吾は情熱的に柚を抱きしめ、「一生お前だけを愛するから」と誓っていた。だが今、慎吾は甘やかすように、彼女の両親に養子として迎えられ育てられた血のつながらない妹、蛍を抱きしめている。蛍のために食事を作り、体を労わり、高級なプレゼントまで贈る日々……今までは、柚だけに与えられていたはずの言葉や行動が、今では、すべて蛍に捧げていた。息子の西村颯太(にしむら そうた)もまた、父親の慎吾と同じように柚を毛嫌いし、蛍に懐いている。柚が無人島に置き去りにされて1ヶ月経ったのだが、誰一人として柚のことに気づいていなかった。柚が飢えと寒さで限界を迎えそうになっている間、慎吾と颯太は蛍のご機嫌取りに忙しかった。柚が無人島で過ごして30日目、蛍は持病が悪化し入院した。その時になって初めて、慎吾はようやく柚のことを思い出したのだった。慎吾が無人島へ駆けつけた時、柚は喉を枯れ草で傷つけたらしく、血を吐いていた。そんな柚を見て、慎吾の目に一瞬だけ哀れみが浮かんだが、すぐに嫌悪
Read more
第2話
柚は飛行機から降りると、水を飲む暇もなく、慎吾に病院へ連れて行かれた。全身はあざだらけ、泥と血で顔も汚れ、さらに服はぼろぼろで異臭を放っていた柚。通りすがる人々が、皆柚を見た。哀れむような、あるいは軽蔑するような視線で……慎吾もその視線には気づいていたが、柚を庇うことはなく、憎しみを込めて言った。「お前が蛍を苦しめたんだから、当然の報いだ」「苦しめてなんかない。私は……」「柚、もうこんなになってるのに、まだ言い訳するつもりか?」慎吾は柚の言葉を怒鳴って遮った。柚は疲労で反論する気力もなかったが、それでも悔しくて必死に弁解する。「慎吾、私の腎臓はもうあなたにあげているから、もう一つしか残ってないの。蛍に腎臓をあげたら、私、死んじゃうんだよ?」しかし、慎吾は冷ややかに笑った。「嘘ばっか言うな。俺に腎臓をくれたのは蛍だ。お前は一体何を言ってるんだ?でたらめばっか言いやがって」慎吾の暴言にはもう慣れていた。柚はもう何を言っても無駄だと思い、ただ絶望の中で慎吾を見つめた。付き合い始めた頃は、柚が親に愛されてるかどうかなんて関係ない、俺が愛してやる、と言ってくれたのに。今では、両親よりも酷い仕打ちをしてくる慎吾。慎吾は柚の視線を不快に思ったのか、捲し立てた。「いいかげん、いうことを聞けよ。手術が終わったら、結婚8周年記念日に改めて式を挙げてやるからさ。お前の夢だった結婚式だぞ?」二人は結婚して8年になるが、入籍だけで式は挙げていなかった。慎吾が初めて結婚式を約束してくれた。しかし、今の柚はそんなこと一切望んでいない。「ちょっとトイレ行ってくる」と、柚は呟くように言い、慎吾の方も見ずに、ふらりとトイレの方へ向かった。半分ほど歩いたところで、柚は進路を変え、出口へ走った。腎臓なんてやるものか。どこか場所を探して、7日間だけ静かに過ごしたい。しかし、外に出る前に、背後から慎吾に捕まえられてしまった。「ママ!逃げようとしたってそうはさせないからね!ママが逃げたら蛍さんが死んじゃうよ。蛍さんが死ぬの嫌なんだ」そう言いながら、幼い颯太は水鉄砲で、柚の顔に水をかけた。顔が濡れているのは水のせいなのか、はたまた涙のせいなのか……柚は声を震わせる。「蛍が死んじゃいけないのなら、私は?私は死んでもい
Read more
第3話
パシッ!彩花が、またもや柚の頬を叩いた。「まだ反省してないわけ?ずっと蛍をいじめておいて、1ヶ月前には崖から突き落としたのに!あの子にもしものことがあったら、本当のご両親たちに顔向けできないじゃない」彩花は声を詰まらせ、泣き出した。すると、蛍がか細い声でなだめ始める。「お母さん、泣かないで。お父さんとお母さんが、私のこと大切にしてくれてることは分かってるから。だから、お姉ちゃんが私を傷つけて、私の死を望んだとしても、お姉ちゃんのせいにしないであげて」「なんていい子なの……でも、蛍。死ぬなんて縁起でもないことは言わないで。柚があなたに腎臓をくれさえすれば、蛍は元気に長生きできるんだから」ずっと黙っていた大野勇太(おおの ゆうた)も、辛そうな顔をしてうなずいた。「ああ、そうだぞ。蛍」彩花に叩かれたせいで、柚の口の中は切れ、頬も熱く焼けるような痛みを感じていた。しかし、誰も柚のことなど気にも留めない。まるでこの3人家族の温かな風景の中に、柚という存在は最初からいなかったかのようだ。ここまで嫌うなら、なぜ自分を生んだのだろう?柚は口元の血をぬぐい、悲しげに笑った。「お姉ちゃん。私が病気で苦しんでいるのがそんなに面白い?私は、もうこんなに辛い思いをしてるんだから、これ以上ひどいことはしないでよ……」と蛍が声を震わせていった。勇太は眉をひそめる。彩花も奥歯を噛み締めた。「本当、なんて子なの!」再び手を振り上げ、柚を叩こうとする。しかし、それを慎吾が掴んだ。慎吾は蛍を優しくなだめると、勇太たちに蛍を連れて外へ出ているように言った。しかし、柚は期待など抱いていなかった。慎吾は自分のために、彩花を止めたのではない。蛍のために、腎臓を摘出するまでは自分に何かあってはいけないと思ってのことからだろう。慎吾が皮肉っぽく吐き捨てる。「柚。前は俺たちの前で、いい顔してたくせに、今じゃ猫をかぶることすらやめたのか?」「答えは分かってるくせに、なんで、あえて私に聞くの?」柚は猫をかぶらなくなったのではない。ただ、彼らに何の期待も抱かなくなっただけのこと。誰もが自分の言葉には耳を傾けず、ただの言い訳だと決めつけるのだから。哀れな犬のように、彼らに縋り付くのはもうやめた。慎吾が不機嫌そうに眉を寄せる
Read more
第4話
柚は目を伏せた。「もういらないから処分したの。それがどうかした?」慎吾と一緒に現れた蛍が、慎吾に囁く。「前、友達が旦那さんの気を引くために、思い出の品とかお揃いの物をわざと捨てて、もう旦那さんに気がないふりをしてたの。もしかしたら、お姉ちゃんもそれを真似してるのかも」しかし、蛍はそう言い終えると、これ見よがしに慌てた様子で手を振った。「あ、違うの、慎吾!別に、お姉ちゃんが駆け引きしてるって言ったわけじゃないから!勘違いしないでね」すると、慎吾の目から動揺は消え、軽蔑の色だけが残った。「柚、こんなくだらないことしやがって!嫉妬以外に、お前は何ができるんだ?あの写真だって、お前が俺や颯太に撮ってくれって懇願したやつだろ?なのに、自分で捨てたんだ。後悔しても知らないし、もう二度とお前なんかとは撮ってやらないからな」柚の瞳は翳り、声を落として言った。「私が悪かったの。両親に失望したあと、その穴埋めみたいに、あなたと颯太にばかり心を向けてしまったから」もし慎吾と颯太に依存していなければ、裏切られても、ここまで追い詰められて自ら命を絶とうとするほどではなかったと思う。柚は後悔していた。慎吾が眉をひそめる。「もうこんなくだらないことなんかするなよ。移植手術が終わったら式を挙げるって言ったこと、破りはしないから安心しろ」一生大切にするとプロポーズしてくれたのは、この男ではなかったのか?それを、今は破っているくせに。すると慎吾のスマホが鳴り、彼が外へ出て行った。病室に残ったのは、蛍と柚だけ。蛍は嘲笑するように言った。「慎吾が結婚式を挙げてくれるなんて、本気で信じてるの?そんなの、私への腎臓提供を渋られないように、適当に言ってるだけじゃない」蛍の言葉が真実かどうか、柚には分からなかった。まあ、どちらにせよ慎吾は、常に自分に対して冷酷だ。それに、今更真実かどうかなんてどうでもいい。この勝ち誇ったような顔をしている蛍の顔を見続けるのもごめんだ。柚は冷たく言い放つ。「言いたいことはそれだけ?他に何も無いんだったら、出てってくれる?」「私に出ていけだって?何よその態度!」憤慨した蛍は自分の頭を水の入っていたグラスで叩くと、柚の点滴チューブを掴んで床に倒れ込んだ。「慎吾、助けて!お姉ちゃんに殺される!」
Read more
第5話
慎吾は残酷だった。柚の特許を蛍のものにしただけではなく、翌日のグループ表彰式にも蛍を呼び出したのだった。表彰式の会場へ向かう車の中で柚は慎吾に詰め寄り、会場に着いては跪いてまで「特許を返してほしい」と頼み込んだ。しかし、慎吾は耳を貸さなかった。柚はただ舞台の下で、蛍が自分の栄光を奪う様子を指をくわえて見ているしかなかった。蛍は感極まった様子でスピーチをした。「私の努力が認められて、本当に嬉しい限りです。そして、姉ともこの幸せを分かちあって、姉にも私と同じように社会に貢献できる人になってほしいと思います」会場中の全員が、蛍を称賛する――「こんなすごい特許を開発するなんて、才色兼備だね」「養女なのに実の娘さんよりもご両親に可愛がられてるだけあるね。本当に優秀」「蛍さんこそ、西村社長にふさわしい相手だよ」「お姉さんは学生時代にいじめをしたり、蛍さんを虐げたり、男遊びも激しかったっていう噂だよね?それに、西村社長にも薬を飲ませて無理やり結婚したんだから、どうしようもない女だよ」「あの女、西村社長にも相手にされてないんだから。だって、子供までいるのに結婚式挙げてもらってないんだよ?それに、パーティーとか同伴が必要な時は、いつも蛍さんを連れてっているし」表彰式では蛍が持ち上げられるほど、柚への評価は冷ややかなものになった。あかぎれだらけの手、骸骨のように痩せ細った体でドレスを着る柚は、まるで場違いな場所に来てしまった滑稽なピエロだった。勇太は柚を見ることさえ嫌がり、笑顔で蛍を「自慢の娘」と紹介した。彩花は、そんな柚を見るのが恥ずかしくて顔を赤くし、駆け寄ってくると、柚の手からカップケーキを取り上げ、怒鳴りつけた。「早くこの場から消えて!そんな格好して、恥ずかしくないの?あなたがここにいたら、私が恥ずかしいんだから!」「お父さんもお母さんも、私のことがそんなに恥ずかしいなら、今すぐ縁を切ってもいいから。私はそれでも構わないよ」柚は新しいケーキを手に取り、虚ろな目で次々と口に詰め込んだ。「辛いときは甘いものを食べれば元気が出るよ」と梨花が言っていた。なのになぜ、どれだけ食べても、胸の苦しみは消えないのだろう?彩花はさらに真っ赤になって怒り、ケーキを奪い取って床に叩きつけ、わざと足で踏みつけた。「
Read more
第6話
柚は震えながら息を深く吸い込んで、自ら電話を切った。子供の純粋さとは、時に一番残酷なものだ。離れられるまで、あと5日。それはあまりにも先のように感じられた。柚が再び歩み始めようとしたとき、梨花から電話がかかってきた。居場所を伝えると、梨花はすぐに駆けつけてくれた。柚の姿を見た梨花は涙をこぼし、すぐさま上着を脱いで柚に羽織らせた。「柚!1ヶ月ずっと探してたんだよ!もう、どれだけ心配したか……どうしてこんなに痩せちゃったの?こんな格好で外にいたら凍えちゃうよ。その手の傷は何?どうしてそんなにボロボロで、針の跡まであるの?病気なの?点滴をしてるの?もう!ひどいあかぎれじゃない!痛いよね、苦しいよね……」梨花は声を詰まらせ、言葉を続けることができなかった。そんな梨花の泣く姿を見て、柚の心も締め付けられた。「泣かないで。私は大丈夫だから。今、すごい寒いから、先に梨花の家まで連れてってもらってもいいかな?」今はまだ、慎吾たちに会いたくなかった。彼らがいる場所では、絶望と苦痛しか感じられない。「もちろん!」梨花は涙を拭うと、柚を支えて車に乗せ、自分の家へ急いだ。梨花から温かい飲み物をもらい、やっと震えが少しおさまってきた。柚はこの1ヶ月に起きた全てを梨花に打ち明けた。梨花は柚を抱きしめ、声にならないほど泣いた。「慎吾さん、本当最低!前まではあんなに柚に優しかったのに。それに、柚の親みたいに蛍を特別扱いしたりしないってまで言ってたよね?もう!こんなことになるなら、結婚を止めたのに!その上、あのクソガキ……柚がお腹を痛めて産んでやったっていうのに。病弱なあの子が風邪を引いた時には、24時間付きっきりで看病してくれた柚になんてことを。それに、よりにもよって、あんなクズみたいな父親と一緒になって、柚に腎臓を提供しろなんて!あいつらに殺されるようなもんじゃない!うちなんて破産したっていいから、腎臓提供なんて許さないよ。死ぬのは絶対に駄目だからね、柚!」柚はティッシュで梨花の涙を拭いた。「梨花、泣かないで、まずは私の話を聞いてくれる?私ね、あるシステムと契約したの。私の肉体は死ぬんだけど、精神的なものは無くならずに、体を入れ替えて、別の誰かとして生きるってことなの。落ち着いたら、必ず連絡するから」
Read more
第7話
慎吾も昔のことを思い出したのか、居心地悪そうに言った。「今回は違う」柚は頷く。「わかってる。蛍の腎臓移植が成功するまでは、私に何かあっちゃいけないもんね」慎吾は怒りを露わにし、ハンドルを激しく叩いた。クラクションが鋭く響いた。「柚、いちいち嫌味を言うな。手術が終わったら、もう一度やり直そうと言って……」「慎吾。手術をしたら、私は死ぬの。もうこれからなんてないんだから。死ぬ前に、離婚して?」柚は慎吾の言葉を遮って言った。実際、離婚の話をするのはこれが初めてではなかった。ただ、いつもは慎吾が切り出していたのだが……今回離婚を切り出したのは、柚のほうだった。車の中が沈黙に包まれる。車が病院に着いた瞬間、慎吾は苛立ちを柚子にぶつけた。「なんで急に離婚なんて言いだしたんだ?さっき俺に車を下されたのが気に入らなかったのか?でも、こんなことは初めてじゃないだろ?なのに、そんな理由で?それとも、俺が結婚式を延期しようとしてることを知ったからか?」柚は呆然とした。「結婚式を……延期?」「お前が腎臓を提供してくれることへの感謝として、蛍がお前の裾もちをしたいと言い出したんだ。でも、手術後は回復の時間が必要だろ?だから、8周年の記念日に式を挙げるのは蛍の体調が心配で、延期しようって思ったんだよ」柚は、もう結婚式を挙げ直すことなど期待していなかった。それでも蛍のために結婚式を延期すると聞かされて、ひどく虚しい気分になった。柚はスカートの裾を握り締め、言い返す気力もなく答えた。「うん、確かにそうだね」慎吾はいら立った。「そんな顔するなよ。延期は仕方のないことだけど、蛍が1年延ばせと言ってたところを、俺は半年だけに抑えてやったんだぞ?それでも、まだ不満か?なら、何度でも結婚式をやってやるから、それでいいか?ん?」「私はそこまで生きられないから、死ぬ前にただ離婚したいだけ」柚は、死ぬ時まで慎吾の妻でいたくなかった。慎吾の堪忍袋の緒がきれた。「医者がもう検査したんだ!腎臓が片方無くなるだけで、死ぬわけない。いい加減な嘘はやめてくれ。もうお前にはうんざりだ!」慎吾は柚の病室に立ち寄ることもなく、そのまま反対側の蛍の病室へ向かった。柚は、時折慎吾がわからなくなる。以前、必死になって離婚を求めていたのは彼の方だっ
Read more
第8話
彩花が再び平手打ちをしようと手をあげたが、柚はその手首を掴んだ。「これ以上暴力を振るうなら、警察を呼ぶからね」理由も聞かずにいつも感情的になって暴力を振るう親に、もううんざりしていた。「な……なんてこと!腎不全で死ぬべきなのが、どうしてあなたじゃないのかしら?蛍はあんなに優しい子なのに、どうしてこんなに苦しまなければならないの……」彩花は柚から手を引き抜き、声を上げて泣きじゃくった。慎吾が駆け寄り、険しい表情で柚を引き留める。「柚、また逃げる気か?子会社の株式を譲っただろ?それなのに蛍への腎臓移植から逃げようなんて……お前はなんて冷酷な女なんだ。蛍を殺す気か?」手首が折れそうなほど強く掴まれ、柚は逃れたくても体が動かなかった。柚は疲労を滲ませながら答える。「何度も言わせないで。逃げようとなんてしてないから。ただ遺言の公正証書を作ろうとしただけ」「腎臓を提供して死ぬわけでもあるまいし、遺言の公正証書だと?そんな苦しい言い訳を信じるとでも思ったのか?」慎吾は柚を引きずり、乱暴に車へと押し込んだ。「数日間休ませてやってから移植しようと思っていたのに、大人しくもできないのか?だったら、今すぐ病院に戻って、腎臓摘出の手術を受けるんだ!」ドアはロックされ、車が走り出した。逃げ場を失った柚は、乾いた唇を舐めて言った。「あと4日だけ待ってくれない?」慎吾は鼻で笑った。「また時間を稼いで、逃げるチャンスでも探すつもりか?」「違うの。あと4日で私は死ぬから。そうなってから、移植手術をしても遅くはないと思うけど?」システムによれば、攻略ミッション開始後、苦しみを感じることなく死ねるのだという。それなら、腎臓を無理やり取られるような死に方をせずに済む。しかし慎吾は冷たく拒否をした。「自分を死神かなんかとでも思っているのか?死ぬ時が分かるわけないだろ?柚、そんな時間稼ぎはもうやめろ。お前に逃げる隙は二度と与えないからな!」病院に到着し、柚は車から引きずり出されると、そのまま手術室まで強引に連れて行かれた。同じく手術室へ向かう柚と蛍の扱いには、雲泥の差があった。慎吾、勇太、彩花、颯太の全員が、蛍の周りを囲み甲斐甲斐しく世話を焼いている。しかし、柚はただ孤独にその場に立っていた。誰一人、彼女を気に留める者はいない
Read more
第9話
手術が始まった。麻酔薬が効き始め、激痛がいくぶんか和らぐ。意識が遠のく中、柚はぼんやりとした感覚があったのだが、身体が切り開かれるのを感じていた。腎臓が摘出された。「まずい!患者さんの血圧と心拍数が急激に低下しています!」誰かの怒鳴り声が聞こえた。ピーッ――鋭い警報音が鳴り響き、手術室は騒然となる。意識が途切れる最後の瞬間、柚の目に映ったのは、ドアを押し開けて飛び込んでくる慎吾の姿だった。彼は顔面蒼白で、何かを必死に叫んでいる。だが、その声はもう耳には届かない。……「中で血圧と心拍数が不安定って言ってないか?もしかして、蛍じゃ……」居ても立ってもいられなかった慎吾は、手術室に駆け込んだ柚はこれまで健康だったのだから、異常が起きるはずがない。だから何か問題があるのだとしたら、蛍に決まっている。しかし手術台の上の二人は医療用ガウンで覆われており、どちらが誰なのか判別がつかなかった。モニターの数値も、慎吾には到底理解できなかった。蛍が危険な状態だと聞いた彩花たちも、慌てて押し寄せてくる。若葉は汗だくになりながら、必死に彼らを追い返そうとした。「皆さん入ってこないでください!手術は順調に進んでいますから!」手術室のドアが再び閉まる。慎吾は入り口に立ち尽くしていた。根拠のない不安に襲われ、まるで自分にとって最も大切な何かを失おうとしているかのような焦燥感に駆られた。眉をひそめて自分の胸を叩いたが、締め付けられるような重苦しさは増すばかり。するとなぜか、突然昔の記憶が蘇ってきた。野良猫の餌やりがきっかけで、慎吾と柚は知り合った。柚はいつも猫缶の袋を提げてきて、猫をなでることもせず、ただ黙って猫が食べるのをじっと見守っていた。柚の周りには、どこか淡い哀しみが漂っていた。たとえ大勢の中にいても、柚だけが別の世界にいるようで、寂しげで孤独そうに見えたのだ。何度かその様子を見かけるうちに、慎吾は柚に興味を抱いた。まだ学生のようなこの女の子に、一体どんな過去があるのだろうか、と。好奇心が、恋の始まりだった。哀愁を漂わせる柚だったが、実際に接してみると案外気さくだった。しかし、少し優しくされただけで、心すべてを捧げてしまいそうな危うさが柚にはあった。何回か話すうちに、
Read more
第10話
慎吾は冷ややかに言い放った。「あいつがどうなろうと俺の知ったことじゃない!」柚は、腎臓の移植手術をする前まで離婚すると騒いだり、もう二度と会わないなどと縁起でもないことを言ったり、自分に喰ってかかってきていた。なのに、いざ手術が終わって誰にも相手にされなくなると、頼ってくるなんてどうかしている。ここ数日、自分が柚に対して甘く接しすぎたせいで、あいつはすっかりいい気になっているのだろう。慎吾はやはり放っておくことにし、一方的に通話を切った。しかし、すぐ看護師が病室へ飛び込んできた。「西村社長、奥様が……」慎吾は怒りに任せてグラスを叩き割り、看護師に最後まで言わせなかった。「あいつがどうなろうと知ったことじゃないと言っただろ?こんな簡単なことも処理できないなら、もう病院に居なくていい!」若手の看護師は、ガタガタと震え出した。結局何も言い返せず、彼女はそそくさと病室を出ていった。彩花が眉をひそめる。「柚は小さい頃から性格が歪んでいたから、たぶん、慎吾が蛍の看病をしているのを見て嫉妬したのよ。わざわざ人を介して連絡してくるなんて、本当に嫌な子だわ」颯太は、潤んだ目で彩花を見つめた。「おばあちゃん、ママはもう死んじゃったの?」「残念だけど、そう簡単には死なないわ。あの女、生命力だけは強いからね」彩花の言葉を聞いて、颯太は酷くがっかりしたようだった。慎吾はそんな二人を見つめていた。二人が柚についてこんなことを話すのは初めてではないのに、なぜか今は酷く嫌な気分になった。タバコでも吸おうと部屋を出た慎吾は、廊下ですれ違った霊柩車の光景に思わず足を止めた。どこかの不運な患者の手術が失敗したようだ。慎吾はちらりと見ただけで、すぐに蛍の待つ病室へと戻った。柚が数千分の一でも、蛍のように善良で大人しかったら、8年間の夫婦生活がこんなに冷え切ることもなかっただろうに。翌日、やっと蛍が意識を取り戻す。蛍は泣きながら目覚めた。「どうした?悪い夢でも見たのか?」慎吾は心配げに尋ねた。柚が今まで蛍にしてきた仕打ちの数々を思い出し、慎吾は心を痛めた。蛍は涙で顔を濡らしながら話しだす。「うん、お姉ちゃんに虐められた過去を夢に見たの。それに、私に腎臓を上げるのはいいけど、これからの薬を毒薬にすり替えて、私の
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status