LOGIN「何するのです!」
「何って、お前が突然こっちに来るからだろう。俺は【いい人だから心配するな】と報告したじゃないか」
「食べ物につられるケヴィン兄様は信用できません」
ぷいっとそっぽを向いたオリヴィアに『はあ?』とケヴィンは思い、アレックスを見た。
「兄貴もオリーに何か言って……兄貴?」
「食べ物につられる、な」
「……兄貴、あのサンドイッチの件は謝ったじゃないか」
アレックスはふうっとため息を吐いた。弟に引き続き妹ともかなり久し振りの再会となるのだが、突然過ぎるし、慌ただしいしで、全くジンッとこなかった。
「何か言ってやりたいのは私のほうですわ。 アレク兄様もアレク兄様です!」
「……確かに連絡を遅れたのは悪かったと思う。あの怪我ではお前にもずいぶん心配をかけてしまったな」
「お兄様……」
回復は絶望的だという報告を受けたときの悲しみ、回復の可能性が出てきたと報告を受けたときの希望、そして完治の知らせを受けたときの歓喜。あの日々を思い出したオリヴィアは胸がぐっと詰まる思いだった。
「でも【妻のことは心配ない】と連絡しただろう?」
アレックスの『妻』発言に、グッと胸を詰めたものは消えた。
「妻! あの女と呼んでいたお兄様はいつから妻と呼ぶようになったのです。天地がひっくり返ってもあの女と結婚することはない、心配するなと仰っていたのに」
「あのな……」
「分かっておりますわ。お兄様は相手が『中身がどんな性悪であっても器がよければやることやれる』ところりと共にベッドに寝転がる、外見至上主義の極致なようなお考えの持ち主ですものね。あの女、顔だけは確かにお兄様の好みど真ん中ですものね」
さすが三花、過去に絡んできた女性たちから伝え聞いたアレックスの艶聞から、ラシャータの中身は嫌いだが見た目は実は好みであることをオリヴィアは見抜いていた。そのあたり、聞いた数が多いから精度も高い。
「&
「え? どうして?」 「この男はディルという。この仮面は認識阻害が付与された魔道具でな、いつもこれを使って隠れている」「どうしてそんなことを?」 「七割は本人の趣味で、残り三割は俺の代わりをしてもらうためだな」(七割の趣味はこのさい置いておいて、陛下の代わりというと……?)ディルが仮面を外すと、その下の顔はファウストにそっくりだった。変化で色は変えられるとしても、顔の形や体格まで『同じ』となると他人とは思えない。「私は先々代国王の庶子です」 「先々代国王の、庶子……」歴史書によれば先々代国王の子は、正妃の間に生まれた王女が二人と、王子が二人。「いまは『ディル』と名乗っています。どうぞお見知りおきを」(叔父さんの顔で丁寧に頭を下げられると違和感だらけだな)「ディル、いつも通りの話し方でいい」 「分かりました……それでは公爵、今回の件に関わるので私の生い立ちについて軽くお話ししても?」(なにか変わったか?)「先々代国王は歴史的には賢君だけどの欲望に素直なタイプでね、女性が欲しいから抱く、相手も一夜の関係であることに合意しているから愛妾として召しあげる義務まではない。結局、僕みたいな庶子がたくさん。みんな赤ちゃんの頃に殺されたから、生き残っていたとしてもどうなったことやら」フランクになった上に、あっけらかんと過去を話すディルにアレックスは「おおっ」と驚いた。「政略結婚だったけれど先々代国王のご正妃様は彼を王として尊敬し、夫として愛していた。前半だけならよかったんだ、彼もご正妃様のことは『王妃として』信用していたしね。でも夫を愛していた彼女は、妻として愛されたいと思った。夫に自分一筋になってほしかったんだ。ないもの強請りだよ、愛しちゃったのはそういう男じゃないんだから」王太子のスペアといえる第二王子が生まれると、先々代国王は正妃と夜を共にしなくなった。「ご正妃様は先々代国王のタイプではなかったんだよ」 「『タイプではない』……でいいのですか?」「いいんじゃない? そのあたりは人それぞ
マリアローゼット王妃に指示された場所に向かえば、そこにはいつも彼女の傍にいる腹心の侍女カリーナがいた。「王妃様が内宮の奥庭でお待ちです」内宮の奥庭。公爵で現王ファウストの甥であるアレックスでもそこには大きな温室があるらしいとしか知らないそこは、かつては王のための妃たちが大勢暮らしていた場所。いまは王とその家族の居住区で、ファウストは特に公私を分けたいタイプなのか、ここに入ることが許されるのは若い頃から王の傍にいた古参のみ。 (オリヴィアのせいだな)この国が一夫一妻制になったのには、かつてこの場所で起きた血で血を洗う惨劇が原因だったと歴史書にある。歴史書に描かれた挿絵と、妹オリヴィアが開いた会議のせいで、アレックスには男の身勝手と不実を嘆く数多の女たちの怨嗟の声が聞こえた気がした。居心地の悪さは男の身勝手には覚えがあるアレックスの自業自得である。「ハハハッ」笑い声がしてそちらを見ると、ガサガサッと音がして近衛騎士団長のロドリゴが姿を現した。古参の彼がここの出入りをしていても不思議ではない。実際に侍女カリーナは、呆れた顔をしているが驚いてはいない。ただ今回は王妃から「話したいことがある」と言われている。(ロドリゴのおっさんも、ということか)「何かおかしいですか、ロドリゴ殿?」 「社交界でブイブイ言わせているお前さんが借りてきた猫のようだからおかしくてさ、女の幽霊の声でも聞こえたか?」「え、マジでいるのか?」 「知るか。そっちの感覚は皆無……ああ、お前さんはそういう話が苦手だったよな。六歳のときにオネショしたのも……」「ロドリゴ様、王妃様がお待ちなのでお戯れもほどほどに」年寄りの昔話をアレックスが止めようとする前に、侍女カリーナがそれを止めた。禄に話したことのない女性だが、いい人だとアレックスは思った。「はいはい。お先にどうぞ、ウィンスロープ公爵閣下」大仰な身振りでロドリゴが温室の扉を開ける。気障な仕草だが、イケオジと評判のロドリゴに似合うのでアレックスは文句が言えなかった。 「よう
自分が死んだことになっている理由も方法もレティーシャには分からないが、死んだままにして隠されていた理由については分かっている。レティーシャは伯爵邸から出ることを許されなかったが、月に一度馬車に乗せられ伯爵と共にどこかにいっていた。場所は分からないので『連れていかれた』というほうが正しい。いつも月のない夜。その夜は小屋を出るときから分厚いマントを被りフードで顔を隠すように言われた。そして小屋に戻るまでフードをとってはいけない。伯爵に連れていかれた先にはけが人や病人がいつもいた。人数はときによって違ったが、彼らはレティーシャのことを『聖女様』と呼び、伯爵には彼らを治すようにと言われたためレティーシャは治癒力を使った。(あれはいけないことだった)治癒力は国が管理しているから、レティーシャはそれが国王の指示だと思っていた。面倒だとか言って嫌がるラシャータの代わりに、だから治癒力を使うときピンク色に戻ってしまう瞳を隠していたのだとばかり思っていた。でも違った。彼らはレティーシャを、レティーシャでもラシャータでもなく誰も存在を知らない『三人目の聖女』だと思っていた。公爵邸の図書館にあった何代か前の当主の手記に聖女の護衛計画があり、王家が聖女に護衛兼見張りの者をつけていることを知った。彼らがいるためラシャータが勝手に治癒力を使うことはできない。『三人目の聖女』、伯爵が自由にその治癒力を使える聖女。伯爵はそれを使って財産や権力を得ていた。財産のほうはレティーシャには分からないが、国王が一伯爵家に伺い立てていたことから権力のほうは想像できる。死から救う夢のような存在である聖女は、権力の象徴にもなり得る。夢と恐怖は表裏一体、聖女を使えば国を支配することもできる。野望ある者には禁断の果実だ。(禁断の果実……)当主の手記の端の方に【聖女は禍】とあった。数が多いうちは互いの抑止力になるが、聖女の数が減れば聖女を巡って戦争が起きる。聖女は禍、そういうことだ。それを昔のスフィア伯爵は察し、聖女を国に委ねた。聖女の数が減ってきた頃の話なので、禍を押しつけたともいえるが、その辺りのやり取りは手記にはなくレテ
「奥様、そろそろ旦那様がお帰りになります」 「分かりました」ロシェットに軽く化粧を直してもらって、レティーシャは玄関ホールに急いだ。午前中はウィンスロープで鼠が出る騒ぎになり、その報告でアレックスは登城していた。(公爵邸はお城の目の前だから、お城にも鼠の注意をしにいったのかしら。厨房だけじゃなくて備蓄倉庫も鼠に荒らされたって伯爵邸の使用人たちがよく言っていたもの) 玄関ホールにつくと誰かがレティーシャに気づき、道を開けてくれた。並ぶ使用人の間を抜けてグレイブの前に立つ。こうしてアレックスを出迎えることにも慣れてきたとレティーシャが想ったとき、アレックスが帰ってきた。「おかえりなさいませ、アレックス様」 「ただいま、奥さん。ケヴィンとオリヴィアは?」「お二人ともお部屋にいらっしゃいます。呼んでまいりますか?」 「いや、全然、いなくて構わないから」首を横に振るアレックスの頭の向こうに空が見えた。アレックスと共に行動しているロイがまだ来ないからか、玄関扉はまだ開いたままだったからだ。空はまだ明るい。(今日はいつもよりお帰りが早いですね)「どうかしたのか?」 「空が明るいから、お早いお帰りだと思いまして……あと、夕焼けがとてもきれいだと……」レティーシャは反射的に自分の目に手を当てた。―― 君……目の色……夕日……。(男性の声……誰? いいえ、最近聞いたような……伯爵様? ……ではない……とても優しい声、あれは……) 「どうした? 目が痛いのか?」 「……え?」アレックスの声に顔を見ると、心配そうなアレックスの目と目があう。赤色に光るアレックスの目に映っているから、いまは琥珀色に変化させている瞳がレティーシャのピンク色の目に見えた。「どこも痛くないなら、俺とデートしないか?」 「これから、ですか?」「ちょっとそこの庭まで。二人なら立派なデートですよ、奥さん」(庭……)いいのだろうか、とレティーシャは思った。最近、ウィンスロ
「お義姉様が作られたこのクッキーは絶品ですわ。いくらでも食べられますわ」「ありがとうございます。オリヴィアが食べてくれると思うと、作るのもとても楽しいのです。いつでも作りますからね」オリヴィアは義妹の特権とかいう訳の分からないものを振りかざしてレティーシャに甘えまくっている。レティーシャも甘えられることが新鮮なのか、嬉しそうにオリヴィアを甘やかしている。甘やかされてメロメロになるオリヴィア。 メロメロのオリヴィアは可愛いとさらに甘やかすレティーシャ。無限ループに陥っている。二人は朝から晩まで一緒。 一緒に寝ることもあるので、晩から朝までも一緒。そんな二人にアレックスは焦れている。 この状態なので、ほぼ毎日焦れている。先ほどもレティーシャにクッキーを作ってもらうのだと自慢するオリヴィア相手に狡いと騒ぎ、「そのクッキー、絶対に残しておけよ! 当主命令だ!」などと言っていた。(……まあ、守ってはおりますけどね)当主命令だから、オリヴィアはそれを守ってちゃんと残していた。 一枚だけ、別皿に取り分けてある。これは「たくさん食べて下さいね」とレティーシャが言ったからだ。当主命令も聞きつつ、レティーシャのお願いも同時に適える見事さにロシェットは感心していた。同じ大きさの二枚の皿の上、一方は山盛りなのにもう一方は一枚ちょこんと乗っているだけ。少なさが妙に際立つ嫌がらせである。 先日、主要な使用人がオリヴィアによって集められ『奥様に旦那様と離婚したいと思わせないための作戦会議』が開かれた。ネーミングセンスは問いたいがテーマは分かりやすかった。レティーシャが離婚したい、つまりウィンスロープ邸を出ていきたいと思うとしたら原因は二つ。「一つは住み心地が悪い。でもこれは問題ないと思うの。お義姉様は毎日満足そうだもの。そうなると問題はもう一つのほう、アレク兄様との結婚は嫌とお義姉様が思ってしまうことだわ」そうならないために、初めのうちはレティーシャが好みそうなロマンスを演出するなど意味のある話し合いが行われた
「奥様、鼠が数匹邸内に入り込みました」「まあ、また?」(首を傾げる奥様、とても可愛らしい) 「鼠を駆除するため、邸内が騒がしくなります。しばらくオリヴィア様と温室でお過ごしくださいませ」「分かりました。それでしたら、お茶の用意も……お、お願いするわ」(使用人に命令することを慣れようとする奥様、たどたどしさが尊いわ) 最近、ウィンスロープ公爵邸には不届き者の侵入が増えている。屋敷の周りにいる奴らに対して「目障り」「奥様の目に留めるわけにはいかない」「先手必勝」などと使用人の意見がアレックスのもとに殺到したため、アレックスはわざと隙を作って鼠たちを迎え撃つ形に作戦を変更することになったことも一因である。鼠たちは大した手練れでもないため、その駆除は手の空いている者が担当することになった。だから、多くの使用人がその「手の空いている者」になるため、毎日せっせと働き自分のノルマを一生懸命こなしている。レティーシャの聖女の力で肩こり、腰痛、失恋の痛みなど、いろいろなものを治してもらった者たちの恩返しだった。使用人たちの良い働きにグレイブやソフィアたち幹部職は非常に満足している。 (今回も大勢参加しているわね)温室から見える屋敷は貴族宅とは思えないほど賑やかである。剣が金属製の何かにぶつかる甲高い音、小規模ながら魔法を使っている音もした。(次回からは拳のみ使うように進言いたしましょう。切り傷や焼け焦げた跡のある場所を奥様に歩かせるわけにはいかないもの)そんなお祭り騒ぎの邸はレティーシャにも見えているはずだが、レティーシャは「大変ね」の一言ですませている。「私、よく効く殺鼠剤の作り方を知っているから、あちこちに置いてみたらどうかしら」(奥様……大変お可愛いらしい)レティーシャの可愛さにロシェットの内心はくねくねと悶えているのだが、表面上はスンとした無表情で凛とした立ち姿である。 「お義姉様、大丈夫でしたか?」数人の騎士に囲ま







