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Author: 酔夫人
last update publish date: 2025-11-13 17:21:14

スフィア邸の勝手口を開けて外に出ると、レティーシャに気づいた騎士が駆け寄ってきた。

動きに合わせて長い髪が揺れる。

(女性騎士……)

「は、初めまして、ラ、ラシャータ様。ウィンスロープ騎士団のレダと申します」

(美しい方だわ)

「よろしくお願いします、レダ卿。無理をいって騎士様を裏口で待たせてしまって申しわけありませんでした」

レティーシャが頭を下げると、レダの口がカパーッと開いた。

レティーシャが顔を上げても、レダは口をカパーッと開いたままだった。

(美しい方は、どんな表情をしていても美しいのね)

ウィンスロープ騎士団にはこんな素敵な女性の騎士様がいるのか、まるで物語のようだとレティーシャは思った。

この光景を小屋から見ていたドマは《早速か!》と叫んだが、レティーシャには聞こえなかった。

「ラシャータ様、ですよね?」

ドマの予想通り、早々とレティーシャはその正体を疑われた。

(レダ卿はラシャータ様に会うのが初めてなのね)

「ラシャータ・スフィアと申します」

レティーシャの心の声がドモに聞こえていたら、ドモは《違うっ!》と突っ込んだだろう。

レダの口がまたカパーッと開いた。

(あら? ここでカーテシーをするべきだったかしら)

でも、令嬢教育を受けていないレティーシャにカーテシーはできない。

レティーシャは笑顔で誤魔化すことにした。

それで正解。

普通の貴族令嬢は迎えの騎士にそんな丁寧なあいさつはしない。

「……とりあえず、行きましょう」

この事態を”とりあえず”で纏めたレダは優秀な騎士である。

しかし、彼女の難関はまだまだ続いた。

「お荷物は?」

「これですわ」

レティーシャは中古の鞄を掲げてみせる。

服と一緒にもらったラシャータのお古の鞄だ。

(ドモに言われた通り、貴重品もしっかり入っているから問題ないわ)

残念ながら、それはレティーシャの考え。

パンパンに膨らんでいるものの、一つしかない鞄をレダが信じられないという表情で指さす。

「え、あ、本当にそれだけ……え、それだけですか?」

「はい」

「あの、失礼ですが、嫁入りですよね?」

「はい、お嫁にいきます」

疑わし気なレダの声を、レティーシャはあっさりと肯定した。

あっさりし過ぎていた。

「そんな市場にいくようなノリで……失礼しましたっ! 御荷物を私に……」

「いえ、自分で持ちます」

貴重品は肌身離さず。

レティーシャは鞄を胸の前に抱えてギュッと握った。

レダは考えることを放棄した。

「それでは、馬車にお乗りください」

別の騎士が馬車の扉を開けると、レティーシャはぶんっと反動をつけて鞄を馬車に放り込んだ。

「よし」

”よし”ではない。

貴族令嬢の振る舞いではない。

「あの……」

「ラシャータ様、御手を……」

レダは同僚の戸惑う様子に深く同意したが、考えては負けだという気持ちにさえなりはじめていた。

「ありがとうございます」

レダの手を借りて、レティーシャは馬車の前にあるステップを昇りはじめた。

(私、こんなに車輪の大きな馬車に乗るのは初めてだわ)

ワクワクしていたが、三段あるうちの二段目まで昇ったところで足が止まった。

隣を見ると、レダの高く結ばれた髪の付け根がよく見えた。

レダのほうがレティーシャより背が高い。

だからさっきは見えなかったわけだが――。

「……どうしましょう」

「忘れ物ですか? それでしたら……」

「怖いです」

被せてきたレティーシャの台詞にレダは驚いた。

「え、高い、怖い……何でこんなに高いのです?」

「え、あ、この馬車は高い位置から町を見たいと仰ったラシャータ様のために特注した馬車です……よね?」

注文を付けた本人が何を言っているのだろう。

これまでは普通に乗っていたではないか。

そんな気持ちが、レダの言葉には混じっていたが、優秀な騎士であるレダはすぐに態勢を整えた。

「……ラシャータ様」

レダは、これは早朝に起こした自分たちへの意趣返しだと判断した。

怖がる振りをして自分たちを困らせている。

悪戯していないで早く乗れ。

この時間にくるため、いつもより早起きしたレダは苛立ちを押さえつつ、レティーシャの手を放そうとした。

「ラシャータ様?」

しかし、レティーシャは命綱のようにガシッとレダの手を握った。

(離してはいけない、離したらもっと怖くなる)

「あの……」

「このまま手を繋いでいていただけませんか?」

レダの目が驚きで丸くなった。

「私は自分の馬に……」

「馬も一緒でいいですから馬車に乗ってください」

「……”馬も一緒”って、そんな無茶な……」

レダの手を両手でぎゅうっとレティーシャは力の限り握る。

「お願いします!」

「と、とりあえず最後まで昇って……」

「きゃああっ」

「……ラシャータ様、少し不作法をしますがお許しください」

レティーシャが震えながら首を縦に振ると、それを確認したレダは大きく息を吸いこんだ。

「せんぱーい! ちょっと助けてくださーーい!!」

(……まあ、大きな声)

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