LOGINファイト目前。
涼と京は一階まで階段を降りる。 他の囚人は我先にと集まり、既にフェンスにギシギシとしがみついていた。 その階下の様子を見ながら涼は焦燥感に見舞われる。「よぉ……こっちゃ来ぉー……。こっちゃ来ぉー……」
「良ーいナイフだなぁ……。〜〜〜♪」ファイトに興味のない者もいる。ベッドから出ない者。通りかかる涼を見て、房の最奥の暗がりの便座に座り、手招きをしてみたりだ。
「絶対行くなよ。めんどくせぇから」
見向きもせず京が言い、涼はも頷くとその背を追う。
ふと三階まで来た時、手摺りに寄りかかり下の様子を眺める男がいた。
褐色肌の大柄の人形で剛毛な髪を小綺麗に編んだ四十代後半程の男だ。その体は筋肉質で美馬のような半裸姿だった。
その男は涼に気付くと、振り返った拍子に左足を下げる。ガギン&helli
「お待たせしました」 サラが一礼してパーテーションを開ける。その風圧でキャンドルの灯火が揺らめいた。 中心に置かれた椅子はさながら玉座のようで、銀色の髪と片目が紫色の涼の姿はまるで──「予定の変更について、大変ご迷惑をおかけしました。ですが、今日ご予約の方は確実に視ますのでご安心ください」 微笑み、群衆に語りかける。 その涼の姿を京はなんともいえない気持ちで眺めていた。以前の様に、戸惑い、不安げで、自分に縋り付いてきた涼はそろそろ消えていくだろう。 これが、『城』で生きるために模索した、涼の生き方なのだ。受け入れなければならない。「それでは、ルキ · ホワイト様から……。どうぞ、こちらの椅子に」 サラが案内する長身痩躯の日系人。 年は三十代半ば。金髪に白い肌、切れ長の瞳はシルバーグレイ。俳優のような美しい男だった。「ふふ。俺を先に視たいとはね。お目が高い、のかな ? でも……あいにく俺はどこにでもいる、ただの出来損ない人間だよ 」『あいつスリだっけ ? 』 『いや、確か強盗致傷じゃねぇか ? 』 『え ? 俺はポリに手を出して捕まったって聞いたぜ ? 』 『捕まってムショに入ったんじゃ、この『城』には来ねぇはずだよな ? 』 『じゃあ、なんでここに来たんだ ? 』 男の言う罪が数多くある中の一部なのか、それとも出任せの嘘なのか。 涼の左眼がそれを見抜く時だ。「では、手を。俺に触れてください」「こう ? 」 男は躊躇いなく涼の手を握った。 男のその眼光。鋭く、涼を値踏みするようにもう片手で頬杖を付く。 そして涼の集中を乱すように、握った手を緩めると、スルスルと指を絡めて弄び始める。「おい、てめぇ…… ! 」 京がやめさせようとするが、涼にはもう言葉は届かなかった。 男の握る手。 その感覚から来る視覚情報。 まずは右目に写る囚人達の群衆が消え、次に取り巻きとなったサラ
涼は池から離れると、今度は門の方へ行ってみようと歩き出す。『幻のドールアイ』さえあればこの門は開く。そう噂されながら、ずっと誰も探そうとしない。いや、探している者はいる。京と翡翠だ。「これだ。網膜スキャンするやつ……」 虹彩認証機器としては監獄という場所で不利にも思える。機械など叩き壊してしまえば済むことだ。現に塀の有刺鉄線はファイトのリングに使用されているため所々無くなっている。(俺たちは人形だから、確かに生きた人がここを作ったなら正しい判断かも。でも、この世界に出入り出来る人間って限られるよね……。霊能者……それも凄い本物な人とか、お坊さんとか ? 女性なんだったっけ ? ) 涼が門の格子の先を見通す。 いつ見ても何も見えない。本当の黒色とはこういう物を言うのではないかと絵の具の黒色を思い浮かべる。するとなんとも絵の具の方が可愛らしいとさえ思えてしまうと感じた。「あ〜あ。結局、京も本気じゃ無さそうだしなぁ……」 その時、涼へ向かって足音が聞こえてきた。 サクサクという地面の雑草を踏む音と軍服の衣擦れ音だ。「あ、ブレードさん ! おはようございます ! 」「ああ。何やらエントランスが騒がしいようだが」「癒しのリラクゼーションサロンを始めたんです。でも準備に手間取ってて。順番待ちでもお客さんが揉めちゃって」「……」 ブレードは涼の顔を覗き込むと、難しい顔で藤紫色の左眼を見詰めた。「その『癒し』とやらを、使わん方がいいと忠告したはずだ。もう少し賢いかと思っていたが──そのままでは持たなくなるぞ」「持たない……? それって能力が減るってことですか ? 使えなくなる ? 」「いいや。もっと大事な物を失うのさ」「ごめんなさい。京にもやめた方がいいって言われるけど、俺には何故なのか全然分からないです。 この力は『核』に許
涼がリラクゼーションルームへ行くと、数人の男たちがサラを相手に揉めていた。「なんでだよ !! おかしいだろ ! 」「何のための予約だよ ! 」予約の順番を変える事に不満を抱えた者たちだ。当然だ。多い囚人たちの中から並んでまで勝ち取った順番なのに、後から来た者を先に視るというのだから。涼は自分のせいだと名乗り出ようとして一歩踏み出すが、他の囚人に止められた。「涼さん、今はあかん。ああいうのはゴネれば何とかなるんちゃうかと思ってんねん」「まぁ……そうかもしれないけど……。俺が変えちゃったし……」「予約担当はサラの仕事やろ。任しとき」「はい。じゃあ……」周りを見渡すと、頭を抱えてしゃがんでいる京がいた。「京、準備出来た ? 」「出来ねーよ。バーカバーカ」「なんだよ急に」「見ろよ ! このキャンドルの量 ! 」壁や通路至る所に手作りの燭台が立っている。食堂の陳が割れのある食器を女囚に譲った。彼女たちはそれを加工し燭台のように工作したのだ。「京が一個火をつけて、皆で分けて、それぞれつけていけばすぐ終わるじゃん」「俺もそう思う。俺も !! そう思う !! 誰だって思うよな !? 」「う、うん」「キャンドル、ぜ〜んぶ燭台にくっつけちまった ! 」「外せないの ? まさかこの量、全部ライターでつけて回るの ? 」「俺もう逃げたい……。親指痛てぇよ……」長く使い、ライターのホイールが熱で熱くなる。親指を添える度に手を振る京に涼が言った。「京のライターって、あのンギギギってなるやつじゃないんだね」全く伝わらない説明に京は苦い笑みを返した。涼の会話はいつもそうだ。グルグル〜や、こういう感じ、など、涼の主観で語られることが多いのだ。「ンギギギって
いくら考えようが答えなど出るはずがない。『核』と話せるサタンですら大きな情報は掴んでいなかった。当然、サタンは悪魔を崇拝し、この世界が地獄とするなら『城』での覇権は握りたかった。その為に『核』を使い他者を出し抜こうとした。 サタン一味に脱獄の意思が無かったのは京もフェンランも聞いている。『幻のドールアイ』の存在を鼻で笑っていた。「とにかく、何か翡翠から聞き出せるとしたら、お前しか──」「涼くんー ♪」 二人の肩が飛び上がる。「サ、サラ…… ! びっくりした ! 」「用意出来た ? 」「え、と。まだ……少し休憩してから行ってもいい ? 」「いいわよ。京くん、君は駄目。早くキャンドルに火をつけてよね」「あぁ"〜 ? 高々数本だろ ? 」「増やしたのよ。余ってる石鹸とか、他にもいろいろ作りようがあったから、作業してるうちに増えちゃった♪」「なら少しずつ使えばいいだろ一度に使うなよ。酸欠になんぞ……」 そういいながらも京は渋々房を出る。「じゃあ先に行くぜ」「うん」 京がサラに引き摺られて行くのを見送ると、涼も持ち物の支度を始めた。 □□□「フェンラン、私達も『癒し』を受けるべきなの ? 」 フェンランのそばに残ったのは数人……元の半分の人数だった。 皆、冥花栽培には来るのだが、『リラクゼーションルーム』と称した癒しが始まると、兼業としてフェンランの元を離れるようになった。皆、涼の『癒し』を受けた者だ。「あたし興味無い。冥花だけでいい」 女子高の制服を来た女子だけは頑なに癒しを拒んだが、他の女囚は悩んでいた。 フェンランのそばにはいたいが、集団として同じ事をすべきなのか、涼という少年は信用できるのか。現にフェンランは止めも勧めもせず、今は静観の動きだ。それを敏感に感じ取った者はフェンランの元へ残った。「私も&
「サタンが『核』に願ったものはな、いつでも『核』と会話できる権利さ」「『核』と……話す…… ? 」「お前はどう思う ? アレと話してみて、何か視えたか ? 」 涼は京の質問の意図が理解出来なかった。大事な話をされている自覚はある。しかし昨晩、京が加害したサタンの話に、何故自分の『癒し』が絡むのかが見えないのだ。無理もない。京も全てを涼に開示していないのだから、察しようがない。「『核』はいかにもコンピュータって感じじゃない ? 無機質って言うか……」「そうだよな。けれど、知りたいことは教えてくれそうじゃん。『城』の『核』なわけだろ ? 」「それは別じゃない ? 京が言ってる『城』の七不思議みたいなのって、あの世なのにシャワーから水が出る、とか……冥花って結局何科の有毒植物なんだろうって……『城』の構造の話でしょ ? 『城』の『心臓』であって、『脳』じゃないよ」 京はガックリと肩を落とすと深く溜息をついてしまった。「…………ハァ〜〜〜……。お前の心臓は他人と会話すんの ? 七不思議とか構造とか、俺がそんな大工みたいな事を気にすると思うか ? 」「え〜 ? 俺は気になるよ。シャワー室の排水溝のね、使った水はどこに行くのかなぁ〜とか」「一生考えてろよ、バカ……」「なんだよ……だって気になるじゃん。生前の世界に戻るのか、それって下水のどこかにワープするのかな〜とか。 そういう不思議な場所じゃん、『城』って。ここが皆んなが言う天国や地獄とは思えないよね。翡翠さんだって「連れてくる」って言ってたし」 京がピクリと反応した。「確か、「連れてくる奴は『核』が選ぶ」って言ってたんだったな」「うん。そうなるとさ、翡翠さんって半分『城』から出てるじゃんね ? 」
「涼くん〜無事ね〜 ? 」 食堂を出るとサラとその連れが駆け寄ってきた。「ボヤ騒ぎ大変だったわね。皆その話で持ち切り ! 京くん。お願いだから涼くんを一人にしないで」「……いや、俺にも用事くらい……」「とーにーかーくー ! ダメよ。今は涼くんを必要としてる人が沢山いるんだから。 さ、涼くん ! 行きましょ ! 」 サラは強引に涼の腕を取る。「え ? 今からすぐ ? 」「えっとねー……今日は二十人の予約よ。 大丈夫 ! 一人につき五分〜十分程度だし。一日がかりじゃないわ」「二十人 !? 」 京が声を荒らげる。「消耗が激しいって言ってあっただろ ! なんでそんなに予約入れるんだよ ! 」「だって希望人数が凄いんだもん。このくらいしないと捌けないわ ! 」「駄目だ ! 減らせ ! 」「京、やるだけやってみるよ」「涼 ! もうやめろ、こんな事 ! 多分やらねぇ方がいいんだ」「どうしてそう言えるの ? 」 涼のこの問いには今回、圧があった。京がドキリと口を噤む。「やらない方がいいって、なんでそう思うの ? サタンも同じことを言ってたよね ? あいつから何か聞いたの ? 」 それは「お前は昨晩、サタンを焼いただろうう」という言葉と同義。 京は奥歯を鳴らすと、涼とサラからそっぽを向いた。「それこそ守秘義務だな」「ふーん」 意味があるらしい、というのは涼に伝わっただろう。しかし、京としてもまだまだ『癒し』を止める為の証拠や証言が足りない。何がどうダメなのかを伝えない限り、涼は止まらないだろう。「サラ。京。実は確認したいことがあるんだ。その二十人の中で、同程度の重犯を持ってる囚人を視てみたいんだ」「重犯 ? なんで ? 」 涼が答えを京に告げるより早く、サラの連れの男が予約メモを読み、横から指をさした。「俺、こいつ知ってるけど
執務室へ来るまでの囚人たちの視線に堪えた。涼はドアが閉まると大きく息をはいた。「大丈夫か ? 」「……はい。まだ、自分の……なんて言うか、無害さを分かって貰えないんだと思います。それに一日に癒せる人数もままならなくて」「成程。しかし貴重なものほど供給は薄いものだ。期待を持たせる程度で、人々は感謝し、抑制が効くと思うが ? 」「そんなものですかね ? あと、俺の眼。癒しの力を使うごとに濃くなってるんです」「力を使うごとに ? ……見せてご覧」 白い手袋がスっと涼の前髪を
「そう。器用に見えて、実は小難しいルールで自分を守ってるだけじゃねぇの ? なぁ、囚人の中で着物の奴ってフェンラン以外にいるか ? 」「そういえば。今のところ見かけないね。でも男なら豪華な着物なんて拘らないんじゃない ? 」「ああ。じゃあ、何にこだわると思う ? 日本刀とか、他の……技術的な物だよな。でもそれも居ねぇんだよ」 涼は京がフェンランの何に疑問を持っているのかわからなかった。 フェンランは古参のはずだ。それに涼も魂だけ数年彷徨っていた。彼女も何
大時計が鳴るその下で、京は隣に来たフェンランに気付いてフォークを持つ手を止めた。「一体なんだってんだろうね ? 」「さぁね」「涼は ? 一緒じゃないのかい ? 」「あいつは早速『癒し』中。フェンラン、あんたが男の心配かい ? 珍し」「別に。 ……いいや。心配だよ。認めよう」「……」「翡翠の旦那は何も言ってなかったのかい ? 」「何も。案外、本当にお気に入りなのかもって思ったぜ ? 」
今まで色々な人を視ては来たが、感情を吸えるようになったのは『核』に願ってからだ。サンプルが三人しかいない。 翡翠、京、フェンランだ。 しかしこの三者は、涼に流れてくる負のエネルギーに『自己嫌悪』が混じっていた。 これは京が昨晩、二回目に触れた際に気付いた事だった。誰もが持つ自己嫌悪や自己肯定感の低さ、コンプレックス。 これが今のサラにはない。「不思議……なんだか……軽くなった気がするわ」 サラが重なった手を見て呟いた。 同時に涼もサラを不思議だと感じていた。「はぁ……少