تسجيل الدخول「これだよ……」
「こりゃあ、一方的に男が謝っちまえば済んじまうよなぁ ? 」 「その場合は冥花は手に入んねぇだろ ? 」 「それで帳消しなら安いもんだろ」 「ああ。フェンランとは揉めたくねぇ」しかし男は一度下ろした拳をもう一度振り上げ、サラに放った。
「そんな ! 」
涼も驚き声を上げた。
観衆の言う通り、男の方は謝ってしまえば済むことだ。余程冥花が欲しいのか……と言うより、引くに引けないところまで来てしまったというのが正しいかもしれない。ゴッと鈍い音を立ててサラが仰け反り、尻餅をつく。相当な反動だ。痛みも一入なはず。
しかしサラはドレスに付いた埃を払うと無言で立ち上がった。「サラ……」
サラの感情色には邪念という邪念がなかった。一つの翳りもない『喜』の桜色のに似た白光が漂っている。
何も抵抗の無いサラに、今度は男が突き飛ばし、倒れた体に馬乗りになった。「俺は嵌められた !! 俺に後はねぇん
「……彼女か」「うん。初代管理人……」「おい、これ」 京が頭蓋を見るよう二人を呼ぶ。 彼女の頭には外傷を受けたと思われる大きな凹みがあり、頭骨が割れていた。「酷い……」「……」「京 ? 」 京はその骸をもう一度見た時、絶句してしまった。「白骨化してるし臭いもねぇ。けど、火葬されてねぇよな ? 」 涼も目を丸くして柩の中を覗く。「う、うん。髪が残ってるもんね」「しかし、魔法の棺桶って訳じゃないだろう ? 直後からここは腐敗臭に侵されたはずだねぇ」「普通の神経じゃねぇ。一度壁に埋めて隠し通す奴はいるが、この蝋燭を見る限りじゃ丁寧に取り扱ってるようだしな」「……。翡翠なら……やるかもね」 ミイラ化したその頭のそばに、小さなメモ帳が置いてあった。「これ、何か書いてあるんじゃないのかい ? 」「見せて」 涼がそっと手を伸ばし中を開いた。「日記だ……。「十一月二十二日、今日は久々に実家へ帰る。甥と姪も正月休みを前倒ししてくれて、二年ぶりに会えることに期待を……」。甥って……」「翡翠だよな ? 」「続けるね」 涼は再び初代管理人の日記へ視線を落とした。 □□□ 十一月二十二日。 澄子はその日、都会の喧騒の中に再び向かっていた。久々に実家へ帰るのだ。 天音 澄子──翡翠の伯母でこの時五十代後半だった。自身の育児を終え、夫と死別した事を境に、仏門へと歩みだした。 師となった寺の住職は厳しい人ではあったが、中年女性である澄子の意思が強いことを見ると、ある条件を提示し澄子
プライドが翡翠を連れ出した頃── 看守ドールの消えたドアの前で、涼と京、フェンランはおかしな現象を目の当たりにしていた。「……鍵が……」 囚人塔から執務室のある塔へ向かう渡り廊下の扉。厳重に鍵のかかった三枚の扉全ての鍵が開いていた。「これは……。 あの看守達には不手際という物がない。 つまり、『城』が望んで開けたのか……」「正確に言うと、涼に来て欲しいってところだな。 お前、なんともないのか ? 」 京がそばにいる涼を見ると、手にいていた布を下ろしドールアイをペタペタと触っていた。「紫の……止まった……」 ドールアイから染みていた藤紫のドロリとした液体。今は出ていなかった。 しかし涼の眼は恐ろしいほど深い紫に変色していた。「……大丈夫。行こう。 プライドの奴、思ったよりまずい時間稼ぎしてる」「まずい ? 」「囚人達に初代管理人の事も全部バラす気でいる」「……プライドに言ったのは間違いだったか……」 フェンランが眉間を抑えるが、涼はなんでもない顔で首を振る。「大丈夫。もう止まらない。『城』が動き始めてる」『城』が動く──それが何を意味するのか、恐ろしくて京もフェンランも聞き返すことが出来なかった。 涼は執務室の前まで来ると、ドアノブに手をかける。 キィ…… 執務室も同じく。 鍵はかかっていなかった。「翡翠がこっちの塔にいるうちは鍵かけて出るのにな」「『核』が開けてくれたんだろうね。そこまでして俺に何か見せたいみたい」「見たら余計呪いが進みんじゃねぇの ? 」「見ずに進むなら、見ておきたいもん」 スンっと返事を返す涼に京は少し呆れた顔で一緒に執務室へ入った。 紙の匂いと古い木材の匂い。決して新しくない部屋の持つ独特なカビ臭さ。「懐かしい……わたしはここへは『城』に来た時以来、来てないんだ」
「さぁ、始めようか」 プライドは夜間、涼たちが房から抜け出したのを最上階から見下ろしながら手摺から離れる。 房に戻りソファへ沈むと、使いに行かせた部下を待つ。 プライドのそばには涼の服を着たルストが壁を向くように疼くまっていた。頭を隠すようにプライドの足元に、ロープで縛られて。 そのうち、あの革靴の音が響き出す。 妙に取り乱したように早足で歩くその男は、プライドの房の前で止まった。「プライド……何をしている」「何って……見た通りさ。 管理人。君は涼を特別視してるらしいね。この通り、涼は俺の手中に落ちた」「監禁が、か ? 」 今、足元にいるのはルストだ。涼ではない。 だが翡翠にその後ろ姿の判別は出来なかった。「……その割に焦ってる」「なんだ ? どういうことだ。涼を解放してもらおうか」「……いいよ」 プライドは足元にいるルストをトントンと叩く。翡翠は起き上がったルストの姿にすぐプライドが自分を騙したと気づいたが、それほど事の重大さを感じていなかった。 バンッ !!「 ! 」 他の手下がプライドの房に翡翠を閉じ込めた。 警棒を掴みかかる手をプライドが捻りあげた。「ああ、本当だこの感触。管理人、貴方もやはり人形だ」 ルストが巻かれていたロープを解き、翡翠を縛り上げていく。「少し話したいなって思ったんだけどさ。都合の悪い話になったら貴方は恐らく逃げる。 だからこんな方法をとったんだけど……やっぱり、涼は特別なんだね」「特定の囚人を特定視はしない」「貴方はしてたでしょう ? 京の話じゃ、逆に彼の方が貴方に警告していたと聞いたけど」「なるほど。さてはサタンの火事はお前が首謀者か ? その地位を手に入れるために」「まさか
涼とプライドが向かい合う。 改めて見るとプライドは恐ろしいほど整った顔立ちの男だ。人形のような……という例えがあるが、まさにこういう男を言うのだろうと涼はプライドを見据える。 どんなに綺麗な外見でもプライドは、過去に裏社会のショービジネスで常人では考えつかないほど人命を奪っている。「不思議……。貴方みたいな人をサイコパスって言うのかな。外見や所作が完璧すぎて、余計に邪悪さを感じる。 しかも、全く過去のことなんて微塵も気にしてないんだね」「ん〜。最初からそんな場所で育てられたからね」「……俺に何か視て欲しいの ? 」「はは。そんな正面から来られると俺が可哀想な奴みたいじゃない。まぁ、でもそうだね……」「前に言ってた恋人の話 ? 」 プライドは視線を逸らしたまま少し言い淀む。「根本はそうなんだけどさ。俺みたいな人間は会いたいとか後悔とか、そんな事じゃないんだよ。 そうだな……人ってさ、運命って決まってると思う ? 」「思わない。悲惨な過去や生まれつきお金持ちかどうか、最初から決まってたらおかしいよ」「でも、事実……人間に優劣はあるよね。 涼、君は俺とは話なんかしてくれないと思ってたけど、違ったね」 涼は紫色の眼を細めるとプライドを鼻で笑ってしまった。「ブレードの事 ? 俺が逆恨みするかって話なら、してるよ。 それに、俺の『癒し』にも最初からサタンも茶々を入れてきたよね」「それについては、今どう思ってるのか聞きたいな。 俺の恋人もね、間違った道を全力で走り抜いて行く人だってけど、その最後の犠牲者が俺ってわけ。これってさ、俺が悪だとしたら、彼は英雄になったじゃんって思ったりしてね」「微塵も思ってないこと話すの楽しい ? 言っておくけど、俺はそういうバイトはしてたけど、自分の意思じゃないしあんたと違うから」
「ブレードは塀の向こうを探索したんだ。その時、ドールヘッド達を見つけた。頭だけが生きてる状態で、何人もね。 さっき言ってた、ドールを殺す方法。もうやってた奴がいたんだ」「翡翠か」「そう。あいつは何人ものドールを今まで殺して、ドールヘッドを塀の外へ捨ててた。 脱獄の為に初代管理人の網膜を処理した。 その時、制作に関わった囚人、当時の看守、全員が殺された」 京は納得のいかない様子で首を捻る。「でも翡翠が今、脱獄に興味が無さそうなのはなんでなんだ ? 俺が片目を持ってるのはもうバレてるよな ? 」「出れる望みがないんだ。 塀の向こうに、輪廻転生出来る『光のドア』があるんだってさ。そこに行くつもりだったんじゃない ? 」「『光のドア』だって ? それは……まさに出口じゃないか」 フェンランが興味を示す。しかし、涼はなんでもない顔で言葉を続けた。「翡翠は『管理人殺し』のせいで『核』に呪われた。初代管理人は最初から、謀反が起きた場合の事を考えて、呪いが発動するように『城』を作っていたんだよ。あいつは『核』の許可無しにここから出れないんだ。 そして今は、俺も呪われてる。『核』は翡翠を恨んで、更に生贄まで欲しがるようになった。 翡翠はただの猟犬だよ。翡翠が『核』に言われて、彷徨った魂を『城』へ連れてくる。その中から生贄が選ばれる。何が基準かは、俺も知らない。 最初はブレードだったんだ。ゆっくり侵食して、同化してしまうように飲み込むつもりだった。 でも、ブレードは眼を自分で取り出したから、生贄育成はやり直し」「その代打がお前かよ」 京が吐き捨てるように言う。「そうみたいだね。 あの天井の大きな目玉。目が合った時、俺の左眼に、上を見上げてる俺自身の姿が見えたんだ。あの眼は俺を見てるし、あの目が見るものは俺も見える。 ……『核』はゆっくり俺を生贄にする気だよ」「どうすんだよ ! それで『城』はどうなる !? お前は !?
「足元に気をつけな」 フェンランについて京が涼を抱えるようにして囚人塔へ入る。 涼の視界は不鮮明で、ドールアイから吹き出る液体を拭えば問題なく見える。「離して。歩けるから……」「じゃあ、これ使え。他の連中の目が気になる」「……」 涼は京の差し出した布を手にすると、抑えるように目頭に当てる。 心なしか先程より止まってはきたが、何故かブレードのドールアイはピッタリと嵌め込まれ、取り出すことは不可能なようだった。 紫に変色した両眼がドールヘッドに根を張るように馴染んでしまっていた。 何とか塔の真下、ファイト用の闘技場のフェンスまで来て上を見上げる。そこには確かに生身の人間のような生きた質感の目玉があった。「時計は……どこに行ったんだ」 京が眉間に皺を寄せた。「あの時計は……全ての針が揃ったら、『城』が開放されるはずだったんだよな ? 」「わたしもそう聞いてはいたが……揃ったところなんて今まで見たこともない。 寧ろ、今まで涼が『癒し』をする度に針が動いて音が鳴ってたね」「じゃあ……」 涼はこの時、全てが繋がっていた。 大時計のあった場所の目玉を見るとまさに自分と視線を合わせるようにキョロリと眼球が動いた。「あれ……俺が『癒し』をして動いて、俺が『城』の呪いに侵されるまで様子を観てたんだ……」「呪い ? ……どういうことだよ」 その場で聞き返そうとする京の肩をフェンランが叩く。「涼、少し話を聞かせてもらいたい。わたしが知っていることも教えよう。 京、もう引き下がれない。あんたも覚悟を決めな。 人目のない場所へ」 三人は再び庭へ移動した。 冥花畑の中に木箱で作られた椅子と台があった。その上にフェンランが茶を淹れて二人へ差し出した。「お茶の木もあってね。最もお茶を買うやつなんかいないけど。皆、冥花を求めて、ここには立ち入らない」「無くなっちゃ困るもんな」「そう。
執務室へ来るまでの囚人たちの視線に堪えた。涼はドアが閉まると大きく息をはいた。「大丈夫か ? 」「……はい。まだ、自分の……なんて言うか、無害さを分かって貰えないんだと思います。それに一日に癒せる人数もままならなくて」「成程。しかし貴重なものほど供給は薄いものだ。期待を持たせる程度で、人々は感謝し、抑制が効くと思うが ? 」「そんなものですかね ? あと、俺の眼。癒しの力を使うごとに濃くなってるんです」「力を使うごとに ? ……見せてご覧」 白い手袋がスっと涼の前髪を
朝。 涼が目を覚ますと、京は隣のベッドにいなかった。 体を起こしてベッドの端に座り、涼は記憶を遡る。 人形の自分の細い膝の上で組んだ手の指先に、傷が付いていた。 昨晩、京の口の中のドールアイに触れようと……その瞬間に牙を向けられた。 一度翡翠に相談してしまいたい。 全て話してしまいたいと願う。 しかしそれは自分の終わりを意味するような気がして出来なかった。何より、囚人二日目にして管理人に泣きつくことは許されないだろう。 一度立ち上がるが、何をしていいか
「食事が終わったら自由時間。と言っても昼のような作業は禁止。一階のパーツ屋も閉まってるし、畑も駄目。各自なるべく自分の部屋にいるかシャワー浴びるかだな」 房に戻った涼は京から流れを聞いていた。「その後、翡翠が就寝の合図に来る。看守役の人形が房の鍵を締めて就寝だ」「看守役の人形って ? 囚人じゃないのか ? 」「ああ。初代管理人が死んだ時、同じく看守達も姿を消したんだ。だから今は『核』が看守役の人形を創ったってわけ人形ってよりロボットに近いな」「確かにこの房の鍵を翡翠さんだけでしめるなんて無茶だもんな……」
食事は朝晩二回。 体感時間で皆、なんとなく食堂へ向かうだけだ。 涼と京は二人向かい合って座る。 食べるものは選べない。 食堂にいるシェフ姿の人形が勝手に囚人のトレイに皿を置く。乱雑で、無言。目も合わない。 実に作業的な流れだ。 しかし、その皿に乗った食事に涼は言葉を失っていた。「食べねぇの ? 」 京が固まったままの涼を不思議そうに見た。「いや……監獄的なイメージがあったから……もっと自由度の少ない飯が出てく







