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第12話

Author: 匿名
慶人の母は、またしても「いい人」のふりをする。

「こうしたらどう?まずは慶人と結婚式を挙げて、そのあとで改めて婚姻届を出せばいいじゃない。二人で穏やかに暮らすのが一番でしょ」

隣の篤志の顔は、血の気が引いたように真っ白だ。

私は彼に安心させるよう微笑みかけ、そして目の前の三人に向き直り、首を横に振る。

「本当は、こんな場を荒らしたくなかった……でも、あなたたちが私の結婚式を壊すつもりなら……容赦はしない」

合図を送ると、友人たちはすぐに動く。

一人はおばあちゃんを上階へ連れて行き、もう一人はあらかじめ準備していたUSBをパソコンに差し込む。

「皆さん、ご一緒にご覧ください」

ざわめきが広がる中、式場のスクリーンが暗転し、映像が流れ始める。

――独身最後の夜の映像。

カラフルな照明が点滅する中で、酒に酔った慶人が悠里の首に腕を回し、深く口づけしている。

周りの人々は囃し立てる。

「キスしろ、キスしろ!おおーー!」

「本物の愛だ!」

やがて二人は、名残惜しそうに唇を離し、慶人はカメラに向かって杯を掲げる。

「青春に乾杯!」

「青春に乾杯!」

画面の中は喧騒と笑い声で溢れている。

けれど式場は――針が落ちるほどの静寂に包まれている。

私は無表情のまま、その光景を見つめる。

慶人とその母の顔から血の気が失せ、唇が震え、体全体が小刻みに揺れている。

周囲の人々の視線は、嘲笑か、好奇か。

どちらでもいい。

裏切ったのは私じゃない。

誓いを踏みにじったのも、私じゃない。

私は何も怖れることはない。

映像の後半には、悠里が私に送りつけてきた写真や動画が流れる。

「や、やめろ!止めろ!」

スクリーンの中の自分を見て、ようやく慶人は我に返る。

だが、誰も止めようとしない。

彼は私を見つめ、涙を流しながら懇願する。

「紗月……頼む、消してくれ。お願いだ」

私は無言のまま篤志の手を引き、後ろへ下がる。

その間に友人たちが慶人の母を押さえ、会場の中央には慶人と悠里だけが残される。

「――青春に乾杯」

私はグラスを掲げ、声を響かせる。

「青春に乾杯!」

友人たちも続く。

「二人の末永い幸せを祈って!」

「末永くお幸せに!」

私は歩み寄り、慶人の頭上に酒を流し落とす。

「これがあなたの求めた青春で、愛で、自由でしょ
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