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第2話 親友の結婚式を担当しろと言われました

Author: 花柳響
last update publish date: 2025-12-29 13:26:40

 出勤して、まだ二時間も経っていなかった。

 私は職場で、もう一度地獄を見ることになった。

 柔らかなダウンライトが落ちる打ち合わせスペース。磨き上げられた大理石の床。壁一面に並ぶドレスの白。未来への希望で満ちているはずの場所に、その二人は並んで現れた。

「朱里。仕事中に悪いな」

 そこにいたのは、拓也だった。

 隣には、美咲がいる。

 しかも二人の左手薬指には、揃いのプラチナリングが嵌められていた。サロンの照明を反射して、やけに鋭く光る。

 別れてから、まだ二日しか経っていない。二人は、私に知られる前から結婚を決めていたのだ。

 胃の底が、いやなふうに縮んだ。

「本日は、どのようなご用件でしょうか」

 私は笑顔を作った。

 ブライダルコーディネーターとしての笑顔。鏡の前で何度も確認してきた、上品で、少しだけ親しみのある角度。

 崩れない。ここでは、崩せない。

 美咲が、拓也の腕を抱いた。

「私たち、結婚することにしたの」

「……そうですか。おめでとうございます」

 言えた。

 舌の上で、鉄みたいな味がしたけれど。

「それでね、朱里にお願いがあって」

 美咲が小首を傾げる。

 昔、私が可愛いと思っていた仕草。今はただ、腹の底がすうっと冷えるだけだった。

「私たちの結婚式、朱里に担当してほしいの」

 音が遠のいた。

 担当?

 この私が?

 私の目を盗んで、裏で抱き合っていた二人を?

 心を込めて祝福しろというの?

「朱里のセンスが一番だって、美咲とも話してたんだ」

 拓也が笑う。

「俺たちのこと、一番わかってくれてるだろ?」

 どの口が。

 テーブルの下で、爪が掌に食い込んだ。

 けれど二人は、すでに上層部へ話を通していた。

 拓也の勤務先は、うちが提携するホテルグループの大口顧客。美咲の実家も、紹介客を多く持つ家だった。私が私情で突っぱねれば、担当変更だけでは済まない。店にも、後輩にも迷惑がかかる。

 そこまで計算して、二人はここへ来たのだ。

「……承知しました」

 私は、ゆっくり顔を上げた。

 笑え。

 ここで負けるな。

「喜んで、お手伝いいたします」

 美咲の顔に、ほっとした笑みが広がる。

 その顔が、一番憎かった。私が許した形にして、自分たちの罪悪感を洗い流したいのだ。綺麗なドレスを着て、綺麗な式場で、綺麗な思い出だけを持っていきたい。

 ふざけないで。

「ただし、条件があります」

「え?」

「当日は担当としてではなく、ゲストとして伺います。準備は責任を持って進めますが、式当日は招待客として出席します」

 拓也が眉をひそめる。

 私はその前に、言った。

「大切な人と一緒に」

「朱里、もう彼氏ができたのか?」

 拓也の声が裏返った。

 その顔を見た瞬間、胸の奥に暗い火が灯った。自分が裏切った女には、いつまでも自分だけを見ていてほしい。そんな甘えが透けて見える。

「いるわよ」

 嘘だった。

 でも、もう止まれなかった。

「前からずっと、私を支えてくれていた人がいるの。拓也と別れて、ようやくその人の気持ちに気づいたのよ。背も高くて、仕事もできて、誠実で」

 美咲の笑顔が固まる。

 拓也の目が細くなる。

 私は、さらに笑った。

「あなたより、ずっと素敵な人」

 言ってしまった。

 退路が消えた。

 けれど不思議と、指先の震えは止まっていた。

 この嘘だけは、現実にしなければならない。

 あの二人に、惨めな姿だけは見せない。

 ◇

 それから三か月。

 私は完璧なプランナーとして、二人の結婚式を準備した。

 招待状の紙質も、装花の色も、ケーキ入刀の位置も、音響のタイミングも。全部、仕事として整えた。

 美咲が試着室でドレスを選びながら、「朱里って本当に頼りになる」と笑う。その瞬間、息が詰まった。拓也が私の前で美咲の肩を抱き、「やっぱり結婚式っていいな」と言った時は、ボールペンを折る寸前だった。

 それでも私は、笑顔を貼りつける。

 完璧に。

 そして披露宴当日。

 私は、嘘を本当にするために、五万円の男を予約した。

『隙のない恋人、レンタルします』

 レビューには、「王子様」「完璧」「人生が変わった」と絶賛が並んでいた。怪しさしかない。それでも私は、冷静さより意地で立っていた。

 金で買えるプライドなら買う。あの二人にだけは負けない。

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