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123話

Author: 東雲桃矢
last update publish date: 2026-09-28 11:00:55

「ちょっとここで座って待ってて」

 ホテルに入るとロビーのソファで座るように言われ、百合は大人しく待つ。春哉は受付に名刺を見せながら、何か話していた。

 受付は春哉に鍵を渡すと、深々と頭を下げた。

「おまたせ。こっちは君の部屋の鍵。さ、行こうか」

「はい」

 一緒にエレベーターに乗ると、春哉は最上階に着くまで、このホテルの見どころを教えてくれた。それは決して押し付けがましかったり、自慢しているようには聞こえず、おすすめの店を紹介するような感じだった。

 最上階に着くと部屋の前まで案内してくれた。

「荷物置いたら、廊下に出ておいで。一緒にレストランで食事をしよう」

「何から何まで、ありがとうございます」

「いいって。可愛い義妹のためさ。ま、ほぼ初対面だけどね」

 春哉は冗談めかして笑ってみせた。

 百合は部屋に入ってその豪華さに驚く。広々とした部屋に、上品な調度品が並び、暖色系が添えられ、あたたかな雰囲気がある。

 秋明が経営するホテルのスイートル

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     レストランに入ると、1番景色の良い個室に案内される。大きな窓からは、ライトアップされたプールや夜景が見える。ほとんど初対面の義兄と来るには、少々ロマンチック過ぎる。「自慢のコース料理を頼んでおいたから、楽しみにしてて」「このホテルの料理はどれも絶品って聞いてたので、楽しみです」 百合の言葉に、春哉は嬉しそうに笑う。「あれ、もしかしてここのこと、知ってた?」「はい。特にビュッフェは、話題になってましたから」「ふふ、嬉しいな。明日は是非、ビュッフェを楽しんで。個人的には、ローストビーフがおすすめかな」「ワインが飲みたくなりそうですね」「もちろん、ワインもあるよ。あぁ、けど、百合さんは車で来てるんだっけ。ここには、何日滞在する?僕としては、いくらいてくれても構わないけど」「そうですね……。とりあえず、2日ほどいさせてもらってもいいですか?」 できれば1日で出ていきたいところだが、警戒していると思われたくなくて、2日と提案してみる。春哉は不思議そうに小首をかしげた。「そんなに短くていいの? もっといてもいいんだよ?」「色々予定がありますし、それに、長居をするのは罪悪感が……」「君は真面目だねぇ。けど、それなら明日のビュッフェでワインを飲んでも問題なさそうだね」 春哉はおかしそうにクスクス笑う。百合も合わせて笑った。「そうですね」「ところで、秋明はどうして君と結婚したのかな? 教えてくれる? 君の力になりたいんだ」 春哉の問いに、百合の肩が小さく揺れた。色々話したいとは思っていたが、すべてを話せるほど信用していない相手に、どこまで話すべきか考えあぐねる。「……何故、私を選んだのかは分かりません。何度か聞きましたけど、話してくれませんでした」「やっぱり、話さなかったか」 春哉はため息をつき、困ったような顔をする。「やっぱりって?」「秋明は昔から秘密主義なところあるからね。でも、君に何も話さないのは、あ

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    「ちょっとここで座って待ってて」 ホテルに入るとロビーのソファで座るように言われ、百合は大人しく待つ。春哉は受付に名刺を見せながら、何か話していた。 受付は春哉に鍵を渡すと、深々と頭を下げた。「おまたせ。こっちは君の部屋の鍵。さ、行こうか」「はい」 一緒にエレベーターに乗ると、春哉は最上階に着くまで、このホテルの見どころを教えてくれた。それは決して押し付けがましかったり、自慢しているようには聞こえず、おすすめの店を紹介するような感じだった。 最上階に着くと部屋の前まで案内してくれた。「荷物置いたら、廊下に出ておいで。一緒にレストランで食事をしよう」「何から何まで、ありがとうございます」「いいって。可愛い義妹のためさ。ま、ほぼ初対面だけどね」 春哉は冗談めかして笑ってみせた。 百合は部屋に入ってその豪華さに驚く。広々とした部屋に、上品な調度品が並び、暖色系が添えられ、あたたかな雰囲気がある。 秋明が経営するホテルのスイートルームも上品で華やかではあったが、この部屋のようなあたたかさはなかった。 荷物を置いて廊下に出ようとドアを開けると、春哉は誰かと電話をしていた。「あぁ、順調だ。……よしてくれ。あんな女、母親と思いたくない」 こちらに背中を向けていて、顔は見えないが、その声は百合に向けられていたものとは全くの別物だった。見つかるとまずいと思った百合は、音を立てないようにドアを閉める。(どういうこと? 昼間に母親のこと話す時は、嫌ってるようには見えなかったけど……) 母のことを話す春哉は、少し寂しそうには見えたが、恨んでいるようには見えなかった。それなのに何故、今はあんなに恨めしげに母を語るのだろう? 彼は誰と電話をしているのだろう? 百合は3分待ってからそっとドアを開けて様子見をしてみる。既に電話を終えたらしく、春哉は壁によりかかりながら百合を待っていた。(良かった、もう行っても問題なさそうね) ドアを開け、早足で春哉の元へ行く。

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    「春哉でいいよ。それより、こんな時間にひとり?」「実は……、あの写真を見せて、秋明さんに問い詰めたんです。そしたら、謝るどころか、あんなヤツの子供なんかどうでもいいって言われて……。子供に罪はない、私は産みたかったって言っても、理解しようとしてくれなくて、それで家出したんです」「可哀想に……。秋明は、昔から平気で人を傷つけるような子だったからなぁ……。うちの弟が、本当にごめん」 春哉は深々と頭を下げる。「そんな! 春哉さんは悪くないです!」「君は優しいなぁ。ね、泊まるところ決まった?」「いえ、これからです」「それなら、うちのホテル泊まりなよ」「すいません、気持ちは嬉しいんですけど、妻夫木財閥のホテルに泊まるのは、ちょっと……」 百合が遠慮がちに断ると、春哉はきょとんとしてから笑い出す。「あははっ、そっかぁ。君にはまだ、僕の仕事とか教えてなかったね。えっと、どれだったかな……」 春哉は長財布のように大きな名刺入れから、名刺を差し出す。そこにはレガロの会長という肩書と、彼の名前が書かれていた。「レガロって確か、外国の会社じゃ……」「あぁ、フランスで起業したんだよ。日本では、秋明が頑張ってるし、日本は島国だから移動が面倒だからね」 春哉はさらっと言うが、レガロは百合でも知ってる大きな会社だ。主に旅行のサポートをしており、海外に行く際には、通訳兼ボディガードを格安でつけてくれる。 他にもスキンケア用品や、便利な旅行グッズなどを開発し、販売している。 百合が知っているのはここまでだが、レガロは日本人旅行者のためのホテルも各国に展開したり、ショッピングモールなどで、海外のお土産を売る物産展をやったりしている。「まだ数は少ないけど、日本にもうちのホテルがあってね。この近くにもひとつあるんだ。よかったら、うちに泊まりに来てよ。お金は気にしなくていいから」「そんな、悪い

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    (秋明さんに、ちゃんと聞こう……) 覚悟を決めた百合は、双子に今日はそのまま帰宅していいと連絡した。「次は……」 震える手で、秋明にメールを打つ。『大事な話があるから、はやめに帰ってきて欲しいの』 緊張しながら、スマホを見つめてメールを待つ。秋明からの返信は、だいたい5分後に来た。緊張しながらメールを開く。『分かった、できるだけはやく帰ろう』 具体的な時間を聞きたいところだが、あんまりしつこくメールをして警戒されては困る。ぐっとこらえて秋明の帰りを待った。 秋明が帰ってきたのは、意外にもあのやり取りから20分後で、あまりにも早い帰宅に、百合はあっけにとられる。「おかえりなさい、はやかったのね」「はやめに帰ってきてほしいと言ったのは、お前だろう」 しどろもどろになりながら出迎える百合を、秋明は怪訝そうに見る。「そうだけど、こんなにはやく帰ってくるとは思わなかったのよ。夕方あたりかと」「幸い、今ある仕事は在宅でもできるようなものなのでな。早々に切り上げてきた。荷物、置いてくる」「分かったわ。お茶を用意して待ってるから」「あぁ」 秋明はカバンやコートを置きに、自室に戻っていく。百合は紅茶を淹れると、リビングに持っていった。「それで、話って?」 リビングに入ってソファに座るなり、秋明は百合をまっすぐ見つめながら聞いた。百合は小さく息を吐いて覚悟を決めると、春哉が置いていった写真を、封筒に入った状態で手渡した。「なんだ? これは」「とにかく、見て。それで、私に説明して」「説明?」 秋明は小首をかしげながらも、封筒を開いて写真を引っ張り出した。写真は春哉が百合の前に並べたのと同じ順番に入っている。 秋明は1枚目の写真を見ると、眉間にシワを寄せる。すべての写真を見終えると、写真をテーブルに置いて百合を見る。「この写真をどこで入手したのか気にな

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    「そのあと、潰れちゃったんでしょ? アレグリア。君も、君のお母様も、苦労なされただろうね」 春哉の言葉自体は同情に満ちていたが、言い方に棘がある。ショックで何も言い返せずにいると、春哉は再び口を開いた。「ところで君は、いつまで秋明の手のひらの上で踊ってるつもりだい?」「なんのこと?」 強気で出たつもりが、声が震えてしまった。春哉はそんな百合を見て、優しく笑う。「本当に、何も知らないんだね。僕が真実を教えよう」 春哉は懐から封筒を取り出した。中には写真が入っている。春哉はその写真達を、百合の前に丁寧に並べながら説明した。「これは、秋明の部下が熊谷の浮気現場を押さえてるところ」 矢絃とマキが、腕を組んでホテルに入ってるところを、男が物陰から撮影している。この写真に写った矢絃とマキの服装や場所には、百合も見覚えがあった。「これは、部下が秋明に写真を渡しているところ」 1枚目の写真で浮気の証拠写真を撮っていた男が、秋明に封筒を手渡している。「そして、熊谷家のポストに、秋明がその写真を入れてるところ」 3枚目の写真は、秋明が熊谷家のポストに封筒を入れているところだった。(そんな、流産の原因を私に突きつけたのが、秋明さんだったなんて……)「兄の僕が言うのもアレなんだけど、秋明は恐ろしい男だよ。欲しいものを手に入れるためなら、手を汚すことさえ厭わない」「そんな……」「可哀想に。その様子だと、秋明には随分飼い慣らされてしまったんだね……。君が嫌じゃなかったら、僕が保護するよ」「保護……?」「弟の尻拭いさ。君がどんな理由で秋明といるのか知らないけど、ただ単に、優しくされて騙されたってわけでもないんだろ?」「えぇ、まぁ……。そうですけど……」 百合は視線を彷徨わせる。心を通わせるようになってきたが、契約結婚していることに変わりはない。

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    「藤子さんはお元気? 子供ながらに心配してたんだ。あんなことがあったから」「母は元気ですけど……。あんなことって?」 目の前で優雅にお茶を飲む春哉は、柔らかな雰囲気をまとっているというのに、言いようのない恐ろしいものが滲んでいた。声を震わせながら聞いてくる百合に、春哉は残酷なほど綺麗に笑ってみせた。「そっか、何も聞かされずに結婚させられたんだね。可哀想に……」「可哀想って、なんですか……?」「僕達の父、妻夫木重義は、君の父、宝生英樹を殺したんだよ」「え……?」 ショックのあまり、思考がショートする。百合は今まで、父は事故死だと聞かされていた。「その様子だと、何も知らないんだね。ま、もみ消されてニュースにすらならなかったんだから、当然か」「何が、あったっていうの……?」 震える声で聞くと、春哉は口角を上げる。まるで、獲物が罠にかかったかのように。「君は、妻夫木家と宝生家の関係について、どこまで知ってる?」「祖父の代で同盟を組んで、同じ紋章を使っていたことと、父の代で険悪になったことくらいです」「そっか、それしか知らないんだ。周りの人達は、君を真実から遠ざけようと必死だったんだろうね。可哀想に」 春哉の言葉の数々が、百合に突き刺さる。百合なりに必死に調べて情報を集めていた時間を否定された気持ちになる。もちろん百合は今持ってる情報が全てではないと思ってはいるが、あと少しで真実を解明できると思っていた。だが、どうやらそうでもないらしい。「最初は父達も仲が良かったんだ。けど、ひとりの女性が関係を壊した。その女性こそが、宝生藤子。つまり、君の母親だよ」「母さんが? どういうこと?」「君は、昔の藤子さんの写真を見たことがあるかい?」「えぇ、何度か……」「美しかっただろう? 今の君みたいに。美しい上に明るくて、誰にで

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     百合は疲れ切った顔で家に帰る。あの後、秋明と情報を共有していて遅くなってしまった。彼は百合が矢絃の家に住んでいると知ると、新しい家を用意するからすぐに出られるようにしろと言っていた。 これは百合にとって嬉しい話だ。1秒でもはやく、この家から出たいと思っている。(色々話したいけど、母さんはもう、寝てるだろうな……) 腕時計を見ると、もう12時になろうとしている。早朝から仕事がある母はきっと寝ているはずだ。(私も、シャワー浴びてはやく寝よう……) 自室に戻ることを考えながら玄関の前に立つと、ドアが開いた。「母さん……!」「おかえり、百合」 パジャマにカーディガンを羽織った母・藤

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     百合は秋明のオーラに圧倒され、言われるがままにキスをしてしまう。「あの女、妻夫木さんにキスをしたぞ!」「どういうことなの!?」 会場はどよめき、矢絃とマキは呆然としている。秋明は更に百合を抱き寄せ、人々に振り返る。「この女性は宝生百合といって、最近噂になっている高級ブランドのデザイナーであり、俺の婚約者でもある。そこの副社長のストーカーなどしていない」 秋明の言葉に、会場は更にどよめく。百合は何がなんだか分からず、固まっている。「なんだ、お前は! コイツに何をした!? お前もお前だ! 男だったら誰でもいいのか? このアバズレが!」 顔を真っ赤にして怒った矢絃が、ふたりの間に割

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     晩餐会当日、高級ホテルにあるきらびやかな会場には多くのセレブがいる。百合は暗い気持ちで壁の花を決め込む。 成功したデザイナーとはいえ、セレブの仲間入りを果たしたわけではない。矢絃がいなければ、このような場にはいられないだろう。(こんなところ、願い下げよ) 百合は矢絃から送られてきた日程を伝えるメールを思い出し、心の中で吐き捨てる。メールには日時と会場と、「本来はお前ごときが参加していい場ではない。晩餐会に出られること、感謝するんだな」という一文が添えてあった。 あれから矢絃はマキの家にでも転がり込んでいるのか、帰ってこず、母の藤子と数人の使用人と奇妙な同居生活をしていた。 藤子に

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    「何がおかしいの? 言っておきますけどね、私ひとりの稼ぎでも、母とやっていけるのよ」 更に言葉を続けるも、矢絃の勝ち誇った顔が崩れることはない。「出て行くだと? お前の母親は終身サービス契約にサインしている。違約すれば8千万だ」「8千万!? どういうこと……!?」 母の藤子は、矢絃が副社長を務める会社で清掃員として働いている。母は常々、「今の生活があるのは熊谷さんのおかげなんだよ」と言っていた。百合はてっきり、母は矢絃が自分を雇ってくれたことに感謝しているのかと思っていた。(そういえば、最近そういう言葉聞かなくなった……)「聞いてなかったのか? お前の母親が、契約書をまともに読ま

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