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初めての成功

Auteur: 靴下 香
last update Date de publication: 2026-06-14 17:37:49

 街道から更に離れるよう森の奥へと進んでいく。

 当たり前と言えばそうだが、魔物除けが施された場所から離れれば離れるほどモンスターと遭遇する可能性は高くなる。

 ほぼ無害とされているスライム、あるいは魔物除けを何ら問題にしない強力なモンスターなら別だが、基本的にはそのモンスターにとって影響がない場所に生息しているものだ。

「フォレストウルフ、かぁ……」

 アルエ様は失敗しても危険はないと言っていたが、具体的なことは何も教えてくれなかったし一抹の不安が拭い切れない。

 俺自身、魔物避けが施されている場所から、事前準備なしでここまで離れるのは初めてだし、何より目的はフォレストウルフ、警戒しすぎて悪いことはないだろう。

 森という環境に適応したウルフというモンスター。

 それがフォレストウルフという四足歩行の獣型モンスターだ。

 モンスターには何処に生息しているかによって冠詞がつく。

 ウルフは基本的に草原、あるいは平原に生息しているモンスターであり基準とされている。

 特徴としては動きが素早く、人に対して好戦的で、群れをなして旅人を牙で追い立てるといった感じ。

 では、そんな基準とされているウルフに、フォレストという冠詞がついたモンスターはどんな存在なのか。

「ねぇ? いくらフォレストウルフは気配を消すことが得意にしても、警戒しすぎじゃない?」

「いやいや、これでも大胆すぎるかなと思っていたくらいですって」

 アルエ様は俺を殺したいのかな? 何言ってるんですかってもんだ。

 そう、フォレストウルフは森という環境に適応し、気配を消す術を身に着けた。

 進化したと言ってもいいか。群れで行動することをやめ、森という環境を利用し自分の気配を消し、獲物を仕留める森のハンターとなったのだ。

 ハンターギルドなんかから公表されている危険度はCマイナス、だったかな?

 一般人、戦う力を持たない人は決して相手をしないようにってランクに設定されている。

 ちなみにスライムはG、認定ランクの中では最低のものだ。

 ……うん、やっぱ無茶だろどう考えても。

「アルエ様、やっぱり一旦戻りませんか? トラップなんしを作ってからもう一度ってことで」

「うん、却下♡」

 これだもんなぁ……スパルタが過ぎませんかね。

 確かに、発情魔法を一回使っただけで魔力切れになることはなくなった。

 けど、発動対象を複数に向けて使うなんてことはまだできない。

 そういう意味では、フォレストウルフってモンスターは見かけても単体だし、狩りに出るのはメスの個体である場合が多いから、この近辺に生息しているモンスターの中では、うってつけの相手であるのは認める。

 いやまぁ、それでもケモノ100%相手に相棒がおっきしてくれるとは思わないし、おっきしたら多分自分のことを信じられなくなってしまう。

「ぴーっ」

「あぁスラピィ、お前だけだよ俺の味方は……!」

「ぴぴっ!」

 ひしっとスラピィに抱きつく。ちょっとひんやりしてて気持ちがいい。

 そういやスライムは何処でも見かけて変化や進化も見られないからって、なんちゃらスライムみたいな呼ばれ方はしないんだよな。

 けどまぁ見るからに白いし、冠詞をつけるならホワイトスライムってところだろうか。

 知ってるか? この白いの、俺の精液なんだぜ?

「……う」

「ぴー?」

 そうだよ、これ俺の精液だよ、白色というか乳白色だよ。

 もしかしなくても自分の精液溜まりに抱きついたのか俺は今。

 ……いかん、頭がおかしくなりそうだ。

「すまん、スラピィ。俺、頑張るからな」

「ぴっ!」

「……おばかさんねぇ」

 はい、今のは自分でもそう思いました。

「ぴぴっ!」

「うん? どうした? スラピィ」

 どれくらい歩いたか、足元近くをコロコロと転がりながらついてきていたスラピィが不意に動きを止めた。

「ぴー……」

「スラピィ……?」

 どっちが前か後ろか。

 それはともかく、スラピィはまるで周囲を警戒するように身体を動かして――

 ――警戒、するように?

「後ろっ!!」

「っ!?」

 アルエ様の切羽詰まった声と嫌な予感がして振り向いたのは同時。

「ガァッ!!」

「やっ――べ」

 ただ、どうしようもなく遅すぎるタイミングだった。

 あと何秒もしないうちに、大きく開かれた口に食い千切られてしまう。

 そう理解した、その瞬間。

「ぴぴぃっ!」

「ガッ!?」

 迫ってきていた牙が、本体と一緒に吹っ飛んだ。

「まじ、か」

「ぴっ!」

 スラピィの俺を庇うかのような体当たりで、どれくらいだ? 4、5メートルは吹っ飛んだぞ?

 あぁ、心なしかスラピィがドヤ顔を浮かべている気がする。

 いや、まじかスラピィ。お前、認定ランク最低のモンスターだぞ? それがCマイナスに設定されてるフォレストウルフをふっ飛ばした?

 ……ユニークモンスター化って、もしかしなくてもとんでもないんじゃ?

「何呆けてるのよ!」

「っ!」

「ぴぃっ!」

 慌てて短剣を構える。

 構えた俺を守るようにすっと立つ……立つ? まぁスラピィが居てくれて。

「グルルル……」

 我に返ったは良かったけど。

 こっちを血走った目で睨みつけていたフォレストウルフの姿が森と同化するように消えていく。

「おばかっ! 戦おうとしてどうするの! 発情を使いなさいな!」

「わ、わかって――いや、そうでした、ね」

 わかってなかった、そうだった。

 あんまりにもな殺気だったから、つい防戦しようとしてしまった。

 ……いや、言い訳だな。

 アレを性的な目で見るなんてどうかしてる。

 本能か理性かはわからないけど、そんな考えが頭の中に生まれたからだ。

「あたしのことを信じられない気持ちはわからないでもないけどね。少なくとも、あなたが……ううん、あなたとスラピィがこの場を切り抜けるには、発情をアイツにかけるしかないわ」

「……」

 あぁ、そうだな、それもきっとある。

 切羽詰まった時、本性が出るとでもいうのか。

 発情を仕掛けたから切り抜けられるなんて、今でも信じられないって気持ちが確かにある。

 スラピィに発情を仕掛けて、ものの見事にやられた俺だから、なおさら。

「……ぴー……」

 警戒を続けていてくれるスラピィ。

 何を考えているのかなんて、さっき見ただろう、俺を守ろうとしてくれてるんだ。

「そう、そうよ。今、あなたは直接的に誰かや何かを打倒する力を有していない。けど、それは戦えないってことじゃない」

 今の俺がフォレストウルフを真正面から倒すなんて逆立ちしたって無理だ。そんなのはわかっている。

 でも、アルエ様は戦えると言っている。発情を仕掛けられたのならこの場をどうにかできると言っていた。

 さっきのは千載一遇の好機ってやつだったんだろう。

 あいつの奇襲と俺の発情魔法、どっちが先に通るかなんて前者に決まっている。

 もうさっきみたいな機運はやってこない。

 つまり、もう俺がフォレストウルフに対して、この戦闘中に発情を発動できることはないだろう。

「くそ……」

 どうすればいい? どうすれば戦える?

 さっきはアルエ様を信じられなかったことで失敗した、なら今度は戦えるといったアルエ様を信じよう。

「……?」

 殺気が濃くなってきた、もうすぐにでも何処からか襲ってきそうだ。

 にもかかわらず、来ない。

 なんでだ? なんでフォレストウルフは飛びかかってこない?

「ぴー……」

 スラピィ……?

「そうか」

 スラピィを警戒しているんだ。

 奇襲は一度目しか成功しないのが普通だ、失敗した理由がスラピィだから二の足を踏んでいるんだ。

 モンスターに考える能力があるのかはわからない。

 本能で悟ったのか? 警戒に値すると。

 先のやり取りでスラピィが守る俺を襲うのは難しいと理解したんだろう。

 つまり。

「スラピィ!」

「っ! ぴぴっ!」

 スラピィが居なくなれば、襲ってくる。

 ウルフがスライムをエサにするなんて話は聞いたことがない。

 獲物として見定めてられているのは俺だろう、二の足を踏み続けて諦るって選択をしない限り、何としてでも俺って獲物を仕留めたいはずだ。

「ちょっと考えがある、やって貰えないか?」

「ぴぃ?」

 すっかりスラピィとは意思疎通できるもんだと信じ切ってる俺も大概だが。

 まぁ、今からやろうとしてることのほうが、十分大概ってやつだろう。

「は、はぁっ! はぁっ!」

 進んできた道を逆走する。

 脇目も振らず、スラピィを信じて思いっきり。

「く、そ。真面目っ子するついでに、もうちょっと、はっ、身体、鍛えときゃよかった!」

 背後から突き刺すような殺気が離れない。

 間違いなく、フォレストウルフは追ってきている。

「に、にんげんのっ、狩りの常識が、通用するか、わかんねぇけどなっ!」

 狩りの常識、獲物は弱らせたところを仕留めろ。

 疲れているところを狙え、寝ているところを狙え、罠にはめて狙え。

 そういう観点から見れば、俺って獲物が勝手に疲れようとしてくれているんだ、自滅してくれるなら大歓迎のはず。

 スラピィと離れて少ししたけど、まだ襲ってこないのはそういう意識がフォレストウルフにあるってことだろう。足の速さなんて比べるまでもなく俺のほうが遅い。追い抜くなんてわけもないはずだ。

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 全力で走る姿は、まさに危険から必死に逃げようとする哀れな獲物に見えるだろう。

 いつでも来い、とは言わない。

 むしろ、このまま見逃してくれなんて、苦しい胸と重たい足が訴えてくる。

「で、もっ! ここでそうしたら! 終わり、なんだろうなぁっ!」

 あーはは、なんか頭熱くなってるわ、ランナーズハイってやつか?

 予感がある。

 ここで、諦めたらだめだって。終わりだって。

「あーくそっ! おれはっ! うはうはライフを送るんじゃぁっ! ――っ!?」

 やけくそで叫んだ瞬間。

「ぶべっ!?」

 木の根っこか、石ころかに足を取られて。

「あででででっ!?」

 ゴロゴロ、ゴロゴロと転がって。

「ぐ、い、いてぇなぁ、も――」

「ギャオンッ!!」

 起き上がろうとした瞬間、黒いケモノ――フォレストウルフが、飛びかかってきた。

「ちぃっ! い゛ぃ゛っ!?」

「グル、グルルルッ!」

 首元に向かってきた牙に腕を差し込んで防げば、痛いってか熱いっ!

 あーあー! お客様! ウルフ様!?

 そんなに首をブンブン振らないでください! 千切れる、千切れちゃうからっ!?

「ス、スラピィッ!!」

「――ぴぃっ!」

 けど。

「ぴぴーーーーーっ!!」

「ガ、ァ……?」

「へへっ、そうだよ、狩人……ハンターってのは、罠を仕込んでこそ、なんだよ。知ってっか? スライムの中、くっそ気持ちいいんだぜ?」

 木の上から身体を広げて。

 俺をかつて抑え込んだように目一杯大きくしたスラピィが、降ってきた。

「ッ!?」

 呆気に取られたようなフォレストウルフの口から腕を引き抜いて、その場から力を振り絞って飛び退けば。

「捕獲、完了……ってな」

「ぴぴっ!」

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