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恋の保護先
恋の保護先
Author: 七賀ごふん

冷たい手

last update Huling Na-update: 2025-11-27 16:48:15

またどこかで間違えた。

────痛い。

あてもなく走り続けて思った。

許されるなら倒れたい。しかしそれだけは駄目だと脳内で告げている。

なのにどうして追われて、どうして逃げているのか。

それすらも理解できなくなっていた。

『お前、男が好きなんだろ?』

そう言われたのはいつだっただろう。

言ってきた奴は当時の親友で、中学のときだ。俺は確か……そうだ、高校受験を間近にした三年生だった。

長い間隠してきた秘密がバレてショックだったことを覚えてる。だけどそれ以上に、親友に浴びせられた言葉にショックを受けた。

なのに何を言われたのか肝心な内容は思い出せない。多分、意識的に記憶から消した。

重く暗い出来事。一番仲が良かったから……話せば分かってくれる、なんて淡い期待を抱いたのがそもそもの間違いだった。崩れ落ちた友情から学んだことは、良くも悪くもその後の自分を守る術となった。

あの日から、絶対に男を好きにならないと決めた。

永遠に独りでもいい。自分の力で生きていくんだと。

「清水さん、お疲れさまでした」

「おぉ、お疲れ。また明日」

……もう二十二時時か。

勤め先のスポーツジムから外に出てスマホを一瞥する。

堤俊紀(つつみとしき)、二十五歳。

大学を卒業し、インストラクターとして今の職場に就職した。仕事の内容には満足しているし、多少収入が少なくても何とかなっている。

それに意外と出会いもあるから楽しかった。スポーツをやってる爽やかな好青年。恐らくそれが、傍から見た自身の印象。

でも実際はそんなことない。爽やかよりは、いくらか過去を引きずるタイプだ。

個人的には恵まれてると思う。スポーツが好きだから頑張って体育大学に行ったけど、勉強が苦手なわけではなくむしろ得意な方だ。

……今日は別の道から帰るか。

普段の帰り道である大通りからそれて、人気の少な雑木林沿いの道に入った。

何でこの日に限ってこの道を選んだのか。これは後になって、一生の疑問点となる。 

違う道を行っていれば、また別の人生を歩んでいたんじゃないか。そう思えてならない。

この道は林のせいで昼も薄暗い為、女性が夜歩くのは危険かもしれない。

まぁ俺が歩くぶんには大丈夫だ。

ゆったりしたペースで進んでいると、森の奥から何かが近付いてくる音が聞こえた。

ガサガサと草木を掻き分けている。

鳥? 猫……にしては音が大きすぎる。

少し不安になって、横にずれた。

「わっ!?」

それと同時に、真正面から何かとぶつかる。

やはり猫なわけがなく、人だった。

「痛……っ」

暗くてよく見えないが、声から相手が男だとわかった。それも、恐らくまだ若い。 

彼は息を切らしており、腹を押さえている。しかしそれは走り疲れによるものではないと気付いた。

彼とぶつかった際に互いの手が触れたからだ。指にある感触は、さらりとした液体。暗がりでも赤く光るそれは、……血だった。

「お、おい。怪我してるのか?」

相手は距離をとっていたが、俊紀は構わず彼に近付いた。

よく眼を凝らすと、やはりまだ子どもだ。制服を着た金髪の少年が、鋭い眼つきで睨んでいる。しかし疲弊しているからか逆に弱々しく感じた。

俊紀は傷の具合を見ようとしたが、林の中から聞こえた声にたじろいた。

「おい、そっちも探してみろ! 近くに隠れてるはずだ!」

……っ?

一体何事かと少年から眼を外した瞬間、強く腕を掴まれ、近くの大木の影に引き込まれてしまった。

「わっ! ちょっ……何すんだ!」

少年の行動に驚き、俊紀は大声で叫んだ。

「おい、今声したよな!?」

「あぁ……でもあいつの声だったか?」

そのせいで、声の主はこちらに気付いたようだ。

よく分からないが、この少年は彼らに見つかったらまずい状況にいるのだ。なら今自分が大声を出したことを怒ってるかもしれない。恐る恐る彼の顔を見た。

しかし彼は怒るどころか優しい顔で、唇に人差し指を当てていた。

あれ、怒ってないぞ?

案外優しいのかもしれない。ちょっと静かにして、みたいなノリなんだと。

でも違った。

首筋に当たる冷たい感触は、何がなんでも口を開くことを禁じようとしている。

彼は俊紀の耳元に顔を近付けると、小声で諭すように囁いた。

「大丈夫、何もしないから。……その代わりじっとしててよ」

彼の手元で銀色に光ったそれは、一本のナイフだった。

夜の森で、知らない少年と息が当たりそうなほど密着してる。

何だこの状況は……っ。

意味不明だけど、首元で光る鋭利なものがチラついて他には何も考えられない。

ひとまず息を殺し、大人しくすることにした。

少年は額に汗を浮かべ、今も苦しそうにしている。それもやはり気になった。

「……、……」

声は次第に遠ざかっていった。二人組だったのか三人組だったのか、今いち分からないまま。

いなくなった……のか。

やっと深呼吸ができる。そう思った瞬間、少年は地面に崩れるようにその場に倒れた。

「おい! 大丈夫か?」

何とか抱き起こし、少年の顔を窺う。しかし彼は俊紀の予想に反する質問を投げかけてきた。

「ねぇ、……この近くで一番近い駅ってどこかな」

少年は血色の悪いまま、俊紀に訊ねた。

「駅って……それより病院が先だろ? 救急車呼ぶからちょっと待」

「待って、救急車は無理」

俊紀が言い終わるより前に、少年は強く却下した。

「病院も駄目だ。今行ったら捕まる」

「あぁ、何か事情があるみたいだけど……傷、そのままはまずいだろ。せめて手当てしないと」

「……」

息も絶え絶えに、彼は何も言わずに俯いた。

「おい、しっかり……」

俊紀は焦って大声を出しかけた。しかし、今度は言葉を失う。

わずかに聞き取れる程度の声を出して、彼は泣いていた。

初めて会ったというのに、その泣き顔は彼の弱さを指し示しているようで、見てていいのか分からなかった。

だけど、今はそばにいてやった方がいい。

この時は何故か、そう思った。

「……うん。傷は浅かったから大丈夫だと思うけど、しばらくは安静にするように言っておいてね」

「サンキュー。夜中に呼んで悪かったな」

「いいよ、今度奢ってくれれば」

二時間後。俊紀は自宅のマンションに安着していた。部屋に戻り、ベッドで眠っている少年の隣に腰をおろす。

結局少年を放っておけず、家に連れ帰った。しかし自分一人ではどうしようもなくて、高校時代から付き合いのある研修医の友人を呼んだ。諸事情で病院に行けないことを伝えるのは気まずかったが、応急処置をしてもらうだけでも助かった。

「ふぅ……」

俊紀はテーブルの上の時計を見て溜め息をもらした。時刻はもう零時を回っている。

この子の家族は心配してるだろう。そう思ったら頭より先に体が動いて、彼の上着にスマホが入ってないか探そうとしていた。ところが。

「あのぉ」

「うわっ!?」

背後から突然かかった声に、心臓が跳ね上がった。振り返ると、寝ていたはずの彼がドアの前に立って、こちらを見ていた。

「お、起きられたんだ……。大丈夫?」

「はい。おかげさまで」

少年の淡白な返答に素直な安心していいのか、微妙な気持ちになった。

「あのう……すいません、実はお願いがあるんです。今日は泊まらせてもらえませんか?」

やや違和感のある言い方で、彼は俊紀に深く頭を下げた。

「それは構わないよ。そしたら、とりあえずご両親に連絡を」

「大丈夫です。俺一人暮らしなんで」

「え。珍しいね。君高校生だろ? 寮とか?」

そう言うと、彼は近くの椅子にもたれて、無邪気な笑顔を見せた。

「いえ、実家ですけど家族が帰ってこないんで、ほとんど一人暮らしみたいな感じなんです。それより俺、梁瀬夕都(やなせゆうと)っていいます。助けてくれて本当にありがとうございました」

無邪気な笑顔と、明るく元気な声。そこには、初めて会った時のような空気は存在しなかった。

どこにでもいそうな高校生。……よりは、いくらか荒んでる気がするけど。

「あぁ。俺は堤俊紀。よろしくね」

「俊紀さんかぁ。すごい優しいんですね」

「ん? 何が?」

夕都の言葉の意味が分からず、俊紀は純粋に聞き返した。

「何があったか聞かないのは、面倒事に巻き込まれたくないからかもしれないけど……何も俺の要望通りに助ける筋合いはなかったでしょ? 助けてもらった身でこんなこと言うの、限りなく失礼だけど。よく知らない俺なんかの為に、何でここまで気をつかってくれたんですか?」

「何でって言われてもな……」

俊紀は頭を掻いて、困ったように首を傾げる。

「俺の勘違いかもしれないけど、あの時の君、すごい必死に見えたから……相当やばい事情があるんじゃないかなって思って」

あと逆らったらホントに刺される気がした。とは言わないでおこう。口は災いの元。

「そう……ですか」

「あぁ、あと敬語じゃなくていいよ。そっちこそ、あんまり気を遣わなくていいから」

むしろ敬語を使っている方が不自然に見えた。気を遣えるみたいだけど、やはり第一印象に振り回される。

髪ぐらい高校生なら染めてる方が多いけど、着崩してることもありヤンチャに見える。いつもなら進んで関わりたい人種じゃないのに……何故だか、彼のことは気になる。

だからこんな事を言ってしまった。

「色々あるみたいだけど、俺ができる事なら何でも言ってくれよ。……力になるから」

余計な事は本当に言うべきじゃない。という事を俺はわかっていない。

「本当? じゃあちょっとだけ、頼みがあるんだけど!」

「あ、あぁ。何?」

「しばらく、俊紀さんの家に泊まらせてくれないかな」

は?

彼のお願いは、予想していたどのお願いよりも斜め上をいっていた。

「き、今日初めて会ったんだぞ。知らない大人の家に泊まるべきじゃないって」

「あぁ。でも大丈夫、俊紀さんなら」

「はぁ?」

大丈夫って、何を根拠に言ってるんだ。

根っから悪そうには見えない、けど……それもあくまでただのカンだ。

「もちろん生活費は全部自分で出すよ。ただちょっとの間、家に帰れないんだ」

そう言うと、夕都は俯いた。わずかに見える表情はひどく不安げなもので、ただの少年みたいだった。いや、ただの少年なんだろうけども。

うーん……。

いくら彼が一人暮らしだとしても、問題だらけ。いや、非常識だ。彼の親だって、本当は家にいるかもしれない。ただの家出少年だったらどうする。

……なんて、いつに間にか本気で頭を悩ませてる自分がいることに戸惑った。

「ちょっと、考えさせてくれ。今日は、その……泊まってってもいいけど」

だけど彼の返事は、またまた俺の予想外な内容だった。

「いや、急ぎの話なんだ。……少なくとも今日から一週間ぐらいの」

「そりゃまた急な話だな……」

俊紀は夕都から視線を外す。情けないものの、このままだと息が詰まりそうだったからかもしれない。

「その、せめて理由を話してくれないか。簡単でいいからさ」

そう訊くと彼は黙った。しかしただ黙っているのではなく、何か考えている様に見える。

俊紀が心配するより先に、夕都は口を開いた。

「多分気付いてると思うけど、今ちょっと厄介な事に巻き込まれててさ。家に帰れないのは単純に……俺を待ち伏せしてる奴らがいるかもしれないから。まぁ、逃げる為」

夕都は可愛らしい、無垢な笑顔を浮かべる。が、内容が内容なだけに俊紀は引き攣った笑顔しか返せなかった。

「そんな物騒な話なら警察とかに頼めない?」

「駄目駄目、ガキ同士の喧嘩に協力したりしないよ。それに……」

と、なにか言いかけて彼はやめてしまった。

「それに?」

「いや、今話した通り。一週間だけ、俊紀さん。だめかな……?」

彼は捨てられた子犬のような眼で俊紀を見上げる。

……っ。

数秒の後、俊紀は静かに溜め息をついた。

「怪我してることもあるし……とりあえず、な」

「ありがとうございます! やっぱり俊紀さん良い人!」

そう言って喜ぶ彼は素直に可愛かった。普段の切れ長な眼が特徴的だからか、子どものような笑顔を浮かべると別人に見える。

こうして話す分には何も問題がない高校生に見えるのに……どこかに隠し持ってるナイフの存在が、完璧に信用させない。

「ほら、じゃあ今日はもう寝な。傷が開いたらまた大事になるぞ」

「でもここ、俊紀さんのベッドじゃないの?」

「敷き布団があるし俺は大丈夫だよ。……大人しく寝るんだぞ」

「了解!」

返事を聞き、電気を消して部屋を出ようとする俊紀を夕都は呼び止めた。

「俊紀さん!」

「うん?」

「ありがとうございます」

静かな廊下に出て、パンクしそうな頭で考えた。

……。

自分が下した決断に今さら頭を抱えた。

素性の分からない、それも確実になにか問題を抱えてる(※ナイフも持ってる)少年を家に入れるなんて。

何が起こっても言い訳できない。百パーセント自分のせいだ。

それでも、彼を疑いたくない自分もいる。

むしろ彼を救ってやりたいとすら思ってることに気づいて、混乱していた。

   

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