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#2

last update Date de publication: 2025-12-02 06:44:34

夕都は持っていたナイフを俊紀に預けた。

目下の不安は鎮火したものの、翌朝は思いがけない口論が起こった。

「は? バ、バイト?」

午前八時。

俊紀が目覚めてからリビングへ行くと、そこには制服を着た夕都がいた。

怪我の痛みが和らいだようだからてっきり学校へ行くんだろうと思ったのに、夕都が話した行き先は予想と反するものだった。

「うん。俊紀さんに生活費も早く渡したいし」

「いやでも、お前が行ってる高校は全日制だろ?」

俊紀は光の速さで夕都の外出を食い止める。

「そうだけど?」

夕都はあっけらかんと返事をした。

「なら学校を優先しな! 生活費はもう少し回復してからでいいから」 

「そういうわけにはいかないって。それに学校は……真面目な話、卒業できる気がしないんだよね〜。俺頭悪いし」

夕都は鞄を持って玄関へ向かおうとしたが、それを先回りした俊紀に阻まれる。

「待て待て、早まるなよ。高校は大事だぞ。一時の感情で将来を棒に振るなって」

「感情の問題じゃなくて、勉強ができないんだよ。行ってもしょうがない」

「真面目に行ってれば卒業はできるだろ。あと、何も勉強だけじゃない。友達と遊んだりしてさ……思い出をつくんなきゃ」

それがいつか、良かったと思える時がくる。彼はまだ十七歳で、これから楽しい事がたくさんあるはずだから、そこは必死に説得した。

しかしやはり、彼にはいまいち響かない。

「友達なんてもういらないよ」

夕都は俊紀の横をすり抜け、あくまで玄関へと向かう。

「おい、夕都!」

「大体、俺が学校行かなくても俊紀さんには関係ないだろ。それで迷惑がかかるわけでもないんだし」

確かに、それはそうだけど。

でもなぁ……。このまま見過ごしていいんだろうか。

玄関にたどり着き、夕都は靴に履き替えようとした。

が、急いだ為か靴が前に滑り、勢いあまって頭から倒れてしまった。やっぱこいつ、色々そそっかしいな。

「いったい!」

「はぁ……大丈夫か?」

俊紀はすぐに屈み、夕都を抱き起こした。お互いの顔が真正面にあるような体勢になり、二人は目が合う。

「…………」

それが何秒続いたか分からないが、まるで時間が止まってしまったようだった。

何秒。いや何十秒、そうして彼を抱いていただろう。

動こうと思えば動けたはずなのに、俺の手は彼から離れてくれなかった。

もちろん、彼も。大人しく俺に抱かれて、綺麗な瞳で見つめてくる。

何だこれ……。

しかし気まずい空気になっているのは肌でビリビリ感じとれた。

これはいかん。笑って誤魔化そう。

それ以外に良い案が思いつかなくて、夕都の手を引っ張って起こした。

「は、はは……ごめんごめん」

この不思議な感覚の原因が何なのか分からない。それでも自分が今混乱していることは確信した。

「なに固まってんだよ。どっか打ったか?」

戸惑いを悟られないように、俊紀は彼に背を向ける。

混乱の原因は分からないが、不安の原因はわかった。

それは何年もの間隠し通してきた秘密で、誰にも批判されないように守ってきた秘密。それをもしかして───もしかしたら。

「ねぇ。……俊紀さんって」

俊紀が抱いたその不安は、次の夕都の言葉によって的中する事となった。

「実は、男が好きだったりする?」

サラッと夕都の口からこぼれた言葉は、今の俊紀には後ろから頭を殴られるより威力があった。

「何となーく……そんな気がしてたんだけど。違う?」

「何だそりゃ。じゃあ、違うって言ったら信じてくれるか?」

動揺を悟られないように、あえて夕都が言った言葉を代用した。すると彼は少し考えてから、可愛いぐらいにっこり笑った。

「もちろん! 俊紀さんが俺をもっと信用してくれるなら、俺も俊紀さんを信じるよ!」

浮かべてる表情と違い、声はオクターブ一つ下がってる。でも、それについては冷静に指摘できた。

「なに言ってんだよ。信用してるから家に泊まらしてるんだろ」

「あ、そうだね」

夕都は納得したようで、それ以上は何も言わなかった。あまりに単純で若干拍子抜けする。

「とにかく! 俺の方が先にお前を信じたんだから、さっきの話は信じてくれるよな?」

「…………うん」

分かった。……信じてないみたいだ。

少し泣きたくなる。

ずっと隠し通してきた秘密を出会って三日の高校生に知られてしまったことがショックで仕方なかった。

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  • 恋の保護先   #1

    「そっか。何で春だと元気なんだ?」「さぁ。春だからじゃない?」全く答えになってない。夕都の頭の中はどういう回路で形成されているのか、秀一は未だに弟のことが不思議でならなかった。ただ、彼の自由すぎるペースに慣れてしまったのも事実。ため息を飲み込み、夕都に生活費を渡した。「ありがと! 今度給料出たら返すから!」「それは親父達のお金だからいいけど、堤さんに迷惑かけるなよ? お金のこととかは特に」「わかってる。俺も早く就職したいなぁ……」夕都は玄関へ向かい、ぼやきながら外へ出る。秀一も家の前まで見送りする為に一緒に行った。「そういえば、夕都。春らしいこと、ちゃんと堤さんとしてるか?」「………え?」不意に掛けられた言葉に夕都は冷や汗を浮かべる。生き物が活発になり、性欲が高まるこのときに……春らしいこと?「い……いくら兄貴でも、あんまり他人の性事情は聞かない方が……これはプライバシーもあって、俺だけの問題じゃないし……」「違う。俺は季節の話をしてるんだよ」戸惑いながら言う夕都に、秀一は若干怒りのこもった声で答えた。「はぁ……やっぱり、お前の頭の中が春みたいだな。そうじゃなくて、この季節はイベントが一杯あるだろ。何もしてないなら、これ持ってけ」「な、何?」やばい方向のアダルトグッズだったらどうしようと思いながら、手渡された紙袋の中を覗く。だけど恐恐取り出した中身は卑猥なものでも何でもなくて。「あぁ。そっかぁ。……ありがと、兄貴」そこでようやく、春らしいイベントを思い出した。夕都は秀一と別れ、家路につきながら恋人に電話を掛けた。『もしもーし。俊紀さん、今からちょっと出られる?』実家に行ったはずの夕都から出動要請があり、俊紀は上着を着て外へ出た。……急に何だろう。ぼんやり考えながら夜空を見上げる。春とはいえ、夜はまだ冷える。もう二十二時近いし、心配だから迎えに行こうか迷ってたところだった。ちょうど良かったと思いながら、普段使わない駅へと歩いた。河沿いをひたすら進んで大きな橋を渡る。夕都からはその辺りで待ってる、と連絡があった。「おぉ……すごいな」見れば、冬は殺風景だったのに今は見事な桜並木の景色が遠くまで続いている。「あ。やっほー俊紀さん、わざわざ出て来てくれてありがとね。これ兄貴から」その後すぐに現れた夕都は、持っていた

  • 恋の保護先   ◇回春

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  • 恋の保護先   #4

    「そうだっけ? でも俺は、俊紀さんのこと本気で自慢に思ってるけど」夕都は眉ひとつ動かさずに言い放った。何か、嘘でも冗談を交えずに言われると責められない。自分も大概単純だ。完全にペースを崩され、乱暴に頭を掻いた。横に乗り出し、夕都を押し倒して唇を奪う。「ん……っ」夕都はそれを簡単に受け入れて。身体を密着させて、濃厚なキスを続けた。「ちょっと待って、苦しい」腰が、と夕都は顔を顰める。確かに隣合ってるため、だいぶ厳しい体勢を取っていた。「じゃ、不自由ないベッドに移動するか?」夕都の顎を持ち上げ、悪戯っぽく問いかけた。そして彼の唇を大きく甘噛みする。「今かなりエンジンかかってきてるから……覚悟しろよ」「わっ!」驚く夕都を抱きかかえて、寝室へと歩いた。そして彼をベッドの上に下ろす。「俊紀さ……っ」彼がなにか言おうとするより先に、また口付けをする。シャツのボタンを順々に外した。部屋の電気をつけてない為、お互いの表情もぼんやりとしか分からない。「は、あっ……あ……」過敏になっているのか、夕都はいつもより声を上げていた。彼の兄が帰った直後に……本当に自分は悪い大人だ。良心が痛むが、身体はとっくに火がついている。今さら止まることはできなかった。全身のキスを終えると、夕都のズボンの中へ手を差し込んだ。 彼も逃げられないと分かっているが、身を捩って逃げようとする。生理的な反応だ。夕都は目を瞑って、背中に手を回してきた。何度肌を重ねても緊張してしまうのは、やはり彼が好きだからだと言い聞かせて。「夕都。脚、広げて」位置をずらし、夕都の脚の間に頭を沈める。手で支えて腰を上げさせると、後ろの穴に舌を這わせた。「あ……っ!!」夕都は強く目を瞑り、声をもらさないよう歯を食いしばった。我慢すればするほど、身体はビクビクと震える。「声出せよ。俺けっこうお前の喘ぎ声好きなんだから」嫌味でも冗談でもなくそう言うと、夕都は一瞬頷きそうになったが、「や、でも……やっぱ自分の声は気持ち悪いし」理性を手繰り寄せ、恥ずかしそうに顔をそむけた。「はは。でも、一緒に喘げばそんな事ないだろ?」笑顔で言うと、夕都はムッとして反論した。「何言ってんだよ。いつも俺だけ散々声出して終わるのに」「まぁな。俺は別にそれでいいんだけど」夕都の意見を適当にあしらい、行

  • 恋の保護先   #3

    「って、今日初めて会った俺にこんな力説されても困っちゃいますよね。すみません」「いえ、そんな事ありません! ありがとうございます」苦笑する彼の言葉を否定し、少しずつ本音を話した。「俺は自分と同じような人と関わる機会がなかったから、秀一さんのお話を聴くことができて本当に良かった……」率直な感想だ。もう少し上手いことを言えたら良かったけど。「堤さんはお優しいですね」「いえ、そんな」夕都を例にするわけじゃないが、お世辞でもあまり煽てられると困ってしまう。「なんというか、昔の僕と似てるところがある」そう言って秀一は夕都に笑いかけた。「夕都。堤さんに会えて良かったな」「まぁね」夕都は自慢げに呟いた。「同性愛者ってだけで最初から不安定な立ち位置にいる。なら普通の人より大変な想いすんのは分かりきってんじゃん。俺は先に覚悟しとけば、何かあっても慌てない自信があるよ。悪いけど、俺は強い」「はぁ……確かに、異性だからって必ず結ばれるわけでもないけどね」「そ。俺は女の子とも付き合えるから言わせてもらうけど、どっちも大変だよ。同性はハンデがあるだけ……それよりもう食べようよ! 腹減った」「はは。じゃ、そうしますか」自身の腹をさする夕都を見て、俊紀と秀一は笑った。────久しぶりに賑やかな食卓を囲んだ。こんなに居心地が良く、安心する時間はいつぶりだろう。また、こんな楽しい夜を過ごしたいと思った。「今日は本当にありがとうございます、堤さん。今度はぜひ私達の家に来てください」時間が流れるのはあっという間で、もう終電もない深夜だった。「もうこんな時間だし、良ければウチに泊まっていきませんか?」秀一はてきぱきと身支度を始めていたが、心配になってそう提案した。けど、「大丈夫、恋人に車で迎えに来るよう言ってるから。長く居座って申し訳ない、楽しくて時間を忘れるぐらいだから」「それは俺も……あっ、夕都のこと連れ帰らなくていいんですか?」慌ててリビングのソファで眠る夕都を見た。少し前から急に眠いといって横になってしまったのだけど……。元々、彼は夕都と過ごす為にこっちに帰って来たのだと聞いた。なら解決すべき問題はもうひとつある。「大丈夫。今は仕事も落ち着いたから、会おうと思えばいつでも会えるし」秀一は夕都に近付き寝顔を一瞥すると、小さく笑った。その言葉

  • 恋の保護先   #2

    「イケメン……」それは、つまり。「弟の俺なんかよりずっと可愛い存在なんだって、昔から散々聞かされてたんだよ。ね、兄貴」「っ……何の事だか分からないな。夕都、なにか勘違いしてるんじゃないか?」「あーもう、隠す必要はないよ? だって俺と俊紀さん、付き合ってるから」────あぁ。信じられない。本当に言った。言ってしまった。バレてるとは思っていたが、それでもまだ誤魔化す手はあったのに。絶望感から泣きたくなった。秀一は案の定、というより不憫なほど驚いている。その様子から、夕都の言葉が冗談ではない事に気付いているようだ。「あはは、分かってたくせに。驚いてるふり上手いなー」気まずいのもあるし、素直に受け入れていいのかどうか、という悩みもあるだろう。秀一は固まったまま動かない。夕都は相変わらず軽いノリで笑っていたが……フリーズした秀一に痺れを切らし、容赦なく彼の頬をつねった。「いった! 何するんだ!」「リアクション長すぎ」さっきまで散々彼の反応を楽しんでいたくせに、夕都は冷たい目で秀一さんを睨みつけている。本当に自分勝手だ。「夕都。秀一さんの気持ちを考えてみろよ」と、彼のショックの原因でもある俺が言ってみる。もちろん説得力はゼロだ。「兄貴が何にショックを受けてんのか俺には理解できないけどね」夕都は椅子に深くもたれかかり、前で手を組んだ。「───俺は幸せだよ」彼の、人の話を聞かず自分の世界に入ろうとするコレはもう治らないんだろうか。「何故かって? そんなの決まってる。俊紀さんは優しいし、頼りがいがあるし、見ての通り美形だし、おまけにドSだし、こんな人と愛し合えて不幸って方がおかしい」「…………」長い沈黙が流れた。俺がスベッたわけじゃないのに、こんなに痛い沈黙を味わうとは。けど自分なんかより、彼の兄の方がずっとダメージを食らってるはずだ。「堤さん、夕都の言ってることは本当ですか……? 愛っ……て」そう問いかける彼の顔は青ざめている。「いえっ! えっと、あのですね……」一応、考えてはいた。こんな早くにアウティングするとは思わなかったけど。このままずっと夕都と一緒にいるのなら、いつかは必ずぶち当たる壁。自分の家族、そして夕都の家族にも、自分達が一緒にいる理由を伝えなくてはいけないのだ。同性愛者だと近親者に知られること。当た

  • 恋の保護先   #3

    「でもそれ最近はよく聞くし、珍しくないんじゃない? 近代的っていうか禁断的っていうか……俺は偏見ないよ」夕都は無表情で壁を見つめながら何か言っている。俊紀は何とも言えない気持ちにさせられた。ある意味、社会人になってから一番困った事態に陥っていた。「大丈夫だよ、人の目なんか気にしないで! 俊紀さんの更なるご活躍を祈って、俺はバイト行ってきます」「待てこら」流れに乗じて抜け出そうとした夕都だったが、寸での所で引き止めることができた。「ちょっ離してよ。心配しなくても誰にも言わないって」「もう完全に同性愛者であること前提で話進めてんじゃんか。俺も今は恋愛自体しないっての!」「今は?」

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  • 恋の保護先   冷たい手

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  • 恋の保護先   追憶

    別に困っていたわけじゃない。ただこの生活に、差し障りの無い程度に刺激を足したかったのかもしれない。あの時の俺は……。「俊紀さん」尚太は少し咳払いして、息を整えた。「少しだけ聞いてほしいんです。俺らのこと」「え」「先輩達をさらった奴らが誰かは分かってます。俺らの昔の遊び仲間。それが理由じゃないけど、まだ警察には連絡しないでほしい」「どうして?」俊紀は話が飲み込めないまま小首を傾げた。「夕都先輩は、多分そう言うから」「……そういや、俺と会ったときもあいつはそう言ってたな。でも、その遊び仲間はどういう繋がりなんだ?」「元々俺は何の関係もなくて、夕都先輩の知り合いばっかなんです

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