「高木さん、相談にのっていただいてありがとうございます。」
「いいのよ、ちゃんと報酬ももらってるんだから。」
翌日のオフィスで、侑斗は華の案件について、男女間の揉め事を専門に扱っている部門の高木さんを訪ねていた。
高木さんはこの道何十年かのベテランであり、ハキハキとした話しぶりは、自信の現れでもあった。
「それにしてもこの相手の女性、大した証拠もないのに、無理矢理慰謝料を請求して来てるわね。
こちらのクライアントは若い女性で、そんなにお金がないことがわかりそうなものなのに。」
「そうなんですよ。
きっと、何も分からず泣き寝入りして、言われたままに支払うと思ってますよね。ただ、こちらがいくら結婚していたのを知らなかったと主張しても、提示する証拠がないんですよ。
だから、その男に証言させようと思っています。
それがあれば戦えますか?」「そうね。
ただそれだけだと、相手に弁護士がついた場合、説得されて直前で覆される可能性もあるわ。だから、そんな時でも言い逃れできないように、こちらとしてもできる限りの状況証拠を集めた方が安全ね。」
「わかりました。
SNSのやり取りはすべてあるので、それを証拠として提出します。」「そうね、最後まで気を抜かないで。
それと、一つ聞いていい? その女性は坂下さんとどういう関係?」「友人です。」
「そう?
でも、その女性はこの前の案件と同一人物よね。 となると、この女性自身にも問題があるように思えるんだけど。 それでも受けるの?」「はい。」
「きっとこの女性はまたやるわよ。
それでも?」「はい。」
「じゃあ、はっきり言うけど、妙な案件に関わって負けたら、坂下さん自身の経歴に傷がつくわよ。
あなたは次期CEOでしょ。」「はい、忠告ありがとうございます。
でも、僕にとって彼女は特別な存在です。 だから彼女のためにつく傷なら、いくらでもついていいと思っています。」「そう、その覚悟があるならいいけど。
じゃ、困ったらまた相談して。」「はい。
ありがとうございます。」アドバイスをくれた高木さんの部屋を後にし、自分の部屋へ戻って相手の男に電話をかける。
ー 「もしもし、こちら坂下リーガルオフィスの坂下ですが、小川理人さんですか?」
ー 「はい。僕ですが何?弁護士?」
ー 「はい。雪村 華さんの件で、お電話しました。お時間を作ってほしいのですが、明日の十時、いかがですか?」
ー 「何で僕に?妻が勝手にしていることだ。僕には関係ない。こっちは忙しいんだ。」
ー 「さようですか。ですがこちらはSNSのやり取りの記録をすべて持っています。あなたは意図的に雪村さんに既婚であることを伏せて近づきましたね。このままでは逆に、こちらがあなたを訴えますよ。それでも構いませんか?」
ー 「それは困る。話をするから、それだけは勘弁してくれ。」
ー 「では、明日小川さんのご自宅か、こちらのオフィスどちらがよろしいですか?」
ー 「自宅は困る。オフィスに行くよ。」
ー 「承知しました。ではお待ちしています。」
通話を終えると、俺の胸に苛立ちがこみ上げる。
あー、腹立つ。
何なんだよ、この男。 自分は関係ないだと? 嘘ついて不倫したくせに。 原因作ったのお前だし、困るなら最初から華を巻き込むなよ。彼女が好きになって、この男に騙されたと思えば、怒りでペンをへし折りたくなる。
あー、ダメだ、ダメだ。
怒っているだけじゃ、頭は働かないし、この戦いに勝てない。 俺はいつでも冷静な判断をしなければ、華を守れないとわかっているはずだ。いつもの自分を取り戻したいそんな時は、華の写真を見て、心を落ち着かせるに限る。
スーツの胸ポケットから出したその写真には、合格祈願のお守りを手に、微笑む華が写っていた。
その写真を撮ったのは、司法試験を控えた大学卒業後の夏の夕暮れの時だった。
勉強漬けの日々で部屋にこもっていたある日、母が「華ちゃんが来ている」と告げた。
突然の彼女の訪問に慌てて玄関に出ると、白いワンピースを着た爽やかな華が立っていた。
蒸し暑い夏なのに、清涼感のある彼女の姿に呆然とする。対照的に俺は、ボサボサの髪にヨレヨレの服でいたたまれない。
あまりの違いに、まともに愛想すら返せなかった。それでも彼女は俺が姿を見せると、嬉しそうに微笑んだ。
「急にごめんね。」
「いや、別に…。」
「渡してもらえたら、それで良かったんだけど、…これ、あげる。
私、侑斗のこと応援してるから。」そう言って華が大事そうに差し出したのは、合格祈願で有名な神社のお守りだった。
「えっ、ありがとう。
これお守りだよね?」「うん、そう。
侑斗の力が本番でちゃんと出せるようにと思って。 いらなかったら、試験が終わるまででいいから、しまっておいて。」「いや、試験に持って行くよ。
ありがとう。」受け取った俺は、華が俺の司法試験のためにわざわざ買って来てくれたと知った。
司法試験に集中するあまり、もう何ヶ月も友人と連絡をとっていなかったし、彼女とも途絶えていた。
でも華は、受験することを覚えていて、応援してくれている。
孤独になりがちな受験生にとって、これほど心強いことはなかった。
「じゃ、私行くね。」
「えっ、もう?」
「うん、勉強の邪魔したくないから。」
華が背を向けようとしたその時、俺は思わず呼び止めた。
「ちょっと待って、俺のことを応援してくれてるんだよな?
だったら、華の写真撮ってもいい?」「えっ?」
不思議そうに振り返る華。
「華がそのお守りを持ってるところ、写真に撮らせて。
そしたら、俺、絶対受かる。」「何それ?
まあ、いいけど。」「じゃあ、こっちに来て。」
「う、うん。」
俺は華に考える隙を与えずに、花壇の前に彼女を立たせると、素早くスマホで写真を撮った。
「よし、これでいい。」
「本当に効果あるの?」
「すごいあるよ。
大丈夫、証明してみせるから。」「うん。
わかった。 じゃあ、またね。」「うん、ありがとう。」
夕陽に照らされながら、足どりも軽く帰って行く華の後ろ姿を、俺は見えなくなるまで、見続けた。
胸の中にほんわかした想いが溢れ出す。
俺の心の中にはいつでも華がいる。その後の俺は、この写真を眺めながら、言葉の通り司法試験と戦い、見事勝利をおさめた。
そして、この写真は今でも俺のお守りである。初めて法廷で戦った時、苛立ちを抑えられない時や落ち込んだ時、いつだってこの写真を見ると、勇気と力が湧いてくる。
華のために、俺は戦う。
その思いに一点の曇りもなかった。長い間、胸につかえていた棘が取れて、スッキリとした華とは裏腹に、帰りの電車の中からずっと、侑斗は無口なままだった。 今日の出来事は、侑斗にとっては初めて知った事実だから、心の整理がつくまで時間が必要だと、私はあえて話題にしなかった。 家に帰ってから夕食を終えて、ソファで寛いでいると、彼が口を開いた。「華、もしもだけど、さっきの話がなかったら、俺の司法試験があったとしても、もっと俺達は一緒にいれた?」「好きな気持ちをお互いに言えたら、一緒にいたと思う。 でも、侑斗は司法試験が終わるまでは、気持ちを口にしなかったよね? 私も本当は大学を卒業してから付き合いたかったし。 二人はそう思っていたんだから、変わらないんじゃないかな?」 「そうか。 母さんとのことがなかったら、華からもっと早く好きだと言ってくれることはなかった?」「ないと思う。 少なくとも司法試験が終わるまでは、侑斗の気持ちを乱すようなことを私は言わなかったと思う。 だっていつの間にか、侑斗が弁護士になることは、私の夢にもなっていたの。 プレッシャーになるから、言わなかったけれど。」「なるほどな。」「うん。 結局、私達が私達である以上、変わらないよ。」 二人はお互いを思いあって、距離を置いていた。 だから、繰り返してみても同じ結果になる。 侑斗は小さくため息をつき、少し沈んだ声で続けた。「俺はさ、華が変な男と付き合うの我慢して見て来たし、華が大学に通い始めた頃、距離を取られて辛かった。 もし、母さんとのことが無ければ、それがなかったかもしれないと思ったんだ。」「それは、ごめん。 でも私は、侑斗と付き合えると思ってなかったから、違う人を探そうとしていたし、その後も侑斗に彼女がいるなら、甘えたらダメだと思って、大学の勉強に一人で集中していたの。」「そうか。」「お互いに好きな気持ちを言わないでいたから、両思いだって知らなかった。 でも、伝えたことで勉強に集中できないで、侑斗の司法試験が長引くのを二人は望んでいないから、これで良かったんだよ。 後半は私が誤解して、一人で頑張りたいと思っちゃったから、それはごめんだけど。」「そうだな。 もっと一緒にいたかったけれど、何年も試験を受け続けることを考えたら、これで良かったんだろうな。」「うん、私は努力して弁護士にな
侑斗の助けもあって通信制の大学を無事卒業した私は、ついに侑斗と付き合っていることをお互いの親に報告することになった。 もちろん、結婚を見据えてである。 大学を履修した今なら、きっと侑斗のご両親も、お付き合いを認めてくれるはず。 そう思いながらも、子供の頃に味わった「侑斗を遊びに誘わないで。」と言われて抱いた気持ちは、今でも胸に消えない棘のように残っている。 それを私はまだ、侑斗に打ち明けられずにいた。 だから、隣で両親に祝福してもらうつもりで浮かれている侑斗に、この思いをどう説明していいかわからない。「ほら、そんなに緊張するな。 華のことはうちの両親だって、よくわかっているんだから、喜んでくれるさ。」「そうかな? 不安だよー。」 侑斗の実家へ行く道すがら、落ち着かない私を見て、彼はくしゃりとはにかんだ。「俺と結婚したいって、不安そうにしてる華すごく可愛いよ。 大好き。」 そう私の耳元で囁いて、侑斗は道の真ん中で、頰に素早くキスをする。「もう、侑斗、私真剣に悩んでいるのに。」「そう思うならさ、ウチの両親の前で、俺のことを好きで好きでたまらないって言って、抱きついて。 そしたら親も、反対するのがアホらしくなるだろ?」「ふふ、確かにそこまで言い切る二人に、ダメなんて言っても無駄だと思うかも。」「だろ? 俺もそれ以上の熱量で返すからさ。」「わかった。 反対されたらやってみる。 でも、私の親の前では侑斗がやるんだからね。」「おう。 受けて立つ。」「ふふ、私の母は反対しそうもないわ。」 見つめあった二人は、クスクスと笑い合う。 周りから「あの二人はバカップルだ。」と思われたら、呆れてもう誰も止めようなんて思わないよね。 一生に一度くらい恥ずかしくても、お互いに好きなんだから、夢中で想いを伝え合ってもいい。 二人が同じタイミングで、恥ずかしいを通り越して好きなことって、長い人生でもそんなにないことだと思うんだ。 だったら、もういい。 侑斗の浮かれた気分が伝染して、私の心もフワフワとしてきた。 彼に導かれ、弾むような足取りで、実家にお邪魔する。「ただいま、母さん、華を連れて来た。」 侑斗は私と手を繋いだまま居間のソファに座る。「あら、おかえり。 華ちゃんも久しぶりね。」 笑顔を向ける侑斗の母は、以前と変わ
数日後から、侑斗は私の部屋に通い、勉強を教えてくれるようになった。 私はテキストを広げ、隣に座る彼にずっと悩んでいた問題を相談する。「ここ、どうしてもわからないの…。」「どれどれ。」 小声でつぶやくと、法律の専門書を読んでいた彼が体を傾け、肩と肩がかすかに触れる距離まで近づいてきた。 侑斗の指先がテキストに触れるたび、思い出す。 ああ私、ずっと彼の手の形が好きだったな。 少しごつごつしているのに、器用そうな指。 きっと私、たくさんの手の模型があったとしても、侑斗の手を探し出すことができる。 ふふ。 そんな能力があっても、使えるところなんてないのにね。「この言葉の指す場所がわかると、答えが導き出せるんだ。」 解説を話す彼の声が響き、無心で聞き入ってしまう。 私、侑斗の声も好き。 低く響く声は私を離さず、ずっと聞いていたいと思わせる。 せっかく教えてくれているんだから、内容を頭に入れようと思っても、今度は温かい香りが私に届き、体が自然に彼の方へ引き寄せられ、抱きつきたくなる手を止めることすら難しい。 ダメだ。 侑斗のことが気になって、内容が全然入って来ない。「…もう一回、教えてくれる?」 彼の手も声もすべてが、私を勉強に集中させてくれない。 教えてくれているのに明らかに違うことを考えているのが恥ずかしく、赤くなった顔をそらす私を見て、彼が手を伸ばし、私の手にそっと触れる。 二人の指が絡み合い、静かにその繋がった手をお互いに見つめる。 すると、肩が触れる距離で、彼の視線が熱く私を見つめてきた。 それを受けて、私も彼を見つめ返す。「そんな顔で見つめられたら、勉強に集中しろって、怒れない。 好きだよ、華。 大学を卒業してなくても、付き合おう。 好きって言い合うだけじゃ俺、満足できないし、待てない。 ちゃんと卒業するまでフォローするから。」「…うん、本当は私も早く付き合いたい。 でも、親に伝えるのは、卒業してからでもいい?」「うん、華がそうしたいなら。」「うん、だったらいいよ。」「よし、じゃあ今から、俺達は恋人同士だぞ。」「わかったわ。」「はー、今すぐイチャイチャしたいけど、約束したし、とりあえず先に勉強しちゃおう。 それまで、恋人モードはおあずけ。 だから華もニヤニヤすんな。 そのかわり、終わった
ボクサーラーメンのカウンターで、久しぶりのラーメンを味わう。 湯気の向こうにもやしとチャーシュー、黄金色のスープがふわりと香る。 濃厚な味噌の香ばしさが心にじんわりと染みていく。 そう言えば、侑斗以外とここのラーメンを食べに来たことは、なかった。 私達二人はずっと「味噌派」だけど、普段は相手に合わせて、別のも食べる。「やっぱりここのラーメンは最高だな。」「一人でも食べに来てた?」「ないなあ、ラーメンは好きなんだけど。 ここって華と来るイメージ。」「わかる。 私もなんとなくそう思ってた。」「あのさぁ、疑問なんだけど、何でよりにもよって、森田とかき氷ばかり食べに行ってたわけ? 刑事に言われて、俺も不思議だった。」「えっ、だって森田君とはとにかく意見が合わなくて、白熱して議論してると暑くて喉が渇くから、帰りにティラミスかき氷が食べたくなるんだよね。 そしたら、たまたま森田君もかき氷好きだって言うから、課題の後はかき氷が定番だったの。 それが、どうかした?」「いや、華が知るわけないしいいんだけど、ティラミスかき氷は俺も食べたい。」「えっ、侑斗もかき氷好き? じゃあ、一緒に食べに行こうよ。 彼女いないならいいよね。 確認だけど、私が行きたいかき氷屋さんって、混んでるけど、並んでも食べたい人?」「華と一緒なら、並んでもいい。」「えー、楽しみ。 じゃあ、どこにするか、調べておくね。」 私がかき氷のお店を思い浮かべて、一緒に行きたいところを考えていると、侑斗がフッと笑った。「華は相変わらずだな。」「えっ?」「さっきまで容疑者として留置所にいて、ぐったりしていたのに、もう意識が先に向いてる、本当呑気。 でも、そこが可愛い。」 そう言って、侑斗は私を笑顔で見つめる。「えっ、侑斗に可愛いって言われたの初めてかも。」 急な侑斗の褒め言葉に、驚きつつもニヤけてしまう。「いつも思ってたよ。 でも、そんなことを言う資格はまだ俺にはないと思って、言わなかっただけ。 司法試験通る前は、口が裂けても言えなかったし…。 でも、もういいよな。 俺、ちゃんと弁護士になったし。 華は今、彼氏いないんだろ?」「まぁ、そうだけど…。」 とは言え私は、相変わらず理想の自分になれていないため、言い淀む。「何? 俺とはやっぱり距離置き
「久しぶり。」 警察署の接見室に入って来た侑斗を見つめた瞬間、華は堪えきれず俯いた。 次に会う時は、大卒になったと胸をはれる自分でいたかったのに、よりによってこんな場所で会うなんて。 理想とかけ離れた再会に、胸が締めつけられる。 あれから必死に努力して、勉強を重ねてきたのに、どうして私はいつもこうなるのだろう。 ガラス越しの侑斗は、スーツ姿で相変わらず眩しいくらいに爽やかそのものなのに、私は疲れ果てた顔で、シワだらけの服を着ている。 どうあがいても、二人が生きる世界は、こんなにも遠いということだろうか?「侑斗…。」「どうしてすぐに連絡しなかった?」 侑斗は受話器を持ったまま椅子から立ち上がり、ガラス越しに真剣な目で問いかける。「…侑斗に知られたくなかった。」「何で?」「だって…。 こんな姿…見せたくない。」「そんなことを言っている場合じゃないだろ。 俺は真っ先に華に頼って欲しかったよ。 俺達友達だし幼馴染だろ?」「うん。 そうだけど…、迷惑かけちゃうし。」「こんな時のための俺じゃないのか? 琴音が俺に助けを求めてきて、やっと知ったんだ。 とにかくここからすぐに出してやるからな。 安心しろ。」「私が悪いことしたかもって、疑わないの?」「当たり前だろ。 華が犯罪なんて犯すはずがない。」 彼は迷いなく言い切った。「侑斗…。 でも私、何か間違ったことをしちゃったのかも。」「大丈夫だ。 華は何も悪くない。 ここまで一人でよく頑張ったな。」「…。」 連日の取り調べで、自分の行いに自信がなくなっていた私は、その一言で張り詰めていた緊張が解け、目に涙が滲む。 私が容疑者として捕まっていても、侑斗は一瞬でも疑わないんだね。 どんな時でも私の味方になってくれる人。 彼の顔を見るだけで、こんなに安心するなんて。「華には俺がついてる。 だから、何も心配しなくていい。 俺の言うことだけ信じるんだ。 できるよな?」「うん。」「先に申立書を提出してある。 受理されたらすぐに連れて帰るから。」「ごめん。」「謝らなくていい。 俺は華を助けるんだろ? 子供の頃、決めたじゃないか。 だから、勉強頑張って、ちゃんと弁護士になったんだ。」「それ、まだ覚えてたの?」「当たり前だ。 俺達、約束したよな。」「
侑斗には結婚を前提とした女性がいる。 華はそう諦めつつも、一年後には仕事を続けつつ通信大学の過程をこなしていた。 いつか彼と再び会えたら、大卒の自分でありたい。 そんな、小さな夢を抱いている。 その時はきっと、自分を卑下せずに胸を張っていれると思うのだ。 ある日の夜、通信大学のSNSグループで知り合った仲間六人は、その内の一人である大森君宅に集まり、手巻き寿司パーティーをしていた。「課題が期日内に終わったことに乾杯。」「みんなで一緒にやれて良かった。 一人だったら、間に合った自信ないわ。」「大森君の活躍が大きかったよね。」 何度か一緒の課題に取り組んでいる内に親しくなり、飲み会を開く気心の知れた仲間だった。「はぁー、もうお腹いっぱい。」「こんなに食べたの久しぶり。」 それぞれに好きなネタで散々手巻き寿司を食べて、お腹も満腹になった頃、突然、アパートの玄関のベルがなり、夜遅くの訪問の知らせに首を傾げながら、大森君はドアを開けた。「こんな時間に誰だよ。」「大森だな。」「そうだけど。 どちらさん?」「薬物所持の疑いで逮捕状が出ている。 22:32家宅捜査を開始する。」 ドアの先にいたのは、眼光鋭い刑事達だった。「ちょっと待ってくれ。 今、人が来てるんだ。」「その者達にも用がある。」「関係ないって!」 だが、大森君の静止は叶わず、突然、八畳の小さな部屋に五人もの刑事達が、一斉に押し入って来た。 八畳の部屋は瞬く間に人であふれ、私たちはただ呆然とするしかなかった。「全員そのまま動くなよ。」「離せ!」 大森君は取り押さえようとした刑事を振り解こうと暴れるが、すぐに拘束されてしまう。「大森、暴れるな。」「くそっ。」「他の者達も大人しく従わないと、手錠をかけるからな。」 そう言って、刑事達は私達の動きを、完璧に封じる。 これが現実に起きているのが信じられない私達は、互いに目を見開き、固唾を飲んで、成り行きを見守るしかなかった。「よし、そのままだ。」 動けない私達を尻目に、刑事達は素早い動作で、それぞれに部屋中のありとあらゆる場所を捜査していく。「ねぇ、私達この先どうなるの?」 隣に座る小池さんが小声でつぶやく。「わからない。」 私も小声で返す。 こんな経験はもちろんないし、薬物だなんてテレビでしか