LOGIN俺は舌打ちをし、手紙を暖炉の中に放り投げた。
これだけ愛の言葉を送っておきながら、ロジータはもう俺を愛していないという。「俺にこんな手紙を送っておきながら……!
あっさりとルイスに靡くなんて!」苛立ちながら俺は全ての手紙を暖炉の中に次々と投げ入れた。
燃やし尽くしたかった。そうだ、これでいい。ロジータに関することを消してしまえばいい。だがふと、俺は最後に残った手紙を燃やすのをためらってしまう。《エルミニオ様———私は一生あなたを愛し続けます。
私が王太子妃になったらあなたを懸命に支えていきます。》そこには、かつて熱心に俺を愛してくれていたロジータの気持ちが込められていた。
変わってしまったのは俺か、ロジータか?手紙を眺めていると、脳裏に幼い頃の二人の姿が蘇ってきた。あの頃の俺とロジータはお互いに心から信頼し合っていたな。将来結婚するのを微塵にも疑わなかった。一体何がここまで二人を変えたんだ?何がこれほど俺を不愉快な気持ちにさせるのか。いや……待てよ。道から外れたのがこの不愉快さの原因なら。一度原点に帰るべきじゃないか?「そうだ……。
ロジータは王太子妃になるのが決まっていた。ずっと決まっていたことじゃないか。例え俺の運命の相手が、『星の刻印』の相手がリーアだとしても。いくら俺がリーアを愛していても。予定通りに、ロジータは王太子妃になるべきじゃないのか?」そうすれば全て元通りじゃないか。
ルイスに奪われる必要もないし、スカルラッティ家の権力も俺の手の中に戻ってくる。俺とロジータの関係も元通りだ。考えてみれば、なぜ争う必要があったんだ?俺の隙をついてロジータを奪ったルイスが悪いんじゃないのか?「そうだ。ルイスが悪い。
あいつが俺のものに手をつけた私は久しぶりにスカルラッティ家に戻ってきた。ゴシック建築を取り入れた立派な邸宅はいつも人目を引いていた。近くにはやはり運河が流れ、行商船が頻繁に行き来する。少し曇り空のひんやりとした今日、ルイスはうまくジャコモを狩猟に連れ出してくれた。スカルラッティ家の持つ森は馬でも数時間かかる。二人はしばらく帰ってこないだろう。「マルコ。地下室の鍵を手に入れたわ。行きましょう。」私は動きやすいドレス姿に、濃い緑のローブを羽織っていた。「はい、ロジータ様!」同じくローブ姿のマルコも威勢よく返事した。さっき再会した継母と義母弟に挨拶をし、とある交渉を持ちかけた。承諾を受けてこの地下室の鍵を預かったというわけだ。ジャコモ・スカルラッティの地下室。立ち入りを禁止しており、誰でも簡単に入ることができない場所。もしお父様がリーアに関して重大な秘密を隠しているとしたら、ここで間違いないだろう。金色をした鍵を差し込むと、重たい扉が鈍い音を立てて開いた。マルコと二人でランタンを持ち、無言で頷いて下へと繋がる階段を降り始めた。中は薄暗く下に行くにつれひんやりと冷たい空気が流れてくる。「さすがに暗いわね。一体どこまで続いているのかしら。」「足元にお気をつけください。」背後からマルコの気遣いを感じる。私たちはなるべく歩くペースを合わせゆっくりと階段を下った。突き当たりに広々とした部屋があった。そばにランタンがあり、マルコが点灯する。机の上にはいくつかの古い本や資料、地図などが無造作に置かれていた。壁にはスカルラッティ家の家系図や先祖の似顔絵などが飾られている。奥に進むと、階段があり木製の棚がいくつも立ち並んでいた。禁書庫みたいな複雑さはないが、この中から探すのは一苦労しそうだ。「マルコ。打ち合わせ通り、『カルヴァリオス伯爵家』や、『奴隷売買書』と言った類の書類を見つけて。」「了解です!」
私とルイスは、ジャコモの断罪に向けて本格的に行動を開始することにした。原作の知識でリーアの出自である伯爵家の家門名は特定できた。『カルヴァリオス辺境伯』だ。リーア・カルヴァリオス。それがリーアの本名だ。王都からかけ離れた辺境にあった家門だから、ルイスたちに認知されていないのは当然だ。「確か原作では、リーアの家門が王家に謀反の罪を働いたという理由で破門に追い込まれたはずよ。それにお父様は、自分の悪事が暴かれる前に『偽の王命書』を使って伯爵邸に押し入り、リーアの家族を粛清したはずだわ。唯一生き残ったリーアはお父様によって奴隷商に売り飛ばされた……」「そうか。だから王家にリーアの家門の記録が残されていなかったんだな。父上は自分に刃向かった者には容赦なかったから。つまりジャコモは王家すらも欺いたというわけだな……卑劣な男だ。」ルイスの意見は最もだ。それも、この世界の実の父親がしたことだと思うと悍ましくもある。私は何も知らずに呑気に……いつものようにランタンが灯った寝室で、私とルイスは秘密を共有し合った。「謀反扱いでリーアの家門が王国から抹消されているなら、ここで証拠を見つけるのは難しいと思うの。だから私は、お父様が秘密を隠していそうなスカルラッティ家の邸宅を調べるわ。」「それなら俺も一緒に行こう。」「いいえ。ルイスには他にしてほしいことがあるの。私が邸宅で調査をする当日、お父様の目を逸らしていてほしいの。そうね……親睦を深めたいと言って、お父様を狩猟にでも誘ってほしい。お父様も王子であるあなたの誘いは断れないはずよ。その間に私は証拠集めをするわ。」「……!分かった。じゃあその間にお前にはマルコを護衛につけよう。」「助かるわ。それなら、ルイスにはお父様のことを頼むわね。」
俺は舌打ちをし、手紙を暖炉の中に放り投げた。これだけ愛の言葉を送っておきながら、ロジータはもう俺を愛していないという。「俺にこんな手紙を送っておきながら……!あっさりとルイスに靡くなんて!」苛立ちながら俺は全ての手紙を暖炉の中に次々と投げ入れた。燃やし尽くしたかった。そうだ、これでいい。ロジータに関することを消してしまえばいい。だがふと、俺は最後に残った手紙を燃やすのをためらってしまう。《エルミニオ様———私は一生あなたを愛し続けます。私が王太子妃になったらあなたを懸命に支えていきます。》そこには、かつて熱心に俺を愛してくれていたロジータの気持ちが込められていた。変わってしまったのは俺か、ロジータか?手紙を眺めていると、脳裏に幼い頃の二人の姿が蘇ってきた。あの頃の俺とロジータはお互いに心から信頼し合っていたな。将来結婚するのを微塵にも疑わなかった。一体何がここまで二人を変えたんだ?何がこれほど俺を不愉快な気持ちにさせるのか。いや……待てよ。道から外れたのがこの不愉快さの原因なら。一度原点に帰るべきじゃないか?「そうだ……。ロジータは王太子妃になるのが決まっていた。ずっと決まっていたことじゃないか。例え俺の運命の相手が、『星の刻印』の相手がリーアだとしても。いくら俺がリーアを愛していても。予定通りに、ロジータは王太子妃になるべきじゃないのか?」そうすれば全て元通りじゃないか。ルイスに奪われる必要もないし、スカルラッティ家の権力も俺の手の中に戻ってくる。俺とロジータの関係も元通りだ。考えてみれば、なぜ争う必要があったんだ?俺の隙をついてロジータを奪ったルイスが悪いんじゃないのか?「そうだ。ルイスが悪い。あいつが俺のものに手をつけた
それに二人が結婚式を挙げた直後から、貴族たちの動きが慌ただしくなっている。ユリには中央貴族たちを中心に、ダンテには地方の領主たちに不審な動きがないかを探ってもらっている。スカルラッティ家の後ろ盾を失った今、四方八方に気を配っておかなければならない。いつ弱点を狙われ、王太子の座を奪われてしまうか分からないからだ。「やはり第二王子派の動きが活発になっているようですね。ここぞとばかりに、ルイス様を王太子の座に押し上げようと狙っているようです。」ユリが調査報告をしに執務室を訪れた。その顔はどこか物憂げだ。「やはりそうか。今後も注意深く見張っていてくれ。それで、ルイスやロジータに何か動きは?」「いえ、今のところ特には。」「変だな。そろそろルイスが本格的に何かしてきてもおかしくないのに。」腹黒い俺の弟、ルイス。これまで俺の後ろで従順なフリをしていたが、ついに本性を表した。あいつは俺の婚約者であるロジータを奪ったのだ!スカルラッティ家の後ろ盾を得るために!だが……予想に反してルイスが表立って何かを仕掛けてくるということはなかった。「まさか本当に恋愛結婚だとでも言うのか……?は!笑わせるな!」俺は思わず、机の上にあった未記入の羊皮紙をグシャリと握りつぶした。そんなはずない。心臓を突き刺されたあの瞬間でさえ、ロジータは俺に愛を乞うていたじゃないか……!「エルミニオ様。今宮廷では、二人のラブロマンスが囁かれています。“王太子”に裏切られたロジータ嬢、ルイス殿下によって真実の愛を知る。または、ルイス第二王子とロジータ第二王子妃は初夜の日ずいぶんと激しく愛し合った……」ドン!と俺は机を激しく叩いた。「そんな話は聞きたくない!」俺が不機嫌になるとユリは
宮殿から馬車を走らせると見えてくるのは、リーアが寝泊まりしている森の離れだ。名目上は王族専用の狩猟小屋として扱われているが、秋から冬にかけては滅多に使われなくなる。見た目は丸太小屋だが、中は案外広々としていて大きな暖炉もある。少しでもリーアが自分のものだと感じたくて、数年前から彼女を囲い込んでいる場所だ。「エルミニオ様。」パチパチと燃える暖炉の前でリーアが熱っぽい瞳で俺を見つめる。長くて美しい銀髪が俺の手の中でさらっと揺れた。「リーア。今夜も君はきれいだ。」このところ不愉快なことばかりが続いて俺は苛立っていた。だからリーアを抱けばこの感情も消え去るのではないかと考え、今夜もこの場所へ足を運んだ。彼女も俺がここへ連日通うのを分かっていたようで、羽織の下は艶っぽいシュミーズのようなものを着ていた。胸の隙間から白い肌が見える彼女を引き寄せて、キスをした。「ん……。」柔らかい唇。リーアが気持ちよさそうに小さく震える。ぐっと彼女の細い腰を引き寄せる。いつもならこうすれば嫌な出来事も忘れることができた。それなのになぜだ?「エルミニオ様?どうしたんですか?」キスを止めた俺をリーアは不思議そうに見つめた。このままいつもみたいに押し倒して彼女を隅々まで味わい尽くしたいのに。俺の心はなぜか目の前のリーアに集中できずにいた。目を閉じるとあの金髪が浮かんでくる。ロジータのあの挑発的な碧い瞳が。なぜあんな女が……。だが、あの夜からだ。俺は思わずリーアを強引に引き寄せて胸元に顔を埋めた。集中しろ。俺が愛しているのはこの女だ。俺と同じ刻印を持つ、純粋なこの女だ。それなのに頭にちらつくのはあの舞踏会の日、テラスでルイスと踊っていたロジータの姿。まるで冬の精霊のようだった。いや、だからさっきから何を考えている!ロジータとルイスが俺を陥れようと企んでいるのは分かっている。いや、ルイスがスカルラッティ家の権力を手にするためにロジータを丸め込んだ可能性も。だがあの二人は本当に結婚してしまった。結婚式ではルイスに騙され、向かった会場はもぬけの殻だった。せっかくダンテに頼んだ妨害工作も何の意味もなかった。あの二人は俺を侮辱し続けている。本当に許せない!父上の王命でなければあの二人の結婚など破壊してやったのに……!「エルミニオ様?
それにロジータはとある重要な話を打ち明けてくれた。原作で知ったというこの世界の真実を。「ルイス。よく聞いて。私のお父様はリーア・ジェルミの家門を破滅させて、彼女を奴隷に落とした張本人よ。」「何だって?それは本当か!?」衝撃の告白だった。というのも、ずっとリーアの出生についての調査が滞っていたからだ。以前の俺は少しでも彼女の役に立ちたかった。だがかつてリーアくらいの子供がいて、破滅に追い込まれた家門をなかなか絞ることができなかった。過去にヴィスコンティでは貴族間でいくつもの争いが起きており、この何十年かの間にたくさんの家門が消えていた。争いに巻き込まれたり、結果的に国家への反逆だとみなされた家門は容赦なく潰された。さらにそういった家門の記録が抹消されてしまったことが調査をさらに難航させていたのだ。「この件で、私はあなたに責められてもおかしくないと思っているわ。それでね、ルイス。あなたには悪いのだけれど、私、いっそのことお父様の悪事を暴こうと思っているの。」ロジータの声にはいつもの元気がなかった。しかし、それもそうか。この世界の父親であるジャコモの悪事を俺に打ち明けているのだから。「スカルラッティ公爵の悪事を?」「ええ。今宮廷では私たちのよくない噂が流れているというでしょう?それに私のお父様についても悪い噂も。お父様がリーアの家門を破滅させ、彼女を奴隷にしたのは真実なの。原作ではやがてお父様の罪は次々と暴かれていくわ。そうなったら私だけでなく、私の夫になったルイスまで悪く言われてしまうわ。それならいっそ私の手でお父様の悪事を暴いてしまおうと思ったの。」どこか辛そうにロジータは唇を噛み締める。「ロジータ。お前は本当にそれでいいのか?父親のことを悪く言われるのだぞ。」心配してロジータに近づくと、碧い瞳が俺をじっと見つめた。「私のことは構わないわ。けれどもしそうなったら、あなたも悪く言われるかもしれない。それにスカルラッティ家の権力に執着している陛下が少し心配だわ。けれどこれは今の私たちの状況を変えるのに必要なことだと思うの。リーアにひどいことをしたお父様の悪事を隠したまま、平和になんて暮らせないわ。」「ロジータ。お前ってやつは……。」「ごめんね。ルイス。これは一種の作戦でもあるけれど、同時にそうする