入学から二か月。剣術の授業の後逃げ遅れた俺は、あっという間にクラスメートに囲まれてしまった。
「アスカ様、今日も素晴らしかったです!」
「流石ですわあ!希代の天才だというのは本当ですわね!!完璧ですわ!」
「素晴らしい剣筋だ!あの域に達するにはどれほどの修練を積まれたのですか?!」
全く、相も変わらずうるさいものだ。こうも目をハートにしてくる意味が分からない。俺は彼らに冷酷といっていいような対応しかしていないのに、こいつらはマゾなのか?
「当然だ。貴様らごときが俺を称えるなど一万年早いぞ?」
ニヤリと笑いながら軽く顎をしゃくってみせると、取り巻きどもは嬉しそうに顔を輝かせた。だから何故これで喜ぶ?こいつら、おかしすぎるだろう。
俺が戸惑うのはこういうところだ。
ここの女は俺が知る前世の女たちとは違いすぎる。なんというか……俺に対してあまりにも好意的すぎるのだ。俺のこの「美しい」と言われる容姿のせいか?いや、前世の俺だって容姿は悪くなかった。優しくしているわけでもないのに、いつまでも好意的なわけがわからない。
男どもも俺を妬むどころか羨望の眼差しで褒めたたえてくる。
こういってはアレだが、相当ひどい態度を取っている自覚はある。でも、彼らはどんなに冷淡な態度をとっても俺を慕ってくるのだ。
まあ確かに彼らとて善意の塊というわけではない。取り巻き同士の嫉妬やあれこれはあるようだしな。だがそれも俺にしてみたら子供のお遊びにしか思えない、他愛のないもの。
要はやつらには前世の人間にあったような陰湿さが無いのだ。これでは警戒している俺の方が馬鹿みたいに思えてくる。
実は意識的にあえて冷たく接していたのだが……少し態度を改めるべきか?
などと想いを馳せていたそのとき――
「アスカ様、これ……もしよかったら。」
ひそやかな声とともに、少女が一輪の花を差し出してきた。
地味な茶髪にそばかす混じりの顔、仕立ての良くない制服。貴族社会の底辺――平民上がりの奨学生か。
この衆人環視の中で俺を呼び止めるとは。なかなか勇気があるじゃないか。
そう思った俺は、わずかに唇の端を上げてみせた。
「娘。大した度胸だな」
俺の言葉に少女がびくりと肩を震わせる。
いつもの俺ならここで踵を返して終わりだ。だが、らしくもなくなぜか手を伸ばしてその花を受け取ってしまった。
「……悪くない花だ。特別に受け取ってやる。感謝しろよ?」
俺の言葉で少女が顔をぱあっと輝かせる。
……なんだ、たったこれくらいのことでそんなに喜ぶのか。
純粋な好意を示され、なんだか心臓が少しだけうるさい。
「あ、あの……!だ、だいすきです、アスカ様……!これからもアスカ様のご活躍を応援させて頂くことをお許しくださいませっ」
少女が真っ赤になって叫び、走り去った。
「まあ、なんてこと!」「抜け駆けは禁止ですのに……!」と取り巻きたちがざわめきだした。それをチラリと視線を向けることで黙らせる。
抜け駆け禁止だと?なんだそのルールは。
「俺を好くのがおかしいか?俺は応援されるに値しないとでも?」
「そ、そのようなことは!!」
「お前たちも好きにすればいい。下らぬルールなどで俺に恥をかかせるな。いいな?」
ここで俺はあえてアメを与えて見せた。にこり、とほほ笑んでやったのだ。
俺から笑いかけたのが初めてなだけに、効果はてき面。取り巻きたちは真っ赤になってガクガクと頷いた。
……これであの娘が責められることはないだろう。小娘を庇ったのは単なる気まぐれ。あの花は悪くなかったからな。
俺は唖然としたままの取り巻きたちを残し、颯爽とその場を後にしたのだった。
教室に戻りながら、俺はふと手元の花を見た。小さな白い花。名前など知らないが、大業な七束を渡されるよりもなぜか印象に残る。
前世の庭の片隅に咲いていた小さな花を思い出させるのだ。小学校でもらった種から生えてきた小さな花は大した世話もしていないのに毎年可憐な花を咲かせた。それがとても健気に思えて、いつしか俺は毎年その花が開くのを楽しみにするようになったのだ。
あの花はどうなっただろうか。あれからも毎年可憐な花を咲かせているのかな……。
なんとなく感傷に浸っていれば、そこに馬鹿みたいな声を上げながら、派手な女がやってきた。「アスカ様〜♡ 今日のお茶会、もちろん来てくださいますよね?うふふ。特別な趣向をご用意しておりますのよ?」こいつは確か家が商会をしているとかいう男爵令嬢だ。金にものを言わせて爵位を買ったという噂の成り上がり。豪華な衣装を着ているが、話し方も素振りも下品そのもの。権力にこびへつらい、下の者には辛く当たるタイプだ。実際、こいつが侍女を蹴倒しているのを見たことがある。まさに俺の大嫌いな「女」を具現化したような女。女は甘えたように鼻にかかった声でわめきたて、図々しくも俺の腕にしがみつこうとしてくる。せっかく少しいい気分だったのに、台無しだ。俺は軽く一歩引くことでしがみつこうとした女の手をさりげなくいなし、冷たく吐き捨てた。「ふん、貴様なんぞ知らん。この俺がなぜ貴様の下らぬ茶会になんぞ行かばならんのだ?女、不快だ。俺に触れる許可を出した覚えはないぞ。わきまえろ」容赦のない言葉含まれた明らかな侮蔑と拒絶。それを聞いて、居合わせた周りのやつらがきゃあきゃあと騒ぎ出した。&n
入学式をさぼることはできなかった。なぜなら、残念ながら俺は学年総代。入学式で祝辞を読まねばならないからだ。本来なら王太子がその学年にいる場合は王族が祝辞を読むのが常。しかし、俺は全教科満点の上、王子の次に高位。さらには俺の異常なほどの神童ぶりは知れ渡っていたため、例外的に俺が祝辞を読むこととなったのだ。全く、学園も余計なことをしてくれた。例外になどしてくれる必要はなかったのに。しかしそうと決まった以上俺にさぼるという選択はない。面倒だが、トップとしての義務ならば果たす。それが俺の矜持だからだ。「総代、アスカ・ゴールドウィン」名を呼ばれ壇上に向かう俺に、多くの好奇に満ちた視線が集中する。俺はほとんど公の場には顔を出さない。パーティーにも最低限しか出ず、それもすぐに引っ込むという徹底ぶりだ。従って、俺の名だけは知っていても顔を見るのは初めてというものが多いのだ。「まあ!なんて素敵な方なの!」「ほら、伝説の妖精姫の……」などという声が、ため息とともにあちこちから聞こえてくる。5歳で既に美の片鱗を見せていた俺だが、15歳になった今はまさに「美少年」「端麗」という言葉がふさわしい男に育っていた。父も母もがっしりしたタイプではないので線は細い。しかし剣術訓練や恵まれた資質により引き締まった筋肉としなやかな身体を持っている。背は年齢にしては少し低めではあるが、それでも女性よりもはるかに大きい。容貌に関しては言わずもがな。あの伝説の「妖精姫」の繊細な美しさと、父から引き継いだ怜悧な美貌の絶妙なミックス。艶やかな漆黒の髪を片側だけ編み込みにすることで、特徴的な黄金色の瞳がより強調されていた。自分で言うのもなんだが、いっそ近寄りがたいほどの美貌なのだ。親しみやすく見せる必要などない。俺は誰ともなれ合うつもりはないのだから。集まる羨望のまなざしの中、ひときわ強い熱を感じた。ピリピリと突き刺さるような視線。その持ち主は……分かっている。最前列のあの眩しい金色……そう、俺の婚約者様だ。頬に焦げるような熱を感じながら通り過ぎ、壇上へ。上に立つとさらに顔が良く見える。レオン・オルブライト。 久しぶりに彼を正面から見て驚いた。金髪と黒髪という違いはあれど、レオンが前世で俺をさんざん振り回したアイツにそっくりな顔になっていたからだ。だが、レオンがアイツではないように、俺
それからもレオンは俺に対して好意的な様子を隠そうともしなかった。事あるごとに俺に声をかけ、近づこうとする。「アスカ、一緒にランチをしよう。君の分も用意してきた」「やあ、もしよければ放課後時間を取れないかな?お茶でもどうだい?」金髪碧眼、優し気で端正な容貌の絵にかいたような王子様。彼を嫌いだというものなどいないだろう。普通の生徒ならば喜んで受けるに違いない誘い。だが俺は別だ。俺の答えはいつも同じ。「面倒ごとは御免だ。形ばかりの婚約者だ。俺のことは放っておけ」レオンと俺の同じようなやりとりは、学園のあちこちで定期的に繰り広げられた。今では俺とレオンが婚約者であること、そして俺がレオンに対して冷淡であり毎回すげなく断っていることを知らないものはこの学園にはいない。レオンの信奉者からは「不敬だ」だの「なんて生意気なのだ」だの言われるが、そんなのは俺の知ったことではない。だってレオンは攻略対象なのだ。どのみちピンク頭の主人公とくっつくのだから、関わらないほうがいい。俺の記憶では、夏になるころ主人公が遅れて登場する。「身体が弱く療養していたため入学が遅れた」という触れ込みなのだが、実際は違う
「……憑依?もしくは依り代か?」レオンの気配を探れば……うむ、確かにおかしな気配がある。奥に異質になもの……。なんだ、これは?俺は目を細めた。ああ、なるほど。確かにこれは呪いと呼んでいいのかもしれない。レオンの魂に絡みつくようにして彼を縛るもの。彼の精神を苛むもの。俺が知るどの呪いにも当てはまらない。闇の魔力でもなければ、魔物でもない。かといって魔道具の魔力とも異なっている。ん?これは……面白くなってきた。コイツは俺のことを認識している。この際だ、助けた上で思いっきり恩を売ってやる。「いいだろう。調べてやろう 」俺が傲慢な笑みを浮かべてみると、わずかにレオンの空気が緩んだ。「……すまない。助かるよ、アスカ」
不遜な笑みを見せた俺にレオンが眉を寄せる。「アスナ、とは誰のことだ?……コレか?」俺はその問いには答えずもう一つの質問をした。「猶予がない、と言ったな?アレはどういう意味だ?」「僕の質問にも答えて欲しいけど……きっと関係あるんだよね。コレに気付いたのはアスカと出会ったとき。そして、アスナに避けられていた間はコレは大人しかったんだ。『手に入れなければ』という訳の分からない焦燥感はあったが、それも『無理強いしてはいけない』という理性で抑え込める程度のものだった。どちらかといえば後者の気持ちの方が強かったのかもしれない。なにしろ私自身の『会いたい』という気持ちにもブレーキをかけるくらいだったのだから」「つまり、その俺を手に入れようとするヤツ、そいつを抑えようとするヤツがいるんだな。便宜上こいつはクロとシロと分けて呼ぶことにするぞ?」「分かった。そうだね。意識としては2種類のものがあるように感じる」ふむ。あの俺に執着して俺を孤立させたアスナをクロとするなら、シロの意味がわからない。アスナとは別のものなのか?それが俺に執着する?果たしてそんな偶然があるものだろうか?「この10年はシロの方が優勢だったんだ。そのおかげか、普段はクロもシロも眠っていて、たまに目を覚ます、という感じだった。だけど……学園で君に再開したとたん、クロが優勢になった。私の意識がクロに浸食され始めている。………引かないで欲しいんだが、君に会いたくてたまらなくなる。君を自分だけのものにしたい。君が誰かに笑いかけるだけでその相手をどうにかしたくなるんだ」「………気持ち悪い」「引かないでくれと言っただろう?私じゃない!いや、確かに私も君に会いたかったのだが、違うんだ!も
ストン、と腑に落ちた。そうだ、すっかり忘れていた。◇◇◇まだ俺がアスナを「唯一無二の親友」だと信頼していた中学のころのことだ。俺は自分と同じ名を持つアスカが、恵まれた能力を持ちながら断罪されていくのがはがゆかった。だって、俺は大した能力もなく、家族にも恵まれず。そんななかで必死で「家族を守る」という役目をはたしている。なのにアスカは愛してくれる家族に恵まれ、完全無欠というほどの能力を持ち、天使の美貌を受け継ぎながら、断罪される。すごく納得がいかない。普通ならアスカが不幸になるわけがない。「この悪役、なんで断罪されるんだろ?こいつのスペックがあればやりたい放題じゃん!いいなあ、俺がこんなだったら最高の人生を送ってやるのに!」俺は自分のままならない状況をアスカに重ねていたのかもしれない。アスカが幸せになれば俺も幸せになれるような気がした。そこで、なんとかアスカ救済ルートを探すべくひたすらにゲームをやりこんだ。もしかしたら裏ルートがあるのでは?隠しキャラがいるのでは?そんなありもしない希望を胸にひたすらやりこみ……撃沈したのである。そうだ、それでたしか、落ち込む俺をアスナが励ましてくれたんだ。「だ、大丈夫だって!ゲームはゲームだろ?飛鳥とアスカは違う」「分かってるけどさ。なんか……俺にとってアスカって特別なんだよなあ。異世界転生とかあるんならさ、俺がアスカになりたい。そんくらいには好きなキャラなんだよ。だってアスカって完璧なんだもん。俺がアスカだったらあんな攻略対象なんて無視する。黙ってやられたりなんかしないし、好き勝手に楽しく生きてやるんだ」「じゃあ、俺はレオンになってアスカの味方になる。そしたら断罪ルート全部へし折ってやる!」「ははは!だな。レオンも名前が一緒だし、俺たちこのゲームと縁があるのかもな」「じゃあ、約束な?生まれ変わるなら一緒だ。レオンとアスカになろう!」「あははは!なれたらな!約束!」◇◇◇だが、俺がこの世界に来た理由は分かった。神様を罵ったからなんかじゃなかった。俺がそれを望んだからだったんだ。もしかして、アスナはあんな昔のことを覚えていたのか?俺本人ですら今まで忘れてしまっていた、子供同士の遊びの中で俺が言った戯れのような言葉。それだけをよすがにこんなところまで俺を追ってきたのか?あんな俺の一言を大
ドンドン!!「大丈夫ですか?!どうかされましたか?!」扉を激しく叩く音。外に出したレオンの護衛が異変を察知したようだ。「チッ!うるさいなあ!」ボロボロと涙を流したまま、まるでレオンのようにアスナが返す。「大丈夫だ!少し行き違いがあっただけだ。問題はない。大切な話の最中なのだ。悪いが結界を張らせてもらうよ。私が呼ぶまでは決して入らないでくれ」その言葉が終わると同時に部屋が閉鎖された。アスナが幸せそうな笑みを浮かべ、俺に向かって近づいてくる。「……さあ、これでもう邪魔は入らないよ?大丈夫。痛くないようにするから。今度は俺もすぐに後を追う。それでまた一緒にこの世界に戻ればいい。だろ?」まるで幸せな未来を語るかのように恐ろしい内容を口にするアスナ。お前、なんでそこまで俺を……。今の完璧な俺に執着するのならまだわかる。だがアスナが執着しているのは、自分で言うのもなんだが、ただ真面目なだけ
高校に入ってから、アスナはおかしくなっていった。変わらない笑顔で俺を特別扱いするアスナ。でも、アスナに俺の言葉は届かなくなった。何を言っても「気のせいだよ」「俺が守るから大丈夫だよ」「俺がいればいいでしょう」そういうことじゃあないんだ、と言っても聞く耳を持たない。どんなに話をしても、うわすべり。中学時代、二人で笑いあった日々が懐かしかった。馬鹿なことを言い合って、くだらないことが面白くて。俺のことなのに、まるで自分のことのように怒っていたアスナ。俺のために泣いてくれたアスナ。たぶん、人生で一番幸せで楽しかったあの頃。俺と楽しそうに話すアスナを見て、最初はアスナの外見に気後れして遠巻きにしていたクラスメートも徐々にアスナに話しかけるようになった。アスナはそれを普通に受け入れていて、高校時代のように必要以上に俺にベッタリということもなく、あくまでも一番の親友として俺を扱った。おかしくなったのは高校でアスナの人気が爆発してからだ。周りがアスナから俺を排除しようとし、それに苛立っがアスナは必要以上に俺を特別扱いするようになったのだ。それはどんどんエスカレートし、俺はアスナが分からなくなった。俺たちはどんどんすれ違い、どうしようもないところまでいってしまったのだ。あの事故が無ければ、いつか俺たちが分かり合う日も来たのかもしれない。だがあの不幸な事故により、アスナの中の俺は、最後の最後にアスナを拒絶し、逝った。俺は俺の逝った後のことは考えないようにしていた。考えても仕方がないと目をそらし、今を楽しむことに夢中になってしまっていたのだ。そこには「俺を振り回したんだから、お前らも少しは苦しめ」という想いもあった。ここまでアスナを追い詰めたかったわけじゃない。ただアスナが受け止めてくれなかったやり場のない俺の気持ちを、分かって欲しかっただけなのだ。あくまでも事故は事故なのだ。どうしようもないことなのだ。だからきっとすぐに立ち直り、アスナの人生を歩んでくれるだろうと思っていた。その結果が今俺の前にある。俺の何気ない一言を大事にしていたアスナ。世界を超えて俺を探し出し、追いかけてきたアスナ。俺と共にいるためだけに、レオンハルトの身体を乗っ取ってまで約束を果たそうとしたアスナ。アスナは壊れている。間違いない。だけど、少しだけ嬉しいと思
高校に入ってから、アスナはおかしくなっていった。変わらない笑顔で俺を特別扱いするアスナ。でも、アスナに俺の言葉は届かなくなった。何を言っても「気のせいだよ」「俺が守るから大丈夫だよ」「俺がいればいいでしょう」そういうことじゃあないんだ、と言っても聞く耳を持たない。どんなに話をしても、うわすべり。中学時代、二人で笑いあった日々が懐かしかった。馬鹿なことを言い合って、くだらないことが面白くて。俺のことなのに、まるで自分のことのように怒っていたアスナ。俺のために泣いてくれたアスナ。たぶん、人生で一番幸せで楽しかったあの頃。俺と楽しそうに話すアスナを見て、最初はアスナの外見に気後れして遠巻きにしていたクラスメートも徐々にアスナに話しかけるようになった。アスナはそれを普通に受け入れていて、高校時代のように必要以上に俺にベッタリということもなく、あくまでも一番の親友として俺を扱った。おかしくなったのは高校でアスナの人気が爆発してからだ。周りがアスナから俺を排除しようとし、それに苛立っがアスナは必要以上に俺を特別扱いするようになったのだ。それはどんどんエスカレートし、俺はアスナが分からなくなった。俺たちはどんどんすれ違い、どうしようもないところまでいってしまったのだ。あの事故が無ければ、いつか俺たちが分かり合う日も来たのかもしれない。だがあの不幸な事故により、アスナの中の俺は、最後の最後にアスナを拒絶し、逝った。俺は俺の逝った後のことは考えないようにしていた。考えても仕方がないと目をそらし、今を楽しむことに夢中になってしまっていたのだ。そこには「俺を振り回したんだから、お前らも少しは苦しめ」という想いもあった。ここまでアスナを追い詰めたかったわけじゃない。ただアスナが受け止めてくれなかったやり場のない俺の気持ちを、分かって欲しかっただけなのだ。あくまでも事故は事故なのだ。どうしようもないことなのだ。だからきっとすぐに立ち直り、アスナの人生を歩んでくれるだろうと思っていた。その結果が今俺の前にある。俺の何気ない一言を大事にしていたアスナ。世界を超えて俺を探し出し、追いかけてきたアスナ。俺と共にいるためだけに、レオンハルトの身体を乗っ取ってまで約束を果たそうとしたアスナ。アスナは壊れている。間違いない。だけど、少しだけ嬉しいと思
ドンドン!!「大丈夫ですか?!どうかされましたか?!」扉を激しく叩く音。外に出したレオンの護衛が異変を察知したようだ。「チッ!うるさいなあ!」ボロボロと涙を流したまま、まるでレオンのようにアスナが返す。「大丈夫だ!少し行き違いがあっただけだ。問題はない。大切な話の最中なのだ。悪いが結界を張らせてもらうよ。私が呼ぶまでは決して入らないでくれ」その言葉が終わると同時に部屋が閉鎖された。アスナが幸せそうな笑みを浮かべ、俺に向かって近づいてくる。「……さあ、これでもう邪魔は入らないよ?大丈夫。痛くないようにするから。今度は俺もすぐに後を追う。それでまた一緒にこの世界に戻ればいい。だろ?」まるで幸せな未来を語るかのように恐ろしい内容を口にするアスナ。お前、なんでそこまで俺を……。今の完璧な俺に執着するのならまだわかる。だがアスナが執着しているのは、自分で言うのもなんだが、ただ真面目なだけ
ストン、と腑に落ちた。そうだ、すっかり忘れていた。◇◇◇まだ俺がアスナを「唯一無二の親友」だと信頼していた中学のころのことだ。俺は自分と同じ名を持つアスカが、恵まれた能力を持ちながら断罪されていくのがはがゆかった。だって、俺は大した能力もなく、家族にも恵まれず。そんななかで必死で「家族を守る」という役目をはたしている。なのにアスカは愛してくれる家族に恵まれ、完全無欠というほどの能力を持ち、天使の美貌を受け継ぎながら、断罪される。すごく納得がいかない。普通ならアスカが不幸になるわけがない。「この悪役、なんで断罪されるんだろ?こいつのスペックがあればやりたい放題じゃん!いいなあ、俺がこんなだったら最高の人生を送ってやるのに!」俺は自分のままならない状況をアスカに重ねていたのかもしれない。アスカが幸せになれば俺も幸せになれるような気がした。そこで、なんとかアスカ救済ルートを探すべくひたすらにゲームをやりこんだ。もしかしたら裏ルートがあるのでは?隠しキャラがいるのでは?そんなありもしない希望を胸にひたすらやりこみ……撃沈したのである。そうだ、それでたしか、落ち込む俺をアスナが励ましてくれたんだ。「だ、大丈夫だって!ゲームはゲームだろ?飛鳥とアスカは違う」「分かってるけどさ。なんか……俺にとってアスカって特別なんだよなあ。異世界転生とかあるんならさ、俺がアスカになりたい。そんくらいには好きなキャラなんだよ。だってアスカって完璧なんだもん。俺がアスカだったらあんな攻略対象なんて無視する。黙ってやられたりなんかしないし、好き勝手に楽しく生きてやるんだ」「じゃあ、俺はレオンになってアスカの味方になる。そしたら断罪ルート全部へし折ってやる!」「ははは!だな。レオンも名前が一緒だし、俺たちこのゲームと縁があるのかもな」「じゃあ、約束な?生まれ変わるなら一緒だ。レオンとアスカになろう!」「あははは!なれたらな!約束!」◇◇◇だが、俺がこの世界に来た理由は分かった。神様を罵ったからなんかじゃなかった。俺がそれを望んだからだったんだ。もしかして、アスナはあんな昔のことを覚えていたのか?俺本人ですら今まで忘れてしまっていた、子供同士の遊びの中で俺が言った戯れのような言葉。それだけをよすがにこんなところまで俺を追ってきたのか?あんな俺の一言を大
不遜な笑みを見せた俺にレオンが眉を寄せる。「アスナ、とは誰のことだ?……コレか?」俺はその問いには答えずもう一つの質問をした。「猶予がない、と言ったな?アレはどういう意味だ?」「僕の質問にも答えて欲しいけど……きっと関係あるんだよね。コレに気付いたのはアスカと出会ったとき。そして、アスナに避けられていた間はコレは大人しかったんだ。『手に入れなければ』という訳の分からない焦燥感はあったが、それも『無理強いしてはいけない』という理性で抑え込める程度のものだった。どちらかといえば後者の気持ちの方が強かったのかもしれない。なにしろ私自身の『会いたい』という気持ちにもブレーキをかけるくらいだったのだから」「つまり、その俺を手に入れようとするヤツ、そいつを抑えようとするヤツがいるんだな。便宜上こいつはクロとシロと分けて呼ぶことにするぞ?」「分かった。そうだね。意識としては2種類のものがあるように感じる」ふむ。あの俺に執着して俺を孤立させたアスナをクロとするなら、シロの意味がわからない。アスナとは別のものなのか?それが俺に執着する?果たしてそんな偶然があるものだろうか?「この10年はシロの方が優勢だったんだ。そのおかげか、普段はクロもシロも眠っていて、たまに目を覚ます、という感じだった。だけど……学園で君に再開したとたん、クロが優勢になった。私の意識がクロに浸食され始めている。………引かないで欲しいんだが、君に会いたくてたまらなくなる。君を自分だけのものにしたい。君が誰かに笑いかけるだけでその相手をどうにかしたくなるんだ」「………気持ち悪い」「引かないでくれと言っただろう?私じゃない!いや、確かに私も君に会いたかったのだが、違うんだ!も
「……憑依?もしくは依り代か?」レオンの気配を探れば……うむ、確かにおかしな気配がある。奥に異質になもの……。なんだ、これは?俺は目を細めた。ああ、なるほど。確かにこれは呪いと呼んでいいのかもしれない。レオンの魂に絡みつくようにして彼を縛るもの。彼の精神を苛むもの。俺が知るどの呪いにも当てはまらない。闇の魔力でもなければ、魔物でもない。かといって魔道具の魔力とも異なっている。ん?これは……面白くなってきた。コイツは俺のことを認識している。この際だ、助けた上で思いっきり恩を売ってやる。「いいだろう。調べてやろう 」俺が傲慢な笑みを浮かべてみると、わずかにレオンの空気が緩んだ。「……すまない。助かるよ、アスカ」
それからもレオンは俺に対して好意的な様子を隠そうともしなかった。事あるごとに俺に声をかけ、近づこうとする。「アスカ、一緒にランチをしよう。君の分も用意してきた」「やあ、もしよければ放課後時間を取れないかな?お茶でもどうだい?」金髪碧眼、優し気で端正な容貌の絵にかいたような王子様。彼を嫌いだというものなどいないだろう。普通の生徒ならば喜んで受けるに違いない誘い。だが俺は別だ。俺の答えはいつも同じ。「面倒ごとは御免だ。形ばかりの婚約者だ。俺のことは放っておけ」レオンと俺の同じようなやりとりは、学園のあちこちで定期的に繰り広げられた。今では俺とレオンが婚約者であること、そして俺がレオンに対して冷淡であり毎回すげなく断っていることを知らないものはこの学園にはいない。レオンの信奉者からは「不敬だ」だの「なんて生意気なのだ」だの言われるが、そんなのは俺の知ったことではない。だってレオンは攻略対象なのだ。どのみちピンク頭の主人公とくっつくのだから、関わらないほうがいい。俺の記憶では、夏になるころ主人公が遅れて登場する。「身体が弱く療養していたため入学が遅れた」という触れ込みなのだが、実際は違う
入学式をさぼることはできなかった。なぜなら、残念ながら俺は学年総代。入学式で祝辞を読まねばならないからだ。本来なら王太子がその学年にいる場合は王族が祝辞を読むのが常。しかし、俺は全教科満点の上、王子の次に高位。さらには俺の異常なほどの神童ぶりは知れ渡っていたため、例外的に俺が祝辞を読むこととなったのだ。全く、学園も余計なことをしてくれた。例外になどしてくれる必要はなかったのに。しかしそうと決まった以上俺にさぼるという選択はない。面倒だが、トップとしての義務ならば果たす。それが俺の矜持だからだ。「総代、アスカ・ゴールドウィン」名を呼ばれ壇上に向かう俺に、多くの好奇に満ちた視線が集中する。俺はほとんど公の場には顔を出さない。パーティーにも最低限しか出ず、それもすぐに引っ込むという徹底ぶりだ。従って、俺の名だけは知っていても顔を見るのは初めてというものが多いのだ。「まあ!なんて素敵な方なの!」「ほら、伝説の妖精姫の……」などという声が、ため息とともにあちこちから聞こえてくる。5歳で既に美の片鱗を見せていた俺だが、15歳になった今はまさに「美少年」「端麗」という言葉がふさわしい男に育っていた。父も母もがっしりしたタイプではないので線は細い。しかし剣術訓練や恵まれた資質により引き締まった筋肉としなやかな身体を持っている。背は年齢にしては少し低めではあるが、それでも女性よりもはるかに大きい。容貌に関しては言わずもがな。あの伝説の「妖精姫」の繊細な美しさと、父から引き継いだ怜悧な美貌の絶妙なミックス。艶やかな漆黒の髪を片側だけ編み込みにすることで、特徴的な黄金色の瞳がより強調されていた。自分で言うのもなんだが、いっそ近寄りがたいほどの美貌なのだ。親しみやすく見せる必要などない。俺は誰ともなれ合うつもりはないのだから。集まる羨望のまなざしの中、ひときわ強い熱を感じた。ピリピリと突き刺さるような視線。その持ち主は……分かっている。最前列のあの眩しい金色……そう、俺の婚約者様だ。頬に焦げるような熱を感じながら通り過ぎ、壇上へ。上に立つとさらに顔が良く見える。レオン・オルブライト。 久しぶりに彼を正面から見て驚いた。金髪と黒髪という違いはあれど、レオンが前世で俺をさんざん振り回したアイツにそっくりな顔になっていたからだ。だが、レオンがアイツではないように、俺
なんとなく感傷に浸っていれば、そこに馬鹿みたいな声を上げながら、派手な女がやってきた。「アスカ様〜♡ 今日のお茶会、もちろん来てくださいますよね?うふふ。特別な趣向をご用意しておりますのよ?」こいつは確か家が商会をしているとかいう男爵令嬢だ。金にものを言わせて爵位を買ったという噂の成り上がり。豪華な衣装を着ているが、話し方も素振りも下品そのもの。権力にこびへつらい、下の者には辛く当たるタイプだ。実際、こいつが侍女を蹴倒しているのを見たことがある。まさに俺の大嫌いな「女」を具現化したような女。女は甘えたように鼻にかかった声でわめきたて、図々しくも俺の腕にしがみつこうとしてくる。せっかく少しいい気分だったのに、台無しだ。俺は軽く一歩引くことでしがみつこうとした女の手をさりげなくいなし、冷たく吐き捨てた。「ふん、貴様なんぞ知らん。この俺がなぜ貴様の下らぬ茶会になんぞ行かばならんのだ?女、不快だ。俺に触れる許可を出した覚えはないぞ。わきまえろ」容赦のない言葉含まれた明らかな侮蔑と拒絶。それを聞いて、居合わせた周りのやつらがきゃあきゃあと騒ぎ出した。&n
入学から二か月。剣術の授業の後逃げ遅れた俺は、あっという間にクラスメートに囲まれてしまった。「アスカ様、今日も素晴らしかったです!」「流石ですわあ!希代の天才だというのは本当ですわね!!完璧ですわ!」「素晴らしい剣筋だ!あの域に達するにはどれほどの修練を積まれたのですか?!」全く、相も変わらずうるさいものだ。こうも目をハートにしてくる意味が分からない。俺は彼らに冷酷といっていいような対応しかしていないのに、こいつらはマゾなのか?「当然だ。貴様らごときが俺を称えるなど一万年早いぞ?」ニヤリと笑いながら軽く顎をしゃくってみせると、取り巻きどもは嬉しそうに顔を輝かせた。だから何故これで喜ぶ?こいつら、おかしすぎるだろう。俺が戸惑うのはこういうところだ。ここの女は俺が知る前世の女たちとは違いすぎる。なんというか……俺に対してあまりにも好意的すぎるのだ。俺のこの「美しい」と言われる容姿のせいか?いや、前世の俺だって容姿は悪くなかった。優しくしているわけでもないのに、いつまでも好意的なわけがわからない。男どもも俺を妬むどころか羨望の眼差しで褒