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80.新たな嵐の予感

last update Last Updated: 2025-07-24 17:22:10

サラリオは、アゼルが小屋で休んでいる間も王宮で気を揉んでいた。

護衛が数人だけ先に戻ってきてアゼルの体調が急変したことを聞いた時、冷静沈着なサラリオが珍しく焦燥を隠せない様子で兵士たちに追加の指示を出し自らも出立の準備を進めていたそうだ。

そしてその数時間後。遠くに見えたアゼルと私の姿にサラリオは心底から胸を撫で下ろした。馬に乗って戻ってきたアゼルは、顔色はまだ完璧ではないもののいつもの活力を取り戻しているように見える。彼の隣には少し頬を赤らめた私がいる。

「アゼル!無事だったのか!良かった、心配していたんだぞ!」

サラリオは、安堵の表情を浮かべ弟の無事を心から喜んだ。しかし、アゼルが馬から降りて放った言葉に、その安堵は一瞬にして消し飛んだ。

「ああ、おかげさまで。葵はずっと側で俺の手を握って看病してくれたんだ。それに……」

アゼルは、わざとらしく私の顔をちらりと見てにやりと笑った。

「口移しで水や薬も飲ませてくれたし、そのおかげかもな」

その言葉がサラリオの耳に届いた瞬間、サラリオの顔から表情が消えた。嫉妬の炎が瞳の奥で音を立てて燃え上がった。

(口移し……?葵が?アゼルに?)

サラリオの理性

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