「っ……!確かに。そうだ。」
進行を遮られ、私はハッと我に返る。
取り乱した事が情けない。「しかも相手は、ただの少年ではありませんか。」
「そうだな……」
口では納得したものの……不満だ。
いくら少年とは言え、この国の王妃の頬に、あんな風に簡単にキスするとは。 側近達がホッとしたように溜息を吐いていると、山腹の方を捜索させていた騎兵隊の一人が戻ってきた。「陛下……大変です……!」
馬を降り、駆け寄ってきた兵は緊迫した様子で訴えた。
それによると、レーヴェンの一味と騎兵隊が山腹で出食わし、接近戦になっているという。
「くそっ……!こんな時に!」
アデリナの目的を知りたかったのに…!
「よし、急いで向かうぞ!」
しかし、今最も重要なのはレーヴェン一味の確保である。
振り返り、アデリナの笑い顔を複雑な思いで眺めると、私は仕方なくその場を離れた。そうして最精鋭の騎兵隊で無事に一味を捕らえたが、奴らが言うには、まだ残りの一味がこの山間のどこかにいるという。
暗闇の中を大量に松明を焚いて教会跡地に引き返すと、アデリナはすでにそこを出発した後だった。幸にも少し雨が降った後で、地面には車輪の跡が残っていた。
しかしその後方にも複数の馬の足跡が。 もしかするとレーヴェンの一味がアデリナ達を見つけてしまうかもしれない。「アデリナを見つけるんだ……!」
号令して騎兵隊に隊列を組ませ、一気に山道を駆け抜けた。
そうしてアデリナの乗った馬車がレーヴェンの一味に襲撃された場面に遭遇。
「……泣いてなどいない。」 「うそ。泣いてるじゃないですか。」 「……泣いてなど。私は氷の王だぞ? 涙なんか流さない。」 「何ですかそれ。 だったら目から鼻水が流れてるとでも……?(それはそれで面白いけど) 氷の王だからって、全然泣かない訳じゃないですよね?」 「……お前が…死んだかと、紛らわしく思わせるからだ……っ」 拗ねた様に顔をベッド脇に背ける、ローランド。 あー、なんかもうローランドまで不憫に思えてきた。 人を大事そうに抱き締めながらも、意地張って素直に認めようとしないこの男。 ……愛を知らないから、人の愛し方も分からないんだ。 愛されないのも辛いけど、愛を知らずに生きるのも、きっと苦しい事なんだろうな。 それに、アデリナと同じくらい何だか不器用なローランドに、こんなにも心配されるなんて。 ……正直嬉しい。 「あー、はいはい。私が悪かったですーどうも、すみませんでしたね。」 背中を二、三度軽く叩いてやる。 抱き締められているのはこっちなのに、宥めているのは私の方で。 懐かない猫を手懐けている感じ。 「……そんな風に私を、子供扱いするな。」 「えー、だって私が死んでしまうと思って泣いてるじゃないですか。 それって何か可愛いですよ。 そんな可愛い人を、慰めないわけにはいきませんー」 それにアデリナには、ローランドに愛を教えてほしいと託された訳だしね? そう言ったらローランドは不服そうに私を引き離し、怒ったような顔をする。 「ふん…!目を覚ましたら覚ましたで、また生意気な……っ。
……リナ。あ で り な。 「アデリナ…頼む。逝かないでくれ!」 えー、逝ってないし。死んでないし。 いや……一度は死んだのかな? 確かに現実世界の上坂葵《わたし》は死んだみたい。 ……って……アデリナ——————!?? さっき確かに、上坂葵《わたし》とアデリナの二人分の走馬灯が駆け抜けたんだよね! そして上坂葵《わたし》の体にアデリナが憑依して、私はまたこの小説の世界に飛ばされて。 「こっちの世界は任せたわって…」 やっと疑問だった、全ての謎が解けた。 先に死んでたアデリナの体に私は一度、仮憑依し、ついさっき死んでしまった上坂葵《わたし》にアデリナが憑依。 そして私はまたこの小説の世界のアデリナに憑依した。ややこしい……! まあ確かにアデリナが言った通り、私達互いに不器用すぎたんだね。 だから魂がリンクしてそれぞれ死んだ体に憑依したのか。……なんか納得。 しかも……アデリナに託されてしまった。 ローランドの事を。 って……どうしよう? だって、こっちの世界で待っているのは恐ろしいバッドエンドだから……! 目を覚ますと、私はローランドの寝室のベッドに横たわっていた。 そんな私をベッドに乗り上げるように見つめ、必死に名前を呼ぶローランドの姿が目に入った。 あ……この人私を、本当に心配してくれてるんだ。 「アデリナ………!!」 「ロー……ランド…&helli
無理言ってお忍びで城下に出かけ、一緒にスイーツを食べたり、オペラを観たり。 でも……結局。 ローランドは私を愛してはくれなかった。 「あの女は本当にろくでもない…」 「金遣いが荒過ぎる。どうにか…」 「全く。仕事もろくにできない、無能な王妃だ!これだから甘やかされて育った…」 普段、ローランドに仕えている臣下達には陰口を叩かれ。 年上の侍女長や専属の侍女達からも、陰で嫌味を言われ嘲笑われる日々。 「王妃が陛下に愛される? 無理無理!あんな性格じゃ死んでも無理でしょ!あははは!」 特に侯爵令嬢のセイディは酷かった。 ムカついて、頭から酒をぶっかけてやったっけ。 廊下で足を引っ掛けて転ばせてやった事も。 ……だから分かってる。煩いわね。 初めから愛されないって分かってるのに、他者が言わないでちょうだい。 「アデリナ様。 私には、アデリナ様の気持ちがちゃんと分かっていますよ。いつかローランド様にも伝わると良いですね。」 落ち込んだ私を励ましてくれたのは、優しいホイットニーだけだった。 ◇◇ その頃になると私は、とある奇妙な夢を見る様になった。 確か…「日本」とか言う場所で「上坂葵」とかいう女の夢を。 長い艶やかな黒髪にパッチリした黒目。 どことなく私に似ている人。 彼女には大好きな夫の「翔」がいるのだが、奴は最低なクズ野郎で、葵を蔑ろにし裏で「麗」と言うクズ女と不倫している。 大人しい性格の葵は私とは正反対で、好きな夫に裏切られて、ボロボロにされてもまだ彼が好きという健気ぶりで…… あー!もう!見ていてイライラするわ! どうして反撃しないの?復讐したら? そんな男の何がいいの? さっさと離婚しなさい
◇◇◇ 私はアデリナ。アデリナ・フリーデル・クブルク。 今から約一年前、地図上で言うと母国マレハユガ大帝国のすぐ真下にある、クブルク国の王の元に嫁いだ。 夫は、いつか国との交流で国賓として招かれたローランド・フォン・クブルク。 ローランド六世だ。一目惚れだった。 すらりと伸びた身長。薄水色にも見える、美しい銀の髪。 それを後ろで一本に丁寧に束ねてある。 本当に見事な色。 威圧感のある切れ長の目。口元の黒子。 何事にも動じない性格。 早くに前王の父親を亡くし、まだ若いのに早々と国王になり、立派に国を治めている。 イケメン……!!カッコイイ……!! 好き………!! 滅多に笑わない。逆にそこが素敵! だけど私は大帝国の第一皇女のアデリナ。 幼い頃から父に甘やかされて育ち、自分でも自覚するほど我儘で、傲慢に育った。 直そうと思っても中々直せるものじゃない。 そんな性格が悩みの種で……。 ローランド王に果てしない恋心を抱きながらも、自分の性格の悪さから、彼にアプローチする事ができず。 婚期を逃して二十歳を超えた。 そんな時…… 同じく今期を逃したローランド王から、クブルクへの加護を求める要請があったのだ。 「お父様…!クブルクを加護する条件に、私と王との結婚を入れて下さい……! 私、あの方を…ローランド様をお慕いしているんです!」 自分は性格が悪い上に、大事にしたい人達にもつい我儘で、思ってもない行動を取ってしまいがち。 染みついた習慣からつい偉そうにしてしまう。 本音が吐き出せず、すぐ人を傷付ける。 そんな私がローランド王に愛されるはずがない。 分かっていても………好きな人のそばに居たい。 そう思って半ば強引に彼の妻になった。 結婚初夜ではあまりにもローランドがイケメンすぎて、失神しそうになり。 下手な言い訳で彼を困らせた。 本当はそばに居るだけで幸せだった。 それから何夜目かで彼と結ばれて。幸せで幸せで、ただひたすらに幸せで。 どうしても性格だけは直せなかったが、何とかローランドに「好き」の気持ちを分かって貰おうと努力もした。 才能ある画家を雇ってローランドの肖像画を何枚も描かせ、喜んでもらおうとあらゆる場所に飾りまくっ
……つまり私は今、半死状態で死んだ訳ではないってこと……? だとしたら魂が体から抜けて、小説の中のアデリナの体に入ったの!? すごいレアなケースじゃない……!! って言うか、死にかけの妻の元に、不倫相手を連れ込むなっていうの……! 「……これが中々死なないんだよな。 でもまあ、もう助からないって医者からも言われてるようなもんだし、葵が死んだら家に来いよ。 その時はもう邪魔者もいないだろうから。」 「えー本当に?嬉しい〜そしたら私と結婚してくれる?」 「もちろん。それに葵が死んだら保険金も入るしさ。 離婚届にサインしてなくて良かった。俺達本当にラッキーじゃん。」 堂々と腰に手を回し合い、病室でイチャイチャする二人。 本当にびっくりするぐらい最低なクズ二人だな!地獄へ堕ちろ! もうこんなクズ男どーでもいいわ! それに私、こうなる前に離婚届用意してたんだね? ならこのまま死んだら、別にローランドとイチャイチャしても法律には触れない? ……って何言ってんの!どうしたの私! 血管切れて頭おかしくなった!? とにかくこのまま上坂葵《わたし》の体が死んだら、私どうなるんだろう……? ……それ、あまりに悔し過ぎる! このクズ二人に死ぬ前に何とか復讐してやりたいのに! 「……リナ……」 え?グラリと視界が歪む。病室や翔達も似た様に歪んで見えた。 「………アデリナ。」 誰かが私を呼んでいる。切実な声で。 今にも泣き出しそうな声で。 あれ……ロー…
「とにかく人の浮気でいちいち騒ぐな、ムカつくわ。 お前みたいに何の努力もしない女見てると本当に腹立つ。あ〜あ。癒されたい。 つか本当にお前と一緒の空間にいたくない。」 「ふざけないで……!浮気なんて許さないから……!」 「ふざけてないけど?なら別れる? 俺は別にいいよ。どっちでも。 お前といるより浮気相手といる方がずっと楽だし。結婚してから地味になったお前には、もう何の興味も湧かない。」 特に反省した様子もなく、冷めた目をして部屋を出て行く翔を見て私は悟った。 もう……翔の気持ちは私にないんだ。 「うっ……っ、くっ、ううっ……」 崩れ落ちる様にその場にしゃがんだ。 震えと涙が止まらない。 どうしたらいいのか分からない。 離婚……?裁判……? だけど翔と別れたくない。 こんなにも愛してるのに、今別れたら本当に辛い。 ……耐えるしかないのかな。 ◇ 《ねえ、まだ別れないの?いつまで奥さんと一緒にいるの?》 《もうちょっと我慢してよ 結婚した手前、世間体とかあるからさ 後一年…いや半年したら絶対別れるから》 《もう、いつもそればっかり!》 《ごめん、ごめん、怒るなよ 愛してるのは麗、お前だけだからさ》 バレたらバレたで、むしろ翔と麗は堂々と不倫するようになった。 バカみたいに毎日メールや電話でやり取りをし。 デートや不倫旅行も隠そうともしない。 お陰で私とはレスだった。 彼の呆れた言い分はこう。 「不倫を許すなら離婚だけはしないでやる。 有り難いと思え。」