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第6話

Autor: 森の小鹿
それから、蛍は奈緒が傷つくのを心配して、充から返信ひとつないことは、結局言い出せなかった。

そして、奈緒が退院するまで、充は結局、姿を見せなかった。

退院後、二人は黎と香織を連れて、碧瀾郷へと引っ越した。そこは、奈緒が半年前に入手した、リノベーション済みのマンションの一室だった。

蛍の家はその真向かいの部屋で、隣同士に住むのは大学時代からの二人の夢だったのだ。

だから半年前、蛍の向かいの部屋が売りに出されたと聞いて、奈緒は迷わず購入した。

部屋には家具や家電が揃っていたが、まだどこか殺風景だった。

蛍はすぐに自分の家から布団やポットなどの日用品を運んできた。

奈緒は買い物リストを香織に渡してスーパーへ行ってもらい、それから業者を呼んで、水鏡ヶ丘の家にあった黎のベビー用品を全部こちらへ運び込んだ。

そうこうしているうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。

その時、ようやく充から電話がかかってきた。

奈緒は画面の「充」という文字を見ると、ためらわずに電話を切り、登録名を削除し、ブロックした。

まもなくして、今度は蛍のスマホが鳴った。

彼女は電話に出るなり、皮肉たっぷりに言った。

「青木社長は大変お忙しいようです。ようやく、産後間もない奥さんと生まれたばかりの娘さんのことを思い出されましたか?」

「奈緒に代わってくれ」

充の声は落ち着いていたが、どこか事務的で冷たい響きがあった。

彼は家に帰ったばかりで、手には娘のためにわざわざ買ってきた服やおもちゃを提げていた。

だが、温かい夕食が待っているはずの家に着いた彼が目にしたのは、庭の黒焦げになった大理石の柱と、散らかった灰の山だった。

リビングも寝室も、まるで泥棒にでも入られたかのように、めちゃくちゃに荒らされていた。

充は胸に込み上げる怒りを抑えた。いくらなんでも、奈緒のやったことはひどすぎる。

だが、蛍はあざ笑うように言った。

「青木社長、奈緒に何の用ですか?親友が留守の間に、幼馴染の従妹のそばにいてあげなくていいんですか?奈緒のことなんて、どうでもいいんでしょう?」

「言葉に気をつけろ」

充の声は低く冷たく、怒りが爆発寸前だった。

すると蛍は、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「これでも言葉を選んでる方よ!奈緒の妊娠中、あなたは知らんぷり。それどころか仕事まで増やしたわよね?彼女が出産の時に大量出血した時、あなたはどこにいたの?

産後に胸が張って眠れなかった時も!自分の娘の出産のお祝いは無視して、他人の息子のために盛大なパーティーを開いたそうじゃない!

あなたのやっていること、人間のすることじゃない!奈緒が倒れて入院したってラインしても、返信ひとつよこさないなんて!あなたのその従妹には、自分の身内が誰もいないわけ?あなたが彼女ばかり構っているおかげで、奈緒はまるで未亡人よ!

それに、ゼニスビルは奈緒が心血を注いだプロジェクトよ。なのに、いきなり他の女を割り込ませるなんて!本当に、あなたがやることは常識のある人間の考えとは思えないわね!

二度と彼女の前に現れないで!あなたの顔を見るだけで吐き気がするって!せいぜい、待ってなさい!」

蛍は一方的に怒鳴りつけ、そのまま電話を切った。

一方充はスマホを握りしめたまま、その場に立ち尽くした。腕はかすかに震え、頭の中は驚きと混乱でいっぱいだった。

妊娠中に仕事の負担が重すぎたなんて、なぜ奈緒は言わなかったんだ?

出産の時に大量出血したことも。

産後ケア施設にはスタッフがいたはずだ。よく眠れないなんてことがあるのか?

美紀を名目上のデザイナーとして加えただけじゃないか?本当にプロジェクトに参加させるわけでもないし、何も問題はないはずだ。

それに、胸が張る……というのは、本当にそんなに痛いものなのだろうか?

でも、美紀が痛がっているのは、一度も聞いたことがないが――

娘の出産祝いを無視したわけじゃない。本当は裕弥と合同で開きたかったんだが、美紀が嫌がったんだ。だから、百日祝いの日に改めてやろうと思っていた。

蛍が言っていたラインについても、スマホをくまなく確認したが、未読メッセージは一件もなかった。

裕弥がミルクを吐いてばかりで、ずっと抱っこをせがんできた。自分はシッターに教わった通りに背中を叩いていたので、スマホは手元になかった。

自分のスマホのパスワードは誰も知らない。誰かが勝手に操作するなんてありえない。きっと蛍が、わざと仲違いさせようとしているに違いない。

それに、奈緒は倒れて入院したのか……道理で電話してこなかったわけだ。

充はしばらく呆然としていたが、仕方なく香織に電話をかけた。しかし、彼女が出ることはなかった。

片や、蛍がリビングに戻ると、奈緒がスマホの画面を食い入るように見つめているのが目に入った。その瞳には、憎しみが宿っていた。

蛍は急いで駆け寄り、尋ねた。「何を見てるの?」

その画面には、「優しい月光」というアカウント名のインスタ投稿があった。そして投稿には、こんな文章が添えられている。

【裕弥の叔父が心を込めて準備してくれた、出産のお祝い。追伸:彼は夫以上に裕弥を可愛がってくれるの】

蛍はスマホを奪い取って写真を一枚一枚確認した。盛大なお祝いパーティーの写真だ。その中に、顔は写っていないが男性が裕弥を抱いている上半身の写真があった。それは一目で充だと分かるものだった。

すると、蛍は再び怒りを爆発させた。

「つまり、彼は他人の息子のためにこんなに盛大なお祝いをしたのに、自分の娘には何もしなかったってこと?」

奈緒は冷たい目で答えた。「そうよ」

蛍はスマホを叩きつけそうなほど怒り、がばっと、音を立てて立ち上がった。

「ありえないにもほどがあるわ!彼はあの女に一体なにを吹き込まれたわけ?きっと裏があるから私がちゃんと調べてやるよ!」

彼女が電話をかけようとすると、奈緒はそれを引き止め、ラインのボイスメッセージを再生した。

「奈緒、調べたよ。あの女は充の叔母の養女で、子供の頃から青木家で育ったらしい。思春期の頃に充に熱烈な片思いをして、リストカットで自殺未遂したり、学校を中退したりして、しまいには、5年前酔った勢いで彼に関係を迫ったこともあったそうだ。

それで、その時、充は激怒して、彼女を平手打ちして追い出したって」

そして、次のボイスメッセージが再生された。

「でも理由は分からないけど、その後すぐにあいつは充の親友である仁哉さんと付き合い始めて、一緒に海外へ渡った。そして1年前、彼女の妊娠が分かって、仁哉さんが充に世話を頼んだんだ。それから、充は頻繁にA国へ行って、彼女の面倒を見ていたみたいだ。

それと、あいつの出産予定日は、本当はお前より2週間遅かった。でも、お前の出産日に、彼女は突然転んで出血したとかで、緊急帝王切開になった。それでお前と同じ日に子供を産んだんだ」

ボイスメッセージの送り主は、二人の共通の友人である遠藤弘樹(えんどう ひろき)だった。彼は業界でも有名な情報屋だ。

それを聞いて、蛍は怒りのあまり、テーブルをバンと叩いた。

「あの女、絶対性格悪いわ!あなたが産むって日に転んで早産?絶対わざとよ!奈緒、ああいう女はたちが悪いから、気をつけなきゃだめよ!」

それを聞いて、奈緒は、あざけるような笑みを浮かべた。

「気をつけたほうがいいのは……彼女の方よ!」

幼い頃から蘭と共に、世間の荒波を渡り歩いてきた奈緒は、これまでありとあらゆる女たちを見てきた。

美紀がここまで横暴でいられるのは、ひとえに充の気遣いと、「兄妹」という都合のいい身分のカモフラージュがあるからだ。

もし、自分がその仮面を力ずくで引き剥がしたら?その時、充と美紀、どちらが先に身の置き場をなくすことになるかしら。

美紀からの挑発的な電話。妊娠中、彼女が充から至れり尽くせりの世話を受けていたこと。裕弥は充に心から可愛がられ、一方で黎は踏みつけられる存在にされていること。

それらを思うと、奈緒の目に浮かんだ冷たい笑みが一瞬にして衝撃的な怒りと憎しみへと変わった。

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