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別れた後、元婚約者が後悔してもしきれない

別れた後、元婚約者が後悔してもしきれない

By:  ちょうどいいCompleted
Language: Japanese
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私の婚約者・坂井瑛士(さかい えいじ)は、有名な心臓外科医だ。 ただ一人の肉親である祖母が重病に倒れた日、私は彼にすがるように頼んだ。祖母を助けてほしいと。 しかし彼は私の手を振り払い、こう言った。 「気持ちはわかるけど、医者として公平にしなきゃいけないんでね。俺の患者はみんな、順番待ちしてるんだ」 結局、祖母は心臓発作で帰らぬ人となった。 その翌日、彼の初恋の人・宮沢夢乃(みやざわ ゆめの)がインスタのストーリーに投稿していた。 【ポチが胃腸炎になっちゃって。手術してもらえて、ほんと助かった】 ポチ、それは夢乃の飼い犬の名前だ。 私の祖母の順番は来なかったけど、犬の順番は来たんだ。 それからしばらくして、私の誕生日会の日。 会場の個室で、瑛士と夢乃は、私の目の前でキスをしていた。 周りの空気が凍りついた。誰もが息をのみ、気まずそうに私を見る。 でも私は、ただこう言った。 「何見てるの?拍手しなさいよ」

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Chapter 1

第1話

祖母は亡くなった。心臓発作だった。救急処置もむなしく、その場で息を引き取った。

病床に横たわる祖母の遺体を見下ろしながら、私は三時間前のことを思い出していた。婚約者・坂井瑛士(さかい えいじ)の手を握り、祖母を救ってほしいとすがりついたあの瞬間を。

瑛士は有名な心臓外科医だ。彼が助けてくれれば、祖母は必ず生き延びられる。

婚約者である私の頼みなら、きっと力を貸してくれる――そう信じていた。

しかし、息を切らして彼の前に駆けつけ、必死にすがった私に、彼はひどく平静な目で見返した。まるで、普通の患者家族に接するような、淡々とした口調で言った。

「気持ちはわかるけど、医者として公平にしなきゃいけないんでね。俺の患者はみんな、順番待ちしてるんだ」

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。我に返ると、私は彼の腕を掴んでいた。彼が事の重大さをわかっていないのだと思った。

「瑛士、おばあちゃん、本当にもう駄目なの!あなたが来てくれなかったら、死んじゃう!たった一人の肉親なのよ。おばあちゃんがいなきゃ、私……」

「奈々(なな)、いい加減にしろよ」

瑛士は私の手を振り払い、背を向けて去っていった。

その瞬間、怒りで全身が震えた。

彼が私を愛していないことくらい、わかっている。

三年前、彼の初恋の人・宮沢夢乃(みやざわ ゆめの)が留学で彼のもとを離れていなければ、私なんて選ばれなかったのだから。

それでも、私は彼を愛していた。

たとえ自分が、彼の夢乃への想いを受け止めるだけの存在でも。

しかし、夢乃が半年前に帰国した。

彼女は「私、絶対に邪魔したりしないから。お二人のこと、心から祝福してるよ」と、澄ました顔で言った。

でも瑛士の心は、もう彼女のものだった。

それでも、私は彼を責められなかった。きっと私の何かが気に入らなかったのだと、言い訳を探した。

彼は絶対に私を見捨てたりしない。何度も何度も、そう自分に言い聞かせた。

だから私はひざまずいた。

病院の廊下で、人目もはばからず、頭を深く垂れた。

「瑛士、お願い……三年も付き合ってきたんだ。おばあちゃんを救って」

「立てよ。ここは病院だ。そんな芝居はやめろ。恥ずかしい」

そう言い残し、彼は歩き去った。

それから間もなく、祖母は息を引き取った。

……

朝まで祖母の病床のそばに座り込んでいた。冷たくなった祖母の遺体を見つめながら、心臓が引き裂かれるような痛みを感じていた。

その時、スマホが震えた。親友からのメッセージだ。

【奈々、インスタ見た?】

開いてみると、そこには夢乃の投稿があった。キャプションは一言。

【ポチが胃腸炎になっちゃって。手術してもらえて、ほんと助かった】

ポチ、それは夢乃の飼い犬の名前だ。

瑛士が最初に「いいね」をしていた。さらにコメントもあった。

【大したことじゃない。ただ、君のこととなると、誰にも任せられなくて】

そのやり取りを見つめながら、胸が千切れそうだった。奥歯を噛みしめた。けれど、涙は一滴も零れなかった。
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ノンスケ
ノンスケ
最低なクズカップル。彼女に犬の世話をさせて浮気旅行、せめておばあちゃんの手術をしてから行けばいいのに。おばあちゃんの状態がわからないほどヤブ医者だったのか?
2026-03-30 21:41:38
1
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松坂 美枝
松坂 美枝
婚約者の瀕死の祖母より犬かあ でもポチは世話してやって欲しかった(泣) 脳外科医で婚約者もいるのに他の女と一ヶ月旅行かあ いいとこなんもない男だったわ
2026-03-30 09:51:12
2
0
9 Chapters
第1話
祖母は亡くなった。心臓発作だった。救急処置もむなしく、その場で息を引き取った。病床に横たわる祖母の遺体を見下ろしながら、私は三時間前のことを思い出していた。婚約者・坂井瑛士(さかい えいじ)の手を握り、祖母を救ってほしいとすがりついたあの瞬間を。瑛士は有名な心臓外科医だ。彼が助けてくれれば、祖母は必ず生き延びられる。婚約者である私の頼みなら、きっと力を貸してくれる――そう信じていた。しかし、息を切らして彼の前に駆けつけ、必死にすがった私に、彼はひどく平静な目で見返した。まるで、普通の患者家族に接するような、淡々とした口調で言った。「気持ちはわかるけど、医者として公平にしなきゃいけないんでね。俺の患者はみんな、順番待ちしてるんだ」一瞬、何を言われたのか理解できなかった。我に返ると、私は彼の腕を掴んでいた。彼が事の重大さをわかっていないのだと思った。「瑛士、おばあちゃん、本当にもう駄目なの!あなたが来てくれなかったら、死んじゃう!たった一人の肉親なのよ。おばあちゃんがいなきゃ、私……」「奈々(なな)、いい加減にしろよ」瑛士は私の手を振り払い、背を向けて去っていった。その瞬間、怒りで全身が震えた。彼が私を愛していないことくらい、わかっている。三年前、彼の初恋の人・宮沢夢乃(みやざわ ゆめの)が留学で彼のもとを離れていなければ、私なんて選ばれなかったのだから。それでも、私は彼を愛していた。たとえ自分が、彼の夢乃への想いを受け止めるだけの存在でも。しかし、夢乃が半年前に帰国した。彼女は「私、絶対に邪魔したりしないから。お二人のこと、心から祝福してるよ」と、澄ました顔で言った。でも瑛士の心は、もう彼女のものだった。それでも、私は彼を責められなかった。きっと私の何かが気に入らなかったのだと、言い訳を探した。彼は絶対に私を見捨てたりしない。何度も何度も、そう自分に言い聞かせた。だから私はひざまずいた。病院の廊下で、人目もはばからず、頭を深く垂れた。「瑛士、お願い……三年も付き合ってきたんだ。おばあちゃんを救って」「立てよ。ここは病院だ。そんな芝居はやめろ。恥ずかしい」そう言い残し、彼は歩き去った。それから間もなく、祖母は息を引き取った。……朝まで祖母の病床のそばに座り込んでい
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第2話
私は霊柩車を手配し、祖母の遺体を病院から運び出した。祖母が生前、なによりも見たがっていたのは、私と瑛士の結婚式だった。けれど、その願いは叶わなかった。今頃、瑛士は祖母が亡くなったことさえ知らず、夢乃と一緒にいるのだろう。祖母を霊柩車に乗せた瞬間、スマホが鳴った。瑛士からだった。通話ボタンを押したが、もう昔のように、嬉しそうに彼の名前を呼ぶことはできなかった。かつては、彼からの連絡だけで胸がときめいた。だが今は、心がすっかり空っぽだった。耳慣れた声に眉をひそめ、平静を装い、嫌悪をにじませて言った。「何の用?」瑛士は私の口調の変化に全然気づいていない。彼は、自分が絶対に愛されていると信じきっていた。だから私の気持ちなど、一度も考えたことがなかった。ましてや、祖母が亡くなったその瞬間、私の想いがとうに尽きていたことなど、夢にも思っていないだろう。「奈々、ポチが昨日胃腸炎になっちゃってさ。夢乃は動物の面倒なんて一度も見たことないし。お前なら経験があるだろ?ポチの世話、頼めるよな?」矢継ぎ早に用件を述べる彼を、私はただ静かに聞いていた。そして、何の感情もない声でぽつりと言った。「嫌よ」かつて私は瑛士を愛し、祖母の手術を頼めるのも彼だけだった。だからずっと、彼の言いなりになっていた。でも、祖母はもういない。今の瑛士は、赤の他人と変わらない。怒る気力すら湧いてこなかった。彼が誰を愛し、誰を大切にしようと、もう私には関係ない。三年付き合っていながら、まともに顔を合わせた時間はおそらく三日にも満たないだろう。彼の心は、最初からずっと夢乃のものだった。そんな彼に、今度は夢乃のペットの世話までさせられるとは。私のことを、今でも彼の言いなりになる都合のいい女だと思っていたのだろうか。「は?嫌だって?ポチは苦しんでるぞ。また焼きもちか?本当に手がつけられないな。いいから、とにかく来い」苛立ちを隠せない瑛士の声。それなのに夢乃に向けるときだけは、異常なほど優しかった。「夢乃、大丈夫。すぐ奈々に来てもらう。ポチは任せておけばいい」その言葉を聞き、私は思わず小さく首を振った。瑛士はまだ、何もわかっていない。かつて私は彼を命より大切に思った。けれど今は、通りすがりの他人と同じだ。「
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第3話
祖母の葬儀は、すべて一人で済ませた。誰の手も借りずに。火葬を終え、骨壺を抱えて家に戻ると、玄関先に見慣れた姿が見えた。瑛士だ。彼の手に、夢乃の愛犬・ポチのリードが握られている。骨壺を抱える私を見るなり、瑛士は眉をひそめた。「何度も電話したのに、なぜ出ない?」問い詰めるような口調だった。私は黙ったまま、彼を見上げた。すると彼は続けた。「何を拗ねてるのか知らないが、奈々、おばあさんはまだ入院中だぞ。手術できるのは俺だけだ。無事でいてほしければ、素直にしろ」まだ言うのか。祖母はもう死んだのに。その遺骨が、今まさに私の腕の中にあるというのに。私は何も言わず、彼を無視して、家に入ろうとした。しかし瑛士は私の腕を掴み、無理やりリードを押しつけてきた。「ポチを預かれ。ちゃんと世話しろ」「いい加減にして」差し出されたリードを私は叩き落とした。突き返され、瑛士の眉根がさらに寄った。「何を拗ねてるんだ?」その声は冷たく、苛立っていた。彼には、私の態度がただの拗ねにしか見えないらしい。「俺が夢乃を少し構ったくらいで、そんなに機嫌を損ねるのか?彼女は体が弱いんだ。世話したって何が悪い?それにポチは、夢乃にとって唯一の心の支えなんだぞ。嫉妬するのは勝手だが、理由もなく駄々をこねるな」理由もなく?祖母の手術をしてくれるどころか、犬の手術を優先して、祖母は死んだ。その犬を、今度は私が世話しろだと?断っただけで、それが「駄々をこねる」なのか?思わず笑いが漏れた。「言いたいことは、それだけ?」冷たく言い放ち、彼に背を向けて家に入ろうとした。そのときだった。ドアをくぐるより早く、ポチが突然私に飛びかかってきた。ポチは大型犬だ。私めがけて勢いよく突っ込んでくる。「どん!」という衝撃とともに、手にしていた骨壺が地面に落ち、粉々に割れた。ポチは牙をむき出しにして私に吠えかかると、次に割れた壺の破片に鼻を寄せ、何かの匂いを嗅ぎ始めた。「やめて!触らないで」叫びながら駆け寄る間もなく、ポチは長い舌を出して、祖母の骨を舐め始めた。「おばあちゃん!」涙があふれ出た。幼いころから犬が怖かったのに、そんなことは忘れていた。私はボチを力いっぱい突き飛ばした。ポチも負けじと、振り返るなり私
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第4話
瑛士が、信じられないものを見るような目で、じっと私を見つめていた。まるで、私の正気を疑っているかのように。「奈々、そこまで私のこと恨んでるの?ポチ蹴った上に、自分のおばあさんのことまで呪うなんて……どれだけ説明しても、瑛士とはただの友達だって信じてもらえないんだね」潤んだ瞳で夢乃がそう言うと、瑛士の視線がさらに鋭く冷たくなった。彼は私が何か企んでいると決めつけている。祖母の遺骨が床に散らばっていることなど、微塵も信じてはいない。それどころか、その上を平然と踏みつけた。「いいか、ポチの面倒ちゃんと見ろよ。エサと水、決まった時間に忘れずにな。もし粗相があったら、ただじゃおかないからな」言い捨てると、彼は犬のリードを私の手に押し付け、夢乃の手を引いて出ていった。二人の足音が遠ざかると、私はポチを睨みつけた。ポチは相変わらず牙を剥き、私に唸っている。もう相手にするのも馬鹿らしく、私は玄関を開けて外に閉め出した。この犬がどうなろうと、私の知ったことではない。祖母の死は、確かに私に大きな衝撃を与えた。気づけば、部屋に閉じこもったまま一ヶ月が過ぎていた。その一ヶ月後、ちょうど私の誕生日だった。親友が心配して電話で誘ってくれた。「外で祝おう。ついでに気分転換にもなるし」祖母の死は辛かったが、彼女なら私が落ち込み続けることを望まないはずだ。だから私はうなずいた。誕生日当日。親友がセッティングしてくれたおかげで、十数人の友人が集まってくれた。思いがけないことに、隣の個室に瑛士と夢乃がいた。私の誕生日は、あの二人が出会った記念日でもある。瑛士は毎年、夢乃とその日を祝っている。私のことなど、これまで一度も気にかけたことはなかった。ただ、今回は偶然、隣の部屋にいただけだ。親友は彼らを見つけると、明らかに腹を立て、わざわざ瑛士と夢乃を呼び入れ、「一緒に遊ぼうよ」と言い出した。すると瑛士は、なぜかあっさり承諾した。夢乃はわざとらしい笑みを浮かべて言った。「この一ヶ月、私たちが旅行に行ってる間、ポチの世話をしてくれてありがとうね」皆の前で、まるで私が忠実な飼育係だったかのように。彼女は本当に巧妙だ。人を傷つける言葉を、優しさを装ってさらりと言ってのける。それを見た親友は、即座にスマホを取
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第5話
「奈々、お前がポチを殺したのは、俺と夢乃の仲に嫉妬したからだろ?まさか、こんな女だったとは。俺を振り向かせようとして、犬まで殺すなんて……ずいぶん陰険な手を使うんだな」「瑛士……」夢乃は瑛士の背後に身を隠し、潤んだ瞳で彼を見上げた。まるで守ってあげたくなるような、無邪気な表情だった。「大丈夫だ、夢乃。俺がついている」瑛士は優しく彼女の頭を撫で、それから鋭い目で私を睨みつけた。「俺に執着しすぎて、今度は犬を殺した。次は夢乃に手を出す気か?」私はゆっくり立ち上がり、彼の前まで歩み寄った。「ねえ、精神科にでも行ってみたら?被害妄想がだいぶ進行しちゃってるみたいよ」「なっ……!」瑛士は目を見開いた。「あ、そうだ。夢乃も一緒に連れて行ってあげれば?人を嵌めるのが大好きで、あんなに器用に演じられるなんて。生まれつきの性悪なのか、それともただの心の病気なのか、どっちなのかしら」言い終えた瞬間、胸の奥がすーっと軽くなった。三年間、瑛士に嫌われるのが怖くて、ずっとこの二人に頭を下げて生きてきた。今日、やっと本当に息ができた。全部捨てて、外の空気を吸いに行こうとしたその時、腕を強く掴まれた。瑛士だった。力が強く、振りほどくことができない。振り返ると、夢乃が今にも泣き出しそうな顔で立っていた。「瑛士、わかってくれるよね?奈々は私たちのことを嫉妬して、わざとポチを殺したんだよ。ポチ、かわいそうに……」瑛士は夢乃の涙に弱く、すぐに私に土下座で謝れと命令した。私は微動だにせず、ただ哀れむような目で瑛士を見つめた。三年経っても、こいつは何ひとつ変わっていない。作られた涙で簡単に騙される男なんだな。瑛士は私が従う気配すらないことに気づき、激怒した。大勢の前で、ただの捨て駒のくせに自分に恥をかかせた。この屈辱は、彼の堪忍袋の緒を完全に切った。「奈々、おばあさんはまだ入院してるんだぞ」彼が近づき、耳元で低く警告する。これが彼の切り札だ。私にとって最も効果的な一撃だと心底信じていた。祖母が私の唯一の肉親だと知っていて、ついにそれを盾にした。失わなければ、人は夢から覚めない。まさにその通りだ。瑛士への想いは、祖母が息を引き取った瞬間に、とっくに消えていた。でも今、彼は私に本当の失
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第6話
その瞬間、彼の顔は真っ青になった。「奈々、お前には本当に失望した」間もなく、怒鳴り声が轟いた。「夢乃に嫉妬したくて、自分の祖母まで呪うなんて……信じられない。俺の同情を引こうとしてるだけだろ?笑わせるな!」瑛士はまったく信じようとしなかった。彼の目には、私はただ、彼の気を引くためなら何だってする女にしか映っていなかった。三年間、ずっと尽くし続けてきたのに、こんなふうに思われていたなんて。だが、そのとき私はやっと目が覚めた。むしろ、これでよかったんだ。もしそのまますがり続けていたら、私は瑛士にとって、ただの使い捨ての存在でしかなかった。「ちょっと、奈々のおばあちゃん、本当に亡くなったんだ」親友が割って入った。だが瑛士は、私が親友まで巻き込んで芝居だと言い放った。彼にはすべてが芝居にしか見えなかった。純粋で無垢なのは、夢乃だけだ。「信じられないなら、病院に電話してみれば?」すると夢乃が首を振った。「瑛士、もういいじゃない?もし本当に亡くなっていたら、奈々だって泣いてすがってくるはずなのに。ひとりで平然としているなんて、おかしいと思わない?」「夢乃、今日ははっきりさせる。みんなの前で証明してやる。こいつがどれだけ馬鹿げたことをしでかしているかを!」電話は繋がった。私はただ黙って立っていた。「もしもし、802号室の患者さんについて調べてほしいんだが。至急確認してくれ」瑛士はわざとスピーカーに切り替えた。返事を待つ間、彼の視線は嘲笑と皮肉に溢れていた。すぐに化けの皮が剥がれると言わんばかりだった。だが――「申し訳ございません、坂井先生。802号室の患者様は、一ヶ月前にご逝去されております」「なに!?」瑛士の顔が強張った。「間違いないのか?」「はい、確かに」彼の唇がかすかに震えた。言葉を失い、スマホを握る手がゆっくりと下ろされた。私は責めもせず、訴えもしなかった。もう私にとって、彼はただの他人になったからだ。「奈々、おばあさんはいつ……」瑛士が眉をひそめて聞いた。「あなたがポチの手術をした夜よ」私は淡々と答えた。「あなたのところへ駆け込んだとき、そっちの方が大事だと言われたわ」一ヶ月ちょっと前のことだ。さすがに覚えているだろう?瑛士はようや
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第7話
瑛士と別れてから、私の人生はゆっくりと色を取り戻していった。そんな折、大学の同級生・伊東実(いとう みのる)と再会した。瑛士も含め、私たち三人は元々大学の同級生だった。実は学生時代から、ずっと私のことを片想いしていたらしかった。だが、あの頃の私の瞳には、瑛士の姿以外に何も映らなかった。私が瑛士と別れたことを知った実は、遠回しもせずに私にアプローチしてきた。「大学の時、奈々は瑛士のことが好きだった。俺にはチャンスすらなかったし、片想いの想いを伝えることさえできなかった。でも今はお互い大人だし、奈々も瑛士とは区切りがついたんだ。だからこれから、奈々のことを好きでいてもいいか?」その日、実と映画を観て帰る道、マンションの下に見覚えのある影が佇んでいた。瑛士だった。あのところ彼はずっと、私の方からよりを戻しに来るのを待っていたらしい。だが耳に入ったのは、私と実が付き合い始めたという知らせだけだ。「奈々、俺が悪かった」瑛士が珍しく頭を垂れ、謝罪の言葉をつぶやいた。滑稽で、思わず失笑しそうになった。この男はかつて、平気で私に土下座させ、許しを乞わせた相手だ。その彼が、今さら何を言っているのか。すり寄るように近づいてくる彼を、私は無意識によけていた。そして丁寧に距離をはった調子で言った。「坂井さん、私たちの間は、あの日のカラオケボックスで終わった」「奈々……」瑛士はなおもしつこく食い下がる。「伊東のどこがいいんだ?金か?それとも地位か?」彼は眉根を寄せた。「そんなものが愛に勝るわけがないだろう」愛。瑛士は、あの三年間の日々を、まさか愛と呼ぼうと。「愛って、思いやり合って、選び合うものだと思うの。あなたの愛する人は夢乃で、私じゃない」「違う!奈々、愛してる」瑛士が言った。あの時、どんなにすがっても聞けなかった言葉を今さら。「子どもじみてる」「浅はかだ」そう言って笑ったくせに。「坂井さん、私はあなたを愛していない。おばあちゃんが亡くなったあの瞬間から」私は静かに言い放った。瑛士の顔から血の気が失せる。「奈々。わかってる、お前は俺を恨んでるんだ。だからわざとこんなことを言ってるんだろう?」「いや、恨みも愛も、何もない」私はあっけらかんと笑ってみせた。
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第8話
瑛士が私のインスタを見て、それはもう怒り狂ったらしい。部屋のものを八つ当たり半分にめちゃくちゃに壊したという。彼にとっては、もちろんこの勝負に負けるわけがない。だから必死に夢乃にしがみつき、慰めを求めた。しかし、かつて瑛士が本命と崇めていた夢乃も、いざ一緒になってみると、なんだかつまらなくなってしまったらしい。何しろ夢乃が一番楽しんでいたのは、瑛士が私を蔑ろにする姿だったのだ。ちやほやされたい、守られたい、他人の彼氏に熱烈に想われたい。それが彼女の願望だった。それが今や瑛士と四六時中一緒にいるのに、逆に退屈で仕方がない。さらに、瑛士はかつて私に甘やかされてきたせいで、食事の準備から身の回りの世話まで、何から何まで夢乃にやらせようとする。それが夢乃には我慢できなかったらしい。これらの話は、すべて後になって人づてに聞いたことだ。夢乃が親友だと思っている女性で、実の会社の新人だ。将来の社長夫人になる私に取り入ろうと、毎日あの二人の噂をぺらぺら喋りまくっていた。私はただ笑い話代わりに聞き流していた。彼女の話によると、一昨日、瑛士がサンドイッチが食べたいと言った。夢乃は瑛士がアボカドアレルギーなのを知っていながら、サンドイッチにたっぷりアボカドを挟んであげたそうだ。瑛士は手術の資料に夢中で、気づいた時には食べ終わっていた。案の定全身に蕁麻疹が出て、手術に支障をきたした。病院から停職処分を受けたそうだ。その友人はさらに続いた。瑛士は今ではしきりに私の良さを懐かしみ、夢乃とはしょっちゅう大げんかしているらしい。「俺の奈々と一緒にいながら他の女を忘れられず、その相手と一緒にいながら奈々を懐かしむ。そんな男、ざまあみろだよ」実が歩み寄り、後ろからそっと私を抱きしめた。大勢の前だから、さすがの私も気恥ずかしくなる。すると彼が耳元でささやいた。「目立たせてくれよ。誰にも君を渡す気はないから」大切にされているという感覚は、これほどまでに心を満たすものなのだろうか。瑛士がどん底の生活を送っているのとは対照的に、今の私はこれ以上なく幸せだ。瑛士にもプライドはある。先日、私にマンションの入り口で締め出されて以来、彼は意地でも夢乃とうまくやっていく姿を私に見せつけようと決心したらしい。ただ、夢乃はそ
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第9話
私のところを去った瑛士は、財布を夢乃のアパートに忘れたことに気づき、よろよろと戻ってきた。ところが、目を疑うような光景がそこにはあった。たった一日の間だったのに、夢乃が別の男と寝そべっていたのだ。相手は夢乃がいつもただの幼なじみだと言い張っていた男だ。瑛士もかつて、私にこう言ったことがある。「お前には異性の友達すらいないんだな。夢乃のあの幼なじみさ、彼女にすごくよくしてくれてさ。やっぱり夢乃はモテるんだよ」ところが、裸のまま、その幼なじみと抱き合っている夢乃を目にした瞬間、瑛士の頭の中は真っ白になった。気づけば、反射的に男に飛びかかっていた。あの男は、夢乃のために争うつもりなどさらさらない。あっさりと本心を吐いた。「夢乃の方から誘ってきたんだよ。お前のあっちの方がイマイチだって」瑛士の顔が歪んだ。まさか、自分のことをそんなふうに他の男に話していたとは。男が去った後、瑛士は夢乃を睨みつけた。怒りで肩が震えている。「土下座して謝れ」かつて私に浴びせたのと同じ言葉を、夢乃に叩きつけていた。だが夢乃は、かつての私とは違う。彼女は鼻で笑った。「何様のつもり?瑛士、あんたなんてただの負け犬じゃない。私に土下座しろですって?笑わせないで」私に復縁を拒絶され、さらに夢乃にここまで踏みにじられた瑛士の瞳から、理性の光が完全に消えた。その日、彼は本気で夢乃の首を絞めた。夢乃が通報し、警察沙汰になった。彼女の幼なじみが警察署まで迎えに来るという騒ぎで、この一件はついに周囲に知れ渡った。その後、瑛士はしばらく姿を消した。再び姿を現したとき、彼はもはやかつての傲慢な外科医の面影もなかった。心の底から過ちを悔い、私の許しを乞いたいと願っている。それが本心であることは、私にもわかっていた。けれど、私はもう彼を愛していなかった。ひと欠片も。私が愛しているのは実だ。彼こそが、私をどん底から救い出し、誠実な愛を注いでくれた人だ。私たちは二年間の交際を経て、結婚した。私の健康を気遣う実は、自ら料理を覚え、毎日欠かさずご飯を作ってくれる。私もこのかけがえのない縁を大切にしようと、携帯の番号を変え、瑛士が連絡を取れる手段をすべて断った。よりを戻す気など、これっぽっちもないが、彼が何度も謝罪に現
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