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第5話

作者: 結奈々
柚香の心は粉々に砕け散っていた。唇をきゅっと結び、やっとのことで声を絞り出す。「……そこまでしなきゃ気がすまないの?」

「君に教えてやりたいだけだ。俺と別れたら、君の人生はめちゃくちゃになるってことをな」遥真は彼女の前に立ち、見下ろすように言った。「もちろん、どうしても何かを売って生活の足しにしたいなら、玲奈に相談してみればいい」

玲奈は思わず自分を指さした。「私?」

「君はこの家の女主人だ。ここのものをどうするかは、君が決めていい」遥真の言葉は玲奈に向けられていたが、その視線は柚香に落とされた。まるで、逆らえば、こうして別の誰かに取って代わられるのだと告げるように。

柚香の両手が、ぎゅっと握り締められる。屈辱が、波のように胸の奥からこみ上げた。

「記念に持っていくくらいなら構わないけどね」玲奈は火に油を注ぐように言った。「でも売るために持っていくのは、あなたの彼への想いを安っぽく見せる気がして。私なら、どんなにお金に困ってもそんなことできないわ」

遥真が柚香に視線を向けた。「聞いたか?」

その言葉の代わりに返ってきたのは、ものを投げつける音だった。

ガシャン。

柚香は手にしていたジュエリーを床に叩きつけ、そのまま踵を返した。

一度も振り返らずに、部屋を出ていく。

「柚香があんなに怒るなんて……わたしの言い方が悪かったのかも」玲奈は唇を噛み、申し訳なさそうに眉を下げた。「私、謝ってこようか?」

「必要ない」遥真は冷たく遮った。

「でも……」玲奈はまだ何か言いたげだった。

「気に入らないものがあったら言え。片づけさせる」そう言って彼女の頭を撫で、優しく微笑む。「これからは、この部屋のものは全部君のだ」

「ありがとう、遥真……」玲奈はその胸に腕を回した。

その光景は……

柚香の視界の端に映った。

二人がそういう関係だと頭ではわかっていても、彼があんなふうに、玲奈を甘やかすように優しく扱っているのを目の当たりにすると、胸のあたりがどうしても痛むのだ。

昔、彼は言ってくれた。自分が一番愛されていて、誰よりも特別なんだ、と。

その言葉は、もうどこにも残っていなかった。

「いつまで荷造りしてる?まさか、出ていく気がないのか?」遥真が目の前に立ち、冷ややかに見下ろした。

柚香はスーツケースをパタンと閉じ、顔を上げる。「ただ確認してただけよ。人がどうやって、こんなに簡単にゴミになれるのかって」

「で、答えは出たのか?」遥真が冷たく尋ねる。

柚香は淡々と答えた。「……出たわ」

「なら、さっさと出ていけ。ここはもう君の居場所じゃない」

その瞬間、柚香は言いかけた。

――もしわたしがここに居座って、離婚しなかったら?玲奈は一生、世間に隠れて生きるしかなくなるよ?

けれど、やめた。それこそ、彼の思うつぼだ。

「陽翔の荷物は置いていけ。新しい家が見つかったら、俺が送らせる」遥真の声は、相変わらず人を苛立たせる。「そのとき、まさか息子のものまで金に換えようなんて考えないだろうな」

「みんながみんな、あなたみたいに卑しいと思わないで」柚香はきっぱり言い返した。

遥真が一歩近づき、体をわずかにかがめて彼女を壁際に追い詰める。「じゃあ、楽しみにしてるよ。君の『自立』ってやつを」

柚香は睨みつけた。

押し返してやろうと腕に力を込めた瞬間、玲奈が出てきた。

二人の距離の近さを見た瞬間、彼女の顔から笑みが消える。だが、嫉妬を悟られまいと必死に取り繕いながら、声をかけた。「……遥真」

「どうした?」遥真が顔を向ける。

「中のもの、どれも気に入っちゃって……全部、もらってもいい?」玲奈はそう言いながら、横目で柚香を見た。

遥真は背筋を伸ばし、わざとらしく余裕の笑みを浮かべる。「気に入ったなら持っていけ。いちいち俺に確認はいらない」

「でも、もともとこれは柚香にあげたものでしょ?私がもらうのは、さすがにどうかと思って……」玲奈は複雑そうな顔をした。

「嫌なら最初から言わなきゃいいじゃない。言い出しておいて、いまさら『遠慮する』ふり?」柚香の顔には、抑えきれない怒りが浮かぶ。「他人の家庭に割り込んだ第三者のくせに、今さら気にするも何もないでしょ」

玲奈の目に涙がにじんだ。「遥真……」

その瞬間、遥真の表情が冷たくなった。

一歩踏み出し、柚香との距離を詰める。

息がかかるほど近くで、低く囁いた。

「……教えてやろうか。愛されてないほうが本当の『第三者』なんだよ」

柚香は顔を上げた。

初めて聞いた。まるで、自分の常識を打ち砕くかのような言葉だった。
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