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第3話

Penulis: marimo
last update Terakhir Diperbarui: 2026-02-13 21:38:05

雪が降る、あの夜から十五年。

黒瀬司の人生は、あの冬の道路で、見知らぬ女性――雨宮真澄にサンダルを置いた男とは、まるで別人のものになっていた。

かつてはトレーラーの運転席に座り、凍える指先でハンドルを握っていた司は、今では小規模物流会社「黒瀬カーゴ」の代表取締役社長として、重厚な木製の机の前に座っている。エンジン音の代わりに耳に入るのは、壁掛け時計の乾いた秒針の音だけだった。

司はふと顔を上げ、社長室の壁に飾られた一枚の写真を見つめる。

そこには、先代社長であり、父親でもある男の姿があった。

父親と二人で運送会社を始めた頃、司はまだ若く、結婚したばかりだった。愛する妻と、幼い二人の子どもを抱え、必死で働いた日々。トラックは中古ばかりで、修理代を工面するのも一苦労だったが、不思議と不安はなかった。家族の存在が、司を前へ進ませていた。

少しずつ従業員が増え、トラックの台数も増え、会社も生活も安定していく。

「順調だ」

そう思い始めた矢先、父親が突然の病に倒れ、帰らぬ人となった。司が三十五歳の時だった。

それからは、考える暇も悲しむ余裕もなかった。自分が事務所を切り盛りするしかなく、毎日は無我夢中で過ぎていった。現場と経営の両立、資金繰り、従業員の生活。どれも放り出すわけにはいかなかった。

「家族にも協力して欲しい」

司は、妻の美里にそう懇願した。

だが返ってきたのは、冷たい言葉だった。

「結婚するとき、専業主婦でいいって言ったじゃない!!」

四歳年上の妻に、司は頭が上がらなかった。

自分が決めたことだ、と自分に言い聞かせるしかなかった。

仕方なく司は、「事務員急募!」という求人広告を出した。急ぎで事務処理ができる経験者を探していた。請求書も帳簿も、数字を追うたびに頭が痛くなり、司は毎晩机に突っ伏していた。

そんな中、応募してきたのが「雨宮真澄」だった。

雨宮真澄は二十八歳、独身。パートではなく正社員でフルタイム勤務を希望し、事務職、しかも経理経験者。

書類を見た瞬間、司は胸の内で安堵した。

経理がさっぱり分からず、毎日数字を見て頭を抱えていた司にとって、これ以上ない人材だった。面接もそこそこに、司は即採用を決めた。

ある日の昼休み、雑談の中で司は何気なく尋ねた。

「雨宮さん、ご家族は?」

その瞬間、雨宮真澄は少し影のある微笑を浮かべ、視線を落とした。

「両親が子どもの頃に亡くなって、祖父母に育てられたので……」

小さな声だった。

司は、余計なことを聞いてしまったと気づき、慌てて言葉を重ねる。

「言いたくないことは誰にでもあるので、そこまで話さなくてもいいですよ」

だが、雨宮真澄は首を横に振り、穏やかに笑った。

「いえ、祖父母には、とても大切に育てられたので」

その笑顔を見た瞬間、黒瀬司は言葉を失った。

どこか寂しさを含みながらも、静かで、芯のある笑顔。

その笑顔に、司は思わず見惚れてしまったのだった。

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