Se connecterそしてあっという間に放課後がやってきた。
見事推しと一緒に帰る約束を取り付けた私は、沢村くんと帰れる2時間後を思いながらも、風紀委員室で、委員会活動に励んでいた。…と、言っても、私の委員会活動は、やっても1時間くらいだ。
あと1時間は、沢村くんの部活が終わるまで、どこかで時間を潰さなくてはならない。いつもより長く仕事をして、少しの時間だけ、こっそり沢村くんの部活を見て、一緒に帰ろうかな…。
この後の計画を立てながらも、書類を軽く確認していると、机を挟んで向こう側にいる金髪が目に入った。
金髪とはもちろん千晴のことだ。
千晴はあまりにもダイナミックに校則違反をするので、この度、私の決定ではなく、風紀委員の顧問の先生によって、千晴の反省文提出が決まったのだ。 そしてその千晴の監督を何故か風紀委員から選ぶことになり、私に白羽の矢が立った。その為、私は今、千晴とマンツーマンでこの風紀委員室にいた。全く何故こうなったのか。
一生徒の風紀委員が、監督する理由も、突然千晴に反省文を書かせる流れになった理由も、全く意味がわからない。まあ、風紀委員として仕事を頼まれたのならば、受けるしかないのだが。
それにこれに懲りて、千晴が校則を守るようになれば、万々歳だ。改めて手に持っている書類に目を通しながらも、監督する為に、千晴を盗み見る。
窓から入る明るい夏の日差しを受けて、キラキラと輝く金髪はやはり、綺麗な顔をした千晴にはよく似合っていて。
プリントに視線を落とす、まつ毛はとても長く、その綺麗な顔に影を落としていた。 スッとした鼻、形の良い口、整った眉。 千晴の全ては、まるで作り物のように、完璧だ。やっぱり、綺麗な顔だよね。
目の前にいる男に、私はしみじみ思った。
黙ってきちんとしていれば、絶対いろいろと得するはずなのに、どうしてそうしないのだろうか。
うちの高校の進学科に入れたということは、頭だっていいはずだ。 それなのに校則は破りまくるし、悪い噂が付きまとうくらいには素行が悪くて周りから怖がられているし。何か理由でもあるのだろうか。
自分が不利になることを続ける理由が。すっかり書類に目を通すことを忘れて、じっと千晴を見ていると、バチっと千晴と目が合った。
少し気怠げな千晴の瞳が、私の瞳の奥底を覗くように、じっと見つめる。「ねぇ」
それからゆっくりとその形の良い口を動かした。
「バスケ部のあの沢村ってやつと本当に付き合ってんの?」
無表情にだが、どこか気になっている様子で、私を見る千晴に、まだここにも残党が…と重たい気持ちになる。
どうやら千晴も私と沢村くんの関係を疑っているようだ。「そうだよ。付き合ってるよ」
私は力強く、疑う余地なんてないように、しっかりとそう答えた。
すると千晴は無表情のまま私に質問を続けた。「先輩って誰かと付き合ったことあった?今まで」
「ない。沢村くんが初めて」
「…ふーん」
私の答えに千晴が面白くなさそうな顔をする。
何だ?何故そんな顔をするんだ?
疑いはまだ晴れていない、とか?千晴の次の言葉に身構えていると、千晴は面白くなさそうな顔のまま口を開いた。
「俺、先輩が好き。だから先輩の初めては全部俺がいい」
誰もが美しいと思うであろう顔の持ち主が、何だかおかしなことを言っている。
絵に描いたような完璧な美人である千晴は、その代償として、どこか頭がおかしいらしい。「…誰かの初めてを独占したいなんて普通に考えても無理でしょ?きっと親でも無理だよ?」
「でもそれが俺の望みなんだもん」
呆れたように千晴を見れば、千晴はどこか拗ねたようにこちらから視線を逸らした。
私よりも遥かに大きなこの男に、何故か可愛いと思ってしまう。「ふふ、私、反省文の監督なんて初めてだよ」
だからなのか、私はつい柔らかく千晴に笑ってしまった。
「こんなに注意して全く改めない奴も初めてだし、こんなにも四六時中悩まされる相手はアンタが初めてだから」
そこまで言い、やはりとんでもないやつだ、コイツ、と改めて思う。
なので、そのまま、千晴に「本当、いい迷惑だわ」と文句を言うと、千晴はまた嬉しそうに私を見た。「柚子先輩の初めて、俺知らない間にたくさんもらってたんだね」
「…いや、手に負えないっていうクレームなんですけど」
ペチンと呆れたように千晴の頭を軽く叩くと、千晴は嬉しそうに瞳を細めた。
その瞳が何故かとても甘い気がして、私はどこか落ち着かない気持ちになった。千晴によって連れて来られた場所は、風紀委員室だった。誰もいない風紀委員室には、基本鍵がかかっており、風紀委員のみしか開けられないようになっている。風紀委員長ではなくなり、もう半年。私は久しぶりに風紀委員室へと足を踏み入れていた。何故、風紀委員でもなんでもない千晴が、ここの鍵を持ち、開けられたのかは、この際、目をつぶろう。千晴のことだ。おそらく持ち前のマイペース&強引さで、鍵を入手したのだろう。鍵を持っていた誰かに同情してしまう。小さな教室のような風紀委員室の奥には、普通の教室と同じように窓が並んでいる。その窓から見える空は清々しいほど青く、校庭にはたくさんの生徒たちが小さな輪になって、まだ別れを惜しんでいた。窓いっぱいに広がる景色に、懐かしさを感じる。風紀委員であった約2年半、私はいつもここの景色を見てきた。それも、今日で最後だ。感傷的になりながらも、ゆっくりと懐かしい風紀委員室を歩く。一歩、また一歩と進んでいくうちに、つい昨日までここにいたかのような感覚に陥った。そして気がつけば、私は窓際にいた。そのまま無意識にゆっくりと窓に手を伸ばしたーーその時。後ろから私に大きな影が落ちた。「先輩」いつの間にか私のすぐ後ろにいた千晴が、柔らかい声音で私を呼ぶ。その声に私の視線は、自然と窓から千晴へと移った。二年間、私を散々悩ませてきた校則違反の金髪が、まず目に入る。ふわふわの柔らかそうなそれは、太陽の光が当たらない室内にいながらも、私にはキラキラと輝いて見えた。そこから覗く顔は、まるで精巧に作られた人形のように一切の欠点がなく、美しい。通い慣れた教室に、いつものように千晴はいた。放課後、私に会いにいつもここに来ていた千晴。ここで千晴の反省文の監督を何度もしたこと、私の邪魔をする千晴を叱りつけたこと、他愛のない会話をしたことなど、いろいろな千晴とのことが走馬灯のように頭に流れる。いつから千晴を好きになっていたのだろう。気づいたのは一年前だったが、きっともっと前から私は千晴に惹かれていた。「先輩、もう卒業しちゃうね」「うん」「明日からもう会えないね」「…うん」千晴がどこか寂しげに私を見る。千晴の言葉に、瞳に、私にも寂しさが押し寄せた。ここに私は明日はいない。ここに来ればいつでも会えた人たちと、もう明日には会
無言で女子生徒たちに近づくと、私の圧に気がついた誰かが小さな悲鳴をあげた。「ひぃ…っ!てててててて、鉄子先輩…っ!」その声に先ほどの喧騒が嘘かのように、一気に静まり返る。「この騒ぎは何?」女子生徒たちの視線を一斉に浴びた私は、鬼の元風紀委員長モードで彼女たちを睨んだ。「ご、ごめんなさぁーい!」「し、失礼しましたー!」「まだ死にたくないですぅー!」そして女子生徒たちは青ざめた顔で、蜘蛛の子を散らすように、その場から慌てて離れていった。その結果、人混みの中心にいた、神々しい存在が、私の前に現れた。柔らかい風に吹かれて、ふわりと揺れるサラサラの黒髪。そこから覗く整った爽やかな顔立ちは、何よりもかっこよくて、眩しい。悠里くんは私の姿を見つけると、嬉しそうにその瞳を細めた。「柚子」愛おしそうに私の名前を呼び、悠里くんがわざわざ私の元まで来てくれる。ああ、私の推しはなんて尊いのだろうか。ただの校庭が悠里くんが歩くと、なんかとてもすごいランウェイに見えた。「ごめん、俺じゃあどうしようもできなくて…。助かったよ。ありがとう」私の側まで来た悠里くんは、そう言って困ったように笑った。眉を下げているその姿も魅力的だ。「いや、このくらい全然」こちらをまっすぐと見つめる悠里くんに、私は軽く首を振る。私はお礼を言われるようなことなどしていない。人として当然のことをしたまでだ。するとそんな私に悠里くんは口元を緩めた。悠里くんの優しい顔に、私が好きだと書いてある。その表情に思わずドクンッと心臓が鳴った。この一年、ずっと向けられてきた破壊力のありすぎるあの表情。悠里くんは言葉にこそしてこなかったが、行動で、表情で、声音で、態度で、自分の全てで私を好きだとずっと言ってくれていた。私も悠里くんのことが今でも好きだ。だが、あの時と変わらず、推しとして好きなのだ。だから私はやはり悠里くんには応えられない。そう思うたびに、チクッと胸が痛んだ。「…ねぇ、柚子」突然、悠里くんが私の名前を呼ぶ。「そんな顔しないで。俺、柚子には笑っていて欲しいから」心情を表には出していないつもりだったが、悠里くんはわずかな私の変化にも気づき、そっと私の頬に触れた。悠里くんの優しい熱が、私の頬にわずかに残る。ああ、私の推しはやっぱり、完璧で究極の存在だ。そ
少しひんやりとした体育館に、厳かな空気が流れる。在校生、教師、保護者、そして卒業生が見守る中、舞台上では、前生徒会長、田中が卒業生を代表して、挨拶をしていた。「在学中、勉学だけではなく、学校行事を通して、さまざまなことを私たちは学び、体験してきました。そこにはいつも友人がおり、時にぶつかり合い、時に励まし合い…」田中の凛とした声がマイクを通して、この体育館内に響き渡る。もう感極まって泣いている者、眠気に襲われて頭をゆらゆらと揺らしている者、真剣な顔で前を見据えている者。卒業生たちはさまざまな様子で、卒業式に臨んでいた。私もその中でただただ田中を見つめていた。三月、上旬。私は今日、ここ鷹野高校を卒業する。ーーーーーー長く感じた卒業式を終え、クラスでの最後のホームルームも終えると、生徒たちは皆、校庭へと集まっていた。ここで皆、いろいろな人と最後の時間を過ごすのだ。私はそこでハンカチを片手に雪乃といた。「…ゔっ、ゔぅ」「まぁだ泣いてんの、柚子」ボロボロと涙を流す私を、雪乃がおかしそうに見つめる。だが、その瞳はどこか暖かく、雪乃の優しさを感じた。それが余計、私を泣かせた。「だ、だって、中学とは違うじゃん…。もう一緒の学校じゃないし…」「あははは、そうね」涙を止められない私を、雪乃はどこか嬉しそうに笑い、ぎゅうと抱きしめてくれる。暖かい雪乃の体温を感じながらも、私はゆっくりとまぶたを閉じた。雪乃と私は中学からの親友だ。しかし、当然だが、進学先は違った。2人とも地元から離れた違う大学へ行く。大学同士の距離は近いので、会おうと思えば会えるが、逆に言えば会おうと思わなければ会えないのだ。それは私の推しである悠里くんも同じだった。「ねぇ、柚子」ふと、私の背中をさすっていた雪乃が口を開く。「結局、アンタってどっちを選んだの?」それから興味深そうにそう聞いてきた。その瞬間、私の涙は止まった。雪乃の〝どちらを選んだのか〟という質問の意味。それは千晴なのか、悠里くんなのか、ということだ。約一年前、悠里くんと別れ、千晴の告白も受け入れず、私は誰とも付き合わない道を選んだ。それでも私たちの関係はあまり変わらず、雪乃を始め、全校生徒は、私たちの関係にずっと注目し、関心を寄せていたのだ。鉄子は一体、どちらと付き合っているのか、と
「…やっぱ、好き」唐突に千晴から漏れた言葉。そのたった二文字が、私の心臓をドクンッと大きく高鳴らせる。気がつけば千晴は、その場で足を止め、無表情に、だが、迷子のような瞳で私を見ていた。どうすればいいのかわからない。そう、私に視線で訴えるように。「先輩、ずるすぎ。好きになるじゃん。そんなの」あの千晴が珍しく私に戸惑いを見せ、視線を伏せる。その伏せられた千晴の長いまつ毛が、心なしか震えているように見え、ぎゅうと心臓が締め付けられて、苦しくなった。私が千晴をそうさせているのに。「好き。大好き。アイツじゃなくて、俺を選んで?」もう一度視線をあげ、今度は無表情ながらも、真剣な眼差しで、千晴が私を見据える。「…こんなにも好きにさせた責任取ってよ」それから砂糖をドロドロに煮詰めたような声音で、そう言った。千晴のその胸焼けしてしまいそうな甘さに、鼓動がどんどん加速する。切なくねだるようにこちらを射抜く強い千晴の視線は、何よりも私の体を熱くさせた。「俺だけを見て、先輩」千晴には応えない。それが今の私のスタンスだ。だが、初めて見る私の愛を弱々しく求める千晴の姿に、私の口は考えるよりも先に動いてしまった。「…ちゃんと見てるよ」思いがけず自分から出た言葉に、頬が一気に熱を持つ。さらに視界までぼやけて、クラクラしてきた。〝好き〟だと一言も言っていないのに、まるで告白したあとのような息苦しさと緊張が何故か私を襲う。何で、こんな…。自分ではどうにもできない、おかしな症状に戸惑っていると、そんな私を千晴はまじまじと見つめてきた。そして徐に言った。「…俺のこと、好き?」千晴の瞳がゆるゆると細められ、私を捉える。なんと甘い瞳なのだろうか。こんな目で見つめられて、心が反応しないわけがない。「…好きじゃない」それでも私は心になんとか蓋をして、首を横に振った。「本当に?」「本当に」私の視線を絡め取るようにこちらを覗く千晴に、平静を装い、淡々と頷く。じわじわと私を蝕む熱に目を背けて。だが、千晴はそんな私を無視して、嬉しそうに口元を緩めた。「嘘つき」千晴の柔らかい声が空気を震わせる。ここには私たち以外の生徒もたくさんいるのに、私の世界にはもう千晴しかいない。そこにふわりと暖かくなり始めた風が吹き、千晴のふわふわで綺麗な金髪と桜の花
朝の散歩後、朝食を食べ終え、合宿最終日が始まった。合宿最終日も一日目とやることは同じだ。一人一人に配られたプリントを、ただひたすら解いていく。それを一日目と同じように悠里くんの隣で集中していると、二年生の部屋に何故か我が物顔で千晴が現れた。そして私の隣に、当然のように座ってきた。悠里くんと二人で使っていた机は、二人で使うにしてはかなり広く、全然千晴がいても問題はない。だが、それでも、広さ以外の問題があった。千晴と悠里くん、この二人の相性が何故かとんでもなく最悪なのだ。二人に挟まれた私は、奇しくも地獄の空気の中で勉強をすることになった。私にだけ話しかけ、互いを無視し、時には互いに険悪な雰囲気をまとい、睨み合う。この二人の仲を取り持つことなど、今までの経験上、到底無理だと知っていた私は、苦笑いを浮かべ、ペンを走らせた。たまに見ていられなくて、二人の間に入った時もあったが、私が間に入った一瞬だけ空気が和らぐだけで、地獄の空気は続いた。寝不足と地獄の空気による気疲れと昨日の合宿からの疲れ。本当は最後の一つだけが、今日に響いてくるはずだった。だが、いろいろあったおかげで、想定以上の疲労感が最後の最後に私を襲っていた。そして夕方。ついに勉強合宿は終了し、私たちはバスで学校へと戻っていた。さまざまな疲れで、疲労困憊になっている私の横には、今は千晴だけがいる。悠里くんは学校に到着後、バスケ部が部活をしていたようだったので、そちらの方へと行っていた。その為、何となく流れで、どうやら今日は電車らしい千晴と共に、駅へと向かうことになった。私と千晴。二人で並んで校庭を歩く。校庭内には、私たちのように合宿を終えた生徒たちや部活をしている生徒たちがおり、まだまだ活気で溢れていた。そんな賑わいの中で、私はふと、隣を歩く千晴を見た。夕日に照らされて、キラキラと輝いている目を惹くふわふわの金髪。そこから覗く、まるで精巧に作られた人形のように美しい顔。千晴越しに見える咲き始めた桜は、そんな千晴を余計現実離れした存在にさせていた。私の視界に入るもの全てが美しく、思わず息を呑んでしまう。本当に見た目だけなら千晴は完璧で絵になる男だ。…動いてしまえば、いろいろとボロが出てしまうが。マイペースで我が道を進み、誰の言うことも聞かない。そんな千晴にどれ
side柚子一睡もできなかった。私は布団の中で、ただただ天井を見上げていた。それもバッキバキの目で。ここは施設内の宿泊部屋。この部屋の畳の上に、私たち生徒は布団を敷き、十人ほどで一緒に寝ていた。その十人の誰のスマホからも、まだアラームは鳴っていない。障子の向こうの空は、おそらく明るくなり出した頃で、あと1時間もすれば起床時間になるだろう。今日の予定のことも考え、少しでも寝なければならないということは十分にわかっている。そうしなければ、体力が持たない。だからこそ、私は就寝時間から何度も何度も寝ようと、まぶたを閉じた。しかしまぶたを閉じるたびに、星空の下で、涙を流しながら、こちらに微笑む悠里くんの姿が浮かんでしまうのだ。それもあまりにも鮮明に。昨日のあの場面が頭の中で繰り返され、結局私は今まで一睡もできずにいた。私は昨日、何よりも大切な存在、推しと別れた。私は推しである悠里くんに、恋心ではなく、憧れを抱いていた。悠里くんと同じではなかった。それでも悠里くんと共にいられた時間は幸せで、楽しくて、キラキラと光で溢れた、かけがえのない、手放し難いものだった。悠里くんと別れることを望んだのは、私だ。悠里くんと同じ想いを抱けない私と付き合っていても、悠里くんが傷つき続けるだけだから。実際、傷つき、苦しそうに、辛そうにしている悠里くんを、私は何度も見てきたし、その姿に胸が痛んだ。私も耐えられなかったのだ。このまま何事もないように悠里くんの隣に居続けることに。ーーーーだから、別れを受け入れた。悠里くんに別れを告げられて、胸がギュッと締め付けられた。以前、私が悠里くんに別れを告げた時も、悠里くんの胸はこんな感じだったのだろうか、と思う。それから最後に、悠里くんとキスをした。何度か唇を重ねたことはあったが、昨日のキスは、唇と唇が触れただけなのに、甘くって、切なくって、苦しかった。私に別れを告げた後も、私とキスをした後も、悠里くんはやっぱり辛そうだった。だが、それでも瞳の奥にはもうあの仄暗さはなく、少しホッとした。胸に悠里くんと別れた喪失感が残る。けれども、悠里くんの未来に明るい兆しを感じ、安心もしていた。都会とは違う、星空の下。どの星よりも光輝く私の推しが笑っている。心からの笑顔ではないけれど、いつかそれは本当の笑顔になる
「お姉さん、お待たせ」いつものように飄々とした態度で再び現れた千晴の手には、何故かクラスメイトの男子生徒がいた。千晴に学ランの首根っこを掴まれている男子生徒は、顔面蒼白でガタガタと体を震わせていた。…一体なんだ、あれは。思わぬ、千晴の再登場に目を細め、眉間にシワを寄せる。颯爽と現れた長身の金髪美人の手に、首根っこを掴まれ、怯えた男子生徒。改めて思う。…なんだ、あれは。何を言えばいいのか、何からツッコミを入れればいいのか、悩んでいると、千晴は嬉しそうに口を開いた。「この人がお姉さんと代わってくれるって」「…へ?ふぇえ?」千晴の言葉に男子生徒が、今聞きました、といった様子で
文化祭準備もいよいよ大詰め。 文化祭まで残り2日。 私は急遽必要になったものを買う為に、1人で街へと出ていた。 夕方の街はさまざまな人で賑わっている。 私と同じような学生が制服のまま放課後の時間を友達と謳歌していたり、スーツを着た大人が疲れた顔で歩いていたり。 大学生のような若者のグループが楽しそうにお店に入る姿や、たくさんの買い物袋を持って歩く人、子どもと手を繋いで帰路についている人など、本当にたくさんの人がここにはいた。 私はその人混みの中を、ただただ目的の場所を目指して、歩いていた。 「離しなさいよ!」 そんな人混みの中、突然、気の強そうな女の子の怒りに満ちた声が聞こ
文化祭まで残り1週間。 学校内はいよいよ間近に迫った文化祭に向けて、忙しなくなっていた。 早めに授業が終わり、いつもより長い放課後が全て文化祭準備に充てられる。 我が校はスポーツ科もあり、部活にも力が入っている為、部活をしている生徒は部活優先で部活終了後に、文化祭準備に合流する。 委員会活動も同じで、風紀委員所属である私も、委員会活動後に、文化祭準備に参加していた。 私のクラス、2年の進学科の出し物は、第二校舎の3階と4階を使った大規模な脱出ゲームだ。 その脱出ゲームの内容とは、鷹野高校の文化祭に参加していたプレーヤーたちが気がつけば、過去に一度、廃校してしまった鷹野高校へと迷
side柚子沢村くんから放たれたシュートが綺麗な弧を描き、まるで吸い込まれていくようにゴールへと落ちていく。それから審判のホイッスルが鋭く鳴り響いた。ーーーー得点だ。そう理解した瞬間、会場中が沸いた。 「す、すごい!今の決めるの!?」「かっこよすぎねぇか!」「いいぞー!悠里ー!」鷹野高校の生徒だけではなく、華守学園の生徒までも、先ほどの沢村くんのワンプレーにどよめき始める。そしてそのまま2点リードで試合は終了した。「…〜っ!!!!」おおおおおお、推しが!沢村くんが!かっこよすぎる!さすがすぎる!私は沢村くんのすごさ、尊さ、かっこよさ、存在、全てにやられて、周りと同







