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第8話「キャンプイベント」

Auteur: 奏拓人
last update Date de publication: 2025-10-22 20:00:26

私は、アイドルが大好きだった。

小さな頃からテレビの前で踊って、笑っていた。

アイドルが歌って、笑って、誰かの心を照らすたび、

「私もいつか、あんなふうになりたい」って──ずっと思ってた。

夢が大きくなったのは、中学の頃。

私も、誰かを笑顔にしたい。

その想いは、自分の中で揺るぎないものになっていた。

私は幼い頃からクラシックバレエを習っていて、ダンスには少しだけ自信があった。

だからきっと、夢を叶えられるはずって信じてた。

でも。

いざ親に話したときの反応は、あまりにも冷たかった。

「アイドル?そんなもの、将来性がないだろ。

もっと現実を見なさい」

──父の言葉は、まるで冷水みたいだった。

それでも私は、諦めきれなかった。

誰かの夢を照らす存在に、どうしてもなりたかった。

高校に入り、バイトをいくつも掛け持ちした。

制服のままコンビニへ直行して、帰るころには日付が変わっていた。

自分で貯めたお金で、養成所に通いはじめた。

ダンスはずっと得意だったけど、歌はどうしても弱かった。

何度もオーディションを受けた。

書類で落ちて、一次審査で落ちて、最終審査で落ちて。

何度、もう無理かもって思ったか、分からない。

でも──

“誰かの希望になりたい”という気持ちだけは、

誰にも、負けてないと思ってた。

とある日の午後、公園の広場で、私はひとりダンスの練習をしていた。

何度も何度も、同じ振り付けを繰り返す。

バイトを掛け持ちしながら、わずかな時間をぬって練習して。

ボーカルトレーニングにも通って。

それでも、オーディションにはなかなか受からない。

努力は、すぐには報われないってわかってるけど──

それでも。

足が止まった瞬間、視界がぼやけた。

気づけば、涙が頬をつたっていた。

我慢していたはずなのに、止められなかった。

辺りには誰もいなかった。

私はベンチに腰を下ろし、顔を隠すように泣いた。

そのとき──

「だ、大丈夫ですか?」

不意に声をかけられて、はっと顔をあげる。

無精ひげにメガネ。清潔感があるとは言えないけれど、

その人の声は、まっすぐで優しかった。

「……はい。大丈夫です」

「そうは見えないけど。……まあ初対面だし、俺こんな見た目だし話しにくいかもだけど、

よければ……話、聞くよ?」

──なぜか、その言葉に心がゆるんだ。

気づけば私は、ぽつりぽつりと話しはじめていた。

アイドルになりたくて頑張っていること。

努力してもなかなか結果が出ないこと。

親に反対されたこと。

ボーカルが苦手で、自信が持てないこと。

「……それは、大変だったね」

男性は静かにうなずいたあと、ふっと笑った。

「……実はさ。さっきから見てたんだよ。1時間前にも通りかかって。

君のダンス、すっごく良かった。キレがあるし、感情もちゃんと乗ってる」

「……え?」

「俺、長年アイドルオタクやってるからさ。

歌が多少弱くても、ダンスがすごければ全然カバーできるの、わかるよ。

短所よりも、君のそのダンスっていう“武器”を信じたらいい。

ラップや短いパートで調整するメンバーだっていっぱいいる」

──その言葉に、胸がぎゅっとなった。

誰にも話せなかった。

夢を語れば笑われて、努力をしても結果が出ず。

それでも、こうして初対面の人が、自分のことをちゃんと見てくれていた。

「ありがとうございます……。

アイドルのこと、周りには話しづらくて……

でも、そう言ってもらえて……少し、元気が出ました」

「それはよかった。……あっ!」

急に、男性が腕時計を見て、立ち上がった。

「ヤバい、KEYSの特典会はじまる!

じゃあまたな! 頑張って!」

「あ……!」

お礼も言う間もなく、男性は小走りで去っていった。

──名前も知らない、ひとりのオタク。

でも、あのときの言葉がなかったら、

私はきっと今ここにいなかったかもしれない。

あの日以来、私はさらに努力を重ねた。

苦手だった歌も毎日練習しながら、

得意のダンスに磨きをかけて、コンテストにも出場した。

結果、全国規模のダンスコンテストで優勝。

それをきっかけに、いくつもの芸能事務所から声がかかった。

──でも、どれも似たような口ぶりだった。

「うちは有名タレントも多いから」「とりあえず枠は空いてますよ」

そんな上辺だけの言葉ばかり。

けれど、ある小さな芸能事務所の社長だけは違った。

「まだできたばかりの事務所だけど……君みたいな“本気で努力してきた子”にこそ来てほしい。ウチで一緒に夢、叶えよう」

その一言が胸に響いた。

私は迷いなく、その事務所に入ることを決めた。

──そして、LUMINAとしてアイドルデビューを果たした。

ある日、ショッピングモールで行われた全員握手会。

見覚えのない男性が私の前に現れた。

「こんにちは。初めまして、奏です」

その声を聞いた瞬間──胸がふるえた。

(この声……まさか)

「は、はい……初めまして。お兄さん、誰推しなんですか?」

「えっと……香織の」

(──やっぱり。そうだよね。私じゃ、ないよね)

一瞬、心がきゅっと縮こまった。

でも、彼は言った。

「ほのかちゃんって、すごいダンス上手いですよね。ソロの振り付け、いつも見とれてます」

その言葉で、胸が熱くなった。

(あのときも、私のダンスを褒めてくれた。あの人だ……間違いない)

──今の私があるのは、あのときの一言があったから。

本当は、今すぐ伝えたい。「ありがとう」って。

「あ、あの……っ」

「はい、お時間でーす!」

タイミング悪く、スタッフの声がかぶる。

結局、言えなかった。

何度か会う機会はあったけど、伝える勇気は持てなかった。

香織ちゃんの生誕祭の日。

香織ちゃんのステージは、これまでで一番輝いていた。

なかでも、アンコール前のサプライズ動画企画──

あれには、メンバーの私でも涙が出そうになるほど感動した。

(私も……いつかあんな風に、祝ってもらえたらな……)

そんな余韻のまま特典会が始まり、私はふと香織ちゃんの列に目をやった。

そこに、白いタキシードを着た男性がいた。

(えっ、なにあれ……まるで結婚式みたい)

目立つ姿に、つい目が引かれた。

そして香織ちゃんが、彼の名前を呼んだのが聞こえた。

「奏くん……」

(えっ……あの人が、奏さん……!?)

香織ちゃんの顔が、今まで見たことないくらい優しくて、嬉しそうで……

私の胸の奥が、じんと痛くなった。

イベントが終わった帰り道。

ふと、リーダーのあんじゅさんが言った。

「動画企画? あれ奏くんが全部準備してくれたんだって」

(……やっぱり)

なんだろう、この気持ち。

香織ちゃんのことが羨ましい。

素直に、そう思ってしまった。

そして今日、またイベントの日。

私はいつものように、握手会で彼の姿を探していた。

でもまた、言えなかった。

「ありがとう」の一言が、どうしても喉につかえて出てこない。

帰り際、ふと耳に入った声。

つむちゃんの声と、奏さんの声──

少しピリついた空気。けれどどこか、まっすぐでまぶしかった。

(……すごいな、つむちゃん。自分の気持ち、ちゃんとぶつけられるなんて)

それに対して、動じずに向き合っている奏さんも──

(かっこいい)

今でも、あのときの声は忘れていない。

優しくて、あたたかくて、励ましてくれた。

──いつかちゃんと、この気持ちを伝えられたらいいな。

「あなたのおかげで、今の私がいます」って。

「おーい、奏〜!」

「うるさいな……お前、朝からテンション高すぎだろ」

「だってよ、キャンプイベントって激アツじゃん!」

今日から一泊二日でLUMINAのキャンプイベントがあるため、俺たちNox(ノクス)のオタクは新宿バスタに集合していた。

「いや〜マジそれな。香織、どんな私服着てるんだろな」

「てか、お前イベントの概要読んだ? チームに分かれてカレー作りするやつ、メンバーはランダムなんだと」

「読んだ読んだ。推しと一緒だったら嬉しいけど、違ったら気まずくね? 選択式にしなかったのって、やっぱ人気に偏り出るからだろうけど」

ヒロとそんな話をしていた時、1人のファンが声をかけてきた。

「こんにちは、奏さん、ヒロさん!」

「あー! トモくん。生誕祭の時はほんと助かったよ、マジでありがとう」

「いえいえ! こちらこそ、お二人のお力になれて光栄でした。あの生誕祭、感動して泣いちゃいました……あ、そういえば奏さんのこと、俺の知り合いの女オタたちがめっちゃ気に入ってて、連絡先教えてほしいってうるさくて。もちろん断りましたけど!」

「おいおい奏、モテモテじゃん。トモが止めてくれてなかったらどうなってたか……」

「……ヒロ、茶化すな。トモくん、ありがとう。マジで助かった」

「そんな、俺なんかにお礼なんて」

「いや、色々あって、俺、今は女性と付き合うのとか難しいから」

「そうだったんですね……すみません、変な話を」

そんな話をしていると、イベントスタッフが声をかけてきた。

「Noxの皆さん、バスが到着しました〜! 受付の前にお集まりください!」

「それよりトモくん、今日も楽しもうな!」

「はい!」

バスはキャンプ場へと向かって出発。移動中、モニターにはライブ映像が流れていた。

「おい奏、香織の生誕祭の映像も流れてるぞ!」

「香織が作詞作曲したあの曲、何回聞いても最高だよな……」

懐かしい映像に浸っているうちに、あっという間に目的地へ到着した。

「バスを降りたら、まずはくじ引きで班分けを行ってください! 班の交換は禁止です! その隣でチェキ券も販売しております〜!」

列に並んで、俺とヒロは同時にくじを引いた。

「せーの、見せ合おうぜ!」

俺のくじには「風花ほのか」、ヒロのくじには「白咲香織」の文字が。

「おいおいマジかよ! ヒロが香織とかよ!」

「俺のあんじゅはどこ行った…」

「くっ……お互い運が悪いようで……」

そのあと、香織のチェキ券を購入し、荷物をロッジに置いて集合場所へ向かった。

集合場所では、すでにLUMINAのメンバーが整列していた。

すると、香織がこちらに気づいて駆け寄ってきた。

「奏くん、今日は楽しもうね!」

私服姿があまりに可愛すぎて、何を言われたか頭に入らなかった。

「え? なんて……?」

「……奏くん、最低。もう知らない」

「え、うそ、ごめん香織……!」

「冗談に決まってるじゃん。だから今日は、楽しもうね?」

「もちろん!」

──そこへスタッフがマイクで叫んだ。

「先ほど引いて書いてあったメンバーの前に並んでくださーい。」

ドキドキしながら列に向かうと──

「こんにちは、ほのかちゃん。こないだ外部イベント以来だね」

「か、奏さん……こんにちは。香織ちゃんと同じ班じゃなくて、残念でしたね」

「いやいや、そんなことないよ。むしろ、ほのかちゃんとちゃんと話せる機会だと思って、嬉しいくらい」

(……そんなこと、さらっと言えるんだ。やっぱり、この人って……すごい)

そしてカレー作りが始まった。ほのかチームは野菜や肉を切る担当だった。

「奏さんこっちお願いします」

「ほのかちゃんありがとう。1人暮らししてるけど、まったく料理しないから、上手くやれるかな…」

(奏さん、1人暮らしなんだ…)

トントントン

「ほのかちゃん野菜切るの上手だね」

「いやそんなこと…え、、奏さん…」

(危なっかしい)

「私こっちやるので、この野菜とかあっちで洗ってください。」

「分かった!ほのかちゃん。」

「奏くん」

顔が米が入ったザルとボールを持って横にきた。

「香織かー。」

「奏くんのチーム、野菜切るのが担当じゃなかった?」

「いや、ほのかちゃんが俺の包丁使いが危なかしいって。だから野菜洗うのが仕事」

「ふふ。奏くんにもそういうところあるんだ。なんでも熟せそうなのに…なんか意外かも」

「悪かったな不器用で」

と笑いが起こった

(あっ香織ちゃん。つむちゃんも言ってたけど、奏さんと話す時そんな表情になるんだ。)

香織ちゃんと奏さんのやり取りに意識が向いて、手元がおろそかになっていた。

「……あっ、痛っ!」

「大丈夫!? ほのかちゃん!」

さっきまで少し離れていたはずの奏が、すぐに駆けつけてくれた。

「うわっ、けっこう切れてるじゃん。救護室、行こう!」

「い、いえ、大したことは……」

「ダメ。行くよ」

そう言って、奏は強引だけど優しい力で私を連れて行った。

「すみませーん……すみませーん……。……ちっ、誰もいないのかよ。ごめんなさい、勝手に使わせてもらいます」

救護室には誰もいなかった。

「俺が処置するよ。手、貸して」

奏の手が、そっと私の手に触れる。心臓がドキドキとうるさくなった。

「奏さん」

「ん?」

「あの時も、こうやって助けてくれましたよね」

「……あの時?」

私は、公園で泣いていたあの日のことを話し始めた。

「……え、それって――ほのかちゃんだったの?」

「そうなんです。あの時の一言が、本当に救いでした。だから、今の私があるんです。LUMINAでアイドルができてるのは、奏さんのおかげで……」

「そっか……。でも、それはほのかちゃん自身が頑張ったからだよ。俺なんかが少しでも力になれてたなら、嬉しい」

「“俺なんか”って言わないでください。奏さんは……」

私は、思い切って言った。

「香織ちゃんじゃなくて、私じゃダメですか?」

奏の手が、ぴくりと止まった。

「それって……推し変してほしいってこと?」

「そ、そうじゃなくて。アイドルとファンとか、そういうのじゃなくて……1人の女の子として」

「ははっ、何言ってるんだよ。俺、ただのオタクだし。ほのかちゃんは、アイドルでしょ? 冗談は……」

「冗談じゃないです!」

少し大きな声になってしまった。

「奏さんって、オタクとしてもすごいけど……。1人の人として、素敵だなって思ってます」

「……ありがとう。そう言ってくれて、嬉しい。でも……ごめん。今は香織を支えるって決めたから。それに……ほのかちゃんのファンに申し訳ないし」

奏は少し笑って、包帯を巻き終えた。

「よし、できた。ほのかちゃん、戻ろうか」

私は何も言えずに、うなずくだけだった。

そして二人は、キャンプ場へ戻り、何もなかったようにカレー作りを再開した――。

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