香織の生誕祭が終わり、LUMINAの現場もしばらくお休み。
仕事も夏季休暇に入ったので、俺は久しぶりに実家のある八王子へ帰省することにした。
同じ都内といっても、帰るのは半年ぶりだ。
「母さん、ただいまー」
「おかえり奏。ごはん作って待ってたわよ」
「ありがと。ちょうど腹減ってたし、助かる。荷物置いて着替えたら食べるわ」
「はーい、ゆっくりしていってね」
いつもの会話。少し懐かしい、実家の空気。
自室がある2階に上がり、押し入れをがさごそと探る。
「そういえば、この辺に……あった、あった」
引っ張り出したのは、幼少期のアルバムだった。
ページをめくると、記憶の中で引っかかっていたあの一枚が目に飛び込んできた。
「あー……この子だ。俺のこと“かなくん”って呼んでた……あの“男の子”」
手にした写真を持って、リビングに降りる。
「ねえ母さん、この男の子って誰だったっけ?」
「うん? ああ、この子ね……男の子じゃないのよ。女の子。髪短くて活発だったから、あんたが勘違いしてたのも無理ないけどね」
「えっ……じゃあ、名前は?」
「うーん……相当昔のことだし、ちょっと待ってね……」
「しっかりしてくれよ、母さん」
「言うじゃないの。でも、なんで急にこの子のこと思い出したの?」
なんて答えようかと考えていると、母がふと思い出したように口を開く。
「……あっ、思い出した。香織ちゃんよ。その子。白咲香織ちゃん」
(──やっぱり……香織だったのか)
「その子がどうかしたの?」
「いや、なんでもない。ただの偶然。……せっかく作ってくれたごはん、冷めちゃう前に食べよ。いただきます」
食後、久しぶりにのんびりと実家の空気に身を任せていたら、スマホにLINEの通知が入った。
──
ヒロ:「奏、今なにしてる?」
俺:「実家だけど」
ヒロ:「じゃあ新宿で飲まね? 八王子だろ? 中央線一本じゃん」
(……めんどくせぇ。でも、生誕祭で世話になったしな)
俺:「わかった。今から出る。アルタ前18時な」
ヒロ:「了解!」
──
──ということで、中央線に揺られて、新宿まで向かうことに。
アルタ前で待っていると、
「奏ー!」
「ヒロ。誘ったくせに来るの遅いな」
「すまんすまん。じゃ、いつものとこ行こうぜ」
居酒屋までの道中、ヒロの“最近調子いい”っていう自慢話を聞き流しながら、俺の頭の中は、あのアルバムに写っていた“香織”のことでいっぱいだった。
「かんぱーい!」
ジョッキを高く掲げてぶつけ合い、乾いた音が店内に響く。
LUMINAのこと、生誕祭のことを肴に、笑い合う。 「お前、完全に泣いてたよな」 「……うるせぇ」 そんな軽口を交わすうちに、酔いが回って心も少しずつ軽くなっていった。
ふと店の外に出ると、どこからか笛や太鼓の音が風に乗って届いてきた。
「……ん? なんか祭りやってね?」
「みたいだな。神社の方かも」
「ちょっとだけ見てこうぜ」
夜空にぼんやりと浮かぶ提灯の灯りに導かれるように、二人は笑いながら屋台の立ち並ぶ神社へと歩き出した。
ところが参道の途中で人の波に飲まれ、気がつくとヒロとはぐれてしまった。
「やべ。ヒロと逸れちゃった。電話するか。」
スマホを見ると圏外と表示してあった。
困りながら歩いていると、境内の隅、人気のないベンチに淡い藤色の浴衣を着た少女がひとりぽつんと座っているのを見つけた。
花火の光に照らされた浴衣はほんのり輝き、結い上げた髪の簪が小さく揺れている。
「……香織?」
声をかけると、彼女は驚いたように振り返った。
「奏くん! わたしも、LUMINAのみんなと一緒に来てたんだけど、迷子になっちゃって」
「アイドルが迷子って……おいおい、大丈夫かよ」
「奏くんこそ、誰かと来て迷子になったんでしょ?彼女?」
「こんなオタクに彼女がいるわけねぇだろ。ヒロだよ」
「…よかった…」
「え?何か言ったか?」
「な、なんでもない。あんじゅ推しのヒロくんね。そっかそっか」
焦った様子の香織ははにかみながら隣のベンチを軽く叩く。
俺はLUMINAのオタクが近くにいないか気にしながら腰を下ろしたが、俺ら以外誰もいなかった。
やがて、夜空に花火がひとつ、静かに打ち上がった。
「きれいだね」
「うん」
「あの頃も、一緒に花火見たっけ。まさか、あの時の男の子が香織だったとはな」
「そういえば、そうだったね。男の子に思われて悔しくて、綺麗になりたくて、キッズモデル始めたの。でも成長していくうちに、仕事がどんどん減っていってね。フラフラしているところに、LUMINAの事務所の社長と出会ったの」
「……そうだったのか。あの頃から、頑張ってたんだな」
「いや、そんなことないよ。学校いきながら、レッスンに、イベントで忙しくて。お母さんに妹、弟を押し付けてた」
俺は思わず、香織の横顔を見つめた。
浴衣越しに見える肩は、小さくて細い。でも、その中にどれだけの覚悟と努力が詰まっていたんだろう。
あの小さな体で、きっと何度も悔しい思いをして、それでも前に進んできたんだ――。
「すげぇよ、お前」
香織は少し照れくさそうに笑った。
「つうかさ、こないだの生誕祭の時、なんで俺のこと気づいたんだよ」
「今までずっと、汚らしいひげだったじゃない? でも、あの日はひげ剃って来てくれてたでしょ。そしたらもう、“かなくん”のまんまだったよ」
「変わんねぇな、俺」
「ううん、ちゃんと変わってる。でも、変わってないところもある。そこが、すごく安心したの」
浴衣の袖から見える香織の指先が、少しだけ俺の手に近づいていた気がした。
「奏くん、私の生誕祭のために色々準備してくれて……特に、アンコール曲に入る前のビデオ、あれずるいよ」
「あんなの見せられたら、辞められるわけないじゃん」
彼女の声は小さかったけれど、そのまっすぐな言葉が胸に響いた。
「実は、あの後、お母さんに相談したの。アイドル、辞めるのはもうやめにした。もう一度、ちゃんとやりたいって、初めて思えたんだ」
「そう。母さんが倒れた直後から、あなたの様子おかしかったから、母さんのせいでアイドル辞めるんじゃないかって心配したわよ。私ね香織がアイドルしてる姿が誇りなのよ。職場の人にも自慢しまくってたのよ。妹と弟のことは母さんに任せて、アイドル続けなさい」
って母さんが言ってくれたんだ。
「いいお母さんだね。」
目の前の香織は、誰よりも素直で真剣だった。
「背中を押してくれたのは、奏くんだよ」
その言葉を聞き、胸が熱くなる。――俺の想いは、ちゃんと届いていたんだ。
静かに夜空を見上げると、ひときわ大きな花火が咲いた。
淡い光が彼女の横顔をふんわり照らしている。
「香織……」
その時、香織のスマホが震えた。
プルプルプル……
「やばい、るなからだ! 奏くん、ごめんね、またね」
彼女は慌ててスマホを手に取り、屋台の灯りの向こうへと駆け出していった。
手を伸ばしたときには、もう藤色の浴衣の背中は人混みに溶けて見えなくなっていた。
香織の生誕祭が終わり、LUMINAの現場もしばらくお休み。仕事も夏季休暇に入ったので、俺は久しぶりに実家のある八王子へ帰省することにした。同じ都内といっても、帰るのは半年ぶりだ。「母さん、ただいまー」「おかえり奏。ごはん作って待ってたわよ」「ありがと。ちょうど腹減ってたし、助かる。荷物置いて着替えたら食べるわ」「はーい、ゆっくりしていってね」いつもの会話。少し懐かしい、実家の空気。自室がある2階に上がり、押し入れをがさごそと探る。「そういえば、この辺に……あった、あった」引っ張り出したのは、幼少期のアルバムだった。ページをめくると、記憶の中で引っかかっていたあの一枚が目に飛び込んできた。「あー……この子だ。俺のこと“かなくん”って呼んでた……あの“男の子”」手にした写真を持って、リビングに降りる。「ねえ母さん、この男の子って誰だったっけ?」「うん? ああ、この子ね……男の子じゃないのよ。女の子。髪短くて活発だったから、あんたが勘違いしてたのも無理ないけどね」「えっ……じゃあ、名前は?」「うーん……相当昔のことだし、ちょっと待ってね……」「しっかりしてくれよ、母さん」「言うじゃないの。でも、なんで急にこの子のこと思い出したの?」なんて答えようかと考えていると、母がふと思い出したように口を開く。「……あっ、思い出した。香織ちゃんよ。その子。白咲香織ちゃん」(──やっぱり……香織だったのか)「その子がどうかしたの?」「いや、なんでもない。ただの偶然。……せっかく作ってくれたごはん、冷めちゃう前に食べよ。いただきます」食後、久しぶりにのんびりと実家の空気に身を任せていたら、スマホにLINEの通知が入った。──ヒロ:「奏、今なにしてる?」俺:「実家だけど」ヒロ:「じゃあ新宿で飲まね? 八王子だろ? 中央線一本じゃん」(……めんどくせぇ。でも、生誕祭で世話になったしな)俺:「わかった。今から出る。アルタ前18時な」ヒロ:「了解!」────ということで、中央線に揺られて、新宿まで向かうことに。アルタ前で待っていると、「奏ー!」「ヒロ。誘ったくせに来るの遅いな」「すまんすまん。じゃ、いつものとこ行こうぜ」居酒屋までの道中、ヒロの“最近調子いい”っていう自慢話を聞き流しながら、俺の頭の中は、あのアルバムに
8月17日。今日は香織の生誕祭、当日。胸の高鳴りと、ほんの少しの緊張を抱えながら、俺は会場へ向かった。「おい、奏。大丈夫かよ、ふらふらしてんじゃん」「よう、ヒロ。仕事しながら動画編集してたら、ここ3日ほとんど寝てなくてさ」「そんな状態で平気か? これ、俺が持つから」両手にはネットで取り寄せた大量の白い大閃光と、コンビニで印刷した「香織おめでとう」のスローガン。「ありがとな。最高傑作できたから……楽しみにしてろよ」──香織が笑ってくれますように。「お、奏。フラスタ届いてるじゃん。白で統一されてて、香織のメンカラにぴったりだな。立派だし、めちゃくちゃ映えてる」「本当ですね! さすが奏さん。他のオタクには真似できないセンスですよ」背後から突然声がして、思わず振り返る。「うわっ、トモくんか。驚いた……でも本当にありがとう。君のおかげで動画、いい感じに仕上がったよ」「いえいえ。僕も楽しみにしてます。協力してくれたオタクたちも、奏さんとヒロさんともっと仲良くなりたいって言ってました。近々オフ会企画するので、その時はぜひお二人とも参加してください!」今まで人見知りを理由に避けてきた集まりだが、今回の準備を通して、仲間の存在の大きさを知った。「もちろん。お礼も兼ねて参加させてよ」「マジですか! やった! じゃあまた連絡しますね! 今日は楽しみましょう!」そう言い残し、トモは仲間たちのもとへ駆けていった。開場時間が始まると、俺とヒロは二手に分かれ、来場者一人ひとりに大閃光とスローガンを配っていく。「香織ちゃん、アンコールお誕生日おめでとうのタイミングで、これ振ってください! 白はメンカラです!」「ありがとうございます!……あっ、奏さん! トモくんに頼まれて動画企画に協力しました!」「参加してくれてありがとう。おかげで、いい動画が完成したよ」「私も香織ちゃん推しなので
香織の生誕祭の企画がまとまった俺は、ヒロにLINEを送った。──俺:「香織の生誕祭、やる内容まとまった!」俺:「明日、渋谷で会えない?」ヒロ:「おけ。ハチ公前でいい?」俺:「19時集合で」ヒロ:「飲み代は任せた」俺:「お前ほんとそればっかw」──翌日、渋谷の居酒屋でヒロと合流した。「ファンの“声”を集めた動画を作りたいんだ。 香織に、これからもステージに立ちたいって思ってもらえるような――そんな動画を」少し驚いた顔を見せたヒロだったが、すぐに頷いた。「いいじゃん、それ。俺がカメラ回すよ。で、奏が声かけていく感じで」「え、俺が声かけるの? そういうのはヒロがやった方が……」「何言ってんだよお前。人見知りなのは知ってるけど、これはお前の企画だろ。俺がやっても意味ねーんだよ。お前が言うからこそ、意味があるんだよ」「……わかったよ。じゃあ、明日の現場から少しずつ声かけていこう」「任せろ。全力で香織ちゃんに届けようぜ」翌日、俺たちは少し早めに現場へ向かい、メッセージカードと動画企画への協力を呼びかけることにした。(……俺とヒロ、なんか現場で浮いてないか? ちゃんと話、聞いてもらえるかな……)その不安は、見事に的中した。声をかけても目を逸らされたり、足早に立ち去られたり。ひそひそ話の視線も、ひりひりと痛い。なかなか協力を得られないまま、時間だけが無情に過ぎていく。そんなとき、会場近くで話している二人組のファンが目に入った。(……もう、やるしかない)意を決して、俺は声をかけた。「す、すみません!!」そのうちのひとりが、パッと顔を上げて、まっすぐこっちを見た。「はい! あ、えっ、もしかして香
朝の光が、いつもよりやけに白く感じた。目覚ましが鳴る前に目を覚ました俺の胸には、昨夜の香織の言葉が冷たく沈んでいる。──「私、アイドル辞めようと思ってて」あの声が、何度も頭の中でリフレインして離れない。スマホを手に取り、何気なくタイムラインを開く。そこには、いつも通りLUMINAの話題があふれていた。でも、その裏で香織がひとりで悩み、涙を流していたなんて――誰も知らない。洗面台の鏡に映る自分の顔を見ながら、自問する。(俺に、何ができる?)推しのために何かしたいと思っても、俺はただの一ファンにすぎない。オタクは、近いようで遠い存在だ。どれだけ想っても、どれだけ時間と金を注ぎ込んでも、その心の奥まで手を伸ばすことなんて、できるわけがない。現場でペンライトを振るくらいしか、俺にできることはないのかもしれない。――そう思うと、情けなくて、悔しかった。でも、何もしないで後悔するくらいなら――やってみよう。推しのステージを、この目で見届けに行こう。いつも通り、キンブレとチェキケースをバッグに入れて、玄関の扉を開ける。少しだけ冷たい風が、気持ちをしゃんと引き締めてくれた。駅へ向かう道すがら、心はどこか落ち着かない。昨夜の出来事がまるで夢だったかのように、街は変わらず騒がしい。途中のコンビニでエナドリを買い、缶を開ける音でようやく現実に引き戻された気がした。駅前では、オタク仲間たちがいつも通り軽口を交わしていた。彼らの明るい声が耳に入ってくるたびに、自分だけが何か重たいものを背負っているような気がして、少しだけ足取りが重くなる。ライブハウスに到着すると、入場列に並んだ。胸の奥が、じんわりと熱くなる。(本当に……やるんだな、今日も)間もなく、ライブが始まった。あんなことがあった翌日だというのに、香織の歌もダンスも、そして表情も――いつもと変わらなかった。(……これが、アイドルってやつか。やっぱ、香織はすごいな)ライブが終わり、メンバーたちの挨拶が順に始まる。最後に香織がマイクを手に取り、静かに口を開いた。「私からNox(LUMINAのファンネーム)のみんなに、お知らせがあります」スクリーンに映像が流れ出し、ざわついていた空気が一気に熱を帯びた。「8月17日、渋谷のライブハウスで私の生誕祭を開催します。……私に、No
「……かなくん――」ピリリリッ、ピリリリッ……目覚ましの音が、夢の続きを容赦なく断ち切る。誰かが俺の名前を呼んでいた気がする。まるで昔聞いたことのある声のように、胸の奥を揺らした。目を開けると、天井。見慣れた部屋。現実。手探りでスマホを手に取ると、ロック画面には、俺の推し、白咲香織の写真が映っていた。「香織……最高に可愛いな」スマホを握りしめる手に、無意識に力が入る。何度も見返したくなるその写真は、俺の心の支えであり、時に苦しくなるほどの愛おしさだった。あの日――ライブハウスのステージで初めて見た香織のパフォーマンスが、今でも頭から離れない。歌声、ダンス、そして表情――どれを取っても抜け目がなかった。これまで色んな地下アイドルの現場に足を運んできたけど、ここまで“完璧”だと思えたアイドルには出会ったことがなかった。一瞬で視線を奪われて、気づけばその存在に夢中になっていた。さらに、黒髪ボブに大きな瞳、整った顔立ち――見た目も完全に俺の好みだった。だけど、本当に惹かれたのはそこじゃない。見た目以上に惹かれたのは――そのまっすぐな眼差し、ブレない芯、誰にでも丁寧に向き合う誠実さ。ステージでは目が離せないほど輝いて、対話では思わず心を許してしまうほど優しくて。気づけば、彼女の存在が、俺の毎日を照らす“光”になっていた。でも―まさか、こんな夜が来るなんて。「お先に失礼します!」職場をあとにしながら、ポケットの中のスマホを取り出し、LUMINAのスケジュールを確認していた。「LUMINAの現場、次は明日か……早く香織に会いたいな」今日はライブも特典会もない“オフ日”。推しに会えない日は、どうしても気持ちが空っぽになる。家に帰っても一人だし、まっすぐ帰る気になれなくて、少し遠回りして晩飯を済ませた。通り道の小さな公園に差しかかる。昼間は子供たちでにぎわっている場所だが、夜になると街灯もまばらで、いつもは人影すら見かけない。ふと、ブランコのあたりに――誰かが座っているのが見えた。(……こんな時間に、人?)足を止めて目を凝らす。街灯の明かりに照らされたその姿は、長い髪に華奢な肩――どうやら、女性のようだ。さらに近づくと、微かに聞こえてきた。「……♪ 目を閉じれば浮かぶ景色 あの日のまま止まってる……」どこか寂し
「もう、誰も信じられない――」そう呟いて、俺は幾度も自分の心を閉ざしてきた。過去の恋愛で深く傷つき、女性という存在にさえ距離を置いてしまった。数年ぶりの“現場”。オタク仲間の誘いで足を運んだ地下アイドルグループ「LUMINA」のライブ会場は、薄暗くも活気に満ちていた。ステージのスポットライトに照らされた彼女の姿。白咲香織――歌声は透き通り、ダンスはしなやかで、その目は何かを訴えていた。一瞬で俺の心を鷲掴みにした。こんなにも誰かに惹かれるのは久しぶりだった。そして、終演後の特典会で彼女が見せた優しい笑顔が、俺の壊れかけた心に少しずつ灯をともしていく。「こんにちは、今日はありがとう。…あの、初めましてですね、僕は奏です」香織は明るく応えた。「こんにちは! わあ、初めまして! 来てくれてありがとう、奏くん」僕は少し照れくさそうに言葉を続けた。「香織さんの歌、すごく良かったです。今日、友達に誘われてきたけど、一目惚れしました」彼女は嬉しそうに微笑んだ。「嬉しいなあ、そんなふうに言ってもらえると頑張れるよ!」俺は心の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。「これからも応援します。無理しすぎないでね」「ありがとう、奏くん。あなたの応援が、何よりの力になるよ。次のライブも待ってるね。」その優しい対応に、俺の壊れかけていた心が少しずつ救われていった。