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第6話「過去と希望」

مؤلف: 奏拓人
last update تاريخ النشر: 2025-10-21 10:06:46

私は、地下アイドルLUMINAのセンター、白咲香織。

昔よく一緒に遊んでいた男の子に、男の子だと勘違いされたのが悔しくて──

それがきっかけで、小中学生の頃はモデルをしていた。

でも、成長するにつれて需要は減り、仕事も激減。

ちょうどその頃、両親が離婚して、私と妹・弟の3人は母に引き取られた。

そんなある日、当時所属していたモデル事務所の社長が言った。

「知り合いが地下アイドルの事務所を始めるんだけど、やってみないか? 興味があったら連絡してほしい」

迷いはあったけれど、新しいことを始めたい気持ちが勝った。

アイドルなんて自分にできるのか、わからなかったけど……勇気を出して電話をかけた。

初めて事務所に足を運んだ日、社長の隣には一人の女の子がいた。

「この子は黒瀬あんじゅ。香織ちゃんと同い年で、グループのリーダーをやってもらおうと思ってる」

「香織ちゃん、よろしくね。黒瀬あんじゅです!」

──これが、あんじゅとの出会いだった。

そのあと、秋庭るい、風花ほのか、南雲つむぎが加入。

最初は、観客が数人しかいないような、底辺地下アイドルだった。

それでも、がむしゃらにレッスンして、必死で歌って、笑って、時には泣いた。

気づけば、仲間と過ごす日々が宝物のようになっていた。

そんなある日、ライブ後の特典会で、彼に出会った。

「こんにちは。今日はありがとう……初めましてですね、僕は奏です」

(あのとき、ずっと私を見てくれてた子……奏くん、なんだか懐かしい雰囲気を持ってる)

「こんにちは! 来てくれてありがとう、奏くん!」

「香織さんの歌、すごく良かったです。今日、友達に誘われて来たんですが……一目惚れしました」

(えっ……そんなこと、初めて言われた……)

「嬉しいなあ。そんなふうに言ってもらえると、すごく励みになるよ!」

「これからも応援します。無理しないでくださいね」

(やさしい……また来てくれたら嬉しいな)

「ありがとう、奏くん。あなたの応援が何よりの力になるよ。次のライブも、待ってるね」

──そして次のライブにも、彼は来てくれた。

「こんにちは、香織さん! また来ちゃいました。あの日のパフォーマンスが忘れられなくて……。それに、“待ってるね”って言ってくれたのが、すごく嬉しくて」

(パフォーマンスを褒めてくれて嬉しい。私は努力を見てもらえたんだ……)

彼は、ライブのたびに来てくれた。

気づけば2年が経ち、LUMINAのファンも少しずつ増えていった。

でも、それも束の間だった。

ある日のレッスン中、マネージャーの加賀さんが血相を変えてスタジオに飛び込んできた。

「香織ちゃん……お母さんが倒れたって!」

職場で過労による貧血で倒れ、救急車で運ばれたと聞いて、私はレッスンを抜けて病院へ向かった。

病室の前には、母の職場の同僚と、泣きじゃくる妹と弟の姿があった。

「君が香織ちゃんか。お母さん、自慢してたよ。しっかりした娘だって」

「ご迷惑をおかけして、すみません……」

「先生の話では、3〜4日ほど入院になるみたいだよ。じゃあ、俺は職場に戻るね」

男性が去り、私は千鶴と良助と3人で面会時間ギリギリまで病室にいた。

面会時間が終わり、

「さて、千鶴、良助。帰るよ」

「えっ、お母さんは?」と良助が不安そうに尋ねる。

「お母さんはね、少し病気で。しばらく帰れないの」

「じゃあ、俺も帰らない!」と泣き出してしまう良助を、必死になだめながら、家に連れて帰った。

──数日間母の代わりに、妹と弟の世話をしなければならなくなった。

母の入院中、私はレッスンと家事と面会を両立する日々に追われた。

そのうち、自分でも気づかないうちに心が削れていった。

(お母さん……お仕事しながら、一人でこなしてたの…もう、お母さんに無理はさせられない。)

何度も、悩んで、苦しんで。そして、私は決めた。

──アイドル、辞めよう。

そう思った翌日。私は、リハーサルスタジオの鏡の前で、ポニーテールを結び直しながら、ふとため息をついた。

「……やめよう。アイドル、やめよう」

その言葉は、誰にも聞かれなかったけれど、自分の中に確かに落ちた。

休憩中、あんじゅが声をかけてくれた。

「香織、顔色悪くない? ちゃんと寝てる?」

「うん、大丈夫。ちょっと考えごとしちゃってて……」

──私がいなくなったら、センターはどうなる? グループは?

そんなこと、誰にも言えるわけがなかった。

夜。妹と弟を寝かしつけたあと、私は近所の公園のブランコに一人座った。

LUMINAの曲を口ずさみながら、ただ、風に身を任せていた。

「……香織?」

振り向くと、そこには奏くんが立っていた。

浴衣姿の彼は、少し驚いたように、でもどこか安心したように微笑んでいた。

気づけば、誰にも言えなかった気持ちを、奏くんにだけ話していた。

(なんで奏くんに……でも、不思議と苦しくなかった)

まるで、ずっと背負っていた荷物を、そっと降ろせたみたいだった。心がふっと軽くなった。

そして、少し黙っていた奏くんが、静かに口を開いた。

「……香織が決めたことなら、もちろん尊重するよ。でも、正直言うと……まだ、ステージに立ってる香織を見ていたいんだ」

その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。

「香織みたいなアイドル、他にいない。いや、俺にとっては……香織がいない人生なんて、考えられないんだ」

まっすぐに、迷いのない瞳でそう言われて、私は何も言えなくなってしまった。

(そんなに……そんなに私のことを思ってくれてたんだ)

嬉しかった。信じられないくらい、心が揺れた。

でも、それでも私は――

(……ごめん。決めたことなの)

その数日後、私の生誕祭が発表された。

――「LUMINA・香織の生誕祭、8月17日に開催決定!!」

(これが最後の生誕祭になるかもしれない)

そう思って、衣装にもこだわり、アンコールで歌う曲は、自分で作詞作曲した。

LUMINAのメンバー、そしてファンに向けた、感謝と祈りの歌。

リハーサル中、あんじゅたちの様子がどこかよそよそしくて──

「なに話してたの?」

「ん? 香織、今日なんか用事あるって言ってたよね〜」と、るいが笑って誤魔化した。

(……なんだろう?)

そして、生誕祭当日。

「香織〜! フラスタ、めっちゃ届いてるよ!」

「えっ……すごい……!」

見れば、私宛のフラワースタンドがずらりと並んでいた。

中には奏くんの名前が書かれたものもあった。

(……ありがとう、奏くん)

ついに、生誕祭は本番を迎えた。

ライブは、今までで一番いいパフォーマンスができた。

緊張もあったはずなのに、体が自然に動いていた。

振り返れば、不安や迷い、涙もあった日々──でも今、私はちゃんと笑えている。

「アイドルって、こんなに楽しかったんだ……」

気づけば、そんな想いが胸をいっぱいにしていた。

──辞めたくない。

そんな強い気持ちが、心の奥からこみあげてくる。

その瞬間、アンコールの時間がやってきた。

マイクを握り直し、深呼吸をひとつ。

「それでは、これが最後の曲です。聴いてください──」

そう言いかけたとき、あんじゅがマイクを持ってステージに出てきた。

「ちょっと待った! 香織に、私たち、そしてファンのみんなからプレゼントがあるの!」

「モニターを見て!」

ステージ背後のスクリーンに、映像が流れはじめた。

──メンバーからのサプライズメッセージ。

練習中の様子、思い出の写真、ひとつひとつの言葉にこめられた想い。

そして続く、ファンたちからの動画メッセージ。

笑顔で語る人、涙ぐみながら言葉を届けてくれる人──どの声も温かくて、まっすぐだった。

(こんなに……私は、愛されていたんだ……)

ぽろぽろと涙がこぼれて、止まらなかった。

この場所が、自分にとってどれだけ大切だったのか、今さらのように気づいてしまった。

アイドルを辞めようとしていた自分が、情けなかった。

誰かを笑顔にしたくて始めたはずなのに、私は勝手にひとりで限界を決めていた。

──映像の最後。

画面に映ったのは、奏くんだった。

「香織……君の歌や姿に、俺は本当に救われました。ありがとう。

今日だけじゃない。これからも、ずっと応援させてください」

その瞬間、客席が白いスローガンと大閃光の光で埋め尽くされた。

誰かが用意してくれたその景色に、言葉をなくす。

ケーキが運ばれ、メンバーやファンと一緒に、ろうそくの火を吹き消す。

「……ありがとう。本当に、ありがとう」

震える声で、でも確かな想いで、私は心から感謝を伝えた。

マイクを再び握り直す。

ステージの中心へと、ゆっくり歩いていく。

ラストのアンコール曲が始まる。

タイトルは──「ここにいた証」

それは、ステージに立ち続けた私の足跡であり、

そして、支えてくれたすべての人たちへの贈り物だった。

---

ここにいた証を 音に変えて届けたい

笑ってた日も 泣いてた日も

全部が宝物だから

今 歌うよ 君の心の中に

ちゃんと残るように──♪

---

スポットライトが優しく香織を照らす。

彼女の歌声が、客席を、会場を、空気ごと包み込んでいく。

その瞬間、香織は確かに「ここにいた」。

大きな歓声と、深い余韻とともに──

生誕祭は、幕を閉じた。

そして特典会。

白いタキシード姿で、私の前に立ったファンの人。

少し緊張したような笑みを浮かべて、でもどこか懐かしい空気をまとっていた。

「よ、香織」

その声に、胸の奥がぎゅっとなった。

誰かと思えば――奏くんだった。

一瞬、言葉が出なかった。でも、気づいたら口が動いていた。

「……かなくん……?」

彼の名前を呼んだ瞬間、あの夏の日々が、一気に胸によみがえってきた。

無精ひげに眼鏡姿が当たり前だった奏くん。

でも今日は、ひげもそり、眼鏡も外し、コンタクトで来てくれていた。

あの頃の、やわらかく笑う“かなくん”の面影が、そこにあった。

(まさか……ずっと気づけなかった)

こんなことが、本当にあるだろうか。

昔好きだった男の子が、今――

ファンとして、支えてくれていたなんて。

胸が熱くなった。嬉しさ、驚き、恥ずかしさ、いろんな感情が一気に押し寄せてきて、

その時の私は、ただもう――ごまかすので精一杯だった。

特典会が終わり、メンバーたちと一緒に事務所へ戻る道すがら。

香織は、夜風に当たりながらぽつりとつぶやいた。

「……みんな、本当にありがとう。あんな素敵な動画、すごく嬉しかった」

すると、横を歩いていたるながふっと笑って、いたずらっぽく言った。

「実はね、それ、私たちじゃなくて奏っちの企画なんだって! ねー、あんじゅ」

「えっ……?」と香織が思わず聞き返すと、今度はあんじゅがやさしく笑って補足した。

「うん。奏くんの友達のヒロくんがね、私のオタクなの。で、そのヒロくんを通して動画の企画

を相談してきてくれて……。それだけじゃないよ。メッセージカードも、フラスタも、ケーキも、スローガンも、大閃光も。ぜんぶ奏くんが準備したんだって」

香織は思わず足を止めた。

胸の奥が熱くなり、じんわりとこみ上げてくるものを、言葉にできなかった。

(奏くん……私のために、そんなにも……)

知らないところで、こんなに想ってくれていたなんて。

「……愛が、大きすぎるよ……」

その言葉は思わずこぼれて、香織の唇から夜空にふわりと溶けていった。

生誕祭の余韻がまだ心に残る中、LUMINAの活動はしばらくオフ。

妹の千鶴と弟の良助は、それぞれ友達の家に遊びに行っていて、久しぶりに家にいるのは母と私だけだった。

少し早めの夕食の後、湯飲みにお茶を注ぎながら、私はそっと切り出した。

「……お母さんに、話したいことがあるの」

「え? なにかあったの?」

母は少し驚いたように手を止め、私の顔をまっすぐに見つめる。

「実はね、お母さんが入院したとき……千鶴と良助の世話、すごく大変だった。

そのとき、自分がどれだけお母さんに甘えてたか、ようやく気づいたの」

言葉を探しながら、私は続ける。

「それで……アイドルを辞めて、これからはお母さんを支えようって、一度は思ったんだ。でも――この間の生誕祭で、ファンのみんなから、メンバーから、たくさんのエールをもらって……。もう一度、アイドルを続けたいって思えたの。ごめんね、お母さん」

しばらく沈黙が流れたあと、母はふっと微笑んだ。

「……最近、香織、元気なかったでしょ? 母さん、自分のせいで香織がアイドルを辞めちゃうんじゃないかって……ずっと心配だったのよ」

そう言って、母は私の手を優しく包む。

「ごめんね、入院して……香織に、たくさん気を遣わせちゃった。

でもね、母さんは――香織がアイドルとして輝いてるのが、ほんとうに自慢なの。

職場でも、どれだけ自慢してると思ってるの?」

「え……あ、あの人……」

(そういえば、お母さんが入院してたときに一緒にいてくれた同僚の男性が、“自慢の娘だって聞いてたよ”って言ってたな……)

「もう、恥ずかしいよ……」

そう言いながらも、心の奥がじんわり温かくなる。

母は笑って、でも真剣なまなざしで言った。

「母さんも、これからはもっと健康に気をつける。千鶴と良助のことは任せて。香織は――あなたは、あの場所で輝き続けなさい」

その言葉に、私は小さくうなずいた。

「……ありがとう、お母さん」

その夜、私は布団にくるまりながら、ずっと天井を見つめていた。

生誕祭のステージと、母の言葉が、頭の中で何度もリフレインしていた。

アイドルとして、まだまだやりたいことがある。

もう、迷わない――

その後LUMINAのLINEグループから通知があった。

──

るな:「明日新宿の神社でお祭りやってるらしいよ、みんなでいかない?」

あんじゅ:「賛成」

ほのか:「人がいっぱいいるところ怖い」

つむぎ:「了解」

香織:「了解」

るな:明日花園神社の前に18時ね。

──

集合し、出店などを見に行っていたら、私は人混みでメンバーたちとはぐれてしまった。

境内のベンチで、ひとり座っていると──

「……香織?」

名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。

そこに立っていたのは──奏くんだった。

「えっ、奏くん……? こんな偶然、あるんだね」

「うん、会社の同僚に誘われて来てたんだ。まさか、香織がいるとは」

私は一度視線を落とし、そっと言った。

「……奏くん、私の生誕祭のために、色々してくれてありがとう。

メッセージカードも、フラスタも、ケーキも……」

少し間を置いて、ほんの少し声を震わせながら続けた。

「……特に、アンコール前のビデオ。あれは、反則だよ」

彼は少し目を丸くしたあと、はにかんだように笑った。

「香織が、もう一度前を向けたなら、それでよかった」

私は笑った。でもその笑顔の奥に、正直な想いがあふれそうで、ぎゅっと息を飲んだ。

「……あんなの見せられたら、辞められるわけないじゃん」

静かに、けれどしっかりと、彼に伝えた。

「もう一度、ちゃんとアイドルやりたいって、初めて自分の意志で思えたの。

奏くんが、背中を押してくれたからだよ」

言葉を重ねるたびに、自分の中にあった曖昧な感情が、はっきりと輪郭を持ちはじめる。

(……気づいてしまった)

私は、奏くんに惹かれていた。

ファンとして、じゃない。

私を見てくれて、支えてくれて、励ましてくれた「ひとりの人」として──

そう。私は彼を、人として、好きになっていた。

少し先を歩きながら、屋台の灯りに照らされる彼の背中が、あたたかくて、まぶしく見えた。

私はこの気持ちを胸に、またステージに立ちたい。

あの日歌った「ここにいた証」は、ただの過去形じゃない。

今も、そしてこれからも、私はここにいると、歌い続けたい。

──あなたの心に、ちゃんと残せるように。

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