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第10話「人気投票」

Author: 奏拓人
last update Last Updated: 2025-10-29 20:00:00

「ゴホッ、ゴホッ……」

「香織ちゃん、大丈夫?」

「るい……お見舞い、ありがとう」

「親友でしょ。そんなの当たり前だよ」

今、LUMINAは大型フェスに向けたセンター&立ち位置を決める人気投票の真っ最中。

……そんなタイミングで、私はまさかの夏風邪を引いてしまった。

明らかに不利。

推しが出ない現場に来るオタクなんて、ほとんどいないのに。

「ねえ、香織ちゃん、聞いてる?」

「ん? なに?」

「いやだから、奏っちがさ……」

「え、どうしたの? 奏くんが? ゴホゴホッ」

「風邪引いてるのに、大声出しちゃダメ〜!」

「いやさ、奏っち。香織ちゃんいないのに、ライブ毎回来てるんだよ」

「えっ、奏くんが……?」

「こないだ全員握手会もあったんだけど……」

そう――とある握手会の日。

「うわぁ、香織ちゃんいないのに参加って……まさか浮気?」

「ははっ、まさか〜」

(でも……奏っち、目が笑ってなかった)

「人気投票、今香織休んでるだろ? 俺1人が頑張ってもどうにもならないのかもしれないけど……。香織の悲しい顔、もう見たくないんだ」

るいの言葉が、頭の中で繰り返された。

(そんなこと……言ってくれる人、他にいないよ……)

胸の奥が、熱くなる。

嬉しいのか、苦しいのか、自分でもわからなかった。

「……って話なんだけど、香織ちゃん、顔すごい赤いけど大丈夫?」

「な、なんでもないよ。熱ぶり返したかな」

「えっ、じゃあ私、帰ったほうが――」

「…&helli

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  • 推しに救われて、恋になった。   第9話「この気持ちはなんだろう」

    カレー作りが終わり、夜になった。キャンプファイヤーの炎がパチパチと音を立てる中、みんなで輪になってカレーを食べていた。もちろん、俺の隣には――キャンプファイヤーの炎より暑苦しい、いや、情熱的な男・ヒロがいた。「おい、奏」「ん?」ヒロが俺の肩を小突いてくる。「香織ちゃん、さっきからちょっと落ち込んでる感じだったけど……なんかあった?」「え? いや、特には。でも、ちょっと元気ないかもな……」「にしても、このカレーうめぇな」「特に“香織がといだ米”、最高すぎだろ」「いや、俺も米担当だし」「ヒロ、夢を壊すな……」和やかな笑いがこぼれる中、香織は少し離れた場所で、静かにスプーンを動かしていた。「はぁ……」その小さなため息を聞きつけたのは、輪から少し離れた木陰に座っていたあんじゅだった。「香織、どうしたの?」あんじゅが声をかける。リーダーとしての気配りが自然とにじみ出る、穏やかな口調。「……なんでもないよ」香織はスプーンを止め、俯きがちに答える。「また、アイドル辞めようとしてたときみたいに、自分で抱え込んでない?」あんじゅの言葉に、香織はピクリと肩を揺らす。「……」火の粉がふわりと宙に舞う。沈黙が、ほんの少しだけ、場の空気を張りつめさせた。ほのかが怪我をして、奏が救護室に付き添って行った。私も心配で、少し時間を置いてから向かった。ドアの前に立つと、中からかすかに話し声が聞こえた。ほのかの声と――奏の声。「香織ちゃんじゃなくて、私じゃダメですか?」その瞬間、息が止まりそうになった。「それって……推し変してほしいってこと?」「そ、そうじゃなくて。アイドルとファンじゃなく、1人の女の子として……」冗談だよね。そう思いたかった。でも、耳に届く声は真剣だった。「冗談じゃないです! 奏さんって、オタクとしてもすごいけど……1人の人として、素敵だなって思ってます」胸がぎゅっと締めつけられた。ほのかが奏くんを、そんなふうに見ていたなんて――。私たちはアイドル。ファンと恋なんて、許されるはずがない。でも、1人の女の子として見たら、それはきっと自然な感情だ。……それでも。なんで、よりによって奏くんなの。私のファンでいてくれて、どんなときも支えてくれて、あの笑顔で、私の全部を肯定してくれた、あの人を。胸の奥がざわつい

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    生誕祭のあとも、変わらず香織のオタクとして、LUMINAの現場に通い続けていた。今日はショッピングモールでの外部イベント。イベントの最後には、メンバー全員との握手会が行われることになっていた。香織以外のメンバーには、まだ顔を覚えられていない気がして、ちょっと緊張する。最初に現れたのは、黒髪ロングでスタイル抜群、落ち着いた雰囲気のリーダー・黒瀬あんじゅ。まさに“頼れるお姉さん”という言葉がぴったりだ。「こないだの生誕祭はありがとな」と声をかけると、あんじゅは優しく笑った。「香織のためだし、ヒロくんに頼まれちゃったしね。素敵な生誕祭だったよ。……これからも、香織のことよろしくね」「こちらこそ、香織を支えてやってくれ。あと、ヒロもな」「あら、ヒロくんの扱いが軽くない?」と、くすっと笑う彼女にちょっと救われた気がした。続いて現れたのは、小柄で内気な雰囲気の風花ほのか。ステージ上では力強いダンスを見せる、メインダンサーだ。「こんにちは」と声をかけると、彼女はしばらく黙っていた。戸惑っていると、小さな声で「奏さん……」とつぶやく。「僕のこと知ってくれてたんだ、ありがとう」「そ、それは……」と言いかけた瞬間、スタッフが声を飛ばす。「お時間でーす!」「またね」と手を振ると、彼女は「あ……」と何か言いかけたまま、視線を落とした。次に現れたのは、金髪が目を引く元気な美少女・秋庭るい。LUMINAのメインボーカルだ。「あー!奏っちだー!香織からよく聞いてるよ!」「えっ、まじか。どんな話されてるか気になるな……」「それはヒミツ♪」と、いたずらっぽく笑う。「でもね、香織が言ってたよ。『奏くんって頼りになるオタクなんだよ』って。一緒に香織を支えていこうね、奏っち」「頼りになる……か。う

  • 推しに救われて、恋になった。   第6話「過去と希望」

    私は、地下アイドルLUMINAのセンター、白咲香織。昔よく一緒に遊んでいた男の子に、男の子だと勘違いされたのが悔しくて──それがきっかけで、小中学生の頃はモデルをしていた。でも、成長するにつれて需要は減り、仕事も激減。ちょうどその頃、両親が離婚して、私と妹・弟の3人は母に引き取られた。そんなある日、当時所属していたモデル事務所の社長が言った。「知り合いが地下アイドルの事務所を始めるんだけど、やってみないか? 興味があったら連絡してほしい」迷いはあったけれど、新しいことを始めたい気持ちが勝った。アイドルなんて自分にできるのか、わからなかったけど……勇気を出して電話をかけた。初めて事務所に足を運んだ日、社長の隣には一人の女の子がいた。「この子は黒瀬あんじゅ。香織ちゃんと同い年で、グループのリーダーをやってもらおうと思ってる」「香織ちゃん、よろしくね。黒瀬あんじゅです!」──これが、あんじゅとの出会いだった。そのあと、秋庭るい、風花ほのか、南雲つむぎが加入。最初は、観客が数人しかいないような、底辺地下アイドルだった。それでも、がむしゃらにレッスンして、必死で歌って、笑って、時には泣いた。気づけば、仲間と過ごす日々が宝物のようになっていた。そんなある日、ライブ後の特典会で、彼に出会った。「こんにちは。今日はありがとう……初めましてですね、僕は奏です」(あのとき、ずっと私を見てくれてた子……奏くん、なんだか懐かしい雰囲気を持ってる)「こんにちは! 来てくれてありがとう、奏くん!」「香織さんの歌、すごく良かったです。今日、友達に誘われて来たんですが……一目惚れしました」(えっ……そんなこと、初めて言われた……)「嬉しいなあ。そんなふうに言ってもらえると、すごく励みになるよ!」「これからも応援します。無理しないでくださいね」(やさしい……また来てくれたら嬉しいな)「ありがとう、奏くん。あなたの応援が何よりの力になるよ。次のライブも、待ってるね」──そして次のライブにも、彼は来てくれた。「こんにちは、香織さん! また来ちゃいました。あの日のパフォーマンスが忘れられなくて……。それに、“待ってるね”って言ってくれたのが、すごく嬉しくて」(パフォーマンスを褒めてくれて嬉しい。私は努力を見てもらえたんだ……)彼は、ライブのたび

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