Home / 恋愛 / 推し変には、ご注意を。 / 3. 懐かしい世界。

Share

3. 懐かしい世界。

last update Last Updated: 2025-12-27 22:05:07

夢のような時間はあっという間に終わり、今度は幻のひとときがやって来た。

そう、1万人の中からたった10人しか選ばれない幻の交流券を使う時が来たのだ。

私はLOVEのメンバーの中からもちろん透くんを選び、透くんと個室でテーブル越しにお話をしていた。

交流時間はなんと5分もある為、テーブル上には飲み物やお菓子まで用意されており、椅子まである。

立ちっぱなしにならないようにとの、運営からの配慮なのだろう。

素晴らしい運営だ。

「透くん、今日もかっこよかった!ダンスまた上手くなったよね?あのステップのところとか、圧巻だったよ!」

透くんに手を握られたまま、とにかく熱くライブの感想を述べる。

私の言葉を聞くたびに、透くんは照れくさそうに笑ったり、嬉しそうにはにかんだりしていた。

「…ねねさんのおかげだよ。ライブ配信も、地方のイベントも、握手会も、ここ1ヶ月なんでも来てくれて、ずっと背中押してくれて。感謝してもしきれないよ」

キラキラとした眼差しで私を見つめる透くんに、ズキューン!と心臓が撃ち抜かれる。

まさに、沼である。

一度ハマったらもう戻れない。

やはり、透くんは素晴らしい存在だ。

「私、これからも透くんを推すよ!私の一番星は透くんだから!」

私はそう言って、笑顔で透くんの手を握り返した。

*****

次の交流は、romanceのメンバーの誰かとだ。

もちろん私はromanceの中から、昔の推しである翡翠を選び、彼のいる個室の前へと移動していた。

この扉の先に、翡翠がいる。

透くんがいた個室と同じような扉を前に、しみじみとそう思う。

4ヶ月前は、お金と時間が許す限り、何度も何度も翡翠に会いに行った。

ライブにも、握手会にも、イベントにも。

その全てが今は透くんだ。

そんなことを考えていると、スタッフの方が私の電子チケットを改めて確認し、「どうぞ。時間は5分です」と丁寧に告げて、個室の扉を開けた。

すると扉の先には、透くんと同じようにテーブルの奥の椅子に腰掛けている翡翠がいた。

栗色のまっすぐな髪に、蛍光灯の光が当たり、天使の輪ができている。

キラキラと輝くそこから覗く顔は相変わらず端正で、日本中全ての人が「かっこいい」と騒ぐ理由も頷けた。

長い手足に、小さな顔。骨格まで完璧とは、さすが今をときめく翡翠である。

翡翠は私の存在に気づくと、ふっと表情を緩ませ、席から立った。

「いらっしゃい。ここ、座って?」

テーブルの向こうから、翡翠が優しく私に席を指し示す。

目を合わせ、存在を認知してもらう。

ほんの4ヶ月前なら、よく握手会であった出来事だ。

なんと懐かしい感覚なのだろう。

私は個室へと入り、翡翠の元まで移動すると、促されるまま、その椅子へと座った。

「久しぶりだね、ねねさん」

「え…!私のこと覚えてくれてるの?」

「もちろん」

テーブルを挟んで向こう側で、翡翠が甘く微笑む。

翡翠のまさかの言葉に、私は嬉しい気持ちでいっぱいになった。

翡翠にはたくさんのファンがいて、私はそのうちの1人に過ぎない。

それでもたった1人のファンを覚えているだなんて、さすが翡翠だ。

「ライブ、疲れたよね?俺も疲れたし、一緒に飲もっか」

翡翠はそう言うと、紙コップを私に渡してくれた。

コップの中には、暖かそうなコーヒーが入っており、白い湯気が立っている。

「ありがとう」と翡翠からそれを受け取ると、私はそれに口をつけた。

ほろ苦いコーヒーが、じんわりと私を温める。

翡翠も飲む高いコーヒーだからか、普段飲むコーヒーと味もどこか違う感じがする。

何が違うのか、はっきりとはわからないが。

初めて味わうコーヒーの味を楽しんでいると、同じくコーヒーを口にしていた翡翠が私の前にお菓子の入ったかごを置いた。

「お菓子もあるよ、よかったら食べてね」

「う、うん…!」

微笑む翡翠に、思わず4ヶ月前のように破顔する。

こうして、ファンなら誰もが夢見る、幻の5分間が幕を開けたのだった。

*****

そこから私は、たくさん、たくさん、翡翠への愛を伝えた。

翡翠の大きくてしっかりとした暖かい手に両手を包まれて、夢心地になりながら話を続ける。

「今日のライブ、本当によかったよ!私ね、実はデビュー前から翡翠のファンだったの!サバ番の時からずっと好きだったの!」

「…うん、ありがとう」

私の言葉に、翡翠が穏やかに頷く。

「私の目に狂いはなかった!翡翠なら絶対にみんなの一番星になれるって思ってたから!デビュー前から翡翠を推せたこと、本当に嬉しい…!」

脳裏に翡翠を見てきた、約2年間が鮮明に浮かぶ。

サバ番で、周りの実力者たちに揉まれながら努力を重ねた、翡翠。

デビュー前、最後に行われた握手会で初めて会った、翡翠。

見事デビューを勝ち取り、初めてした、お披露目ライブでの、翡翠。

地上波ではにかむ、翡翠。

雑誌の表紙を飾る、翡翠。

そして、誰もが知る、星になった、翡翠。

全部、私の中での大切な思い出だ。

「これからも陰ながら応援してるよ、翡翠」

私は確かに目の前に翡翠に、笑顔でエールを送った。

そんな私に、翡翠はふわりと笑った。

「…ありがとう、ねねさん。ねねさんは今でも俺が好き?」

「もちろん!」

「一番?」

「…え、あ、う、うん!」

翡翠の問いかけに、一瞬言葉を詰まらせる。

私の一番は今は透くんだ。

だが、それを昔の推しに直接伝えるのは違うだろう。

翡翠にはたくさんのファンがいるけれど、それでも「アナタが一番だ」と誰からも言われたいはずだ。

ましてや、ファンだったと名乗る者が、「今は違います」と言うなんて、あまりいい気分ではないだろう。

私は誤魔化すように硬く笑うと、つい翡翠から視線を下へと落とした。

「好き〝だった〟。ファン〝だった〟。ぜーんぶ、過去形。ねねさんにとって、俺はもうねねさんの一番星じゃないんでしょ?」

「…え」

聞こえてきた翡翠の声音があまりにも低く、私は思わず目を見開く。

約2年半も翡翠を見てきたが、こんな声、聞いたことがない。

驚いて視線をあげると、そこには変わらず私に甘く微笑む翡翠がいた。

…が、その瞳は何故か、曇っていた。

まるでこれから雨が降る、どんよりとした雲のように。

翡翠のわずかな変化に、私の中で警告音が鳴る。

何故なのかはわからない。

「い、一番星だよ。本当に。私は翡翠を応援していて…」

「嘘つき」

慌てて嘘をついた私に、翡翠は笑顔のまま、冷たく言い放った。

「表情が、目が、違うんだよね。前はちゃんとそこに大好き、て書いてあったのに」

責めるような翡翠の言葉に、心拍数が上がっていく。

このままではダメだと、本能的に思う。

翡翠はわかっていたのだ。

私がもう、翡翠を推していないことを。

それなのに、あんなにも簡単に嘘をついてしまったから。

それで怒っているのだ。

なんて、ことを。

どうにか、しないと。

打開策を考えようとすればするほど、思考が上手く巡らない。

かんがえない、と。

頭がまるで霞がかったように、ぼんやりとする。

「俺をもう一度、一番星だと心から言えるように頑張ろうね、天音さん」

微笑む翡翠が視界いっぱいに、広がる。

な、なんで、私の名前を…。

意識を保てない。

限界だ。

そこで私は意識を手放した。

「おやすみ、天音さん」

 

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 推し変には、ご注意を。   6. 壊れた世界。

    あのゲリラライブを境に、ねねさんは変わってしまった。〝ねね〟のアカウントは動かなくなり、毎日のライブ配信にも来なくなった。ゲリラライブ後にあった、握手会にも当然現れなかった。どうして、どうして。動かない、現れない、ねねさんに不安が募り、気が狂いそうになる。ねねさんのことばかり頭に浮かんで、何も手につかなくなる。眠れなくなった。そのせいで、不調も続いた。今が大事な時期だというのに。それでも、ねねさんを見ることは辞められなかった。〝ねね〟のアカウントを見て、今日も動きがない、と肩を落として、今度は〝天音〟のアカウントを見る。〝天音〟では、ねねさんは普通の日常を送っていて、ますます何故、〝ねね〟を動かさないのかわからなくなった。そんな日々が続いた、ある日のこと。俺は今日も楽屋でスマホを触りながら、自分の出番を待っていた。すると、スマホに嬉しい通知が来た。〝ねね〟がコメントしました。と。「…っ!」ねねさんだ!やっと来たねねさんの動きに、心臓が高鳴る。一体、何を言っているのだろうか。今まで〝ねね〟を動かさなかった理由でも並べられているのだろうか。それとも案外いつも通りに、翡翠について楽しそうに言葉を並べているのか。何であれ、ねねさんからの言葉ならなんでもいい。なんでも嬉しい。はやる気持ちを抑えて、通知をタップする。…が、そこに現れた言葉に、俺は言葉を失った。『LOVEの透くん、眩しすぎない?』は?1週間ぶりに出てきた言葉が、これ?自分の目を疑って、慌てて、アカウント名を見る。しかし、間違いなく、ねねさんのアカウントだ。な、何、これ。意味がわからなかったが、習慣のように、ねねさんのプロフィールへと飛ぶと、そこには信じられない文字があった。『透くんは私の一番星。』自分の中の何かが静かに崩れていく。ゆっくり、ゆっくりと、腐敗して、もう元には戻れない。ねねさんの一番星は俺でしょ。仄暗い感情が俺を支配して、どんどん暗闇へと引きずり込んでいく。透って、誰。ねぇ、ねねさん。スマホを見つめたまま、俺はそこから動けなくなった。まるで蔦に囚われたように。*****翌る日も翌る日も、ねねさんはSNSで俺ではない推しの話をする。『透くんのあのまっすぐな瞳。絶対に彼は大物になる!』『今日も透くん、かっこいい!ライ

  • 推し変には、ご注意を。   5.変わる世界。

    デビュー前、最初で最後の握手会が終わり、俺は見事、デビューを勝ち取った。 そこからは毎日が嵐のようで、忙しい日々を送った。 デビューがゴールではない。 デビューはスタートだ。 romanceとしてデビューした俺たちは、トップアイドルになるために、さらなる努力と活動を続けた。 シングルの発売による、たくさんの準備。 MV撮影、ジャケット撮影。 番宣に地上波に出て、雑誌に載って。 romanceのアカウントで、ライブ配信をできるだけ毎日し、個人アカでも配信、投稿をした。 モデルの仕事、CMの仕事、歌、ドラマ、バラエティ。 俺たちはとにかく引っ張りだこで、その中でも群を抜いて、俺にはいろいろなところからオファーがきた。 その合間を縫うように、ファンに会うイベントも行われる。 このファンに会える時間が、俺にとって特別で大切なものだった。 ライブ配信でも、SNSでも、いつもねねさんに会えるけど、直接会えるのは、イベントでだけだ。 やはり、ねねさんとは直接会って話がしたい。 ねねさんはどんな現場でも、必ず俺に会いに来てくれた。 ライブ、地方のイベント、握手会、サイン会。 ラジオの収録に、ゲリライベント。 その中で俺はいつもねねさんを探して、その姿を見つけては嬉しくなっていた。 ねねさんは俺を輝かせる太陽であり、俺の神様だ。 ねねさんさえいれば、どんなに辛くても大変でも、頑張ろうと思える。 輝こうと立ち上がれる。 忙しい毎日に、失われた日常に、有名になればなるほど増えるアンチに、いつだって心が曇らされる。 けれど、神様の言葉一つで、俺はその曇りを晴らせた。 romanceとして、デビューして2年。 romanceはスター街道を駆け上がり、ついには誰もが知る、スーパーアイドルへと成長した。 歌を出せば、必ずバズり、誰しもが口ずさむ。 romanceが使っていた、となると、あれよあれよと売れてしまい、品切れに。 雑誌に登場した日には、その雑誌は入手困難となり、ライブのチケットはとんでもない倍率で、現場に行けれないファンが続出していた。 ねねさんはいつも、俺に言ってくれる。 『翡翠は私の一番星だよ』と。 光り輝き続ける俺を、ねねさんは自分のことのように、喜んでくれていた。 2年経っても、それは変わらなかった。 ねねさ

  • 推し変には、ご注意を。   4.君が世界。

    side翡翠 昔からなんでもできたし、なんでも持っていた。 身長も気がつけば高くなっていたし、スタイルもよかった。 顔も整っており、「かっこいいね」と、当然のように言われて生きてきた。 高3の春。 友達とノリで、アイドルのサバイバル番組に応募してみた。 「翡翠ならアイドルになれるっしょ!」 軽くそう言った友達に背中を押されて、俺は気がつけば、サバ番に参加していた。 俺の人生は、イージーモードだった。 だが、サバ番に参加したことにより、俺の価値観は全て脆く崩れ去った。 俺と同じように顔がいい男が、高身長の男が、骨格が優れている男が、掃いて捨てるほどいる。 彼らは容姿がいいだけではなく、幼少期から夢である芸能人になり、活躍するために努力を重ねており、何もして来なかった一般人の俺とは違った。 ある男は踊りができた。 見せられた踊りを瞬時に覚えるだけではなく、自分なりの解釈を入れ、誰よりも魅せる踊りをしていた。 ある男は歌声が綺麗だった。 一度聴くと忘れられないその声は、天性のものだったが、見えないところで、どう歌えば人を惹きつけるのか、研究と努力を惜しんでいなかった。 ある男は表情管理が、またある男は場を楽しませるトーク力が、またある男は自分の魅せ方をよくわかっていた。 俺が一番ではない世界。 俺が劣っている世界。 初めての世界に戸惑ったが、彼らと切磋琢磨し、磨かれていく時間は、何よりも楽しかった。 そしてそんな頑張っている俺の姿を見て、俺を応援してくれるファンという存在が、俺を嬉しくさせた。 ファンの存在が、俺を強くする。 辛い時、苦しい時に、あともう少しだけ、と踏ん張れる。 そんなファンの声が聞きたくて、気がつけば、俺はSNSでエゴサをすることが習慣になっていた。 SNSには、俺を応援する声で溢れている。 『夢島翡翠くん、かっこよくない?顔面が国宝』 『ダンスも歌も素人とは思えない!』 『骨格優勝!華がある!』 どの言葉も俺に力を与えてくれるものだ。 俺はその中で、あるアカウントを見つけた。 『翡翠は私の一番星』 そうシンプルに書かれたプロフィールの言葉。 そのアカウントは〝ねね〟と言い、毎日のように俺についてコメントをしていた。

  • 推し変には、ご注意を。   3. 懐かしい世界。

    夢のような時間はあっという間に終わり、今度は幻のひとときがやって来た。 そう、1万人の中からたった10人しか選ばれない幻の交流券を使う時が来たのだ。 私はLOVEのメンバーの中からもちろん透くんを選び、透くんと個室でテーブル越しにお話をしていた。 交流時間はなんと5分もある為、テーブル上には飲み物やお菓子まで用意されており、椅子まである。 立ちっぱなしにならないようにとの、運営からの配慮なのだろう。 素晴らしい運営だ。 「透くん、今日もかっこよかった!ダンスまた上手くなったよね?あのステップのところとか、圧巻だったよ!」 透くんに手を握られたまま、とにかく熱くライブの感想を述べる。 私の言葉を聞くたびに、透くんは照れくさそうに笑ったり、嬉しそうにはにかんだりしていた。 「…ねねさんのおかげだよ。ライブ配信も、地方のイベントも、握手会も、ここ1ヶ月なんでも来てくれて、ずっと背中押してくれて。感謝してもしきれないよ」 キラキラとした眼差しで私を見つめる透くんに、ズキューン!と心臓が撃ち抜かれる。 まさに、沼である。 一度ハマったらもう戻れない。 やはり、透くんは素晴らしい存在だ。 「私、これからも透くんを推すよ!私の一番星は透くんだから!」 私はそう言って、笑顔で透くんの手を握り返した。 ***** 次の交流は、romanceのメンバーの誰かとだ。 もちろん私はromanceの中から、昔の推しである翡翠を選び、彼のいる個室の前へと移動していた。 この扉の先に、翡翠がいる。 透くんがいた個室と同じような扉を前に、しみじみとそう思う。 4ヶ月前は、お金と時間が許す限り、何度も何度も翡翠に会いに行った。 ライブにも、握手会にも、イベントにも。 その全てが今は透くんだ。 そんなことを考えていると、スタッフの方が私の電子チケットを改めて確認し、「どうぞ。時間は5分です」と丁寧に告げて、個室の扉を開けた。 すると扉の先には、透くんと同じようにテーブルの奥の椅子に腰掛けている翡翠がいた。 栗色のまっすぐな髪に、蛍光灯の光が当たり、天使の輪ができている。 キラキラと輝くそこから覗く顔は相変わらず端正で、日本中全ての人が「かっこいい」と騒ぐ理由も頷けた。 長い手足に、小さな顔。骨格まで完璧とは、さすが今をときめく翡翠である。

  • 推し変には、ご注意を。   2. 眩しい世界。

    ライブ当日。私は開演30分前には、指定席に着き、ライブ開始を放心状態で待っていた。何故、放心状態なのか。それはとんでもない倍率を勝ち抜いて当日のチケットを取れただけでもすごいのに、いざ会場に来てみればなんとアリーナの最前列だったからだ。ほ、本当にこの席が自分の席なのか、と、ステージの近さにあらゆるものを疑ってしまう。見間違えではないか、表記ミスではないか、そもそも人違いではないか。このライブのチケットは電子チケットだ。当日まで席はわからず、会場の入場口にある端末にチケットを読み込んで、初めてどの席かわかる。もしかしたらここは私の席ではないかもしれない、と再びスマホを開いて、電子チケットを確認したが、そこにはやはり最前列、1-30と表示されていた。か、神が、神が私に微笑んでくれた…。一生分の運をここで使い果たしてしまった。電子チケットの内容を何度も何度も見て、うっとりする。そうしていると、電子チケットに見慣れない文字があることに気がついた。座席番号が表示されている、さらに下。そこには、〝メンバーとの交流券当選〟と書かれていた。「…へ」思わぬ神々しい〝当選〟という二文字に、声が漏れる。信じられない文言に、その文字を凝視するが、何度見てもその文字が変わることはない。ま、幻の交流券に当選してる…。この〝メンバーとの交流券〟とは、ライブ会場に集まっているファン1万人の中からたった10人が選ばれる、名の通りの券なのだ。各グループから好きなメンバーを1人ずつ選び、そのメンバーと握手ができ、少しだけ話せて、チェキまで撮れる。夢のような券なのだ。…が、たった10人しかその資格は得られない為、私ははなから交流券の当落は眼中になかった。当たるなど夢にも思っていなかった。たった1万人だけが得られるライブの席を勝ち取り、さらに最前列を引き当て、幻の交流券にまで当選しているとは。何もかもが上手くいき過ぎている。明日、私は死ぬのかな?身に余るほどの幸福に、私は静かに涙を流した。やはり、世界は薔薇色だ。推しが私の世界を幸せな色に染めてくれる。ああ、早く、透くんに会いたい。*****幸せの絶頂の中、ライブは始まった。会場が暗転し、大きなメインステージと花道とサブステージだけにライトが当てられる。それからメインステージの後ろにある大

  • 推し変には、ご注意を。   1. 薔薇色の世界。

    この世界は薔薇色だ。 だって、こんなにも愛で満ちているのだから。 「ふふ、ふふふ」 日が暮れ、空に星が瞬き出した頃。 私、工藤天音は今日も一人夜ご飯を食べながら、スマホから流れる動画を見ていた。 スマホに映る、美少年。 彼の名前は、透くん。今、私が熱烈に推している、今年19歳のデビューしたてのアイドルだ。 艶やかな黒髪を揺らしながら懸命に踊り、歌う姿は、なんてかっこよくて、素晴らしいのだろうか。 透くんが所属する5人組グループ、LOVEの中でも、透くんは一際目立つ存在だった。 彼がこの世に存在してくれているおかげで、私はずっと生きてこれた。 いや、彼だけではない。 歴代の推したちが、私の世界を愛で薔薇色に染め、私を生かしてきたのだ。 私に推しという概念が生まれた日を、私は正直覚えていない。 記憶にある最古の推しは、低学年の時に推していた、戦隊ヒーローのブルーだった。 そこから私は、様々な推しを作り、熱烈に推してきた。 中学の3年間で推した推しは、10人。 高校の3年間で推した推しは、8人。 大学の4年間で推した推しは、同じく8人だった。 だが、22歳の夏。 世の中でアイドルのデビューを決めるサバイバル番組が流行っている中、私はあるサバイバル番組で、今後2年間も推すことになる推しを見つけた。 過去最高に推し続けた推しの名前は、翡翠。 サバ番放送時は高校3年生だったが、今は20歳の超売れっ子アイドルだ。 サバ番で翡翠は見事デビューを掴み取り、romanceの一人としてデビューした。 そこからスターダムに駆け上がり、今では知らない人はいないほどの存在だ。 栗色のまっすぐな髪に、端正な顔立ち。 高い身長に、長い手足に、小さな顔。 イケメンで、骨格まで優勝しているのに、何もやらせてもそつなくこなすという隙のなさ。 翡翠は私の完璧な一番星だった。 …が、私の一番星は当然だが、世間に見つかり、もうすっかり私の応援などいらない、遠い存在へとなってしまった。 私は高みを目指す誰かに尽くし、応援することが好きだ。 翡翠は最初、ダンスも歌も習ったことのない、芸能事務所にさえ所属していない、かっこいいだけの素人だった。 サバ番で翡翠は、アイドルになりたいプロのアイドルの卵たちの中で、いつも初めて

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status