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4.君が世界。

last update Last Updated: 2025-12-29 20:54:19

side翡翠

昔からなんでもできたし、なんでも持っていた。

身長も気がつけば高くなっていたし、スタイルもよかった。

顔も整っており、「かっこいいね」と、当然のように言われて生きてきた。

高3の春。

友達とノリで、アイドルのサバイバル番組に応募してみた。

「翡翠ならアイドルになれるっしょ!」

軽くそう言った友達に背中を押されて、俺は気がつけば、サバ番に参加していた。

俺の人生は、イージーモードだった。

だが、サバ番に参加したことにより、俺の価値観は全て脆く崩れ去った。

俺と同じように顔がいい男が、高身長の男が、骨格が優れている男が、掃いて捨てるほどいる。

彼らは容姿がいいだけではなく、幼少期から夢である芸能人になり、活躍するために努力を重ねており、何もして来なかった一般人の俺とは違った。

ある男は踊りができた。

見せられた踊りを瞬時に覚えるだけではなく、自分なりの解釈を入れ、誰よりも魅せる踊りをしていた。

ある男は歌声が綺麗だった。

一度聴くと忘れられないその声は、天性のものだったが、見えないところで、どう歌えば人を惹きつけるのか、研究と努力を惜しんでいなかった。

ある男は表情管理が、またある男は場を楽しませるトーク力が、またある男は自分の魅せ方をよくわかっていた。

俺が一番ではない世界。

俺が劣っている世界。

初めての世界に戸惑ったが、彼らと切磋琢磨し、磨かれていく時間は、何よりも楽しかった。

そしてそんな頑張っている俺の姿を見て、俺を応援してくれるファンという存在が、俺を嬉しくさせた。

ファンの存在が、俺を強くする。

辛い時、苦しい時に、あともう少しだけ、と踏ん張れる。

そんなファンの声が聞きたくて、気がつけば、俺はSNSでエゴサをすることが習慣になっていた。

SNSには、俺を応援する声で溢れている。

『夢島翡翠くん、かっこよくない?顔面が国宝』

『ダンスも歌も素人とは思えない!』

『骨格優勝!華がある!』

どの言葉も俺に力を与えてくれるものだ。

俺はその中で、あるアカウントを見つけた。

『翡翠は私の一番星』

そうシンプルに書かれたプロフィールの言葉。

そのアカウントは〝ねね〟と言い、毎日のように俺についてコメントをしていた。

さらに番組放送時はリアルタイムで言葉を流し、たくさんの俺への愛を語っていた。

『ひたむきに努力を重ねる姿が素敵だった。特にあの難しいステップに挑んだ場面は鳥肌もの』

『逃げない翡翠は誰よりもかっこいいけれど、たまには力を抜いて欲しい』

『待って!今の表情は天才すぎない!?ここ!』

〝ねね〟の言葉はどれも暖かい。

時には俺の背中を押し、時には俺を励ましてくれる。

たくさんのアカウントが俺を応援していたが、〝ねね〟の言葉はその中でも、目を引くアカウントのひとつだった。

〝ねね〟だけが特別なわけではない。

〝こはる〟も〝すみ〟も〝るる〟もたくさんのアカウントが俺の心を掴む。

彼女たちの存在が、俺を前へと向かせてくれるのだ。

番組が進むにつれ、脱落者も出始め、それと同時に残ったメンバーの注目度もどんどん上がっていった。

大手事務所所属ではない、ただの一般人だった俺は、番組後半になると、デビュー圏内を目指せるほどの人気を集めていた。

その結果、俺にはファンだけではなく、アンチもついた。

『素人のダンス。何もかも汚い。踊ってほしくない』

『全部同じ表情で感情移入できない』

『性格悪そう』

毎日流れてくる俺への誹謗中傷。

最初の頃はなかったナイフのような鋭い言葉たちに、俺はさすがに意気消沈した。

もう、辞めようかな。

そう思ってしまう時が、何度もあった。

だが、それでも辞めなかったのは、〝ねね〟が居たからだった。

『ダンス、確実に上手くなってる。翡翠には華がある。必ず目で追っちゃう』

『表情は硬い時もあるけど、そこにはちゃんと緊張とか、一生懸命さがある。翡翠なら絶対いつか完璧な表情管理を見せてくれる』

『翡翠はいつも周りを見て、明るく声をかけている。性格が悪いわけがない』

〝ねね〟が毎日、俺を励ます言葉をこの世に投げてくれる。それを見るたびに、俺は胸を高鳴らせた。

誹謗中傷なんて気にならないほどに、俺は〝ねね〟の言葉だけを頼りにした。

〝ねね〟をフォローするために、SNSに俺名義でないアカウントを作った。

そこで知ったのだが、〝ねね〟には鍵がついている日常アカもあった。

翡翠ファンとして、〝ねね〟と仲良くなり、俺は日常アカも見れるようになった。

〝ねね〟も、日常アカである〝天音〟も、毎日俺への愛を言葉にしてくれた。

今にも崩れそうだった俺を、もう一度立たせ、支えてくれたのは、彼女の言葉だった。

ーーー彼女は俺の神様だ。

*****

デビュー前、最初にして最後の握手会が始まった。

ここがファンに自分を直接アピールする、最後の機会になる。

長机がズラリと置かれたそこには、俺以外にも、サバ番参加メンバーが並び立っていた。

「翡翠くん、ずっと応援してました!最後も駆け抜けて!絶対デビューしようね!」

「うん、ありがとう」

頬を赤く染め、明るく笑うファンと握手をしながら、30秒目を合わせて話す。

こんな機会は初めてで、俺はずっと緊張していた。

ここで何か粗相を起こしてはいけない。

下手したら、デビューに響く。

ファンを1人でも笑顔に、幸せにして、今までの恩を返すのだ。

その心づもりで、愛を振り撒くのだ。

ここには俺の神様も来ているのだから。

緊張しながらも、それでも笑顔を忘れず、ファンと交流すること、1時間。

俺の前に、次は20代前半くらいの綺麗な女の子が現れた。

胸の下まである、ふわふわの黒髪。

センター分けの前髪から見える、綺麗な顔。

白のタートルネックにミニスカ姿は、俺が以前、サバ番内で言った俺の好きな女の子の格好だった。

「翡翠、やっと会えた」

俺の姿を見て、女の子が柔らかく破顔する。

その丸い瞳には、他の女の子と同様に、俺が好きだという気持ちがいっぱい込められていた。

「来てくれて、ありがとう」

机の向こうから差し出された女の子の手を握って、当たり障りのないことを言う。

この子にも、たくさんの幸せと愛をあげなくては。

そう思って、女の子の瞳を覗くと、女の子は優しく笑った。

「緊張してる?大丈夫、翡翠は翡翠らしくいればいいんだよ。みんな、翡翠が大好きでここにいるんだから」

「…っ」

女の子の言葉に、思わず目を見開く。

表に一切出していない俺の内情を、どうして彼女は気付いたのか。

彼女の言葉はどこか暖かく、俺の緊張をゆっくりと溶かしていった。

まるで〝ねね〟の言葉のように、心地よい。

目の前にいる彼女は、俺のことがかなり好きなのだろう。

声音、表情、言葉、全てがそれを伝えてくれる。

さらには俺の好みの格好までしてくれているとは。

健気な彼女の愛が嬉しくて、俺の中で、気がつけば、緊張よりも、喜びの感情の方が強くなっていた。

「翡翠。翡翠はね、私の一番星だよ」

彼女が頬を赤く染め、まっすぐ俺を見て、そう言う。

その言葉に、俺の中の何かがストンッと落ちた。

彼女は〝ねね〟だ。

俺の神様だ。

「…ありがとう。これからも応援よろしくね」

「もちろん!」

彼女の手を握る手に、ぎゅう、と自然と力がこもる。

そんな俺に〝ねね〟は明るく笑った。

ねね。

俺を輝かせてくれる、太陽。

必ず、俺はデビューするよ。

そして、ずっと君の一番星でいるからね。

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  • 推し変には、ご注意を。   2. 眩しい世界。

    ライブ当日。私は開演30分前には、指定席に着き、ライブ開始を放心状態で待っていた。何故、放心状態なのか。それはとんでもない倍率を勝ち抜いて当日のチケットを取れただけでもすごいのに、いざ会場に来てみればなんとアリーナの最前列だったからだ。ほ、本当にこの席が自分の席なのか、と、ステージの近さにあらゆるものを疑ってしまう。見間違えではないか、表記ミスではないか、そもそも人違いではないか。このライブのチケットは電子チケットだ。当日まで席はわからず、会場の入場口にある端末にチケットを読み込んで、初めてどの席かわかる。もしかしたらここは私の席ではないかもしれない、と再びスマホを開いて、電子チケットを確認したが、そこにはやはり最前列、1-30と表示されていた。か、神が、神が私に微笑んでくれた…。一生分の運をここで使い果たしてしまった。電子チケットの内容を何度も何度も見て、うっとりする。そうしていると、電子チケットに見慣れない文字があることに気がついた。座席番号が表示されている、さらに下。そこには、〝メンバーとの交流券当選〟と書かれていた。「…へ」思わぬ神々しい〝当選〟という二文字に、声が漏れる。信じられない文言に、その文字を凝視するが、何度見てもその文字が変わることはない。ま、幻の交流券に当選してる…。この〝メンバーとの交流券〟とは、ライブ会場に集まっているファン1万人の中からたった10人が選ばれる、名の通りの券なのだ。各グループから好きなメンバーを1人ずつ選び、そのメンバーと握手ができ、少しだけ話せて、チェキまで撮れる。夢のような券なのだ。…が、たった10人しかその資格は得られない為、私ははなから交流券の当落は眼中になかった。当たるなど夢にも思っていなかった。たった1万人だけが得られるライブの席を勝ち取り、さらに最前列を引き当て、幻の交流券にまで当選しているとは。何もかもが上手くいき過ぎている。明日、私は死ぬのかな?身に余るほどの幸福に、私は静かに涙を流した。やはり、世界は薔薇色だ。推しが私の世界を幸せな色に染めてくれる。ああ、早く、透くんに会いたい。*****幸せの絶頂の中、ライブは始まった。会場が暗転し、大きなメインステージと花道とサブステージだけにライトが当てられる。それからメインステージの後ろにある大

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