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第5話:わんこ系後輩の告白(練習)

ผู้เขียน: 花柳響
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-10-23 16:02:53

 あの夜。私の左右から放たれた「家まで送る」と「送っていく」という二つの宣戦布告。

 天王寺先輩と氷室くんは、私という存在を媒介にして、静かに、しかし激しく火花を散らしていた。恋の主導権を懸けた、男たちのプライドのぶつかり合い。そのあまりの尊さに、私の脳は沸騰寸前だった。

 しかし、同時に、私は自分の立場を痛いほど理解していた。私はキューピッド。二人の恋の舞台装置。決して、物語の中心にいてはならない存在だ。

「あ、あの、お気持ちは大変嬉しいのですが、お二人で、どうぞ!今後の作戦会議でもしながら!私は、一人で帰れますので!」

 そう叫ぶのが精一杯だった。二人が何かを言う前に、私はくるりと踵を返し、人生で一番の速さでその場から逃げ出した。背後で、天王寺先輩の「え、月詠さん!?」という焦った声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕などなかった。

 だって、これ以上あの神聖な空間にいたら、私はその尊さに耐えきれず、浄化されて消滅してしまうから。

 そんな事件から数日後。私の日常は、いつも通り、退屈な講義と、脳内のBL妄想、そして、時給のために働くアルバイトで構成されていた。

 私のバイト先は、大学から少し歩いたところにある、お洒落なカフェ『Caffe Felice』。木の温もりを感じる落ち着いた内装と、こだわりの自家焙煎コーヒーが自慢の、学生にも人気の店だ。

 私がここで働いている理由はただ一つ。イケメンの店長を、心置きなく観察できるからである。

 もちろん、私が彼に恋愛感情を抱いているわけではない。あくまで、創作意欲を掻き立てるための「素材」として、だ。長身で、優しくて、少し気だるげな雰囲気が、私の作る物語のキャラクターにぴったりなのだ。

「栞先輩、お疲れ様です!この後、シフト入ってるんですよね?」

 私がバックヤードでエプロンの紐を結んでいると、背後から太陽みたいに明るい声がかけられた。振り返ると、そこには、ふわふわの栗色の髪を揺らしながら、人懐っこい大きな垂れ目をきらきらさせた男の子が立っていた。

 七瀬ななせ 陽翔はるとくん。

 二週間ほど前に入ってきた、一つ年下の新人バイトだ。小動物を思わせる愛らしいルックスと、誰にでもすぐに懐く性格から、すっかり店のマスコット的存在になっている。

「陽翔くん、お疲れ様。うん、私はこれから閉店まで」

「やった!じゃあ、また色々教えてくださいね!」

 ぶんぶんと尻尾を振る幻覚が見えそうなほどの笑顔に、私の心も自然と和む。彼は、私が今まで出会ったことのないタイプの人種だった。天王寺先輩のような眩しい光でもなく、氷室くんのような静かな影でもない。ただひたすらに、人懐っこくて、素直で、可愛い。弟がいたら、きっとこんな感じなのだろう。

 彼は、初日からなぜか私に一番懐いてくれた。私が他のバイト仲間のようにキラキラしておらず、話しかけやすいオーラでも出ていたのかもしれない。

「任せて。でも、陽翔くんはもう仕事覚えるの早いから、私が教えることなんてないよ」

「そんなことないです!俺、栞先輩の丁寧な仕事ぶり、めっちゃ尊敬してるんで!」

 屈託なくそんなことを言われて、私は思わずどきりとしてしまう。いかんいかん。彼は、誰にでもこういうことが言えてしまう、天性の人たらしなのだ。勘違いしてはならない。

 その日のシフトも、陽翔くんは私の後ろをカルガモの雛のようについて回り、「先輩、そのドリップの淹れ方、どうやるんですか?」「先輩、今の接客、完璧でした!」と、いちいち目を輝かせて報告してくる。その度に、私の心臓は少しだけむず痒いような気持ちになった。

 閉店作業も終わり、そろそろ上がろうかという時だった。バックヤードで二人きりになったタイミングで、陽翔くんが、何かを決意したような真剣な顔で私に向き直った。

「あの、栞先輩」

「ん?どうしたの?」

 いつもとは違う、少し緊張したような声色。私は不思議に思い、小首を傾げる。すると、彼は一度、ぎゅっと唇を結び、そして、私の目をまっすぐに見て、はっきりとした声で言ったのだ。

「俺、好きです!栞先輩のことが、好きです!」

 ……好き。

 ……すき?

 ……Suki.

 私の脳内で、そのシンプルな日本語が、あらゆる言語に翻訳されては、意味を結ぶことなく霧のように消えていく。私の貧弱な思考回路は、その言葉が持つ熱量に耐えきれず、完全に機能を停止させた。

 バックヤードの静寂。聞こえるのは、古い換気扇が回るかすかな音と、私の心臓が、ありえない速度で脈打つ音だけ。

 目の前の陽翔くんは、その大きな垂れ目を不安げに揺らしながら、私の返事を待っている。その潤んだ瞳は、まるで雨に濡れた子犬のようだ。

 違う。これは、何かの間違いだ。

 だって、この私が、誰かに好かれるなんて。ましてや、こんなに可愛らしい年下の男の子に。ありえない。天動説が覆るくらい、ありえない。

 では、この状況は一体、何?

 私の脳は、必死に答えを探し始める。エラー、エラー、システムエラー。理解不能な事象を、私は、私の唯一信じる法則――BLという名の宇宙の真理――に当てはめて、再計算を試みた。

 七瀬陽翔くんは、恋をしている。それは、間違いない。彼の瞳は、本気だ。

 だが、その相手は、私ではない。

 では、誰?

 このバイト先で、彼が憧れの眼差しを向けている人物。優しくて、包容力があって、少し影のある、長身の……。

 ―――店長!

 ピシャーン!

 再び、私の脳内に啓示の雷が落ちた。

 そうか!そういうことだったのか!なんだ、なんだ、簡単なことじゃないか!

 陽翔くんは、うちのイケメン店長に、密かな恋心を抱いていたのだ!

 しかし、相手は男で、しかもバイト先の店長。告白するにも勇気がいる。だから、一番話しやすい私を相手に、告白の練習をしようとしていたんだ!

「……っ!」

 全ての辻褄が合った瞬間、私の全身を、天王寺先輩と氷室くんの時とはまた違う、熱い使命感が駆け巡った。

 なんて健気なの、陽翔くん……!わかるわ、その気持ち、痛いほどわかる!推しカプが幸せになるためなら、私はなんだってする!

 気づけば私は、陽翔くんの両肩を、がっしと掴んでいた。

「……任せて!!!」

「へっ!?」

 突然、大声を出した私に、陽翔くんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「陽翔くんのその純粋な恋、この私、月詠栞が、全力でサポートさせていただきます!」

「え、あ、あの、先輩……?」

「大丈夫!店長は、きっと陽翔くんの一途な想いを受け止めてくれるはず!そのためにも、まずは告白の練習よ!今のままじゃ、ダメ!」

「だ、ダメなんですか!?」

 私が真剣な顔で言い放つと、彼はショックを受けたように目を見開いた。そうだよ、ダメなんだよ。愛の告白は、神聖な儀式。もっと魂を込める必要がある。

「いい?陽翔くん。今の告白は、点数で言えば35点。気持ちはわかるけど、これじゃ店長の心には響かないわ」

「さ、35点……」

 がっくりと肩を落とす彼に、私は熱血指導教官のように、ビシッと人差し指を突きつけた。

「もっと気持ちを込めて!相手の目を見て!君が、どれだけ店長のことを想っているのか、その熱いパトスをぶつけるのよ!」

「ぱ、パトス……」

「さあ、もう一回!私が店長だと思って、やってみなさい!」

 私は腕を組み、仁王立ちで彼を見下ろす。陽翔くんは、混乱したまま、それでも何かを必死に理解しようとしているようだった。やがて、彼はこくりと頷くと、一度、ぎゅっと目を瞑り、すぅ、と息を吸い込んだ。

 そして、ゆっくりと開かれた彼の瞳は、さっきよりもずっと真剣な熱を帯びて、真っ直ぐに私を捉えていた。その瞳には、切実な何かが確かに宿っている。

「……好きです」

 静かな、しかし、心の底から絞り出したような、震える声。

 その一言を聞いた瞬間、私は、ぶわっと鳥肌が立つのを感じた。

 ―――今の、いい……!

 切なくて、必死で、相手にすがりつくような、年下わんこ系キャラの魅力が、最大限に引き出されている!これなら、どんな朴念仁の店長だって、心揺さぶられるに違いない!

 私は感動のあまり、親指をぐっと立てて見せた。

「うん、今の最高!120点!」

 私の満点の評価に、陽翔くんは一瞬ぽかんとした後、ぱあっと顔を輝かせた。その笑顔は、褒められた子犬そのもので、あまりの可愛さに私の心臓がまたしてもきゅんと鳴る。

「ほ、本当ですか!?」

「本当よ!今の告白には、君の切実な想いが、魂が、確かに込められていたわ!その調子よ、陽翔くん!」

 私が興奮気味に彼の背中をバンバンと叩くと、彼は嬉しそうに、しかしどこか困ったようにへらりと笑った。

「あはは……。じゃあ、今の、先輩にはちゃんと伝わりましたか?」

「もちろん!私の心に、ビンビンに響いたわ!だから、自信を持って!店長は、きっと陽翔くんの気持ちに応えてくれる!」

「……店長?」

 きょとん、と。陽翔くんの頭の上に、大きなクエスチョンマークが浮かぶのが見えた。

 しまった。私は彼の繊細な乙女心(?)を、あまりにも無遠慮に暴いてしまっただろうか。いや、でも、ここまで来たら、もう隠す必要はない。私たちは、同じ恋を応援する、固い絆で結ばれた同志なのだから。

「大丈夫。陽翔くんの恋、私がキューピッドになって、必ず成就させてみせるからね!」

 そう言って、彼の肩にぽんと手を置く。陽翔くんは、数秒間、何かを必死に考えているような顔をしていたが、やがて、全てを諦めたかのようにふにゃりと笑った。

「……よくわかんないですけど、栞先輩が応援してくれるなら、俺、頑張ります」

 その言葉に、私は満足げに頷いた。そうだ、それでこそ男だ。

 こうして、私のキューピッドとしての任務リストに、「天王寺輝×氷室奏」に加えて、「七瀬陽翔×イケメン店長」という、新たなカップリングが追加されたのだった。

 すっかり恋愛プロデューサー気取りで上機嫌になった私は、陽翔くんを見送った後、一人で鼻歌交じりに後片付けをしていた。モップをかけ、カウンターを拭き、レジを締める。いつもの退屈な作業も、推しカプが増えたというだけで、なんだか輝いて見えた。

 全ての作業を終え、バックヤードに戻ろうとした、その時だった。

 カラン、と。

 静まり返った店内に、来客を告げるドアベルの音が、やけに大きく響き渡った。

「申し訳ありません、もう閉店で……」

 言いながら、私は反射的にドアの方へ振り返る。そして、そこに立っていた人物を見て、息を呑んだ。

 柔らかなオレンジ色の照明に照らされて、キラキラと光を反射する、明るい茶色の髪。

 こんな時間でも、全くよれていないハイブランドのシャツ。

 そして、目が合った瞬間に、優しく弧を描いた、完璧な笑顔。

「……て、天王寺先輩……?」

 なぜ。どうして、彼がここに?

 しかも、一人で。彼の隣にあるべき、涼やかな影の姿はどこにもなかった。

 私の脳が、再び混乱の渦に叩き込まれる。彼が、一人で、私のバイト先に。一体、何のために?

 私のそんな戸惑いを見透かしたように、天王寺先輩は、ゆっくりとした足取りで、カウンターまで歩いてきた。そして、私から目を逸らさないまま、楽しそうに、こう言ったのだ。

「やっぱり、まだいた。月詠さん、いるかなって思って」

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