LOGIN高度一万メートルを越えた空で突如として乱気流に巻き込まれ、機長・高橋隆司(たかはし りゅうじ)は危うい状況のさなか、パートナーである白石美月(しらいし みつき)へと告白した。 二人が互いの想いを打ち明け合う一方で、隆司の妻・萩原凛(はぎわら りん)が同じ機内にいることには、誰ひとり気づいていなかった。 愛情のこもった隆司の声は、凛の耳に鋭く突き刺さる。 「結婚しよう、美月」 ちょうどそのとき、凛の前に座っていた息子・高橋翔太(たかはし しょうた)も、露骨な嫌悪を滲ませながら口を開いた。 「あんなママなんて大嫌い!美月さんにママになってほしい」 凛の心は深い絶望に沈み、悲しみは絶え間なく流れ続けた。飛行機が無事に着陸すると、彼女は震える指でアシスタントに電話をかける。 「仮死薬の被験者になるわ。夫も息子も、もういらない」 そして凛は、結婚記念日に死ぬことを静かに決めた。 すべての準備を終えたあと、凛は淡々と仮死薬を服用した。 次に目を覚ますときには、新しい人生が始まっているはず。 その後、隆司に届いた妻の死の知らせは、彼を狂乱の涙に沈ませた。
View More飛行機を降りた途端、裕子が外で待ち構えていた。翔太の姿を見つけるや否や、「可哀想に、うちのかわいい孫が大変な目に遭ったね」と途切れなく言葉をかける。裕子は凛のことを好いてはいなかったが、唯一の孫だけは惜しみなく可愛がっていた。彼女は運転手に隆司を支えさせて車へ乗せ、自分は翔太の手を引いて歩き出した。凛へちらりと目を向けたものの、見ないふりをして背を向ける。もちろん、その仕草を凛も見逃してはいなかった。そして何より意外だったのは、美月の姿がそこにあったことだ。彼女はやつれ果て、髪は乱れ、かつての華やかさは影も形もなかった。美月は車の前に駆け寄り、「止まって!」と大声で叫ぶ。車から降りた裕子は、美月の変わり果てた姿に言葉を失った。美月は我を忘れ、隆司へとすがりつく。「隆司、お願い、助けて。私を連れて行ってくれない?あなたが帰ってくるのを待ってたの。お願いよ」隆司は彼女に何が起こったのか見当もつかなかったが、それでもきっぱりと断った。その直後、美月の背後から数人の男が現れ、彼女を強引に引き離して連れ去っていった。凛がその一部始終を見ていると、優也がそっと耳元で囁く。「調べさせたんだ。美月は帰国後、ある富豪に囲われていたらしい。その奥さんにバレて、彼女を懲らしめた後に関係を断ち切らせたそうだ。あいつはもう生活もままならなくて、だから今日、高橋隆司の同情を引きに来たんだろう」凛は心の底で小さく驚き、優也の手を握った。「どうして前もってあいつのことなんて調べてたの?」優也は苦笑し、凛をそっと抱き寄せ、長い髪を撫でながら答えた。「帰国するって分かってたからね。国内に残ってる火種は全部把握しておかないと。僕の妻が、まだこんなことで悩まされるなんてごめんだから」凛の胸にふわりと温かさが広がり、そっと彼の肩に頭を預けた。優也は凛の手を引き、出口へ向かう。すでに優也の両親が待ち構えており、期待に満ちた笑顔で二人を迎えた。「あらまあ、凛ちゃん。いつ帰ってくるのかって毎日お父さんと話してたのよ。やっと会えたわね」凛はにっこりと歩み寄り、由香里の腕をとった。その姿は、まるで昔から家族だったかのように親しげで自然だった。「お義母さん、しばらくこっちにいることになりそうなんです。迷惑がらない
美月は仕方なく、一番近い便の飛行機で帰国した。帰国すれば騒動は収まっていると思っていたが、彼女の「伝説」は未だ語り継がれているとは思いもしなかった。全身をすっぽり覆い隠したのは、惨めな姿を誰にも見られたくなかったからだ。その異様な格好に、人々は皆、距離を置いていく。目的地に着くと、美月はまず不動産屋へ向かい、立地の良い物件を選んだ。しかし、カードで支払おうとすると残高不足だと判明した。隆司が彼女に渡したこのカードには、家を一軒買える程度の金額しか入っていなかったのだ。美月は怒りに震え、隆司に電話をかけようとしたものの、すでに番号は繋がらなくなっていた。その時、不動産屋には美月だけでなく、太鼓腹の金持ち風の男も物件を選んでいた。男は美月の焦りに気づき、その全身を覆う布の下に隠されたしなやかな体つきにも目を留めた。男は長く夜の世界に身を置いていたため、美月の置かれた状況を直感的に察した。男はそっと近づき、足りない金額をすべて補ってやった。美月はまだ小声で隆司を罵っており、隣に誰かが立っていることに気づいていなかった。やがて男の行動を理解すると、美月の胸にはある考えがよぎった。ゆっくりと近づき、男の手の甲へ自分の指を滑らせる。男はじっと彼女を見つめ、二人は寄り添うようにして上の階へと姿を消した。美月は今や仕事もなく、金持ちの庇護のもとで生活を維持するしかなかった。相手の素性は謎に包まれていたが、美月も深く知ろうとはしなかった。美月が求めていたのは、ただ心を預けられる存在だけだった。その頃、凛の海外での仕事が一区切りつき、優也と帰国の相談をしていた。急いで出国したため、国内には凛が片付けなければならない用事がいくつも残っていた。一方、隆司の生活は急落し、翔太も次第に口数が少なくなっていた。二人もまた帰国の予定を立て、そして偶然にも、凛たちと同じ便の飛行機に乗ることとなった。凛を見た瞬間、隆司の瞳には再び光が宿ったかのようだった。翔太は真っ先に駆け寄って凛に抱きつき、「ママ」と何度も叫んだ。凛は驚愕から、疑念へ、そして怒りへと表情を変えた。「隆司、私をつけてきたの?」隆司は即座に否定し、慌てて説明した。「俺は治療のために帰国する必要がある。この子も学校の都合で戻らな
凛は口元にかすかな笑みを浮かべた。美月は、自分に釘を刺しているのだ。たとえ凛が隆司と復縁したとしても、美月という影は、永遠に二人の生活に付きまとうのだと。「これ以上、恥をかかないで。そんなことをしても、もっとあなたたちが嫌いになるだけよ」鞄を手に取った凛は、一度も振り返らずに歩き出した。その足取りには迷いの影すらなく、決然とした強さが宿っていた。用事を終えた頃、仕事帰りの優也が迎えに現れた。二人が並んで去っていくまで、隆司も翔太もそのことに気づかずにいた。そこへ美月が現れ、小声で告げた。「凛さんはもう行ったわ。私たちも帰りましょう」翔太は限界を迎え、声をあげて泣き崩れた。隆司も心がかき乱され、不自由な足にじくじくと痛みが走り始めていた。今日一日の出来事が、ひとまとまりになって彼に牙を剥いているかのようだった。凛と優也は結婚式の準備を進め、双方の両親を海外へ招待しようとしていた。まもなく空港で顔を合わせると、優也の父は凛の父を見るや否や、突然大笑いして肩を叩いた。それにつられるように凛の父も笑い出した。目の前の光景に、凛と優也はぽかんと顔を見合わせた。二人が両親のもとへ駆け寄ってようやく事情が判明した。優也の父・月島信彦(つきしま のぶひこ)と、凛の父・萩原陽介(はぎわら ようすけ)は、かつて親友と呼べるほど仲の良い間柄だったのだ。仕事の都合で別々の道を歩むようになり、連絡は取っていたものの顔を合わせる機会はほとんどなくなっていた。それがまさか海外で再会し、しかも家族になるとは思いもしなかったと、二人は心から喜んでいた。優也の母・月島由香里(つきしま ゆかり)も理恵の手を取って親しげに挨拶を交わした。「前から、お宅に素敵な娘さんがいるって聞いてたのよ。もうご縁がないと思っていたけれど、うちのバカ息子が巡り会ってくれたのね」理恵は、優也の家族が凛を歓迎してくれるかどうか心配していたが、由香里の言葉にほっと胸をなでおろした。優也は皆のスーツケースをまとめて受け取り、明るく笑った。「話は家でゆっくりしましょう。さあ、車に乗ってください」由香里は凛をそっと抱き寄せ、車に乗り込んだ。結婚式は屋外で盛大に行われた。緑の芝生は鮮やかな花々と調和し、一面が祝福の色彩に包まれていた。
隆司と翔太は、力なくベッドに腰を下ろしていた。重い沈黙が部屋中に張り詰め、二人の顔には深い落胆が色濃く刻まれている。翔太が可哀想に顔を上げ、弱々しく尋ねた。「パパ……ママは本当に他の人と結婚して、僕たちのこと、もういらないのかな?」隆司は無言のまま拳を固く握りしめ、それから翔太の頭をそっと撫でた。「翔太、心配するな。パパが必ずママを取り戻してくるから」翔太は小さくため息をつき、また隆司の怪我の足へと視線を落とした。隆司はその視線に気づき、何か慰めの言葉を探そうとしたが、その瞬間、慌てて飛び込んできた美月によって遮られた。「隆司さん、私が看病するわ。安心して、翔太くんのことも私に任せて」隆司はわずかに不快感を覚えたが、その感情は翔太の顔にははっきりと表れていた。「僕には自分のママがいるんだ。お節介はやめてよ」美月は言葉に詰まり、廊下を行き交う人々も次々とこちらへ視線を向けた。隆司はこれ以上面倒を起こしたくなく、美月の肩を借りてその場を離れることにした。翔太も仕方なく後を追いながら、手元のスマートウォッチで凛へのメッセージを送り続けていた。画面には送信済みのメッセージがびっしりと並んでいるが、返事は一通もない。三人が隆司の借りているアパートへ戻ると、美月はすぐにあれこれと仕切り始めた。キッチンに入り込み、父子のために何か美味しいものを作ると言い出す。隆司は黙って眉間に皺を寄せた。子供がいる手前、強く拒むこともできない。食事の間、美月は終始場を明るくしようと努めていたが、翔太は黙々とご飯だけを口に運び、隆司がおかずを取り分けても手をつけようとしなかった。美月は二人の冷え切った態度に、どうしていいか分からないというような顔を浮かべた。隆司は箸を置き、美月の顔をこれ以上見るのに耐えられなくなった。それを追うように、翔太も箸を置き、無言のまま自室へ引き返していく。美月は世話という口実で彼らに付いていこうとしたが、隆司に制された。「美月、今日はありがとう。先に帰国してくれ」その一言に、美月は狼狽えた。「隆司さん、私は心からあなたと一緒にいたいの。お願い、追い出さないで」ここで隆司を諦めたら、もう行く場所などなかった。前回のライブ配信で醜聞が広まって以来、美月には隆司しか残さ
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