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思い出のシナモンロール

last update Dernière mise à jour: 2025-11-18 13:35:00

茜色に染まる空には、一番星が輝いている。

今日は祖母の1周忌だった。

翠依は、祖母の葬式以来、はじめて両親と顔を合わせ、食事を共にする予定だった。

しかし、連日のバイトで溜まった疲労のせいか、気づけば眠りこけていた。

約束の時間は、とうに過ぎていた。

(おばあちゃん、ほんとごめん。)

両親は、昔から時間に厳しい人たちだった。

遅刻するなだの、5分前行動をしろだの。

私は兵隊じゃないぞ、と何度思ったかわからない。

両親とは裏腹に、翠依は昔から時間にルーズだった。

そんな翠依を

「まぁいいじゃない」と庇ってくれたのは、亡くなった祖母だけだった。

でも、もう味方はいない。

久々の家族水入らずの時間。

楽しい時間を過ごすはずだったのに、食事どころか説教まで喰らってしまった。

(はぁ……やだなぁ。もう成人したのに怒られるなんて。)

帰り道。

昼間の喧騒が嘘のように眠りについた商店街を一人歩く。

翠依の足取りは重く、心もどこか浮かない。

「おばあちゃん……」

吐き出すように声が漏れた。

両親に怒られた後はいつも祖母が慰めてくれていたことを思い出す。

思わず、立ち止まった。

ふと、路地裏から星明かりのような光が漏れていることに気がついた。

翠依はなんだかそれに興味が湧いて、自然と足がそちらへ向いた。

薄汚れた路地の奥に、見慣れない小さなお店が佇む。

(こんなところ、あったっけ。)

気づけば、自然と扉に手をかけていた。

星の来店を告げるように、ベルが鳴った。

「いらっしゃい」

少し古びたカウンターの奥から、男性が声をかける。

ガタイのいい、少しコワモテな中年の男性。

(なんか、ダンディだな)

ジョージの見た目に、翠依はそう思わずにはいられなかった。

「ここって、何屋さんですか?」

翠依の質問に、譲次は笑って答えた。

「まぁ、パン屋ってことで。うちのパンはちょっと変わってるんだ。食べた人の心を、ほんの少しだけ軽くする。そんな魔法がかかってるのさ。」

「はぁ……?」

「あんたくらいの年頃のやつは、みんな同じ反応をするんだな。」

そういって、譲次は笑い声を上げた。

「俺は店主の星野譲次だ。みんなからジョージと呼ばれている。」

「浜本翠依です。パン屋さんなのにパンが置いてないんですね」

翠依はあたりをキョロキョロと見渡した。

「今から焼くのさ。……あんたの迷い星の声、聞かせてくれるか?」

譲次はそう言って翠依にコーヒーを出した。

一瞬きょとんとしたものの、翠依はすんなりと話し始めた。

「就職先はどうするつもりなんだ。」

「まだ、やりたいことが決まらないの?」

(やりたいこと、かぁ。)

親が決めた高校へ入り、親が望んだ大学へ進学した。

今まで自分で決めてこなかった翠依にとって、「やりたいこと」なんて到底思いつかなかった。

「いっそ、『星にでもなりたい』とか言ってやろうかな」

夜空に輝く星を見てそうつぶやく。

おばあちゃんがまだ生きていたら、なんて言ってくれたんだろうか。

嫌なことがあったら、いつもおばあちゃんの家に行っていた。

苦手だと言っているのに、いつも決まってシナモンロールを用意してくれていた。

「でももうおばあちゃんはいなくて。私の味方はいない……ことはないと思うけど。」

「こう言う話ができる友達もほとんどいないんです。あはは、ちょっと恥ずかしいな」

カップを握る手に力が入る。

「大学2年にもなって、自分のことを決められないなんて……馬鹿ですよね。」

「そんなことねぇと思うぜ」

静かに生地を捏ねていた譲次が口を開いた。

「お前さんはまだ見つけられてこそいねぇが、自分でなんとかしようという意思はある。それができるってのは、すげぇ大事なことなんじゃねぇのか?」

譲次の言葉に、俯いていた翠依はそっと顔をあげた。

譲次は店の奥へと消えていった。

(大事なこと、かぁ)

譲次の言葉を反芻してみても、ピンとくる答えは出なかった。

「わっかんないなぁ」

「今は、わからなくていいさ」

トレー片手に譲次が戻ってきた。

「……!シナモンロール!」

「さすがだな。これはお前さんのための星だ。」

目の前にそれが置かれると、翠依は目を輝かせた。

「食べていいですか」

「どうぞ」

いただきます、と手を合わせシナモンロールを口に運ぶ。

苦手だったシナモンの風味も今となっては大好きな思い出の味。

翠依はなんだか泣きそうになった。

「お前さんの“本当にやりてぇこと“は、きっともうお前さん自身の中にあるんじゃねぇか。」

「それに気づくことができたとき、お前さんはいい大人になってるさ」

「ありがとう、ございます。」

丘を超えた先でふと、立ち止まり空を見上げた。

夜の帷が降りた空には、星々が輝きを放っている。

それがきれいで、思わず声が出た。

(星が、きれいだなんて……初めて思った)

今日のことは一生忘れられないだろう。

翠依は、星明かりの下を静かに歩き出した。

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