تسجيل الدخول――聖帝国暦六四五年十一月上旬。 旧帝国中央政府が送り出した増援艦隊は、ついにルドミラ戦域へ到着した。 二個正規艦隊。 その総数、およそ二千隻。 これにより、ロサリオ国家元帥率いる遠征軍は、一気に兵力の優位を得た。 ……しかし。 肝心のルドミラ艦隊が、姿を消していた。 先の会戦以降、ラヒーム将軍は艦隊を分散させ、第五総管区の複雑な宙域へ潜伏させている。 旧帝国側がどれほど索敵を繰り返しても、その主力を捉えることはできなかった。「このまま奴らと鬼ごっこをしている暇はない」 旗艦ウォンロンの作戦室。 ロサリオは、集まった二人の艦隊司令官へ告げた。「ならば、向こうから出てきてもらう」 通信モニターには、第五艦隊司令官ハインミュラー中将と、第六艦隊司令官ゾルゲ中将の姿がある。「しかし、ロサリオ閣下」 ハインミュラーが慎重に口を開いた。「敵艦隊が健在な状態で、惑星ヒンデンブルクへ地上部隊を降ろすのは危険ではありませんかな」「左様、左様」 ゾルゲも頷いた。「揚陸作戦中の艦隊は、艦隊戦に適した陣形を取れませぬ。そこを敵主力に襲われれば、かなりの損害が予想されます」「まあ、聞け」 ロサリオは、卓上の星域図を拡大した。「旧第六総管区の偽帝を奉じる連中の艦隊が、こちらへ向けて出撃したとの情報がある」「アストレア軍ですか」「そうだ。奴らとラヒーム艦隊が合流すれば、面倒なことになる」 ロサリオは惑星ヒンデンブルクを指差した。「だが、新帝国の援軍が来るまで、ラヒームは決戦に出てこぬだろう。ならば、奴らが出ざるを得ない場所を攻める」「……なるほど」 ゾルゲが小さく笑った。「惑星攻撃は餌でございますな?」「その通りだ」 ロサリオも笑みを返した。「第五、第六艦隊はヒンデンブルクへの攻略作戦を開始せよ。可能な限り派手にな」「そして閣下の艦隊は?」「近傍のアステロイド帯に伏せる」 ロサリオは腕を組んだ。「ラヒームが母星を見捨てられずに出てきたところを、横腹から叩く」「畏まりました」 二人の中将が、揃って頭を下げた。◇◇◇◇◇「全揚陸艦、降下開始!」「了解!」 惑星ヒンデンブルクの衛星軌道から、四十隻の大型強襲揚陸艦が一斉に降下を始めた。 厚い装甲に覆われた巨大な船体が大気圏へ突入し、赤熱しながら雲を突き抜けてい
――聖帝国暦六四五年十月下旬。 星ヒンデンブルクを揺るがした反乱は、終結した。 聖堂周辺に残っていた旧教皇派の武装勢力も次々に武器を置き、首都ニデルではようやく銃声が途絶えていた。 ……が、平穏が戻ったわけではない。 帝国軍は今なおルドミラ領内へ侵攻を続けている。 さらに増援として、二個正規艦隊と十個師団もの惑星地上軍が向かっているとの情報も入っていた。 内乱に勝利したからといって、喜んでいる暇などなかったのである。 旧教皇庁の大会議室には、ルドミラの主要人物たちが集められた。 中央の議長席に座るのは、エロー枢機卿である。「では、始めましょう」 エローが静かに告げた。「旧政権は崩壊しました。しかし、国家そのものまで失ったわけではありません。我らは一刻も早く新たな統治体制を作り、旧帝国軍への防衛を継続せねばなりませぬ」 軍人、聖職者、地方領主、商会の代表者たちが頷いた。「問題は、誰を暫定政府の首班とするかですな」 一人の司教が口を開く。「エロー猊下では?」「いや」 エローは即座に否定した。「私では旧帝国軍を防げません」 その言葉に、室内が静まり返った。「我らだけで独立を維持できるという考えは、もはや捨てるべきです。旧帝国中央政府との国力差はあまりに大きい」「では、どうなさるので?」 エローは用意していた書類を机上へ置いた。「暫定政府の首班には、アストレア聖帝国皇帝ユリウス一世陛下に就任していただきます」 ざわめきが広がった。「外国の皇帝を首班にするというのか?」「それでは事実上の併合ではないか!」「事実上ではありません」 エローは淡々と言った。「併合されるのです」 今度こそ、会議室が沈黙した。「ルドミラ教国という国号は廃止します。我らの全宙域はアストレア聖帝国へ編入され、以後、この地域をルドミラ総管区と称します」「……そこまで話が進んでいたのですか?」「はい」 エローは悪びれなかった。「旧帝国軍に滅ぼされるか、アストレア聖帝国の一員となるか。私は後者を選びました」 一人の地方領主が腕を組んだ。「我らが宗教はどうなる?」「ルドミラ教会は存続します。信仰、典礼、寺院運営については広範な自治が認められます」「軍は?」「帝国軍へ編入されます」「税は?」「当面は現行制度を維持し、段階
――聖帝国暦六四五年十月中旬。 旧帝国軍とルドミラ艦隊の決戦が、双方決定的な勝利を得られぬまま終わった頃。 一隻の小型客船が、アストレア聖帝国領を離れ、ルドミラ首都星ヒンデンブルクへ向かっていた。 船の持ち主はアルテミス社で、船長を務めるのはビッグベアであった。 ただし今回ばかりは海賊船らしい物騒な装備の多くを外し、外見上はごく普通の民間船へ偽装されていた。 本来なら、この船でルドミラへ帰国するのはエロー枢機卿と、その随員だけのはずであった。 エローは以前、教皇サリーム・アル=ハディードの命を受け、アストレア聖帝国との外交交渉のために訪れていた人物である。 その帰国に際し、アストレア側から副宰相と書記官が同行することになった。 もちろん、そんな副宰相も、書記官も、本物ではない。「だから、その襟を触るな」 船内の貴賓室で、書記官の服を着たグレゴールが苛立った声を上げた。「さっきから苦しいんだよ」「副宰相というものは、多少服が苦しくても人前で襟を引っ張ったりせん」「本物の副宰相だって苦しけりゃ引っ張るだろ」 ツーシームは面倒そうに舌打ちした。 アストレア聖帝国宰相であるグレゴールは、今回はエロー付きの書記官へ変装している。 一方、ツーシームには副宰相という偽りの身分が与えられていた。 濃紺の礼服を着せられ、普段は乱雑にしている髪も整えられている。 腰の拳銃も、いつもの安煙草もない。「それと、現地に着いたら余計なことは喋るな」「それ、もう十回くらい聞いたぞ」「十回言っても不安だから言っている」「エローに喋らせとけばいいんだろ?」「そういうことだ。お前は適当に偉そうな顔をして座っていろ」「それなら得意だ」「そこだけは心配していない」 二人の会話を少し離れた席で聞いていたエローは、呆れたように息を吐いた。 今回の帰国について、教皇庁へ伝えてある内容は単純だった。 エロー枢機卿がアストレア聖帝国での外交交渉を終えて帰国する。 その際、アストレア皇帝ユリウスより新たな提案を預かり、副宰相自らが同行する。 サリーム・アル=ハディードは、その提案の具体的な内容をまだ知らされていない。 エローが「極めて重要な条件であるため、教皇猊下へ直接申し上げたい」と伝えたからである。 教皇側からすれば、戦争中のルドミラに対する何ら
――聖帝国暦六四五年十月上旬。 旧帝国軍の増援がルドミラ戦域へ向かっているとの報が届くと、ナシール=イブン=ラヒーム将軍は、それまで続けてきたゲリラ戦を打ち切った。「全艦艇へ通達。各地に散っている部隊を集結させよ」「はっ!」 現在でこそ、ルドミラ軍は旧帝国軍と互角に近い戦力を維持している。 だが、新たに二個正規艦隊が到着すれば、その均衡は崩れる。 さらに十個師団もの惑星地上軍まで加われば、ルドミラ側が戦況を覆すことは極めて困難となるだろう。 ならば。 まだ互角に戦えるうちに、敵主力を叩く。 ラヒームは決戦を選んだ。 そして、それを望んでいたのは旧帝国側も同じであった。 ロサリオ国家元帥もまた、長く続く補給線への襲撃に苛立ち、ルドミラ主力艦隊との正面決戦を求めていたのである。 両軍の邂逅は、そう遠くなかった。◇◇◇◇◇「敵艦隊を確認!」「数、およそ我が方と同程度!」 ルドミラ艦隊の旗艦「セト」の艦橋にて、ラヒームは、正面モニターいっぱいに広がる旧帝国艦隊を睨んだ。「全艦、両翼を広げながら砲列を形成せよ!」「了解!」 ルドミラ艦隊が一斉に展開を始める。 ラヒームは、もともと惑星地上軍出身の将軍である。 だが、宇宙艦隊指揮においても非凡な統率力を示していた。 各分艦隊へ細かな指示を飛ばし、旧帝国側より一足早く戦列を完成させる。「敵はまだ隊形を整え切っておりません!」「よし」 ラヒームは獰猛な獣のように笑った。「のろまな中央の貴族様どもへ、ビームの嵐をお見舞いしてやれ!」「全艦、砲撃開始!」 ルドミラ艦隊の前面が、一斉に光り輝いた。 無数のビームが宇宙空間を横切り、展開途中の旧帝国艦隊へ突き刺さる。 先制攻撃を受けたロサリオ艦隊は、各所で損害を受けつつも、電磁防壁を展開しながら慌ただしく陣形を整えた。「ミサイル艦、前へ!」 ラヒームが続けて命じる。「目標選定は各艦長へ任せる! 撃てるところから撃て!」「はっ!」 ミサイル艦の発射口が次々に開き、誘導弾の群れが宇宙へ放たれた。 本来ならば、長期戦を続けてきたルドミラ軍の弾薬備蓄は、とうに底をついていてもおかしくなかった。 だが、実際には十分な量が残されている。 アストレア聖帝国が、表向きには兵を出さぬまま、秘密裏に弾薬や部品、量子エーテルを送り
ルドミラ教国の外交特使エロー枢機卿と、アストレア聖帝国皇帝ユリウスとの会談は、一対一で行われた。 場所は、旧大公宮殿の奥に設けられた小さな応接室である。 護衛すら扉の外へ下がらせ、記録官も置かれていない。 それだけに、形式的な挨拶が終わると、エロー枢機卿は早々に本題へ踏み込んだ。「さて、陛下。率直に申し上げましょう」「どうぞ」「陛下にとって、我らルドミラ教国と、旧帝国中央政府。いったい、どちらが大切なのでございますか?」 ユリウスは黙って先を促した。「陛下の艦隊は、いつまで待っても我らの救援には参られない。それどころか、旧帝国側へ兵を向ける様子もございませぬ」 エローは少し身を乗り出した。「これは、我らが結んだ和平約定の精神に反するのではありますまいか?」 ユリウスはしばらく黙っていた。 そして、困ったような顔を作った。「もちろん、援軍を送りたいのは山々なのですよ」「では、なぜ?」「我が国の有力貴族たちが、納得しないのです」「貴族たちが?」「ええ」 ユリウスは静かに答える。「ルドミラばかりを助け、我々が一方的に血を流すのは不平等ではないかと申しております」 エローの表情がわずかに強張った。「特に惑星ペルーンの奪回では、多くの帝国臣民が命を落としました」「……」「しかし、逆にルドミラ教国が我々のため、分かりやすい形で軍を動かしてくださったことはございません」 痛いところであった。 事実として、ルドミラ教国は旧第六総管区側から軍事支援を受けたことこそあれ、自ら大軍を送って彼らを救援したことはない。 もちろん、教国にも教国なりの事情があった。 だが、同盟とは本来、双方が助け合うものだと問われれば、エローには強く反論できなかった。「……では」 エローは声を低くした。「陛下は、我らを見殺しになさるおつもりですか?」 その瞬間。 ユリウスの目つきが変わった。 先ほどまでの、困り果てた若い皇帝の顔ではない。 エローは一瞬、その瞳に冷たい光が宿ったように感じた。「そうは申しません」 ユリウスは一枚の書類を取り出した。「ですから、別の提案を用意しました」「別の提案?」「お読みください」 書類を受け取ったエローは、数行目で動きを止めた。 そして、目を大きく見開く。「……な、なんと?」 もう一度、文
――聖帝国暦六四五年九月下旬。 旧帝国軍が、新たに二個正規艦隊と十個師団もの精鋭惑星地上軍を、ルドミラ戦域へ増派する。 その情報が伝わるや、ルドミラ教国の首都星ヒンデンブルクは騒然となった。 ただでさえ旧帝国軍の侵攻を食い止めるため、各地から兵力をかき集めている最中である。 そこへ、さらに大規模な増援が送り込まれるのだ。「なぜじゃ!」 教皇宮の軍議室で、サリーム=アル=ハディード教皇は卓上を叩いた。「なぜ中央政府の奴らは、これほど我らにばかり軍を向けられるのだ!」 向かいに座る腹心、ナシール=イブン=ラヒーム将軍は、難しい表情を浮かべた。「教皇猊下。一つ、気になる情報がございます」「申せ」「中央政府は、新帝国と何らかの取り決めを交わした可能性がございます」「何?」「確証はございませぬ。ですが、ここしばらく、アストレア聖帝国の主力艦隊は首都星グラウゼン周辺からほとんど動いておりません」 ラヒームは星域図を表示した。「中央政府がこれほど大胆に我が国へ兵力を集中できるのも、背後にいる新帝国が動かぬとの確信があるからではないかと」「……くそっ」 ハディード教皇は、椅子の肘掛けを握り締めた。「だから、戦闘艦も兵士も送らず、食料や医薬品ばかり寄越してくるのか?」「おそらくは」「ぐぬぬぬ……あの偽皇帝め」 教皇は怒りに顔を歪めた。「こちらには友好国の顔をして物資を送りながら、裏では中央政府と手を握っておるというのか!」「まだ証拠はございません」「分かっておる!」 ハディードは立ち上がった。「だからこそ、直接問いただす必要がある。至急、エロー枢機卿を呼べ!」「エロー枢機卿を?」 ラヒームが目を丸くした。 エローは、かつて教国内でハディードに教皇の座を強奪されている。 現在こそ枢機卿の地位に収まっているが、元をたどれば政敵であった。「あの者を、お使いになるのですか?」「使える者を使わずして、どうする」 教皇は鼻を鳴らした。「奴は古代の知識にも通じ、頭も回る。何より弁が立つ。外交使節にはうってつけではないか」「しかし……」「心配するな」 ハディードは嫌な笑みを浮かべた。「奴の弱みは、こちらが握っておる。裏切ることなどできぬよ」「……それならば、異論はございません」 こうしてルドミラ教国は、超光速通信によ
――6か月後。 ツーシームたちは、襲撃した輸送船から持ち帰った積荷を順に検分していた。 その中に、一際異様な箱があった。 厚い断熱素材に覆われ、表面には惑星ヴァルカン医療局の封印と警告文。 『生体貨物――要冷保持』と刻まれている。「……生体貨物? まさか臓器の密輸じゃないだろうね?」 ゾル婆が眉をひそめる。 ツーシームは腕を組み、冷たい視線でその箱を見つめた。「開けるしかないね。誰のものか、確かめてやろうじゃないか」 ビッグベアが溶断機を操作すると、金属が焦げる臭いとともに蓋が開く。 白い冷気が噴き出し、室内を覆った。 その中には――少年がひとり、薄青い液体のカプセル
反乱鎮圧から七日後、惑星ヴァルカンの子爵館。 焼け焦げた壁の匂いがまだ残る広間に、元家臣たちが列をなし、少年の前にひざまずいていた。 「このたびは誠に遺憾な事件でございましたな、若君」 「我らはあくまで平和を保ち、館を守っておりました」 「戦後の秩序維持のためにも、何かしらのご褒賞を――」 ひとりが言えば、続くように皆が頭を下げる。 その衣の袖には血の匂いではなく、贅沢な香油の匂いがした。 「……それと、閣下」 一人の家臣が、恐る恐る口を開く。「クロイツ殿は反省しておられます。何かの誤解があっての反乱であったと聞き及んでおりまする。旧来の功績もございますゆえ、どうか
二時間後――。 夜空を焦がす砲火の光が、アストレア子爵家館の外壁を断続的に照らしていた。 空から放たれる収束光線が次々と命中し、シールド発生器が火花を散らす。 ビッグベア率いる地上部隊の強襲に、クロイツ準男爵が命じた防衛線は、もはや形を保っていなかった。「西ゲート突破! 敵部隊、南側通路に侵入!」「なに!? まだ内壁の防御区画が――」「――沈黙しました!」 報告の声が飛び交い、館内の照明が赤く明滅する。 焦げた金属の匂い、崩落する天井の音。 戦況の趨勢は明らかだった。 中庭では、ツーシーム率いる小部隊が到着していた。 飛竜の紋章を肩章に掲げた海賊兵たちが、煙の中から姿
――それから数時間後。 惑星ヴァルカンの灰色の雲を突き破り、黒き海賊船モリガンが稲妻とともに姿を現した。 空気との摩擦で船体が赤く焼け、尾を引くプラズマ光が空を裂く。 制動装置が壊れた様、まるで獲物に飛びかかる飛竜のように――急降下。「減速制御、限界値ぎりぎり!」「いいから続けな、ビッグベア!」 操舵席で副長の低い声が響く中、ツーシームは冷笑を浮かべた。 モリガンは宇宙港の上空数百メートルでようやく制動。 防御重力場を展開し、港全体を覆うように上空を支配する。 その威圧的な重低音が空気を震わせ、空港施設の窓ガラスを爆散させた。「宇宙港管制塔、応答なし!」「そりゃあそうさ







