Beranda / SF / 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ― / 第31話……名分の転覆

Share

第31話……名分の転覆

last update Tanggal publikasi: 2026-06-10 15:19:06

 第五総管区外縁――

 航路図にも、資源リストにも記載されない、名もなき宙域。

 重力の癖が悪く、恒星光も届きにくいその場所には、観測価値のない瓦礫として扱われてきた小さな小惑星が漂っていた。

 角度を変えれば、背景の星海に溶け込み、センサーを通せば、ただの質量ノイズとして処理される。

 誰も気に留めず、誰も探そうとしない――まさに「宇宙の盲点」とも言うべき位置である。

 その小惑星の内部は、丁寧に、そして緻密にくり抜かれていた。

 外殻の自然な歪みをそのまま残した空洞は、人工構造物の反応を極力抑え、内部に灯る最低限の光だけが、そこが基地であることを示している。

――秘密基地。

 反乱軍の、そして帝国の目が決して届かぬ場所。

 その中央区画に、一隻の小さな次元潜航艇が、怯えた獣のように身を潜めて停泊していた。

「……ふぅ。この船、空調が死にかけてるんじゃないかい?」

 ハッチが開き、這い出るように姿を現したのは、紅い髪を無造作にかき上げた女海賊――ツーシームだった。

「そりゃ禁煙にもなるわけだねぇ……」

 彼女を迎えたのは、反乱軍側の研究者たちだった。

 白衣の裾を翻しながら、興奮と緊張を隠しきれない様子で彼女を見つめている。

「あなたは本当に……宇宙のエネルギーの潮流が『見える』のですね」

「理論では理解していましたが、実際に目の当たりにするまでは信じられませんでした」

 ツーシームは肩をすくめる。

 彼女は、通常のセンサーでは捉えられない種類のエネルギーの流れを読み取り、潜航中は極端に鈍足となる次元潜航艇を、まるで追い風を受けた帆船のように走らせてみせたのだ。

「この航路データは驚異的だ……!」

「磁気嵐を利用した区間は、ここで合っているのか?」

「あってるかどうかなんて知らないよ」

 ツーシームは素っ気なく言い放つ。

「あたいは成功報酬さえもらえりゃ、それでいいのさ」

「……ああ、もちろんだとも」

 研究者の一人が頷く。

「例の『アレ』も、惑星ヴァルカンへ急いで輸送させよう」

 差し出されたのは、高額なエーテル兌換札の束。

 ツーシームはそれを手慣れた指で数えながら、壁のモニターへ視線をやった。

――帝国公共放送。

『――聖帝国ノヴァ皇帝陛下、崩御――』

「あらら……皇帝陛下がお亡くなりかい」

 彼女は特段驚くこともなく、硬いパイプ椅子に腰を下ろし、安煙草に火をつけた。

 紫煙が、低い天井に溶けていく。

 研究者たちもまた、その訃報には一切関心を示さない。

 彼らの視線は、潜航艇内に残された膨大な航行データに釘付けだった。

「ツーシームさん。もし次に乗っていただけるなら……」

 痩身の科学者が、どこか畏まって問いかける。

「どのような装備が必要でしょうか?」

「そうさねぇ……」

 彼女は少し考えて、口元を歪める。

「灰皿、かねぇ」

「あはは……空調の改修は、構造上かなり厳しいですね」

 次元潜航艇は、最低限の機能だけを詰め込んだ機密性の高い船だ。

 作戦に支障を及ぼさない喫煙環境など、贅沢にもほどがある。

「……ああ、もういいよ」

 ツーシームは肩をすくめた。

「二度と、あんな船には乗りたくないからさ」

 そう呟き、安いウイスキーを片手に、基地の観測窓へ歩み寄る。

 そこから見えるのは、

 恒星の光すら弱まり、どこまでも静かな星空。

「……それにしても」

 彼女はグラスを傾けながら、ぼんやりと呟いた。

「トムのヤツ、迎えはまだかい?」

 宇宙の片隅。

 誰にも気付かれず、誰にも望まれぬ場所で、彼女は仲間の迎えを待っていた。

◇◇◇◇◇

 第五管区に展開する帝国反乱討伐軍、その首脳部は深い逡巡の中にあった。

 補給線は未だ再構築されず、この状況で大規模作戦を敢行するのは自殺行為に等しい。

 加えて、兵士たちの士気は低下の一途を辿り――そこへ追い打ちをかけるように、皇帝崩御の訃報がもたらされたのだ。

「クライツ上級元帥閣下!」

 作戦会議の席で、壮年の惑星地上軍の将軍が慎重に口を開く。

「ここは一度、撤退も一策かと存じます」

 その言葉が終わる前に、反発の声が上がった。

「……ば、馬鹿な!」

 クライツも思わず声を荒げる。

「僅か三分の一の戦力しか持たぬ反乱軍相手に撤退など、そんなことをすれば――我々は子々孫々まで無能と罵られる!」

「そうだ!」

 分艦隊の提督の一人が吐き捨てる。

「怖気づいた腑抜けは黙っていろ!」

 彼ら宇宙艦隊側にとって、今回の補給線喪失は明白な失点だった。

 一方、惑星地上軍にとっては、撤退しても面子の損失は比較的小さい。

 だからこそ、この場で声を荒げているのは、主として宇宙艦隊の提督たちだった。

 彼らには、これまで歩んできたエリート出世街道がある。

 ここで傷を負えば、敵対派閥の後輩の指揮下に回されることすらあり得た。

 それだけは、何としても避けたい。

「だが……」

 静かに、しかし確かな重みをもって言葉を挟んだ者がいた。

「補給が整うまで、少なくとも二か月はかかりましょうぞ」

 発言したのは、無派閥の参謀長ヘーデルホッヘ上級大将である。

 温厚さだけが取り柄と揶揄されることもあるが、こうした場をまとめるには最適の人物だった。

「それまで、兵士たちの士気が持つかどうか……」

「……」

「……」

 惑星地上軍の将軍たちも、宇宙艦隊の提督たちも、言葉を失った。

 感情に流されかけていた空気が、わずかに冷却される。

「補給線を短くしては如何でしょうか?」

 そう口を開いたのは、先ほど本隊に合流した前衛艦隊司令、ベルナー中将だった。

「戦略的後退……ということか」

 クライツが低く呟く。

 敵から距離を取り、味方の支配宙域へ近づく――それは確かに、補給効率を改善する現実的な選択肢だった。

「現状、我が前衛艦隊も弾薬とエーテル燃料が不足しております」

 ベルナーは淡々と続ける。

「満足な攻勢を行うには、不十分です」

 ミサイルが尽きても、ビーム砲は撃てる。

 だが、それには主機関を動かすエーテル燃料が必要だった。

 しかも艦艇は、戦闘時に速度を上げれば上げるほど、燃料消費が二次曲線的に跳ね上がる。

 議論が収束しそうになった、その時――。

「反乱軍より、映像通信です」

「……メインモニターにつなげ」

「了解!」

 画面に映し出されたのは、反乱軍の盟主――サリーム=アル=ルディード侯爵であった。

 だが彼の装いは、貴族的な軍装ではない。

 それはまるで、宗教指導者の法衣のような服だった。

「貴様たちの軍事行動は、ルドミラ神の大いなる御心に背いた」

 サリームは静かに、しかし断罪するように語る。

「その報いとして、無実の皇帝陛下が身代わりとなり、命を落とされたのだ」

 司令部の空気が、一気に凍りつく。

「その不敬――実に甚だしい」

 映像の向こうから放たれる言葉は、戦争を「神罰」へとすり替える宣告に他ならなかった。

 この瞬間、戦いは単なる反乱鎮圧ではなくなった。

 帝国軍は、軍事と政治、そして信仰の三重の泥沼へと、否応なく踏み込まされていったのであった。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第70話……海の向こうも同じ

     休戦ラインを越える瞬間まで、星間ギルドの商船「銀の秤」の船内には、張りつめた空気が満ちていた。 パニキア連邦側の警戒宙域では、数度にわたり検問艇が接近し、古びた船腹へ鋭い捜査光を這わせてきた。 だが、「銀の秤」は武装を持たぬ旧式商船であり、しかも星間ギルド所属の古参船である。 積荷目録も航路記録も、それらしく整えられていたため、大事には至らなかった。「船籍確認完了。積荷照会、一致」「……よし、通してやれ。こんな骨董品で戦をしようって奴もおるまい」 管制側の声が同時翻訳機を通して流れると、操舵席のヘッジボックが小さく肩を落とした。「いやはや、寿命が縮みますな」 ユリウスは商人風の外套の襟を整えつつ、静かに答える。「ご配慮ありがとうございます」 それから「銀の秤」は数度の短距離ワープを重ね、ようやくパニキア連邦最前線の辺境惑星「レーベ」へ到達した。 暗褐色の海に覆われた惑星だった。 低い雲が空一面へ垂れこめ、海上には巨大な浮体構造物がいくつも連なっている。 宇宙桟橋のような洗練された設備はなく、旧式の水上宇宙港へ直接降りるしかないらしい。「こちら『銀の秤』、入港を許可されたし……」 ヘッジボックが送信すると、すぐ応答が返る。「了解。三番ゲートへの接岸を許可する」「助かりましたな」「まだ早いですよ」 ユリウスは窓の外を見たまま言った。「降りるまでが航海ですから……」 次の瞬間、船体が大きく震えた。 「銀の秤」は一気に大気圏へ突入し、外殻がみるみる赤熱してゆく。 老朽化した船体が低く軋み、接合部が悲鳴を上げた。 窓外では、剥がれた耐熱タイルが火の尾を引きながら後方へ流れてゆく。「おいおい……まだ持ってくれよ」 操舵士が舌打ちする。「左舷外板、熱負荷上昇!」「分かっている! だが今さらどうしようもない!」 激しい振動の末、「銀の秤」はどうにか海上宇宙港の三番ゲートへ滑り込み、重い音を立てて接岸した。 船内に安堵の息が広がる。 ヘッジボックは額の汗を拭い、苦笑した。「いやぁ、長年のワープで船が悲鳴を上げております。応急修理に二日、いや三日ほど日をいただきたいですな」 ユリウスはうなずく。「はい、安全第一でお願いします」 この間、彼は商人の服へ着替えていた。 付き従うグレゴールも、護衛らしさを隠すため、目

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第69話……目覚めた金印

     夜明け前の薄青い光が、ヴァルカンの館の回廊へ静かに差し込んでいた。 ユリウスが外交使節として出立する朝――その少し前、ツーシームは館の奥に設けられた一室へ足を向けていた。 荒鷲の金印を持つ少女。 帝国軍特殊部隊が昨夜あれほど執拗に探した以上、もはやこの館も絶対安全とは言い切れない。 どこか別の隠し場所へ移す必要があった。「さて、寝ぼけ眼のまま運ばれてくれると助かるんだがねぇ……」 安煙草をくわえたまま、ツーシームは扉を押し開けた。 だが、そこで彼女の足が止まる。「……ん?」 部屋の中央に、少女が立っていた。 いつもは伏せがちで、どこか夢の中を漂うような目をしていた娘が、いまは背筋を伸ばし、凛とした面持ちでこちらを見返している。 あきらかに空気が違った。 ただ起きているのではない。自分が誰であるかを、ようやく思い出した者の眼だった。 ツーシームは片眉を上げ、煙を細く吐いた。「お加減はどうさね?」 少女は小さな顎を上げる。「悪うない。余は、ようやく記憶を取り戻したぞ……」 その言葉は幼い顔立ちに似合わぬほど重く、古い響きを帯びていた。 ツーシームは一瞬だけ黙り込み、それから肩をすくめて笑う。「あはは、そいつはめでたい。……いや、こっちの都合で言えば、もうちょっと忘れていて欲しかったんだけどね」 少女は「ふん」と鼻で笑うだけだった。 だが、その仕草にさえ、ただの怯えた娘にはない気品がある。 荒鷲の金印。 帝国が血眼になって追う理由が、ようやく輪郭を持ってきた気がした。「余をどこへ連れてゆく気だ?」「安全な場所さ。少なくとも、昨夜みたいに犬ころが窓から雪崩れ込む場所じゃない」「そなた、存外に世話焼きだな」「海賊と商売人はねぇ、預かった品が傷つくのを嫌うのさ」 少女はわずかに目を細めた。 その視線は幼いのに、妙に人を洞察し値踏みする。 ツーシームは心の中で舌を巻いた。 ――こりゃ本物だねぇ。 そのころ館の表では、ユリウスの出立準備が整っていた。 正門前に待つ陸上ホバークラフトの周囲には、護衛のSPたちが忙しく動いている。外交使節の旅とはいえ、向かう先は異星人国家パニキア。 警戒は当然だった。 二階のバルコニーへ出た幼い妻イオナが、身を乗り出すように手を振る。「あなた、行ってらっしゃいませ!」 下で振

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第68話……同じ寸法の世界

     停戦成立後、アーヴィング大公家の艦隊は、グラストヘイム要塞へ必要最小限の守備兵力を残し、主力をいったん後方へ下げた。 そのすぐ後方にある補給拠点として選ばれたのが、惑星ヴァルカンである。 衛星軌道上には、巨大なエーテル・タンカーが数珠つなぎに並んでいた。 鈍く光る船腹のあちこちへ補給アームが食らいつき、青白い流体が脈打つように移送されてゆく。 宇宙桟橋の一角では、VLS用の長大なミサイルコンテナが何列にも寝かされ、整備員たちが汗まみれで搬入指示を飛ばしていた。 また別の区画では、砲弾、予備反応炉部材、艦載機部品、食糧コンテナ、医療資材までが山となって積まれている。 桟橋と地上を結ぶ専用シャトル群も、まるで蜂の群れのように休みなく往復していた。 上がってくるのは物資。 降りてゆくのは、休暇を許された兵員たち。 疲れ切った水兵や機関兵たちは、シャトルの扉が開くや否や、ヴァルカンの酒場街へ吸い込まれていった。 酒、女、賭博、熱い飯。 前線帰りの兵に必要なものは、昔から大して変わらぬらしい。 戦艦ハンニバルの艦橋でも、補給士官たちが目を回すような忙しさで働いていた。「第三倉庫、誘導弾積載完了!」「機関部予備材、右舷搬入口より受領!」「食糧補充、基準値の〇・六倍! この艦、兵員数のデータに消費が読めません!」 怒鳴り声と足音、端末の警告音がひっきりなしに交差する。 その只中で、ユリウスだけは少し離れた高座に座し、正面スクリーンへ映る補給桟橋の光景を静かに見つめていた。 彼の脳裏を占めていたのは、戦況でも、物資量でもなかった。 もっと根源的な、奇妙な違和感である。 ミサイルも、弾薬も、艦内配管の継手も、果ては工具規格に至るまで、帝国軍の軍需物資は地球規格で統一されている。 それだけなら、まだ分かる。帝国は地球文明の流れを汲む国家だからだ。 だが奇妙なのは、その規格が人類統合共和国でも通用し、さらには地球文化を起源に持たぬはずのパニキア連邦でさえ、大筋では同じ規格を用いているという事実だった。 ユリウスは低く呟いた。「……なぜだろう」 そばに控えていた副官が顔を上げる。「何がでございますか、閣下」「規格だよ」 ユリウスは視線を外さずに言った。「国家が違えば、思想も言葉も法律も違う。敵同士であればなおさら、兵器体系など別

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第67話……革命はパンを焼かない

     数か月前――。 旧第六総管区の片隅に、惑星リチャードはあった。 豊かな鉱脈、繁忙な港、絶えず上下する株価。 この星を治めるドリス伯爵は、善政家か悪政家かで評価の割れる男であったが、ただ一つだけ確かなことがあった。 彼は何よりも経済を優先する統治者である、という事実である。 税制は企業寄り。 港湾使用料は安く、投資家には甘い。 その一方で、労働者への配慮は薄く、景気が悪化すれば真っ先に切られるのは現場の人間たちだった。 たしかに数字の上では繁栄している。 だが、その繁栄が誰の懐を温めているのかは、街路の空気を吸えばすぐに知れた。 そんな折――。 第六総管区を実質的に統治するアーヴィング侯爵が、帝国中央政府へ反旗を翻した、という報せが届いた。 その一報は、遠い戦場の政変では終わらなかった。 人々の胸に長年たまっていた不満へ、火のついた油を注いだのである。 伯爵邸の執務室へ、青ざめた家令が駆け込んだ。「伯爵様! 民衆どもが暴徒となり、屋敷へ押しかけております!」「なんだと!?」 机上の端末から顔を上げたドリス伯爵は、肥えた喉をひきつらせた。「警備隊は何をしておる!」「各所で手が回りませぬ! 銀行街も襲われ、大手保険会社の支店も炎上中にございます!」 伯爵は立ち上がり、窓辺へ走った。 夜の街に、いくつもの火の手が見える。 怒号。 警報。 銃声。 経済優先で築き上げた秩序が、たった一夜で紙細工のように崩れはじめていた。「……すぐ脱出するぞ!」「はっ!」 中央政府に近しい立場を取ってきたドリス伯爵は、民衆にとって旧体制そのものであった。 日頃より不満を募らせていた労働者階級は、侯爵の挙兵を合図に一斉蜂起したのである。 暴徒たちは銀行や保険会社を『資本の城』と叫んで打ち壊し、倉庫を略奪し、酒に酔った群れは婦女子へも牙をむいた。 火は商業区画から住宅街へ広がり、正義を名乗った怒りは、たちまち無差別な暴虐へ変わっていった。革命。 革命と言う甘い言葉を口にする者は多い。 だが現実の街路を埋めるのは、理想ではなく、煙と血と恐怖である。 このままでは星そのものが壊れる。 そう悟った者たちがいた。 教師、下級役人、教会関係者、町工場の親方――いわゆる良識派である。 彼らは広場へ集まり、拡声器を奪い、暴徒たちへ必死

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第66話……停戦の代償

     停戦成立の報せが銀河を駆けめぐった翌日――。 ヴァルカン軌道上、アルテミス商会の私室では、場違いなほど気の抜けた空気が流れていた。 長椅子にだらしなく寝ころび、ツーシームは片脚を投げ出したまま新聞を広げている。 唇の端には、いつもの安煙草。紫がかった煙が、照明の下でゆらゆらとたなびいた。 紙面の一面には大きな活字が躍っていた。 ――帝国中央政府軍、アーヴィング家率いる反乱軍、停戦成立。 ――グラストヘイム要塞戦線、当面の戦闘停止へ。 ツーシームは鼻で笑った。「ようやくかい。随分と高くついた花火だったねぇ」 その声には、呆れ半分、満足半分の色があった。 今回の戦は、同じ帝国圏に属する者同士が噛み合う内輪揉めに近い。異星人相手の外征戦争とは訳が違う。 補給線の先にも後ろにも、敵味方と縁を持つ地方貴族家がいる。 交易路が詰まれば、その領内経営は痩せる。鉱山の産出は滞り、農業衛星の資材も届かず、税収もまた細る。 つまり――。 戦場で勝ちさえすればよい戦ではない。 帝国中央も、アーヴィング家も、地方貴族たちの支持なしには戦争を続けられぬ。 兵も金も糧食も、最後にはそこへ行き着く。内乱とは、剣だけでは終わらぬ戦なのであった。 ツーシームは灰を落とし、新聞の経済欄へ視線を滑らせた。 そこには、停戦成立を受けた星間株式市場の混乱が細かく載っていた。 造船。鉄鋼。軍需輸送。 いずれも戦時特需を見込んで買い上げられていた銘柄である。 だが停戦の一報で流れは一変し、値は崩れ、投げ売りが投げ売りを呼んでいた。 彼女の口元が、ゆっくり吊り上がる。「ゾル婆、そろそろゆっくり買いを入れてみるかね?」 部屋の隅で端末をいじっていたゾル婆が、顔も上げずに答えた。「あいよ。どのへんから拾うんだい?」「まずは造船屋だ。慌て者が投げた分を、底でさらう。鉄鋼も悪くないね。停戦したからって、艦隊が消えるわけじゃない。傷んだ船は直さにゃならないし、要塞だって補修が要る」「……ほほう。狼狽売りした連中の逆を行くってわけだね」「そういうこった」 数日前。 停戦の気配を、誰より早く嗅ぎつけていたアルテミス商会は、戦時特需銘柄を大きく売り浴びせていた。 グラストヘイム戦線での空気の変化も、極低周波通信から拾った断片も、彼女らには十分な材料だった。 市場

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第65話……潜航

     巨艦「ハンニバル」の現在位置から、およそ六光秒。 その虚空に、音もなく一本の潜望鏡が浮かび上がっていた。 否。 正確には、浮かび上がったように「見えた」だけである。 新型海賊船「モリガン」は依然として位相空間の膜を半ば残したまま、現実宇宙の縁に爪をかけている。 巡洋艦級の船体で異次元潜航を維持するなど、本来なら狂気の沙汰であった。 だが、その狂気を形にしたのが、いまこの艦である。 潜望鏡越しに戦場を覗いていたツーシームは、細く息を漏らした。「……へぇ、やるじゃないか。あの巨艦」 視界の彼方では、「ハンニバル」が帝国軍の集中砲火を正面から受け止めていた。 幾百もの火線。無数の誘導弾。 それらをものともせず進む艦影は、もはや艦艇というより移動する要塞であった。 隣に控えるトロスト技師が、乾いた笑みを浮かべる。頬はこけ、指先はかすかに震えていたが、声音だけは妙に弾んでいた。「そりゃあそうでしょう。あの艦の主機関、燃料はエーテルじゃない。小型とはいえ、人工重力井戸――要するに、ブラックホールです」「本物かい?」「ええ。本物ですとも。生きた地球文明の超兵器。帝国中枢の工廠でも、あそこまで頭のおかしい代物はそうそう作れません」 ツーシームは片眉を上げた。「褒めてるのか、けなしてるのか、よく分からないねぇ」「技術屋にとっては最大級の賛辞ですよ」 彼女は再び潜望鏡に目を戻した。 「ハンニバル」の艦腹には、あの巨大な砲身が抱え込まれている。 戦場へ現れた瞬間から、帝国軍はあれを恐れていた。だが。「だが、やはり撃てないようだね?」 そのひと言で、トロストの笑みがわずかに薄れた。「ええ。火器管制はまだ沈黙したままですな。防壁も対空火器も化け物じみているが、肝心の牙が閉じたままです」「それさえ出来れば、単艦で帝国軍を追い払うこともできように……」「できましょうな。いや、追い払う程度で済むかどうか」 ツーシームは舌打ちし、潜望鏡から目を離した。 艦橋に投影された簡易戦術図では、「ハンニバル」を中心に帝国軍の針路が歪んでいる。 一隻が戦場の戦術力学そのものを書き換えていた。「ヤツを前にしては、この新型『モリガン』の性能がかすむなぁ……」 その声には、珍しく本気の落胆が混じっていた。 海賊船「モリガン」の大改造は、彼女が執着して

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status