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予想外の再会からの、あれやこれ④

Penulis: 当麻月菜
last update Terakhir Diperbarui: 2025-10-03 21:46:57

 アレクセルに会うために帝都に向かったツグミだが、カダンとの約束も忘れてはいない。

 あんな別れ方をしてしまった手前、どの面下げてという思いはあるが、ツグミはカダンとの縁も切りたくはない。

 きっと、話しかけても冷たくされるだろう。それでも帝都に近づくにつれ、もう一度護衛騎士に会いたい気持ちは膨らんでいった。

 皇室騎士団に所属している護衛騎士たちは、定められた休日がある。そして彼らの行動パターンは、わかりやすい。

 酒豪で脳筋のサギルは、武器屋か酒場に行けば必ず会えるし、甘党のリュリーアナのお気に入りの店も把握している。

 古書に目がないカダンは、頻繁に帝立図書館に出入りしているはずだ。唯一エルベルトだけは、どう休日を過ごしているのかわからない。多分、サギルに連れまわされているのだろう。

 戦場でも、サギルは孤立しているエルベルトにちょっかいかけていた。

 そんな風にツグミは、護衛騎士との再会に想像を膨らませていた。

 けれど、まさかこんなところで、護衛騎士の一人と再会するなんて誰が想像できただろう。

 聖女退職日にエルベルトの顔が見れなかったから、会えたことは嬉しい。でも、今の自分と彼は、赤の他人。それどころか、暗殺者と犯行現場を目撃した通行人。これは笑えない状況だ。

 微かに風が吹いて、血の匂いがツグミの鼻を刺す。この匂いだけで、生きているのか死んでいるのかわかってしまうのは、自分が長く戦場にいすぎたせいなのだろうか。

 そんなふうに意識を余所に向けるツグミを、エルベルトはじっと見つめている。その手には、小ぶりの剣が握られたままだ。

 ポタリ、ポタリ……と、切っ先から血を垂らしながら、エルベルトがツグミに近づく。

 一歩、また一歩、エルベルトが近づくたびに、ツグミは後退する。しかし三歩目で背が壁に当たった。退路は完全に絶たれてしまった。

「……あ、あの……」

 震えながらツグミは口を開いたが、すぐに閉じる。

 エルベルトに、殺さないでと懇願したくなかった。

 ツグミのことをきれいさっぱり忘れていても、エルベルトはエルベルトだ。ツグミの知ってる彼が消えたわけじゃない。

「……私、見なかった。何も……見てない……ことにする。だってあなたがそうしたのは、きっとちゃんとした意味があるはずだから。それがなんなのか、私にはわからないけど。えっと、ごめん。ごめんなさい。邪魔をしちゃって。悪気はなかったの……あなたに迷惑をかける気もないよ、私……」

 ギュッと胸のあたりで指を組んで、ツグミは必死に思いを伝える。

 あと一歩、エルベルトが踏み込んだら、その手に握られている剣で、ざっくり切り殺されてしまう距離で。

「あのね、信じてもらえないかもしれないけど、私ね、忘れられやすい体質なんだ……ほんとだよ。もし不安なら、朝まで一緒にいよ?きっと私のこと”お前、誰?”って感じになるから」

 必死に言い募るツグミの言葉に耳を傾けてくれたのか、エルベルトの足は、これ以上動かなかった。無言のまま、震えるツグミを見続けている。

 その澄んだ藤色の瞳はツグミを映しているけれど、ガラスのように無機質だ。

 息すらできないこの状況に、ツグミは喉が異常に乾く。喉の渇きをごまかすように、ゴクリと唾を飲み込んだ瞬間、エルベルトは剣を振り上げた。

(斬られる!!)

 シュッと空気を切り裂く音が聞こえた瞬間、ツグミは思わず目をつぶった。けれどいつまでたっても痛みも、衝撃もやってこなかった。

 時間にして数秒。ツグミが恐る恐る目を開けると、エルベルトは剣を鞘におさめようとしていた。

(刃についた血糊を落とすために、剣を振り上げたんだ……)

 そういえば、戦場ではよく見た仕草だった。血が付いたままだと刃は錆びてしまうから、応急処置としてそうするらしい。

 再び意識を余所に向けたツグミを一瞥すると、エルベルトはくるりと背を向ける。

「あっ……ねぇ待って!」

 思わず呼び止めてしまったツグミに、エルベルトは無言で振り返る。でも不機嫌な顔をしてるのは、遠目からでもわかった。

「……あの……いいの?本当に見逃してくれるの?」

 おずおずと問いかけたツグミに、エルベルトは馬鹿な子を見る目になった。

「殺されたかったのか?」

「いや、そんな、まさかっ」

 ブンブンと首を横に振ったツグミに、エルベルトは溜息を吐く。

「なら、わざわざ訊くな。だいたい、お前……どうしてこんなところに──」

 きゅるぅぅぅぅ。

 エルベルトの言葉を遮ったのは、ツグミの腹の音だった。

 最悪のタイミングで自己主張したお腹に、ツグミは空気を読め!と全力で文句を言いたい。

「あの、聞こえちゃいました?」

「ああ」

「今の、忘れてください」

「無理だ」

 即答したエルベルトの表情は、なぜか怒りが滲んでいた。

「ごめんなさい。聞くに堪えない不快な音を聞かせてしまって……ほんと、ごめんな──」

「そうじゃない!」

 エルベルトの怒鳴り声に驚いたツグミは、空腹状態というのもあり、くらりと眩暈をおこしかけて壁に背を預ける。

 何とか倒れずにすんだことに安堵する間もなく、エルベルトの腕が伸びてふわりと身体が浮いた。

「……軽い。軽すぎる」

「へへっ、どうも」

 両脇に手を入れられて持ち上げられたツグミは、状況を忘れて照れ笑いをする。

「喜ぶな、馬鹿」

 苛立ちと呆れを含んだため息を吐きながら、エルベルトはツグミを横抱きにすると、そのまま歩き出す。

「あのぅ……どこに」

「飢えをしのげるところだ」

 かぶせ気味に答えたエルベルトは、ツグミに「暴れるなよ」と言い捨て、地面を蹴る。

 一瞬で建物の屋根の上に移動したエルベルトは、ツグミを更に強く抱いて闇夜に消えていった。

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