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第8話

Auteur: 田菜緒
千穂の胸がざわついたが、表情は平静を装い、電話を切って言った。「ただの詐欺電話だよ。何で私が海外なんか行くの?」

勇輝はほっと息をついたが、ごみ箱の中身を見て眉をひそめた。

「千穂、どうしてこれらのものを全部捨てたんだ?」

千穂は冷たく答えた。「長く使ってたら好きじゃなくなったわ。古いものを捨てないと新しいものは来ないでしょう」

部屋が半分空になった様子を見て、勇輝は不安感に襲われた。

「ちょうど今日時間があるから、気に入るものをもう一度買いに行こう。部屋ががらんとしてると、何だか落ち着かない」

千穂が拒む間もなく、勇輝は彼女の手を取って車に乗せ、近くの大型ショッピングモールへ向かった。

しかし、途中で勇輝の電話が鳴った。

「もしもし」

「わかった、待っていて。すぐに向かう」

電話を切ると、勇輝は何も言わずに車の方向を変えた。

車はある会員制のクラブの前で止まった。

千穂はここに来たくなかったが、勇輝は「人目が多い入口に一人で待たせるのは心配だ」と言い、強引に彼女を二階の個室へ連れて行った。

部屋では伊織が友達とゲームをしながら酒を飲んでいて、顔を赤らめていた。

勇輝を見つけると、伊織はすぐに彼の胸に寄りかかり、酔った声で言った。「やっと来てくれたのね。みんな、私に意地悪するんだ。勇輝、助けてよ」

その様子を見て周りはさらに盛り上がり、酒を何本を追加した。

千穂はその場を離れようとしたが、見知らぬ男に阻まれた。

「知ってるよ。伊織の研究と論文を盗んた千穂だろ?」

千穂は冷たい目で相手を見た。「通してください」

しかしその男は彼女の腕を掴み、無理やり席に座らせた。

「パクるなんて悪いことだってわかってるだろ。伊織とは昔、友達だったんだって?今日はここで一杯飲んで、仲直りしたらどうだ」

そう言うと、みんなは酒を無理やり千穂に飲ませた。

強い酒が喉を通り、千穂は涙がにじんだ。

伊織は勇輝にしがみつき、気分が悪いと訴え続けた。

勇輝は他に構っている余裕もなく、伊織を抱きかかえた。

「千穂、伊織を上の部屋で休ませてくる。すぐ戻るから、ここで待っていて」

そう言うと、勇輝は振り返りもせず部屋を出て行った。

残された連中はさらに調子にのり、千穂に次々と酒を勧めた。

千穂は何杯も強い酒を飲まされ、胃が焼けるように痛み、頭もぼんやりして、ついにぐったりと倒れこんだ。

誰かが足で彼女を軽く蹴った。「酔ったふりするなよ。全部飲み干すまで帰らせないからな」

倒れた千穂は反応しない。やがて口元から血がにじみ出し、ようやく一同は事の重大さに気付いた。

誰かが慌てて叫んだ。「まさか、死んじゃったのか?」

伊織からお金をもらって、千穂に酒を無理やり飲ませるよう頼まれてはいたが、命まで奪うつもりはなかった。

「俺は関係ない!お前たちがやったんだ!」

そう言い残すと、一人の男が逃げるように部屋を飛び出した。

一人が逃げると、他の者も責任を逃れようと次々に散っていった。

最終的に清掃員が千穂を発見し、病院に運ばれた。千穂はアルコール中毒で緊急の胃洗浄を受けることになった。

翌朝早く、千穂は弱った体を引きずりながらビザを受け取り、すでに準備してあったスーツケースを持って家を出た。

そこに勇輝が慌てた様子で戻ってきた。「千穂、俺がクラブに行ったんだけど、中のスタッフがお前がアルコール中毒で病院に運ばれたって言ってて!病院に行ったらもう退院したって聞いたけど......今どう?大丈夫?」

千穂はスーツケースを引き、勇輝を一瞥することもなく歩き続けた。

勇輝は彼女の前に立ちふさがった。「どこに行くんだ?まだ俺に怒っているのか?」

「別に」

気になるからこそ腹が立つんだ。今の彼女はただ彼から距離を置きたいと思っていた。

飛行機に乗り遅れないように、千穂は適当な言い訳を口にした。「今日はスターAIチャレンジの公開審査の日だから、私は会場に行くの」

勇輝はすぐに言った。「送っていくよ」

千穂がまだ断る言い訳を考えていた。

しかしその時、勇輝の電話が鳴った。伊織からの着信だ。

「勇輝、私は昨日飲みすぎちゃったみたい。車運転できなくて、審査会場まで送ってほしいから、迎えに来てくれない?」

勇輝は躊躇した様子を見せた。

千穂はすぐに言った。「伊織を迎えに行ってやって。私はタクシーで行くから」

「千穂、今日を境に俺は伊織と縁を切る。二人で東都市を離れて、静かに暮らそう」

そう言い残すと、彼は急いで立ち去った。

千穂はその言葉に耳を貸すこともなく、タクシーで空港へ向かった。

彼女はこの日のために、万全の準備を重ねてきた。

スターAIチャレンジの審査会場では、伊織の論文が盗作だと指摘されるに違いない。勇輝はきっと伊織をかばおうとするだろう。

そして千穂は勇輝が伊織のために、自分の研究成果を盗む様子を証拠として録画や録音し、伊織に恨みを持つインフルエンサー――高橋美咲(たかはしみさき)に送り、公開させる手配を済ませていた。

この二つの証拠で、伊織と勇輝の評判は地に落ちるはずだ。

搭乗直前、勇輝から何度も電話がかかってきたが、千穂はすべて切った。

しかし彼は諦めずに何度もかけていた。千穂は思い切ってブロックし、振り返らずに飛行機に乗り込んだ。

飛行機が離陸し、空へと昇っていく。窓の外に広がる青空と白い雲を見ながら、千穂の気持ちはようやく穏やかになっていった。

これからは東都市も、勇輝も、もう彼女の人生とは何の関係もない。

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