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第7話 模擬戦

Author: 甲賀流
last update publish date: 2026-10-12 10:00:43

 翌日。

 昨日は学校の寮というところで初めて寝た。

 けれど朝起きて体を動かしてみると、龍王会と戦った疲れもほとんど残っていなかった。

 地上のベッドってすごいな。

 零で使ってた寝床よりずっと柔らかくて、最初は体が沈む感じがして寝にくかったのに、気づいたら朝だった。

「リュウくん、こっちだよ」

「うん!」

 部屋まで迎えに来てくれた玲奈について学校の中を歩いていくと、しばらくして大きな扉の前に着いた。

 中へ入ってみればかなり広くて、邪魔になりそうなものもほとんど置かれていない。

「おぉ」

「ここが訓練場だよ。広いでしょ?」

「うん。これなら結構動けそう」

 ダンジョンほどじゃないけど、人間同士で戦うなら十分そうだ。

 少し離れたところでは、秦が一人で体を動かしていた。

 昨日腰に差していた長い刀は、今日は訓練場の端に置いてある。

 ボク達に気づいた秦は動きを止め、そのままこっちへ歩いてきた。

 そして秦がボクを見る。

「体調は?」

「元気だよ。秦は?」

「俺も問題ありません」

「そっか」

「でしたら予定通り始めましょう」

 やっぱり硬い喋り方だなぁ。

 ふと端に置かれている刀が目に入った。

「今日は武器使わないの?」

「使いません。リュウ君が普段素手で戦っていると聞いていますので、今回は俺も合わせます」

「ありがとう!」

「……いえ」

 なんで今ちょっと間があったんだろう。

「リュウくん!」

 少し離れたところから玲奈の声がした。

 玲奈の父さんと一緒に訓練場の端に立っている。

「頑張ってね!」

「うん!」

 手を振り返す。

 二人の近くには、昨日も見た配信用の飛んでるやつが浮いていた。

「今日も配信するの?」

「あぁ。今回は特例での審査だからね。実力を確認した記録も残しておきたい」

「へぇー」

 まぁ、ボクは秦と戦えればどっちでもいい。

“シルバーきたあああ”

“リュウな”

“もうシルバーで定着してるだろ”

“相手って前田秦?”

“一級ハンターの秦じゃん”

“新人の審査に出す相手じゃねぇだろw”

“この人次の特級候補って言われてる人だぞ”

“昨日の翼あってもさすがに秦じゃね?”

“いやシルバーも普通におかしかったぞ”

“ちょっと楽しみ”

「それじゃあ二人とも、準備はいいか?」

「うん!」

「はい」

 秦と少し距離を空けて向かい合う。

 昨日から気になっていた地上の強いハンター。

 父さん以外の人間とこうやって戦うのはほとんど初めてだ。

「――始め!」

 玲奈の父さんの声と同時に、秦が地面を蹴った。

「速っ」

 思っていたより速い。

 それでもちゃんと見えるし、振り上げられた右の拳なら受けられる。

 腕を上げた――はずだった。

「えっ」

 急に足元がなくなったような感覚がして、体が傾く。そこでやっと、秦に足を払われたんだと分かった。

「うわっ!」

 そのまま地面を何度か転がってから、すぐに手をついて起き上がる。

「リュウくん!」

「大丈夫!」

 痛くはない。

 でも殴られると思ってたのに。

「右手ばかり見ていましたね」

 秦が言った。

「うん」

「だからです」

「あぁ」

 あの拳、殴るためじゃなかったのか。

 父さんも似たことはしてきたけど、なんか違う。

「面白いね!」

「……そうですか」

 秦が少しだけ変な顔をした。

“シルバー転がされたぞ”

“秦うめぇ”

“拳見せて足払ったのか”

“そりゃ対人なら秦だろ”

“リュウ攻撃すらできないんじゃね?”

“てか普通に起きたぞ”

“秦の足払いノーダメなのもおかしい”

「まだ終わってませんよ」

「うん!」

 今度はボクから近づく。

 一気に距離を詰めようとしたけど、秦はその分だけ後ろへ下がっていく。

 逃げるのかな?

 そう思ってもう一歩追いかけると、今度は急にこっちへ戻ってきた。

「っ!」

 顔へ来た拳を避ける。

 よし――と思ったところで脇腹に衝撃が入った。

「おっ」

 少し体が横へずれる。

 蹴られた。

 しかもこっちから手を伸ばした時には、秦はもう離れている。

「……効いてないんですか?」

「ちょっと痛いよ」

「……ちょっと」

 秦が何か小さく言った。

 もう一度行く。

 さっきは拳を見て蹴られた。

 なら今度は――と思っていたら、

「っ!」

 普通に拳が飛んできた。

 どうにか顔をずらすと頬を掠め、そのまま秦の腕を掴もうとしたけど、やっぱり届かない。

「……むぅ」

 やりにくい。

 モンスターならもっと普通にこっちへ来るのに。

 父さんだって、こんなに何度も逃げながら戦ったりしなかった。

“秦ペースだな”

“やっぱ経験差あるわ”

“シルバー一発も当てられてなくね?”

“ダンジョン育ちなら対人経験ないだろ”

“でも秦も全然効かせられてなくね?”

“蹴り当ててちょっと痛いは草”

“これ秦側も嫌だろw”

 もう一度追いかけようとして、やめた。

 行けばまた何かされる。

「秦が来てよ」

「……何ですか?」

「ボクが行ったら、また何かするでしょ?」

「……」

「だから今度は秦が来て」

 しばらくこっちを見ていた秦が、構え直す。

「分かりました」

 今度は向こうから来た。

 やっぱり速い。

 また右の拳が上がる。

 さっきはあれを見て転ばされたし、次は足を気にしたら普通に殴られた。

 ……もういいや。

 もう何が来ても気にしない!

 秦が一歩近づいてくる。

 拳なのか蹴りなのかはまだ分からないけど、それより速くボクの拳を打ち込む。

 秦の体が少し動いたところで、

「あ」

 今ならいけそうだ。

 こっちから一気に中へ入った。

「――なっ!」

 秦の顔が目の前にある。

 これなら殴れる。

 拳を握ってから、昨日の人達を思い出した。

 あれと同じくらいやったら駄目だ。

 ちゃんと弱くして――

「はっ!」

 お腹へ拳を打ち込む。

 ――ドンッ!

「ぐっ……!」

 弱くしたつもりだったのに、秦の体はそのまま後ろへ飛んでいった。

「あ」

 床を何度か転がって、かなり離れたところで止まる。

 ……ちょっと強かったか?

「秦!」

 玲奈が名前を呼ぶ。

 秦はすぐに手をついた。

 立とうとしてる。

 よかった。

 ならまだ――

「そこまで!」

 玲奈の父さんの声が響いた。

 すぐに止まる。

「終わり?」

「あぁ。終了だ」

「そっか」

“は?”

“秦飛んだんだけど”

“一級だぞ??”

“次の特級候補が一発www”

“いや途中まで完全に秦だっただろ”

“何が起きた?”

“シルバー途中から追うのやめたよな”

“最後秦より先に入ってなかった?”

“初見で対応した?”

“やっぱおかしいってこいつ”

“だからリュウな”

“もうどっちでもいいわ強すぎる”

 玲奈が真っ先に秦のところへ走っていく。

「秦、大丈夫?」

「……はい」

 少し時間はかかったけど、秦は自分で立ち上がった。

 お腹を押さえている。

「ごめん。弱くしたつもりだったんだけど」

「……あれでですか?」

「うん」

「……そうですか」

 なんかすごく疲れた顔をされた。

「リュウくんは!?」

 秦を確認した玲奈が今度はこっちへ来る。

「怪我してない?」

「大丈夫だよ。蹴られたところもちょっと痛かったくらい」

「……秦の蹴りなんだけどなぁ」

「?」

 なんで玲奈まで変な顔してるんだろう。

「いやぁ、驚いたよ。まさか一級の秦と普通にやり合うとは」

 玲奈の父さんも歩いてきた。

「秦。どうだった?」

「……」

 まだお腹を押さえている秦が、しばらくボクを見る。

「合格でいいと思います」

「ほんと?」

「はい」

「じゃあボクのこと認めてくれた?」

「実力は」

「そっか!」

「……」

 また変な顔をされた。

「よし。それじゃあ正式に合格だな」

「学校入れる?」

「あぁ。今日から君もこのハンター養成学校の生徒だ」

「やった!」

「それと、うちでは入学した生徒に四級ハンターの資格も与えられる」

「四級?」

「ハンターにも段階があるんだよ」

 玲奈が教えてくれる。

「じゃあボク、もうハンター?」

「あぁ」

「やったーっ!」

 ハンターになった。父さんと同じだ。

 地上に来て二日目でなれた。

「じゃあダンジョン行っていい?」

「それはまだだよ」

「えっ」

「四級の間は、学校の授業でダンジョンへ入ることはできる。でも好きな時に一人で行くのはまだ駄目なんだ」

「ハンターなのに?」

「はい」

 秦が答えた。

「なんで?」

「……昨日、玲奈さんを守ってくれましたよね?」

「うん」

「もし玲奈さんが怪我をして歩けなくなっていたら、どうしていました?」

「連れて帰るよ」

「その状態でモンスターが来たら?」

「倒す」

「では、玲奈さんがいなかったら昨日と同じ戦い方をしていましたか?」

「同じ?」

「あの時は翼で攻撃を防いでいたでしょう?」

「あー」

 そういえばそうだ。

 玲奈がいたから翼で守ったけど、ボク一人だったら避けてたと思う。

「多分、避けてた」

「そういうことです」

「?」

 分かったような、よく分からない。

「リュウくん」

 玲奈の父さんが横から入る。

「ハンターは一人で戦うだけじゃないんだ。誰かと一緒にダンジョンへ入ったり、怪我をした人を連れて帰ったりすることもある」

「うん」

「だからモンスターを倒せるだけじゃ困る時もある。つまり、他にも覚えてもらうことがあるってこと」

「覚えたら一人で行っていいの?」

「その辺りを見るのが三級試験だと思ってくれればいい。合格すれば、今より自由にダンジョンへ入れるようになるよ」

「じゃあ受ける!」

「もう!?」

 玲奈が驚いてる。

 でも、受けたらダンジョンへ行けるようになるんだよね。

 一〇八一のことだってあるし。

「戦う以外にもいるなら覚えるよ」

「随分やる気ですね」

「だって、どうせなら一番強いハンターになりたいし」

「……一番ですか」

「うん!」

 秦みたいに、まだ知らない戦い方をする人もいる。

 今日は刀だって使ってない。

「秦も三級試験受けた?」

「もちろんです」

「難しかった?」

「あなたの場合、実技についてはそこまで心配していません」

「じゃあ簡単?」

「そうは言っていません」

「?」

 どっちなんだ。

 秦が端に置いてあった刀を取りに行く。

「あ、秦」

「何ですか?」

「また戦ってね」

 秦が振り返った。

「今度はその刀も使って」

「……本来、俺はこちらが専門です」

「じゃあもっと強い?」

「少なくとも今日のようにはいきません」

「ほんと?」

 それは楽しみだ。

「次は負けません」

「うん!」

「……なぜ嬉しそうなんですか」

「また戦えるから」

「……そうですか」

 秦は刀を腰へ戻して、そのまま歩いていった。

「リュウくん」

「ん?」

「秦、あれでもリュウくんのこと認めてるんだよ」

「そうなの?」

「うん。あの秦が自分から合格でいいって言ったんだから」

「へぇー」

「実力は、って言ってたけどね」

「それでも秦にしてはかなり認めてる方だと思う」

「そっか」

 もう一度、秦が出ていった方を見る。

 全然そんな感じしなかったなぁ。

 ***

 その日のうちに、昨日泊まった部屋をそのまま使っていいことになった。

 これでしばらく地上にいられるらしい。

 学校にも入れたし、ハンターにもなった。

 父さんのことも調べてもらっている。

 模擬戦も終わったし、今日はもう何もないと思ってベッドに寝転がっていると、扉を叩く音がした。

 コンコンッ。

「リュウくん、入っていい?」

「いいよ!」

 起き上がって扉を開けると、玲奈が紙の束を抱えて立っていた。

「何それ?」

「三級ハンター試験の過去問」

「かこもん?」

「前に試験で出た問題だよ」

「へぇー」

 渡された紙を見る。

 文字がいっぱいだ。

「これで何するの?」

「解くの」

「……戦わないの?」

「実技もあるよ」

「も?」

「筆記試験もあるから」

「…………」

 もう一度紙を見る。

 結構あるなぁ。

「これ全部?」

「全部」

「…………」

 もしかして秦が言いたかったのってこのことだったのかな?

 ……はぁ。

 父さん。こんなのあるなら先に教えてよ。

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