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第6話 地上のハンター

Author: 甲賀流
last update publish date: 2026-10-10 12:29:59

「……眩しっ」

 思わず目を細める。

 なんだこれ。明るい。

 零の中にも明るい場所はあったけど、なんか違う。

 それに――

「……上がない」

「え?」

「玲奈、上がないよ」

「上?」

「天井」

「あぁ!」

 玲奈は一瞬不思議そうな顔をして、それから笑った。

「これが空だよ」

「……空」

 父さんから聞いたことはある。

 絵でも見たことがあった。

 でも全然違う。どこまで見ても青い。その中に白いものがいくつも浮かんでいる。

「あれが雲?」

「そうだよ」

「へぇー……」

 飛んだら触れるのかな。かなり高そうだけど、翼を使えば届くんだろうか。

「リュウくん」

「ん?」

「気になるのは分かるけど、先にパパのところ行こ?」

「あ」

 そうだ。今日は玲奈の父さんに会うんだった。

「学校ってここ?」

「ううん。ここから少し歩くよ」

「そっか」

 玲奈について歩き出す。

 地上には知らないものがいっぱいある。

 空もそうだし、道の横に並んでるものも何に使うのか分からない。

 それに人。

 父さん以外の人間なんてほとんど見たことなかったのに、少し歩くだけで何人もすれ違う。

「地上って人間多いね」

「ここはまだ少ない方だよ」

「これで?」

「うん」

「へぇー」

 もっといるのか。

 しばらく歩いていると、大きな建物が見えてきた。

「これが学校?」

「うん。私が通ってるハンター養成学校」

「へぇー」

 大きいな。これだけ広ければモンスターも何体か住めそうだ。

 ここでハンターになるための勉強とか、訓練とかするらしい。

 どんな人がいるんだろう。

「それじゃあパパのところに――」

「シルバーだ!」

「え?」

 声がした方を見る。

「あ、本当だ!」

「昨日の配信の!」

「シルバー様じゃん!」

「レナちゃんもいる!」

「無事だったんだ!」

 なんだ?

 さっきまで離れたところにいた人達が、どんどんこっちへ集まってくる。

「シルバーくん! 昨日の翼もう一回出せる!?」

「本当に九十四層に住んでるってマジ!?」

「レナちゃん助けてくれてありがとな!」

「あ、えっと……」

 一気に言われても分からない。

 誰に答えればいいんだ?

 というか、

「ボク、リュウだよ」

「リュウっていうんだ!」

「でもシルバーの方が分かりやすくね?」

「シルバー様!」

「……」

 言ったのに。

 気づけば周りを人に囲まれていた。右にも左にもいる。前にもいる。

 押せば簡単に通れそうだけど、別に誰も攻撃してきてないんだよね。

 こういう時ってどうすればいいんだ?

「リュウくん!」

「あ」

 後ろから服を引っ張られる。玲奈だ。

「こっち」

「でも人いるよ?」

「うん。だから――みんな、ごめん!」

 玲奈が大きな声を出した。

「今からパパのところに行かなきゃいけないの! 聞きたいこともいっぱいあると思うけど、あとで話せることは話すから! 今は通して!」

「お、おう!」

「ほら道開けろって!」

「ごめんレナちゃん!」

 人が左右に退いていく。

「おぉ」

 本当に道ができた。

「リュウくん、行くよ」

「うん!」

 今度は離れないように玲奈のすぐ後ろを歩く。

 それにしても人が多い。

 零でこんなにたくさんの人間を一度に見たことなんてなかった。

 みんなこっちを見てくるし。シルバーって呼ばれるし。

 地上に来てまだそんなに経ってないのに、もう分からないことばっかりだ。

 ***

「ここだよ」

 玲奈が一つの扉の前で止まった。

「玲奈の父さんがいるところ?」

「うん」

 コンコンッ。

「パパ、入るよ?」

「おお! 入れ!」

 中から大きな声が返ってきた。

 玲奈が扉を開ける。

 まず思ったのは、

 狭い。

 ワイバーン一体入ったら、かなり窮屈そうだ。

 その中に二人いる。

 一人は奥の椅子に座っている男の人。

 もう一人はその少し横に立っていた。

 若い男の人だ。背はボクより顔一つ分くらい高い。細く見えるけど、肩や腕を見るとちゃんと鍛えているのが分かる。

 顔も整ってるし、腰には長い刀みたいなものまである。

 なんというか、格好いい人だな。

「玲奈っ!」

「うわっ!」

 奥にいた男の人がいきなり立ち上がった。

「無事だったか玲奈ぁぁぁ!」

「ちょ、パパ!」

 そのまま抱きつこうとしたところを、玲奈が両手で顔を押さえる。

「分かった! 無事だから! 分かったってば!」

「本当に心配したんだぞ!」

「近いって!」

 この人が玲奈の父さんか。ずいぶん元気だな。

 もう一人の男の人は何も言わず、その様子を見ている。

 玲奈の父さんがようやく離れると、今度はこっちを見た。

「……もしかして君、シルバーくんか!?」

「リュウです」

「リュウくん!」

 すぐ直った。

 そのままこっちまで来たと思ったら、今度は勢いよく頭を下げる。

「娘を助けてくれて、本当にありがとう!」

「ううん。ボクが助けたかったから助けただけだよ」

「それでもだ。君がいなければ玲奈がどうなっていたか……」

「もういいよ?」

「あ、あぁ。すまない」

 やっと頭を上げた。

 さっきから忙しい人だなぁ。

「それとリュウくん。玲奈から少し聞いたんだが」

「何?」

「君は零の九十四層で暮らしていたそうだね?」

「うん」

「今も九十四層へ行ける?」

「行けるよ」

「……そうか」

 なんでちょっと声が小さくなったんだろう。

「なら、そのことはあまり人に話さない方がいい」

「なんで?」

「今、人間が到達しているのは四十八層までなんだ」

「玲奈にも聞いたよ」

「なら話は早い。九十四層へ行ける人間がいると知れば、連れていってほしいと言う者も出てくるだろう。転移結晶を欲しがる人間もいるかもしれない」

 転移結晶。

 そこで玲奈に言われたことを思い出した。

「龍王会みたいなの?」

「……あぁ。そういう人間もいる」

「じゃあ言わない」

「助かる。今日、話を聞いた生徒達にもこちらから伝えておく」

「うん」

「玲奈もだぞ」

「分かってるってば」

 玲奈が少し頬を膨らませる。

「パパ、それでリュウくんなんだけど」

「ん?」

「しばらく地上にいたいみたいなの。それでハンターにもなりたいって」

「ほう」

「学校のこととか、住むところとかも――」

「玲奈」

「何?」

「ちょっと待ちなさい」

 玲奈の父さんがこっちを見る。

「本人にも聞こう」

「ボク?」

「あぁ。リュウくんはどうしたい?」

 どうしたい。

 それならもう決まってる。

「地上にいたい」

「どうして?」

「知らないものがいっぱいあるから」

 さっきの空もそうだ。

 人間もたくさんいた。

「地上のご飯も食べてみたいし、人間のことももっと知りたい」

「なるほど」

「あとハンターになりたい」

「それはどうして?」

「父さんもハンターだったみたいだから」

「お父さんも?」

「うん。それに強い人もいっぱいいるんでしょ?」

「まぁ……いるな」

「だったら会ってみたい」

 さっきから横に立ってる人も強そうだし。

 地上のハンターってどれくらい強いんだろう。

「あとは父さんのことも調べたい」

 持ってきた手紙を取り出す。

「これ、父さんが残してたんだ」

「見せてもらってもいいか?」

「うん」

 手紙を渡す。

 玲奈の父さんは受け取ると、さっきまでとは違って黙って読み始めた。

 横にいる男の人も少しだけ視線を向けている。

「……一〇八一の調査記録か」

「分かる?」

「いや。この番号だけでは何とも言えないな」

「そっか」

「いくつか聞いても?」

「いいよ」

 手紙を見ながら少し考えて、

「まず、お父さんの名前は?」

「父さんの名前?」

「あぁ」

 名前。

「……知らない」

「え?」

「えっ?」

 玲奈まで驚いてる。

「リュウくん、お父さんの名前知らないの?」

「うん」

「一度も聞いたことない?」

「多分」

 ずっと父さんだったから。

 わざわざ名前で呼ぶこともなかった。

「じゃあ、どこかの組織に所属していたとかは?」

「所属?」

「一緒に仕事をしていた人とか」

「分からない」

「仕事はハンターだったんだよね?」

「それもこの手紙で知ったよ」

「……そうか」

 玲奈の父さんがまた手紙を見る。

「他に何かないかな。地上で探す手掛かりになりそうなもの」

「父さんのことならいっぱい知ってるよ」

「本当か?」

「うん。すごく強い」

「強い?」

「ボクに戦い方を教えてくれたのも父さんだし、竜の力も使えた」

「……竜の力を?」

「ダンジョンのこともいっぱい知ってたよ。あと肉は焼いた方が好きだった」

「肉?」

「うん。父さんはよく焼いてた。ボクはそのままでも好きだけど」

「……なるほど」

 玲奈が隣で笑っている。

「何?」

「ううん」

「あと怒ると怖い。でもよく笑うよ」

「そうか」

「それから、寝てる時は――」

「リュウくん」

「ん?」

 玲奈の父さんがちょっと困った顔をしている。

「お父さんのことをよく知っているのは分かったよ」

「うん」

「ただ、人を探すなら名前とか、どこにいたかとか、そういうものがあると助かるんだ」

「……そっか」

 名前。父さんの名前。

 そういえば、本当に知らない。

 好きな食べ物は知ってるのに。どうやって戦うかも知ってるのに。

「ボク、父さんの名前も知らないんだね」

 変な感じだ。ずっと一緒にいたのに。

「……リュウくん」

「ずっと父さんだったからなぁ」

 それで困ったことなんて一回もなかった。でも地上で探そうとすると、困るらしい。

「でも」

「ん?」

 玲奈の父さんが手紙の下を指差した。

「これがある」

「一〇八一?」

「あぁ。記録が残っていれば、誰が関わっていたのかくらいは調べられるかもしれない」

「じゃあ父さんのこと分かる?」

「そこまではまだ約束できない」

「そっか」

「でも調べてみるよ」

「ほんと?」

「あぁ」

「やった!」

「この番号を控えさせてもらってもいいかな?」

「手紙は?」

「もちろん返す」

「じゃあいいよ」

 玲奈の父さんは番号を書き写すと、手紙をそのまま返してくれた。

 受け取ってしまう。

「こちらで確認してみよう」

「ありがとう!」

「それと、今日は学校の寮を使ってくれていい」

「寮?」

「寝るところだよ」

 玲奈が教えてくれる。

「じゃあ使う!」

「食事も用意させよう」

「ほんと!?」

 地上のご飯。もう食べられるんだ。

「よかったね、リュウくん」

「うん!」

「パパ、それなら学校も――」

「俺は反対です」

 急に別の声が入った。

 さっきから横に立っていた男の人だ。

 初めて喋った。

「秦?」

 玲奈が男の人を見る。

 秦っていうのか。

「入学のことか?」

「はい」

 玲奈の父さん――理事長に聞かれて、秦は頷いた。

「玲奈さんを助けてくれたことには感謝しています」

 こっちを見る。目つきはかなり鋭い。

「ですが、それとこの学校へ入れる話は別です」

「ちょっと秦」

「身元も分からない。昨日の配信を見ただけでは、あの力についても分からないことが多すぎます」

「でもリュウくんは――」

「玲奈」

 理事長が玲奈を止めた。

「秦の言いたいことも分かる」

「パパまで……」

 玲奈は納得してなさそうだ。

 秦はそのまま理事長を見る。

「入学させるのであれば、俺に見させてください」

「秦が?」

「はい」

 今度はボクを見る。

「明日、俺と戦ってもらいます」

「戦うの?」

「実力については、俺が判断します」

「分かった!」

 さっそくこの人と戦えるんだ。

「リュウくん!」

「何?」

「今日あれだけ戦ったんだよ?」

「でも明日でしょ?」

「……そうだけど」

「今日は休んでもらう。それなら問題ないだろう」

 理事長がそう言うと、玲奈はまだ何か言いたそうにしていたけど、

「……分かった」

 と引いた。

 それより。

「秦って強いの?」

「……リュウくん、なんでそんなに楽しそうなの?」

「だって明日戦えるんでしょ?」

「そうだけど……」

 秦は少しだけ眉を寄せた。

「強いかどうか、明日自分で確かめてください」

「そっか」

 もう一度秦を見る。やっぱり強そうだ。腰の刀もすごく気になる。

「その武器も使う?」

「明日は使いません」

「なんで?」

「あなたが素手だからです」

「へぇー」

 素手でも強いのか。ますます気になるなぁ。

「……楽しみだね」

「俺は審査をするだけです」

「うん。分かってるよ?」

「……そうですか」

 また少し変な顔をされた。

 地上に来て最初に戦うハンター。

 どれくらい強いんだろう。

 さっそく戦えることに、ボクはとってもワクワクしている。

 

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