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第4話 94層

Author: 甲賀流
last update publish date: 2026-10-05 11:22:36

「きゅ、94層……?」

 玲奈は大きく目を見開いたまま固まっている。

「うん。94層」

「……ちょっと待って。94層って、この『零』の?」

「そうだよ?」

「でも『零』って、今は48層までしか解放されてないんだよ?」

「そうなの?」

「そうなのって……」

 なんでそんなに驚いてるんだろう。

 さっきから玲奈は何度も口を開こうとしては閉じている。

「じゃあリュウくん、本当に94層に住んでるの?」

「そうだよ」

「ずっと……?」

「ずっとだね」

「94層って、どんなところなの?」

「モンスターがたくさんいるよ。ワイバーンとか」

「ワイバーン……」

「あ、美味しいよ」

「食べるんですか!?」

「うん?」

 食べないの?

 あんなに美味しいのに。

「でもボクの家にはあんまり来ないよ。モンスターがよく通るところから離れてるから」

「家……」

「見る?」

「え?」

「ボクの家。ここから転移結晶ですぐだよ」

「いや、でも94層だよね……?」

「そうだよ?」

 玲奈はまた黙り込んだ。

 そこへ、さっき龍王会の人達を連れていった人の一人が戻ってきた。

「東条様。こちらは間もなく地上へ戻りますが、一緒に――」

「あっ、すみません! もう少しだけここに残ります」

「え?」

「リュウくんの住んでいる場所を少し見せてもらおうかなって……」

「どちらに?」

「……94層です」

「94層!?」

 この人まで玲奈と同じような顔をした。

「ちょっとパパに連絡してきます」

 そう言って玲奈は少し離れたところへ行くと、ポケットから薄い板みたいなものを取り出した。

 なんだろう、あれ。

 何度か指で触った後、それを耳に当てる。

「パパ? うん、私」

 パパ?

 あの板に話しかけてるの?

「うん。もう大丈夫。怪我もないよ」

 玲奈は誰もいないところに向かって普通に話を続けている。

「それでね、ちょっとだけリュウくんの家を見てきたいんだけど……」

 少し間が空いて、

「……94層」

 その瞬間、玲奈が耳から板を離した。

 小さいけど、そこから男の人の大きな声が聞こえた気がする。

 やっぱり誰かいるの?

「分かってるって。家を見るだけだから。それに私も転移結晶持ってるし、何かあったら48層に戻るから」

 またしばらく話した後、

「うん。絶対無理しない。じゃあまた後でね」

 玲奈は板をポケットへ戻した。

「お待たせ、リュウくん」

「今の何?」

「え?」

「それ。誰かと話してたよね?」

「あっ、そっか。リュウくん、スマホも知らないんだ」

「スマホ?」

「遠くにいる人と話したりできるものだよ」

「へぇー!」

 そんなものがあるのか。

「触っていい?」

「またあとでゆっくり見せてあげるよ」

「ほんと?」

「うん。だから今は家、案内して?」

「分かった!」

 地上には面白そうなものがあるんだな。

「あっ、そうだ」

 せっかくだし何か持って帰ろう。

 近くに生えていた青いマンゴーを二つ取って、片方を玲奈に渡した。

「これも持っていこう」

「マンゴー?」

「美味しいよ!」

「それは知ってるけど……」

 玲奈は苦笑いしながら受け取った。

「じゃあ玲奈、手」

「えっ?」

「一緒に転移するんだから触らないと」

「あ……そ、そうだよね」

 玲奈がおそるおそる手を伸ばしてくる。

 その手を握り、転移結晶を取り出した。

「転移結晶! 94層へ!」

 景色が一瞬で切り替わる。

「――っ!」

 転移した瞬間、玲奈がボクの手をぎゅっと強く握った。

「着いたよ」

「ここが……94層」

 玲奈は辺りをキョロキョロと見回している。

 すぐ近くには、いつも使っている転移石板が立っていた。

「あっ、玲奈も登録する?」

「え?」

「転移結晶。これにかざせば94層が登録できるよ」

 そうすれば次から玲奈一人でもここに来れる。

 でも玲奈は転移結晶を取り出そうとはせず、転移石板をじっと見上げていた。

「……やめておく」

「なんで?」

「だって、今は48層までしか人が来られてないんだよ」

「うん」

「そんな中で94層まで来られる転移結晶が、もう一つ増えるのは良くないと思う」

「玲奈しか使わないんでしょ?」

「私がずっと持っていられればね」

「?」

「盗られたりするかもしれないし」

 そう言われて、さっきの龍王会の人達を思い出した。

「人間から物を取る人もいるもんね」

「うん。もしそういう人に渡っちゃったら、何に使われるか分からないから」

「そっか」

 だったら登録しない方がいいのかな。

「分かった。じゃあ家行こう!」

「うん」

 転移石板から離れて、いつもの道を進む。

 家まではそんなに遠くない。

 途中でモンスターに会うこともなく、しばらく歩いていると木々の向こうに見慣れた家が見えてきた。

 父さんとずっと暮らしていた家だ。

「着いたよ。ここがボクの家!」

「…………」

 玲奈が立ち止まった。

「どうしたの?」

「いや……家だ」

「うん。家だよ?」

「本当に普通の家があると思わなくて……」

「家なんだから家でしょ?」

「そうなんだけど……ここ94層だよ?」

 またその話か。

「洞窟とか、もっとこう……小屋みたいなところで暮らしてるのかと思ってた」

「洞窟でも寝たことあるよ?」

「あるんだ……」

「でも家があるのに、わざわざ洞窟で寝なくてもいいでしょ?」

「それはそうなんだけどね……」

 玲奈はまだ不思議そうに家を見ている。

「入っていいよ?」

「あ、うん。お邪魔します」

「おじゃま?」

「人の家に入る時に言うんだよ」

「へぇー」

 そんな決まりがあるのか。

 地上って覚えること多そうだね。

 家の中に入る。

 外から見ると普通らしいけど、中にあるものはそんなに多くない。

「こっちがボクの寝るところ」

「うん」

「それで、こっちは食べ物を置いてるところ」

「……うん」

「この棚は父さんが作ったやつで――」

 気づけば、色々と説明していた。

 父さん以外にここを見せたことなんてないもんね。

「玲奈、お腹空いてない?」

「え? ちょっとだけ」

「じゃあワイバーン食べる?」

「えっ」

「残してあるよ」

「えーっと……ちなみに、どうやって食べるの?」

「どうやってって、そのまま?」

「…………」

 玲奈が黙った。

「嫌い?」

「嫌いというか……私、生のモンスターを食べたことなくて」

「そうなの?」

 人間って何食べるんだろう。

「あっ。じゃあさっきのマンゴーにする?」

「そっちでお願いします!」

「分かった!」

 玲奈はすごい勢いで頷いた。

 そんなにマンゴー好きなんだ。

 二人で座って、さっき持ってきたマンゴーを食べる。

「甘い……」

「でしょ?」

「うん。これは本当に美味しい」

「まだ48層にいっぱいあるよ」

「いや、勝手にいっぱい取っちゃダメだと思うけど……」

「なんで?」

「えっと……それも地上に来たら説明するよ」

 また地上か。

 今日だけで知らないことがどんどん増えていく。

 スマホってやつもそうだし、なんだかちょっと面白い。

 マンゴーを食べ終わった玲奈は、改めて家の中を見回していた。

「リュウくんって、ずっと一人でここに?」

「今はね」

「今は?」

「前は父さんもいたよ」

 ボクは父さんが使っていた場所へ目を向ける。

 あの日から、ほとんど触っていない。

 帰ってきた時に勝手に場所が変わってたら嫌だろうしね。

「お父さんは今どこにいるの?」

「分からない」

「……え?」

「どっか行ったまま帰ってこないんだ」

「いつから?」

「いつ?」

「何年くらい前とか……」

「うーん……」

 そう言われると分からない。

 父さんがいなくなった時、今よりボクが小さかったことは覚えている。

 でも何年前かなんて考えたこともなかった。

「分かんないや」

「そっか……」

 玲奈は父さんの場所を見たまま黙った。

 なんだかさっきまでより元気がない。

「どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

「そう?」

「うん」

 玲奈はそれ以上、父さんのことを聞いてこなかった。

「ねぇリュウくん。地上ってどんなところか知ってる?」

「人間がいっぱいいるんでしょ?」

「それもそうだけど」

 玲奈はクスッと笑う。

「私が通ってる学校には、リュウくんと同じくらいの歳の子もいっぱいいるよ」

「玲奈もそこにいる?」

「もちろん」

「へぇー」

 玲奈と同じくらいの人間がたくさんいるのか。

 それはちょっと見てみたい。

「あと、ご飯も色んなものがあるよ」

「ワイバーン以外?」

「むしろワイバーンを食べてる人の方がほとんどいないかな……」

「えっ!?」

 じゃあ何食べてるの?

 地上の人って不思議だ。

「お店もいっぱいあって、お金を払ったら色んな料理が食べられるの」

「お金?」

「あー……そこからなんだ」

 玲奈はちょっと困った顔をした。

「まあ、それも行けば分かるよ」

「地上に?」

「うん」

 地上かぁ。

 さっきまでは人間がいっぱいいるって聞いて、ちょっと怖いところだと思っていた。

 実際、今日初めて出会った人間には襲われた。

 でも玲奈みたいな人もいるし、知らない食べ物も、スマホってやつもある。

 同じくらいの歳の人間もたくさんいるらしい。

「玲奈」

「ん?」

「ボクが地上に行ったら、また会える?」

 玲奈は少し驚いた顔をした後、

「うん。会えるよ」

 すぐにそう答えた。

「ずっと一緒にいるのは難しいかもしれないけど、学校に来るなら会う機会も作れると思う」

「ほんと?」

「ほんと」

「じゃあ行ってみたいな」

 口に出してから、自分でも少し驚いた。

 ボク、地上に行きたいんだ。

 そう思った時、昔父さんに言われたことを思い出した。

『リュウ。お前も自分から外へ出たいと思う時が来る』

 そういえば、その時にもう一つ言われていた。

『そう思ったら95層に来い。それまでは来ちゃダメだぞ』

 父さんがいなくなった後も、95層には一度も行っていない。

 来ちゃダメって言われてたから。

「……今なのかな」

「え?」

「父さんがね。外に出たいと思ったら95層に来いって言ってたんだ」

「95層?」

「うん。それまでは来ちゃダメだって」

 玲奈は少し考えるようにボクを見た。

「じゃあ……リュウくんは今、外に出たい?」

「うん」

 今度はすぐに答えた。

「地上、見てみたい。それに玲奈にもまた会いたいし」

「……そっか」

 玲奈が嬉しそうに笑った。

 学校ってところも見てみたい。

 知らない食べ物も食べてみたいし、スマホもまだ触ってない。

 だったら――。

「玲奈」

「ん?」

「95層、一緒に来てくれる?」

「……今から?」

「うん」

 玲奈は少しだけ驚いた後、

「もちろん」

 と頷いた。

「じゃあ行こう」

 父さんに来ちゃダメって言われてから、一度も行ってない95層。

 そういえば父さん、なんでボクが外に出たいと思った時だけ、あそこに来いって言ったんだろう。

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