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来世では、連れて帰らないで

来世では、連れて帰らないで

Por:  局所宇宙Completo
Idioma: Japanese
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大富豪の家に引き取られてから十年後、私、今井奈緒子(いまい なおこ)は実の親があてがった雨漏りする格安アパートの冷たい床で死んだ。 その年、私の子どもは三歳だった。 ゲームのつもりだったのか、私たちを拉致した犯人は私に、三度の「助けを求めるチャンス」をくれた。 家族の誰かが助けてきてくれさえすれば、息子だけは解放してやると。 一度目は、十五年間も私を探し続けてくれた父にかけた。 ちょうど偽物の娘の誕生日パーティーの準備を指示しているところで、電話を受けた父は不快げに眉をひそめた。 「奈緒子、今日がお前の妹の誕生日だって分かってるのか?縁起でもないことを言いに来るな」 二度目は、私を家に引き取り、トメという卑しい名前を「奈緒子」に変えてくれた母にかけた。 母は「偽物」の娘が携帯をひったくって笑い転げるのを、目を細めて愛情深く眺めていた。 「奈緒子、嘘をつくにしてももう少し上手にやってちょうだい。逆さに振っても五百円玉一枚出てこないような貧乏人を拉致するなんて、犯人の目がどうかしてるわ」 三度目は、ととの実の父である、戸籍上の夫にかけた。 彼はただ「会議中だ」と吐き捨てた。私とゲームに興じている暇などないのだ、と。

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Capítulo 1

第1話

大富豪の家に引き取られてから十年後、私、今井奈緒子(いまい なおこ)は実の親があてがった雨漏りする格安アパートの冷たい床で死んだ。

その年、私の子どもは三歳だった。

ゲームのつもりだったのか、私たちを拉致した犯人は私に、三度の「助けを求めるチャンス」をくれた。

家族の誰かが助けてきてくれさえすれば、息子だけは解放してやると。

一度目は、十五年間も私を探し続けてくれた父にかけた。

ちょうど偽物の娘の誕生日パーティーの準備を指示しているところで、電話を受けた父は不快げに眉をひそめた。

「奈緒子、今日がお前の妹の誕生日だって分かってるのか?縁起でもないことを言いに来るな」

二度目は、私を家に引き取り、トメという卑しい名前を「奈緒子」に変えてくれた母にかけた。

母は「偽物」の娘が携帯をひったくって笑い転げるのを、目を細めて愛情深く眺めていた。

「奈緒子、嘘をつくにしてももう少し上手にやってちょうだい。逆さに振っても五百円玉一枚出てこないような貧乏人を拉致するなんて、犯人の目がどうかしてるわ」

三度目は、ととの実の父である、戸籍上の夫にかけた。

彼はただ「会議中だ」と吐き捨てた。私とゲームに興じている暇などないのだ、と。

……

電話が繋がった時、父・今井則孝(いまい のりたか)は今井絵梨子(いまい えりこ)の誕生日パーティーの準備の指揮を執っている真っ最中だった。

発信者の名前を見た途端、あからさまに眉をひそめた気配が、不快げな声色からありありと伝わってきた。

「今度はまた何の用だ?」

私は、自分を拉致した犯人の手の中で今も赤黒い血を滴らせているナイフをじっと見つめながら、恐怖に身を震わせていた。

「お父さん、私、拉致されてるんです。来てもらえますか?ととだけでも、助け出してほしいんです……」

ととは私の息子で、まだ三歳になったばかりだ。

犯人たちが踏み込んできた時、私はちょうど彼を寝かしつけているところだった。今はぐったりと私の足元に倒れ、その小さな体から流れ出た血が、じわっと冷たい床に広がっている。

「奈緒子、いい加減にしろ!しばらく大人しくしていたと思ったら、またそうやって厄介事を持ち込みやがって!

今日は絵梨子の誕生日だぞ。こっちは忙しいんだ。縁起でもないことを抜かすな!

田中、絵梨子のケーキはもう届いたか?二十段にしろと特別に頼んでおいたんだ。一段でも欠けていたら承知しないからな」

ぶつっ、と一方的に電話が切られた。

耳に残るのは、ツー、ツーという無機質な電子音だけ。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように痛んだ。

今日は実は、私の誕生日でもあるのだ。

二十五年前、私と絵梨子は同じ病院で生まれた。看護師の不注意で、二人のネームバンドが取り違えられた。

ただ、それだけのことで――絵梨子は京市に名高い名家のお嬢様として、富に恵まれ、溢れんばかりの愛情を一身に受けて育った。

一方の私はといえば、田舎の足の悪い男にゴミ箱から拾われた厄介者。命の重さなど、道端のゴミくずと何ら変わらなかった。

物心ついた頃から過酷な労働を強いられ、食事は二の次。一番腹を空かせていた夜には、豚の餌を奪い合い、そのまま豚小屋の中で意識を失ったこともある。

目が覚めた時には、耳の一部が食いちぎられていた。

足の悪い男は言った。「これが『ツキが削られた印』ってもんだ。足りねえ分は、死ぬまで戻ってこない」

それでも、甘い記憶がまったくなかったわけではない。

十五歳の誕生日、生まれて初めて腹の底から満たされるまでご飯を食べた。湯気を立てる熱い汁物と、ふっくらと握られた大きな塩むすびが二つ。あの日噛み締めた味は、今でもはっきりと覚えている。

男はその日、こう告げた。隣村から結納金を受け取った、四十を過ぎた少しばかり頭の弱い息子のところへ嫁に行け、と。これでお前も、ようやく人並みに幸せになれるのだ、と。

実の親が私を迎えに来たのは、ちょうどその頃だった。

二人は私を家へ連れ帰り、ずっと探していた娘だと言って、絵梨子と仲良くするよう言い含めた。

けれど翌日にはもう分かっていた。居場所が変わっただけで、私はどこへ行っても道端の雑草のままなのだと。

二十一歳の秋、絵梨子の婚約者が酔った勢いで、私の暮らしていた物置部屋に押し入ってきた。

私は身ごもり、彼と結婚した。

そして今、死のうとしている。

そう思い至った瞬間、不思議と胸の苦しさがすうっと引いていった。どうせ死ぬのだから、もう何も怖くない。

足元でうつ伏せになっていた息子が、かすかに体をびくりと動かした。

「……ママっ」

意識も混濁する中、消え入りそうな声で私を呼ぶ。

そのか細い一言で、止まっていた息が吹き返した。

私はゆっくりと苦笑いを浮かべ、事の一部始終を動画で撮り続けている犯人を真っ直ぐに見据えた。

「もう一度だけ、チャンスをください」

……

二本目の電話は、母・今井由紀恵(いまい ゆきえ)にかけた。

彼女は社交界でも名の知れた慈善家で、年中メディアの見出しを独占し、一年間に寄付する額は札束を繋げれば京市を三周できるほどだという。

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第1話
大富豪の家に引き取られてから十年後、私、今井奈緒子(いまい なおこ)は実の親があてがった雨漏りする格安アパートの冷たい床で死んだ。その年、私の子どもは三歳だった。ゲームのつもりだったのか、私たちを拉致した犯人は私に、三度の「助けを求めるチャンス」をくれた。家族の誰かが助けてきてくれさえすれば、息子だけは解放してやると。一度目は、十五年間も私を探し続けてくれた父にかけた。ちょうど偽物の娘の誕生日パーティーの準備を指示しているところで、電話を受けた父は不快げに眉をひそめた。「奈緒子、今日がお前の妹の誕生日だって分かってるのか?縁起でもないことを言いに来るな」二度目は、私を家に引き取り、トメという卑しい名前を「奈緒子」に変えてくれた母にかけた。母は「偽物」の娘が携帯をひったくって笑い転げるのを、目を細めて愛情深く眺めていた。「奈緒子、嘘をつくにしてももう少し上手にやってちょうだい。逆さに振っても五百円玉一枚出てこないような貧乏人を拉致するなんて、犯人の目がどうかしてるわ」三度目は、ととの実の父である、戸籍上の夫にかけた。彼はただ「会議中だ」と吐き捨てた。私とゲームに興じている暇などないのだ、と。……電話が繋がった時、父・今井則孝(いまい のりたか)は今井絵梨子(いまい えりこ)の誕生日パーティーの準備の指揮を執っている真っ最中だった。発信者の名前を見た途端、あからさまに眉をひそめた気配が、不快げな声色からありありと伝わってきた。「今度はまた何の用だ?」私は、自分を拉致した犯人の手の中で今も赤黒い血を滴らせているナイフをじっと見つめながら、恐怖に身を震わせていた。「お父さん、私、拉致されてるんです。来てもらえますか?ととだけでも、助け出してほしいんです……」ととは私の息子で、まだ三歳になったばかりだ。犯人たちが踏み込んできた時、私はちょうど彼を寝かしつけているところだった。今はぐったりと私の足元に倒れ、その小さな体から流れ出た血が、じわっと冷たい床に広がっている。「奈緒子、いい加減にしろ!しばらく大人しくしていたと思ったら、またそうやって厄介事を持ち込みやがって!今日は絵梨子の誕生日だぞ。こっちは忙しいんだ。縁起でもないことを抜かすな!田中、絵梨子のケーキはもう届いたか?二十段にしろと特
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第2話
孤児院での彼女のインタビューを、私は見たことがあった。ある子どもが描いた絵を目にした途端、華やかに着飾った貴婦人がその場で涙をこぼしたのだ。目を赤くしながら、一億円を出してこの子たちの絵の展覧会を開いてあげると約束し、将来は留学の支援もすると誓っていた。私のととには、そんな大金は要らない。ただ誰かに助け出してもらえれば、生き延びさえすれば、それだけで十分だった。電話は前回よりも早く繋がった。「お母さん、私、拉致されてるんです。今から殺されそうで……ととだけでも家に連れて帰ってくれませんか?」少しの沈黙のあと、どっと弾けるような笑い声が広がった。「偽令嬢」である義妹の絵梨子が携帯をひったくり、おかしくて仕方がないという様子で叫んだのだ。「ぷっ。お姉ちゃん、嘘をつくならもう少し上手にやってよ。逆さに振っても一文も出てこないような貧乏人が拉致?ははははは、笑い死にするかと思った!ねえお母さん、そう思わない?」母は絵梨子の綺麗に手入れされた髪をやんわりと撫で、上品に微笑んだ。「そうね、うちの絵梨子の言う通りよ」それから、まだ繋がっている携帯をちらりと一瞥し、ひどく冷ややかに続けた。「切ってしまいなさい。あの子のことは放っておいて。田舎でどんな育ち方をしたか、見え見えじゃないの。『トメ』なんて名前、聞いているだけで品のかけらもないわ」凍えるような言葉が、耳の奥へと流れ込んできた。私は唇を動かそうとしたが、口の中いっぱいに広がる錆びた鉄のような血の味が、言葉を無理やり飲み込ませた。嘘じゃないと言いたかった。まともに育ったと言いたかった。そして、伝えたかった――私の名前はトメじゃない、今井奈緒子だと。お母さん、あなたがつけてくれた名前じゃないか、と。絵梨子は電話を切らなかった。もう少し話があると言いながら、携帯を持ってベランダへ出たようだ。「奈緒子、聞いてる?お父さんもお母さんも、あんたに構う暇なんてないの。かわいそうぶって気を引こうとしても無駄よ。今日は私の誕生日、二人の頭の中には私しかいないんだから。それに聖司だって、海外の大きなプロジェクトをわざわざ断って飛んで帰ってきてくれたのよ。どう?悔しいでしょ?」その声には、勝者だけが持ち得る残酷な余裕が漂っていた。でも私には、それを気に病む余裕
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第3話
犯人は面白がるように眉を上げた。「お父さんもお母さんも見捨てたのに、まだ誰に電話するつもりだ?諦めろよ」かつて、あの足の悪い男が私を縛り上げ、見知らぬ男に売り飛ばそうとした時も、同じ言葉を聞かされた。これがお前の運命だと。それでも私は諦めなかった。あの時、男に噛み付いて逃げ出し、村の入口まで死に物狂いで走った。そこでちょうど、娘を探しに来た父と出くわしたのだ。私は自分の運命を、自分の力で変えた。手首には結束バンドが深く食い込み、痛々しい痕を残していたが、痛みはもう感じなかった。ただ頑なに、犯人の目を見据えた。「もう一度だけ、チャンスをください」三本目の電話は、荻野聖司(おぎの せいじ)にかけた。ととの実の父親だ。「聖司、私もうすぐ死ぬの。ととを、引き取ってもらえない?あの子ももう三歳になったよ。あなたに会いたがってる」聖司は煩わしそうに小さくため息をついた。「奈緒子、今度はまた何の騒ぎだ?こっちは忙しいんだよ。お前のくだらない遊びに付き合ってる暇はない。今月の養育費だってきちんと振り込んでるだろ。金を受け取ったら大人しくしてろ。いちいちまとわりつくな」ととは父親の声を聞いた途端、犯人の手を振りほどき、泣きながら「パパに会いたい」と叫んだ。電話口で、聖司が息をのむのが分かった。少しは心が動いてくれたのかと思い、私は涙をためながら口を開こうとした。しかし、その言葉は男の底冷えする声に遮られた。「言っただろ、奈緒子。大人しくしてろ。養育費は一円も削らない。でもな、子どもに変な吹き込み方をしたら、ただじゃおかないからな」奥から、絵梨子の甘ったるい声が漏れ聞こえてきた。「聖司、ケーキ切るわよ、早く来て!」聖司はふっと軽く笑った。「来週、お前らを家に呼んでやるから」それだけ言って、あっさりと電話を切った。三度目のチャンスが……露と消えた。私は悲鳴を上げ、もう一度電話をかけようと必死にもがいた。指先がもう少しで画面に届くというところで、犯人が足で携帯を無造作に蹴り飛ばした。そしてととの片足を掴み、私の前へずるずると引きずってきた。口元に残酷な笑みを浮かべながら。「ほらな、諦めろって言ったろ。信じなかったのはお前だ。今度こそ、認めるか?」ととは泣きながら私の胸に飛び込んできた。ぷっくりと
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第4話
「お母さん、お母さんお願いしますっ、電話に出てください!もうととを迎えに来なくていい、家に連れて帰らなくていい、ただ電話に出て一言話してくれるだけでいいですから!」「お、奥様……やはり……」私の泣き叫ぶような声と田中のただならぬ様子に、母がわずかに動揺したのが、息遣いで分かった。長い間を置いて、観念したようにゆっくりと手が伸びてくる。あと少しで届くというその瞬間、絵梨子が現れた。後ろには、満面の笑みを浮かべた父と聖司を連れて。「お母さん、早く来て!家族写真を撮るの!」絵梨子は嬉しそうに手を振り、弾むような声で呼んだ。母がためらった。「奈緒子が電話してるから、先に出てあげないと……みんなは少しだけ待って……」絵梨子の目が、みるみるうちに赤く潤んだ。ひどく傷ついたような目で三人を見回してから、くるりと背を向けて泣きながら走り去っていく。聖司がすぐさまその後を追った。父の顔色がさっと変わった。田中から携帯をひったくるように奪い取ると、力任せに床に叩きつけた。「奈緒子のやつ、わざとだに決まってる!今日が絵梨子の誕生日だって分かってて、こんな時にわざと面倒を起こしやがって!お前もお前だ、またあの子の安い芝居に乗りやがって!長年、絵梨子が奈緒子のせいでどれほど辛い思いをしたか、忘れたのか!」母が弱々しく反論した。「忘れてないわよ。でも……でも今日は、奈緒子の誕生日でもあるの……」父は忌々しそうに顔を背けた。「別に今日死ぬわけじゃあるまいし、来年にでもケーキを買ってやればいいだろう。いいから、早く絵梨子のところへ行け。あの子を待たせるな」母は小さくため息をつき、高いヒールの先で容赦なく携帯の画面を踏み砕いてから、父の後を追って部屋を出ていった。薄暗い監禁部屋に、もうすがりつくような泣き声は響かなかった。ただ犯人だけが、心の底から気の毒そうに私を見下ろしていた。「一体何がしたかったんだ?結末なんてとっくに分かってただろうに、なんで三度も四度も惨めにあがき続けた?冥途の土産に正直に言うとな、俺を雇ったのはお前の大切な妹だ。しかも手付金は、妹がその場でお前の親に借りた金だ」私は何も言わなかった。ただ黙って身をかがめ、震えるととの頬にそっと口づけをした。「縛りを解いてもらえますか。遺言を送りたいん
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第5話
三人は顔を見合わせ、胸の奥で心臓が嫌な音を立てて跳ねた。聖司は人目も気にせず電話を受けていたため、両親だけでなく、傍にまとわりついていた絵梨子の耳にも受話口の声はしっかりと届いていた。絵梨子は母の腕にしがみつきながら、不満そうにそれを揺さぶった。「最近の詐欺師って本当に質が悪いわ。こんな手の込んだことまでしてくるなんて!どう見てもさっきの写真、加工されてるじゃないの!それに、ととがお姉ちゃんと一緒にいたなら、本当に何かあったらすぐこっちに連絡してくるはずでしょ?絶対に詐欺よ」母は、最後に繋がったあの電話の様子を思い出し、ためらいがちに口を開いた。「奈緒子、本当に何かあったんじゃないかしら……」今回は父もすぐには反論しなかった。ただじっと血まみれの写真を凝視し、重い沈黙を保っていた。おそらく、死の間際もととの安否ばかりを案じていたせいだろう。次に目を開けた時、私は魂だけとなって両親のもとへ舞い戻っていた。家族たちの半信半疑の眼差しを前にして、私の心は静かに、そして深く沈んでいった。絵梨子が近づいてきて、口を尖らせて言った。「みんながお姉ちゃんのことをそんなに心配するなら、行ってくればいいじゃない。私の誕生日なんて、一人で過ごせるし」父は慌てて彼女の頭を優しく撫でた。「今日の予定をすべて断ったのも、全部絵梨子のためじゃないか。お前を一人にするわけないだろう」「そうよ、お母さんだって山ほどプレゼントを用意してるんだからね!」絵梨子は満足そうに口元をほころばせ、二人の腕に自分の腕をからめてパーティー会場の奥へ引っ張ろうとした。「でしょ。やっぱりお父さんもお母さんも、絵梨子のこと世界一好きね!」そうね、あなたにはずっとそうだった。物心ついた頃から、あの子みたいに親に甘えることなど、私には一度もなかった。以前は怖くてできなかった。そして今は、許されなくなっていた。私が父や母に少しでも近づこうとすれば、父や母が少しでも私に気をかければ、私の何気ない行動で、絵梨子がほんの少しでも気分を害すれば……容赦なく切り捨てられるのは、いつだって私だった。今もそれは、何も変わっていない。「お義父さん、お義母さん」聖司の低く硬い声が、三人の足を止めた。「奈緒子に何度か電話してみたんですが、繋がりま
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第6話
「あの警察を名乗る電話だって、詐欺師がかけてきたのかもしれないし、そんな人も場所も実在しないかもしれないでしょ?」聖司の鋭い目が、静かに絵梨子の顔へ向けられた。二人は数秒、無言で視線を交わした。絵梨子は何度かその圧のある目から逃げるように視線を泳がせた。やがて彼は視線を外し、ひどく冷ややかな口調で言い放った。「本物でも偽物でも関係ない。ととは俺の息子だ、放っておけない」それから、両親へ鋭い目を向けた。「ととがなぜ警察署にいるのか、後で娘さんに、筋の通った説明をしてもらいますからね。彼女が今どこにいるか、ご存じですよね?」……一時間後、漆黒のマイバッハが警察署の前に停まった。聖司が先に車を降り、慌てた様子の両親がその後を追った。警察署の中で、私はととを抱きしめ、震え続ける小さな体を必死になだめようとしていた。「すみません、息子はどこですか?」聖司の声が扉の外から聞こえた途端、ととのうつろな瞳がかすかに輝いた。付き添っていた女性警官がその小さな反応に気づき、そっと手を取って優しく尋ねた。「お父さんのところに連れて行ってあげようか?」ととはしばらく固まったまま、部屋の隅に縮こまって動かなかった。部屋に入ってきた聖司が、全身に血のこびりついたととを見た瞬間、弾かれたように駆け寄った。ととが鼓膜をつんざくような甲高い声で叫び、手足をばたつかせて必死に抵抗する。「とと、もう大丈夫だ。パパが来たよ!」聖司の声は微かに震えていた。その目に、痛ましいものを見るような色がよぎる。遅れて入ってきた父は、聖司の困り果てた背中と、ととの泣き声しか目に入らず、状況も把握せずにすぐさま怒鳴りつけた。「奈緒子のやつ、どうかしてる!絵梨子の誕生日を台無しにするために、子どもまで巻き込んだのか!」母は周りを見回したが私の姿が見当たらず、大きなため息をついた。「奈緒子、今回は本当にやりすぎよ……」そばで見ていた女性警官がたまりかねて、ととを引き離した。そこでようやく全員が、ととの無惨な姿をまともに目にしたのだ。服はぼろぼろに引き裂かれ、あちこちに赤黒い血がにじんでいる。白くてぷっくりとしていたあの愛らしい顔の面影は、どこにもない。全身が泥と血にまみれ、どこからともなく腐ったような臭いが漂っていて、路地
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第7話
聖司は女性警官からそっとととを受け取り、大きな手でその細く震える背中をゆっくりとさすった。「とと、怖くないよ。パパが迎えに来たよ。一緒に帰ろう、いいね?」ととは聖司の服の袖をぎゅっと握りしめ、青ざめて震える唇から必死に声を絞り出そうとした。「たす……っ、ママ……」聖司はぴたりと背をさする手を止め、耳を近づけた。「とと、今、何て言った?」ととは爪が肉に食い込むほど手に力を込め、全身の震えを必死に抑えながら、何度か喘ぐように口を開いては閉じた。そしてようやく、もう一度声にした。今度は、聖司の耳にはっきりと届いた。彼は呆然と周囲を見渡し、信じられない言葉を聞いたようにゆっくりと繰り返した。「ととは……ママを助けて、と言っています……」……パトカーが一時間走り続けた。後を追う聖司の目に、車窓の外の景色が高層ビル街からみるみるうちに寂れていく様が映った。やがて、壁の崩れかけた古びた格安アパートが建ち並ぶ一角の前で車が止まった。ビジネスの世界で場数を踏んできた聖司でさえ、この貧民窟のような場所の光景には完全に言葉を失ったようだった。でこぼこした細い路地を歩くたび、空気にまとわりつくカビと腐敗の臭いが鼻をついた。彼は歩きながら、ずっと眉を深くひそめたままだった。「毎月あれだけの養育費を振り込んでいれば、一か月で郊外に別荘が買えるほどだというのに、なぜこんな場所に住んでいたんだ……」後ろに続く両親の顔色が、わずかに引きつったように変わった。二人は知っていたのだ。聖司が毎月莫大な金を送っていることも、その金が一度も私の手には届いていないことも。二人の愛しき養女は、私に一円も渡さないどころか、道端の野良犬に豪勢なフルコースを一か月食わせる方がましだと冷酷に言い切るような子だった。最初の頃は、私も生きるために家族に掛け合っていた。でも両親が返す言葉は、いつも決まって一つだった。「お金がなくても今まで生きてこられたんだから、これからも生きていけるでしょう?」そうね。贅沢な暮らしも命なら、かろうじて息をしているだけでも命だ。私がどうやって泥水をすすって生き延びてきたか、彼らには一秒たりとも考える気などなかったのだ。養育費が私の手元に届かないまま、今井家を出る時に蓄えていたわずかな貯金もすぐに底をつ
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第8話
部屋へ足を踏み入れた全員と、私の視線が交わった。……警察官たちが踏み込んできた時、彼らの顔はこれ以上ないほど険しかった。すぐさま現場に規制線が張られ、三人は容赦なく外へ押し出された。母は恐怖と悲痛に完全に打ちのめされ、閉ざされた扉の前にへたり込んで、声が枯れ果てるまで泣き叫び続けた。「奈緒子……どうしてこんなことに……あぁああ奈緒子……っ!なぜ……なんで……私の奈緒子!」あふれる感情を抑え込むことなど到底できず、ただ本能のままに泣き崩れていた。やがて、警察によって変わり果てた私の姿がアパートから運び出された。母はたまらず飛びつき、その惨状を直視することもできないまま、布越しに私の体をきつく抱きしめた。「違う……そんなはずない……私の奈緒子……」血を吐くように声を振り絞って泣き続け、やがてぷつりと糸が切れたように意識を失った。聖司はふらつく自分の体を必死に支えながら遺体の傍らに立ち、信じられないものを見るような目で、ただ呆然と私の顔を見つめていた。刃物による無数の傷が深く刻まれ、顔の原形をほとんど留めていなかった。「奈緒子……」彼は私の名前をうわごとのように呟きながら、白くなるほど拳を強く握りしめた。その表情には、言葉では表しようのない複雑な感情が渦巻いていた。「違う……お前が事前に仕組んだ芝居だ……誕生日に付き合わなかったことを怒ってるのか?奈緒子、こういう冗談は全然笑えないぞ!」そう言って、私の体をストレッチャーから引き起こそうと手を伸ばしたが、検視官に厳しく止められた。検視官が、氷のように冷たく言い放った。「命を使って、あなた方と遊んでいたとでも言うつもりですか?」聖司の表情が、一瞬で凍りついた。私は傍らに立ったまま、冷笑を止めることができなかった。最初に落ち着きを取り戻したのは父だった。傍らに立ち、石のように立ち尽くし、検視の一部始終をじっと見つめていた。検視官が血まみれの手袋を外した時、父はようやく長く重い息を吐き出し、堰を切ったように涙をあふれさせた。震える足で私に近づき、かすれた声で検視官に尋ねた。「本当に……うちの奈緒子、なんですか?」検視官は父を一瞥してから、重々しくうなずいた。「被害者は生前、長期にわたり、残忍な虐待を受け続けていた痕跡があります。刃
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第9話
「六億……絵梨子にそんな大金がどこから。一体、これだけのお金を何に使ったんだ?」母が震える声で言った。「昨日の電話を聞く限り、誰かにひどく脅されていたんじゃないかしら……」父はしばらく思案し、スマホを取り出してどこかへ電話をかけた。「腕の立つ男を何人か連れてこい」絵梨子はひどく焦っていたのだろう。目の前の厄介な爆弾を早く片づけたい一心で、自分が尾行されていることにすら気づいていなかった。郊外の廃ビルの一角。絵梨子のヒステリックな鋭い声が響き渡った。「失敗したってどういうこと!?現場をきれいに片付けておくように言ったじゃない!あのガキまで逃がすなんて、本当に役立たずね!」男が苛立ちを露わにして言い返した。「あの女に電話させて、もう少し金を引っ張るつもりだったんだよ!まさか、あんなに誰にも相手にされてないとは思いもしなかったんだ。親も、旦那も、誰一人としてあの女をまともに取り合いやしなかった。いざ始末しようとしたら、あの女が急に狂ったように暴れ出して噛みついてきやがった。それでガキに逃げられたんだ。どうせ母親のいない浮浪児だ。まともに育つかどうかも怪しいのに、そんなにビビってどうする?」壁の向こうで立ち聞きしていた父たち二人は、その言葉の重さに耐えきれず、その場にへたりと崩れ落ちた。物音に気づいた男がこちらを振り向き、舌打ちをして慌てて逃げ出そうとした。「捕まえろ!」もともと絵梨子を守るために連れてきた護衛たちが一斉に追いかけ、あっという間に男を半死半生の状態にして引きずり戻してきた。「社長、吐きました。奈緒子様を殺したのは……すべて絵梨子お嬢様の指示で……」絵梨子が悲鳴を上げてその言葉を遮り、両親の前に激しく膝をついた。「違う、嘘よ!こいつが私を陥れようとしてるの!」母の目には、胸をえぐられるような痛みと絶望が満ちていた。幼い頃から愛情の限りを尽くして育てた子が、なぜこんな恐ろしい怪物になってしまったのか、まったく理解できなかった。「絵梨子……あの子はあなたの姉よ。どうして……どうしてこんな恐ろしいことを……」その先の言葉が、嗚咽に飲まれて続かなかった。父が最初に冷静さを取り戻し、動かぬ証拠を前にすぐさま警察に通報した。「今井絵梨子、お前はこれまで、俺が誰よりも大切にしてき
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第10話
聖司も激しい怒りを露わにした。「絵梨子、奈緒子もととも、お前の家族だろう?少しは心が痛まないのか?」ととは引き取られてから、ずっと心の状態が不安定だった。毎晩、悪夢の中で泣き叫びながらママを呼んでいた。聖司はずいぶんと手を焼いたが、それ以上に深く心が痛んだ。これまで我が子にほとんど構ってこなかったというのに。絵梨子はゆっくりと三人を見渡し、ふっと鼻で笑った。「殺したのは、あなたたちじゃないの?今更被害者ぶらないでよ。私が奈緒子を嫌いだってこと、ずっと知ってたでしょ。わざと意地悪してたことも、全部見えてたはずよ。見て見ぬふりをしてたのはどっち?」絵梨子の口元には歪んだ笑みが浮かんでいたが、目の奥は底なしに冷たく暗かった。「ふふふふ……二人の本当の娘は、連れ帰ったその日から、私に犬みたいに扱われてたのよ。全部知ってたでしょ?水に薬を盛ったことも、アレルギーのあるアーモンドを無理やり食べさせたことも、あの子の血を抜いて絵の具代わりに使わせていたことも。お母さん、あの絵、とっても上手ねって褒めてくれたじゃない。覚えてる?」そう言われた母は、寝室に大切に飾り、毎日うっとりと眺めていたあの赤い絵が、実の娘の生血で描かれたものだったと気づいた瞬間、鼓膜を破るような悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。絵梨子は冷酷に一瞥して、さらに言葉を紡いだ。「一応、生きるチャンスは与えてあげたのよ。死ぬ直前に、わざわざあなたたちに電話させてあげたじゃない。でも全員が無視したんでしょ、ははは!誰か一人でも様子を見に行ってくれてたら、あの子は死なずに済んだのに。あなたたちは誰も気にしなかった!誰も気にしないゴミみたいな人間を、生かしておいてどうするの?私が代わりに片付けてあげたのよ!むしろ私に感謝してほしいくらいね、あはははは!」絵梨子の狂気に満ちた高笑いが取調室に響き渡り、父は胸を強く押さえてそのまま床に倒れ込んだ。両親は、そのひと晩で髪が真っ白になった。母は立て続けに娘を失ったショックと罪悪感に耐えきれず、精神を完全に病んで精神病院で療養することになった。絵梨子が犯人に支払った六億円は、彼女自身の口座だけでは到底足りなかった。そのために彼女は父の会社の社印を盗み出し、取引先の機密顧客情報を競合に売り渡していたのだ。会社は
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