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第4話

作者: 霧乃吟
征司は紗耶のものをこの家へ運び込むことを許した。

それは、森宮家の妻である澪がどれほど惨めに敗れたのかを、家中の者に見せつけるのと同じだ。

離婚するつもりでいるとはいえ、澪はまだ征司の妻だった。

征司がどれほど急いで紗耶を表に出したがっていようと、離婚も成立していないうちから、自分がここまで踏みにじられる筋合いはない。

澪は作業員たちを静かに見渡し、運び込まれた家具を一つずつ指さして言った。

「どれも高いものですよね。全部譲りますよ。中古で売っても、いい値段になると思いますから。お手数ですが、外へ運び出してください」

作業員たちは、ただ雇われて来ただけの人間だ。そんなうまい話を聞かされて、断る理由などない。

彼らは顔を見合わせると、すぐに笑顔でうなずいた。

悠真は止める暇もなく、顔を真っ赤にして澪を指さした。

「お前、何様だよ!これは母さんが紗耶さんに贈ったものなんだぞ!勝手に決めていいと思ってんのか?兄さんが絶対にお前を追い出すからな!」

その一言で、澪はようやく分かった。

紗耶の家具をこの家に運び込ませたのは征司だけではなく、彼の母・森宮香澄(もりみや かすみ)も最初から承知しているのだ。

澪は悠真を見下ろし、はっきりと言った。

「そう。じゃあ明日、あなたの学校に行って、みんなに話してあげるわ。

悠真は、お兄さんと従兄の婚約者の女をくっつけるって。森宮家って、そういうことを平気で許す家なんだって。

そんなに紗耶さんの味方をしたいなら、学校中に広めてあげる。……悠真は有名人になりたい?」

澪の言葉は、十二、三歳の子どもに向けるには、あまりにも容赦がなかった。

彼女はこれまで、悠真にこんな言い方をしたことが一度もなかった。

いつもなだめ、機嫌を取り、子どもだからと許してきた。

だからこそ悠真は、信じられないものを見るように目を見開いた。

やがて顔をさらに赤くし、声を震わせて怒鳴った。

「やっぱりお前、最低だ!そんなこと、できるわけないだろ!」

澪は肩をすくめた。

ほら、ちゃんと分かっているじゃない。

子どもだから何も知らないわけではない。

子どもの言うことだから許される、などということもない。

刃が自分に向けられた途端、人はちゃんと痛みを覚える。

子どもだから大目に見ろ、なんて誰が決めたのだろう。

騒ぎを聞きつけたのか、香澄が険しい顔で入ってきた。

「朝から何を騒いでいるの」

そう言ってから、香澄は澪に目を向け、眉をひそめた。

「もうすぐ十時よ。今日はずいぶん遅いじゃない。ご飯はまだなの?私の分も、紗耶の分も、どうするつもり?」

その言葉を聞き、澪は喉の奥が詰まるように痛くなった。

医師である澪は、毎月森宮家の人たちの体調や好みに合わせて料理を用意してきた。

家族それぞれの体質や好みに合わせるため、澪は毎朝五時前から台所に立つ。

出勤前にすべて整えて、本邸にいる年長者たちや親族の分まで届ける。

もちろん、紗耶の分も含まれている。

香澄が以前から紗耶を特別扱いしていたことを、澪も覚えている。

ただその頃は、紗耶は人当たりもよく、目上の人に好かれるタイプなのだと思っていた。

今思えば、兆候はとっくにあったのだ。

今、はっきりとわかった。

香澄は最初から、紗耶と征司とのことに気づいている。

だからこそ紗耶にだけ妙に優しく、彼女の婚約者が服役してからは、なおさら二人を近づけようとしているのだ。

澪だけが何も知らなかった。

何も知らないまま、夫が大切にしている女のために一年も料理を作り続けていたのだ。

思い返すほど、自分が滑稽でたまらなかった。

彼らは最初から、澪を一人の人間として尊重してなどいなかった。

だから彼女はもうこれ以上譲るつもりはなく、静かな声で言った。

「私がいないと生きていけないなら、勝手に死ねばいい」

香澄の顔色が一瞬で変わり、信じられないものを見るように、去っていく澪の背中をにらみつけた。

そばにいる使用人たちまで思わず息をのんだ。

奥様は、紗耶さんへの嫉妬でおかしくなったのだろうか。大奥様に向かって、あんな不敬なことを言うなんて、と使用人たちは思った。

香澄もすぐに我に返り、唇をひどく歪めた。

「育ちの悪さがはっきりわかる態度ね。そんな態度で征司の心を掴めると思ってるなら、ずいぶん甘いわ」

――

澪は荷物を新しい部屋へ運び込むと、その足で四年勤めた病院へ向かい、辞表を出した。

この病院を選んだのは、医師としてどうしてもここで働きたいからではなく、ただ征司の会社である森創に近いからだ。

征司を手放すと決めた以上、ここに残る理由もなかった。

澪にはほかに選べる道がないわけではない。

医師として、もっとふさわしい場所はいくらでもある。

辞表を出したあと、澪はそのまま伊織と約束している店へ向かった。

店は伊織が選んだ場所で、病院からもそう遠くない。

澪が店に入ると、先に来ていた伊織が席から手を振った。

澪が向かいに腰を下ろすと、伊織はすぐ湯飲みにお茶を注ぎ、彼女の前へ差し出した。

「退職の手続き、終わった?」

澪はうなずいた。

「だいたいは」

「それで、離婚を切り出したとき、征司はどんな反応だったの?」

そこは伊織も気になっている。

ああいう男なら、澪のほうから離婚を切り出されたこと自体、男としてのプライドを傷つけられたと思うに違いない。

澪は湯気の立つ湯飲みを見つめ、首を横に振った。

「何も」

澪がついに離婚を口にしても、征司はまともに向き合おうとしなかった。

男というものは、つくづく身勝手だ。

自分は平気で相手を傷つけるくせに、相手から先に背を向けられることには耐えられない。

伊織は悔しそうに歯を食いしばった。

「あいつ、人の心あるの?七年だよ?普通なら少しくらい動揺するでしょ」

澪は、泣けばいいのか笑えばいいのか分からなかった。

七年もかけて愛してきた相手に、ここまで軽く扱われていた。

その事実だけが、どうしようもなく惨めである。

七年分の苦しさは、澪自身にしか分からない。

涙なら、もうとっくに枯れた。

澪はもう、征司からほんのわずかな愛情を恵んでもらうことにすがる女ではない。

伊織はさらにどうしてそこまで離婚を決意したのかと尋ねた。

澪は隠さなく、昨夜、救急で起きたことをそのまま話した。

伊織は顔色を一気に変え、次の瞬間、テーブルを叩いて立ち上がった。

「あのクズ、少しは人目を気にしようと思わないわけ!?紗耶って女、恥ってものがないの?婚約者があんなことになって、まだ間もないのに、その兄とあんな真似をして……しかも妊娠までしてるんでしょ?」

こんな話、生まれて初めて聞いたよ。

澪は、伊織がまっすぐな性格だとよく知っている。感情が高ぶると、声も自然と大きくなる。

澪は慌てて彼女の腕を掴んだ。

昨夜、実際に何があったのか、澪にも詳しいことは分からない。

ただ救急で聞いた話を、伊織にかいつまんで伝えただけだ。

紗耶の状態についても、澪はきちんと診察する前に拒まれてしまった。

紗耶は澪を信用しておらず、ひどく警戒していた。

しかし、もう遅い。

背後から、誰かが鼻で笑うような声がした。

振り返ると、衝立の向こうに一人の男が立っていた。

澪はその男を知っている。

征司の数少ない友人の一人、藤堂彰人(とうどう あきと)だ。

彰人は澪を見るなり、露骨に顔をしかめた。その目には、隠す気もない軽蔑がにじんでいる。

どうやら今の伊織の言葉をはっきり聞いていたらしい。

その話を、澪がわざと人前で広めているのだと思うのだろう。

「澪、そこまで落ちたとは思わなかった」

そう冷たく吐き捨てると、彼はそのまま大股で二階へ上がっていって、澪に反論する暇さえ与えなかった。

まるで、悪いことをしたのは澪のほうだと言わんばかりの態度だ。

澪は思わず眉をひそめた。

伊織はすぐに怒り出した。

「何なの、あいつ!あんなことしておいて、言われるのが嫌なら最初からするなって話よ!もう、いっそ森創の前で全部ばらしてやる!株価を暴落させてやってもいいんだから!」

澪は、それが現実には不可能だと分かっている。

そんなことをすれば、自分もここで生きていけなくなる。

自分がまだ森宮家と正面からやり合える立場ではないことも分かっている。

何より、守らなければならない玲衣がいる。だからこそ、感情に任せて動くわけにはいかない。

彰人のことも、気に留めるつもりはない。

――

二階。

彰人は険しい表情のまま二階の個室に入った。

落ち着いた雰囲気の部屋には、すでに数人が席についていて、中心に座っているのはもちろん征司だ。

彼は姿勢よく座っているだけで、周囲を自然に黙らせるような空気をまとっている。

彰人が入ってきても、征司は軽く目を向けただけで、特に何も言わなかった。

その隣には、当然のように紗耶が寄り添っている。

彼女は彰人の表情を見て、やわらかく笑った。

「どうしたの?誰かに嫌なことでも言われた?」

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