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12 打ち明ける

Author: 桜立風
last update Last Updated: 2026-02-25 15:46:16

蔵之介の拳が顎の下に入り、勢いで後ろに吹っ飛んだ龍之介。

ぶつかったサイドボードのガラス扉が派手な音を立てて割れ、桜は驚いてソファから立ち上がった。

「…今回は俺に指図するんじゃねぇぞ」

「や…やめてください」

仰向けに倒れた龍之介の胸ぐらをもう一度掴んだのを見て、反射的に桜は蔵之介を止めた。

自分の手に重なる桜の手を払うことができず、蔵之介は龍之介を離し、立ち上がった。

「全部、教えてください。百合さんというのは、いったい誰なんですか…」

蔵之介が出ていき、唇から血を流した龍之介に手を貸してソファに座らせ、砕けたガラスを拾いながら聞く。

「…危ない。俺がやるから」

せっかく座ったのに、桜がつかんだガラスの破片を奪い、ビニール袋に放り込む龍之介。そんな龍之介を、桜はじっと見つめていた。

そして、そんな桜の強い視線の意味を、龍之介はちゃんと理解していた。

けれど…今はまだ言いたくない。

それは、初めて会った時とは違う気持ちが芽生えているからだ。これまでつらい思いばかりしてきた桜を、傷つけたくない。

「誤解させないように話したい。…だから話すまで、もう少し時間をくれ」

「いつですか?」

「…ん?

「いつになったら誤解のない話ができるようになるんですか?」

桜は強い視線を投げかけ、そんな話ができるはずないと言い放った。

「正直に、話してくれたらいいんです」

…すでに、涙で濡れているように見える桜の大きな目。

今は、正直に話す方が彼女に対して誠実だと思い直した。

「百合というのは…2年前亡くなった妻だ。結婚して1年で病気になってな…あっという間に、逝ってしまった」

「亡くなった…奥さん…」

それを聞いて納得した。

…いつか、私を抱きしめて名前を呼んだのは…

「私は、奥さんに似ていたんですね」

「…あぁ。目を見張るほど似ている。組の者も…百合のことを知る奴は皆驚いた」

「…だったら、納得です。私が生きる事を許された理由が」

…すべては、百合さんという女性に似ていたから。

「だから怪我を心配してくれたんですね。…あ、そもそも、抱き上げて屋敷に入れてくれたのも、そういうことか」

優しい瞳で見つめてくれたのも…頬のガーゼをとめる紙テープに気を使ったのも…抱きしめてくれたのも、キスも…

「全部、私を通して百合さんを見ていたから…」

…溢れる涙を止められなかった。

ラッキーなことに、ここに今いられるのは、百合さんに似ていたおかげ。

こんな幸運もあるのだと知る。

そう思うのに、勝手に膝が崩れ落ちて…取り繕うことなんてできずに泣き崩れた。

「こんなことを言ったら、よくある言い訳だと取られるかもしれねぇが」

肩に置かれた暖かい手が、そっと背中を撫でた。

「初めは確かに百合を見ていた。でも、お前の複雑な事情を知るうち…本気で心配になった。百合を通して見たお前ではなく、桜自身を…だ」

「嬉しいです…」

素直に、言葉が出た。

こんなに泣くのは、生まれて初めてかもしれない。…いつも、何かを我慢して、何かを見ないふりをして、何も感じないようにしてきた。

だからこそ、初めて感じる強い悲しみを吐き出したかった。

「龍之介さんに気にしてもらって、本当に嬉しいです。…初めは私の向こうに百合さんを見ていたとしても、心配されたり、大事にされたことなんてなかったから…」

いつも、私はいらない存在だったから…

「でも、龍之介さんと別れなくちゃいけない。もう、会っちゃいけない…」

やっと泣きやんで、しっかり目を見て言った。

再婚が決まっている人…どちらにしても、一緒に人生を歩いていく人が決まっている人…

本当はそれが一番、悲しかったのかもしれない。

「…桜」

何かを吹っ切ったように、龍之介は桜を抱きしめた。

「歪んだ…結婚だ。相手にも好きな奴がいる。桜に会うまで…組のためだけに結婚しようと思って来たが…」

泣きじゃくる桜の顔を上げ、濡れた瞳を揺れる龍之介の目がとらえた。

「…無理だ。俺はとても、桜を離せない」

ふわりと抱き上げられ、ベッドに降ろされた。

どこか獰猛な目が、フットライトに照らされて浮かび上がる…

「…正直に言う。百合を亡くして、俺は男としての機能を失った」

「…え」

だから今まで自分に触れなかった…

「百合を忘れたくて、いろんな女の助けを借りた。でも、まったくダメだった。…でもな」

そっと手を取られ、男性の場所に当てがわれる。そこに感じる、特徴的な硬さ…

「…抱いていいか?」

瞬間的に、自分の向こうに百合さんを見て…代替え品になれと言われているのかと取った。

「…いや、ごめん」

素早く、桜の目に浮かんだ不安を読み取ったらしい。

…寝転んだまま、桜を抱きしめた龍之介。

「…怖いです」

正直に言ってくれた龍之介に、桜も本音で打ち明けた。

「龍之介さんに抱かれたら、離れられなくなりそうで、もっと好きになりそうで…怖いです。…それから」

「…それから?」

「は、初めてなので…」

桜からも、ギュッと龍之介にしがみつく。…下腹に触れる硬さに、強度が増したような気がした。

「…よし、決めたぞ、桜」

しばらく抱きしめ合い、おでこに、頬に、耳に…首筋に降ってきたキスを受け止めながら、涙が乾いた頃…龍之介が起き上がって言った。

「…打ち明ける。麗香に…」

「…麗香さんって…」

「組のために決められた婚約者だ」

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