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3.連れ去られる

Author: 桜立風
last update publish date: 2026-02-02 10:01:32

それは…1ヶ月ほど前のこと。

「え…現場で怪我をした?」

『あぁ…やっと仕事にありつけたんだけどよぅ…健康診断ってのがあって、それで、悪い病気が発見されたんだよ。…もう、ショックでさ…お前には、知らせねぇつもりだったんだけどな?』

父のしゃがれた声の向こうから、街の雑踏を思わせる音が聞こえる。…携帯を買ってやったのに、それはどうしたのか。

「病気って…どんな?」

『今は…わかんねぇよ。家に診断書があっから…』

要するに、生活費を工面しろ、ということだと理解した。

「とりあえず、少しお金送るから」

『なんだよ、来てくれねぇのかよ』

「だって…アキちゃんは…?」

『知らねぇよ、前に出てったきり、戻ってこねぇ』

まずい状況だと思った。異常な寂しがり屋の父には絶えず恋人がいる。…途切れると、たった1人の娘である私にすがるのだ。

…すぐに不機嫌になって、モノに当たり散らし、最後は私に殴りかかる。

ろくな男ではないが、背が高く、整った顔立ちの父は、昔からひどく女にモテて…それだけが取り柄だったのに。

「私は…仕事もあるから」

行きたくない、父の家になんて。…もう実家なんかではない。嫌な思い出しかない家だ。

母が突然失踪し、父と2人暮らしになったのは、小学6年生の頃。

それまで家のことも子供のことも、すべて母に任せきりで遊び歩いていた父と、いきなり2人にされて…父は私を家政婦のように扱った。

家事一切を押し付け、うまくできなければ平気で頭を叩く。失敗すれば頬を平手打ちして…暴力で娘を支配したのだ。

高校も、行かせてもらえなかった。担任から三者面談や進路についての話を求められても、父は学校に行くことなく、電話口でこう言っただけ。

「中学を出たら働かせる」

…子供だった自分に、父親の決定を覆すことなどできず、ただ…そうするしかなかった。

卒業すると、工場のようなところに働きに行かされた。…家を出られるのは嬉しくて、初老のおじさんやおばさんに、それなりに可愛がられたけれど…給料はすべて父親に搾取された。

お金を持てない自分に、父親の元から逃げ出す考えなど浮かばず…父の不機嫌に翻弄され…殴られ、生傷だけが増えていった。

それでも…ある時気づいたのだ。

父親にはいつも恋人らしい女の人がいて、よく家に連れてきていた。…大人の男女の交わりという、嫌な場面を目にすることもあったけれど、恋人とうまくいっている時は比較的暴力が少ない。

20歳をすぎて…やっと嘘をつくことを覚え、巻き上げられるのを見越して、先に給料からいくらか抜くことを思いついた。

…まとまったお金であれば、正確な金額にこだわらない父の性格を、好ましく思ったのは…初めてだ。

そして…貯めたお金を手に、やっと家を出た。それは同時に…父にこれまでになく、若い恋人ができた時。

桜が消えても、何の問題もなかった。

…このまま父の記憶から消えることができたら良かったのに、やはりそこまでうまくいかない。

仕事を転々とした父は、緊急連絡先に桜の名前を使いたいと言い出した。

…仕方なく、携帯番号と住まいを伝えた。

若い恋人と結婚でもして、しっかり仕事をしていると思ったのに…怪我をしたという連絡が来て嫌な予感がした。

電話は、何度もかかってきた。

このままではアパートにまで来てしまうかもしれない。そして、重病に侵されたという父を…やはり心配していた。結局訪ねてみる気になったのは、年の瀬が押し迫り、ケガと病気を抱えながら1人で新年を迎えさせるのは気の毒だと思ったから…

けれど、これがすべての間違いだったのだ。

「…でも、慣れてるんで、平気です」

どういうつもりで傷の理由を聞いてくるのかわからないけど…会ったばかりの極道に、そこまでの生い立ちを聞かせるつもりはない。

殴られて切れた唇の傷は…まだ少し痛みはあるものの、すでにふさがっている。けれど龍之介が薬をつけようとしたくらいには、生々しさが残っていた。

唇に伸びてくる指先に気づいて…桜は横たわる龍之介に背を向け、自分で唇の傷に触れる。

…そして、父に殴られたあの日を思い出した。

初めて…穏やかな正月を過ごせた、と思ったんだ。

仕方なく行った父の家には…紅白のかまぼこと伊達巻が買ってあり、一緒にお酒を飲んで…明けましておめでとう…

なんて、初めて言い合った。

父は変わった。

やっと…父親になってくれたと思った。

けれど…

だまされて連れて行かれた風俗店の看板を見て…絶望した。

「俺のために働いてくれ」と言った父。嫌だと逃げ出す私を捕まえて、その場で殴られて…唇が切れた。

「借金が膨れ上がっちまってよぅ…それを、お前で清算するんだよ」

…薄笑いを浮かべた父の顔、唇から流れた血の味を思い出して、私はギュッと目をつぶった。

…ふと後ろから、伸ばしっぱなしのクセ毛に触れられたことに気づいた。

ろくに手入れをしてない傷んだ髪は、決して綺麗なものではない。

それをなぜか…少し恥ずかしく感じた。

後ろから伸びてくる大きな手は、引っかかる毛先を優しくほぐし…そして頭を撫でてくれる。

…生まれて初めての感触に戸惑った。

さっきから、どうして私なんかに優しくするんだろう。覚悟してたのに…男が望む夜の相手もさせないで。

「…起きろ」

耳元に低い声が響いて、ハッと目を覚ました。

いつもなら、ほんの少しの物音で目が覚めるのに…起されるまで眠っていたなんて初めてだ。

部屋の中は眠ったときと同じに見える。でも多分…早朝なんだろう。

重厚なカーテンの裾から、ほんのり夜明けの気配が漏れている。

体を起こして…毛布の中でバスローブが乱れていることに気づいた。

とっさに龍之介を見ると、ちゃんと…顔を背けている。

「昨日の薄っぺらい服は捨てたぞ。下着はないが…代わりにこれを着るんだな」

渡されたのは黒いスウェットの上下。

サイズからして男物…手首と足首が出るまで何度か折り返して着た。

これで…解放されるということだろう。

「あの、お世話になりました」

唇の傷について聞かれたのに、何も答えられなかったけど…関心を持ってもらったことが、少しだけ嬉しかった。

…それに、あの風俗店に連絡しないでいてくれたことも。

「今の時間なら、起きているのは下っ端の連中だ。簡単に屋敷から出られる」

「それで…起こしてくれたんですか」

「あぁ。ここを出てどこに行くのか知らないが、お前、金は持ってるのか」

「…」

…完全に忘れていた。

所持品は、一切ない。…財布や携帯はおろか、アパートの鍵も…何もない。

「助けてもらえる友達は?」

「…いません」

龍之介は呆れたように笑ってから、顔を上げる。

「…なら、俺と一緒に来てもらおうか」

「…そんなっ!」

あの風俗店に連れ戻される…

とっさにそう思った桜は自然と身構えた。

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