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第二章 第55話 絶望に立ち向かう時

Auteur: 輪廻
last update Dernière mise à jour: 2025-06-14 11:00:00
アッカド郊外にある、大精霊パズズを祀った大神殿に辿り着いたシェイドたち……そこに広がっていたのは、正に惨憺たる光景だった。

王国軍の将兵や、精霊教会の巫女たち。皆、血を流して事切れている。中には上半身と下半身が真っ二つとなっており、文字通り見るに堪えないような無惨な状態となって息絶えている者も、ちらほらと散見された。

「──うっ……!」

噎せ返るような血の臭いや臓腑の臭いに、キリエは思わず手で口を覆う。少しでも視線を動かせば、必ず血塗れの死体が転がっている。地獄を彷彿とさせる濃厚な異臭と死の気配が、この場を支配していた。

大神殿は半壊し、半ば瓦礫の山と化している。瓦礫に上半身を圧し潰されて息絶えた巫女が、まだ死亡して間もないのか、血塗られた白く小さな手足をぴくぴくと痙攣させている様が何とも生々しい。

「……ここで、一体何が起こった?」

「……分かりません。誰か、せめて一人でも生存者がいれば話を聞けるのですが、この様子では……」

その時──

半壊した大神殿の入り口に倒れている巫女が、わずかに身動ぎしたのを、キリエは見逃さなかった。

居ても立ってもいられず、マルコシアスの背からひらりと飛び降りると、キリエは覚束ない足取りで、血を流して倒れているその巫女の元へと向かう。

「……貴方は」

「……嗚呼。その、声は……若しかして、キリエさん、ですか……」

薄らと目を開くと、倒れていた巫女──シェヘラザードは、キリエの方へと顔を動かした。苦しそうに咳き込む度、ごぼっと不気味な音を立てながら、口から大量の血が零れ落ちる。

「──っ!!」

変わり果ててしまった彼女の有り様を目の当たりにし、キリエは無意識に目を背ける。そんなキリエを見つめ、シェヘラザードは弱々しく笑った。

それもそのはず──シェヘラザードの下半身は巨大な瓦礫に圧し潰され、殆ど原型を留めていなかったのだから。瓦礫の下からじわじわと染み出てくる赤黒い血が、瓦礫の下敷きとなった彼女の下半身がどうなってしまったのかを如実に物語っていた。

誰の目にも致命傷であることは明らか……今のシェヘラザードは、ほぼ気力だけで生き長らえているに等しい状態だった。

如何に治癒魔法の心得があるキリエであっても、こうなっては最早傷を癒すことなど出来ない。治癒魔法とは即ち、身体組織を
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