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第六話「誰にも届かぬ愛の告白」

Autor: ひなた翠
last update Fecha de publicación: 2026-05-11 22:25:13

 夜の帳が下りるころ、静寂の支配する廊下を渡って、寝所への呼び出しが届いた。

 侍女たちの手で湯浴みを済ませたあと、リアンは鏡台の前に座り、重厚な装飾の施された兄の香水の小瓶を手に取った。

 最初の夜、侍女が惜しみなく振りかけたものとは違う、ごく控えめな量だ。栓を慎重に抜き、指先に一滴だけ琥珀色の雫を落とすと、脈打つ首筋の片側に祈るような心地で薄く塗り広げた。鼻の利く自分にとって、強すぎる香りは目に見えない刃と同じだった。

 鏡の中に映る自分は、どこか知らない他人のように青白い。リアンは震える手で小瓶に栓をした。

 ふと、昼間の出来事が脳裏を掠めた。汚れたハンカチを「お前の匂いがする」と囁いて、自分のポケットに収めてしまったヴァレンの指先。あの瞬間、ヴァレンが一体どんな表情をしていたのかは、霞んだ視界のなかでは捉えきれなかった。

 思い出すだけで、頬にじんわりと熱が走る。

 リアンは両手で顔を覆い、鏡の中の自分から目を逸らした。考えてはいけない。本気で受け取ってはいけないと、胸の内に冷水を浴びせる。

 寝所の重厚な扉の前で、リアンは一度だけ深く、肺が痛くなるほど息を吸い込んだ。

 扉を引き、音もなく後ろ手に閉じる。室内はいつものように燭台の橙色に染め上げられており、炎が揺れるたびに、高い天井を怪物のような影が這い回った。ヴァレンはすでに天蓋付きの大きな寝台に座して待っており、リアンが歩み寄るより早く、長い腕を伸ばしてその細い腰を力強く抱き寄せた。

 寝具の海に押し倒され、覆い被さってきたヴァレンの熱が、薄い寝衣越しに伝わってくる。首筋に吸い付くように唇が寄せられた。

 その動きが、ぴたりと止まった。

「……香水、つけているのか」

 ヴァレンの声には、地を這うようなわずかな硬さが混じっていた。

「――はい……」

 リアンは、消え入りそうな声で答えた。

 ヴァレンはしばらくの間、不気味なほど無言だった。逞しい指先が柔らかな首筋を辿り、香水を塗った薄い肌の上で止まる。触れられた場所だけが、火傷をしたように熱い。

「セレンに似せるためにつけているのなら、明日から二度と纏わなくていい」

「でも……っ」

 リアンは咄嗟に反論しかけた。

「別にお前を、妻の身代わりとして抱いているわけではない」

 ヴァレンの低く重厚な声が、リアンの言葉を無残に遮った。

 心臓が、耳元で鐘を鳴らしたかのように大きく跳ねた。

 リアンは驚愕に目を見開いた。霞んだ視界のなかで、すぐ間近にあるヴァレンの琥珀色の瞳が、獲物を仕留める猛禽のような鋭さでこちらを見据えている。妻の身代わりではない――告げられた言葉が、凍てついた胸のうちで熱を帯びて広がっていく。

(嘘だ――)

 鼓動が、痛いほどに鼓膜を打ち鳴らす。

 もしかして、本当に自分を「リアン」として――淡い期待が芽生えかけた瞬間、リアンは必死にそれを踏みにじった。寝所で囁かれる言葉を真に受けてはならない。情事のさなかの気まぐれな慰めに過ぎないのだ。

 本気で受け取ってはいけない。

 胸のうちで、溢れ出しそうな想いに蓋をする。ヴァレンの唇が再び肌の上を熱く辿り始めても、リアンの思考は冷ややかな諦めの淵へと沈み込んでいった。次の妻が決まるまでの間、自分は静かに、壊れた人形のように繋ぎの役目を果たせばいい。それで十分なのだ。それで――。

「おい」

 冷え切った頬を、軽く叩かれた。

 リアンは、はっと我に返った。すぐ目の前に、荒い息を吐くヴァレンの顔がある。瞳の奥には、明らかな苛立ちと独占欲の炎がゆらゆらと揺れていた。

「俺がお前を抱いているときに、他の余計なことを考えるな」

 ヴァレンの声は、低く威圧的に響いた。

 次の瞬間、愛撫と呼ぶべきものはすべて無造作に中断され、リアンの細い足が乱暴に左右へ割り広げられた。猛々しく滾った熱い塊が、いきなり身の奥まで一息に突き立てられる。

「あぁッ――!」

 悲鳴にも似た嬌声が、堪える間もなく唇から溢れ出した。

 昼間と同じように、何の準備も慈しみもない衝撃だった。夜の暗がりと重厚な天蓋の内側では、声を抑え込む必要はなかった。リアンの華奢な身体が、寝具の上で魚のように大きく跳ねる。

「……そうだ」

 ヴァレンが、満足そうに口の端を歪め、残酷な笑みを浮かべた。

 ぼやけた視界のなかでも、いつもと違って悦喜に歪んだ表情が、はっきりと伝わってくる。

「俺を感じろ。俺のことだけを見ろ」

 声には、隠しようのない狂おしい執着が滲んでいた。

 ヴァレンの腰の動きは、最初から獣のような容赦のなさを孕んでいた。深く、激しく、繰り返し柔らかな肉を突き上げられ、リアンの思考は真っ白な熱に塗り潰されていく。胸の奥に重く沈殿していた「繋ぎでしかない」という卑屈な呟きが、激しい律動のなかで粉々に粉砕されていった。

「あ、あっ、ああっ――!」

 声が止まらなかった。

 ヴァレンの大きな手が、リアンの細い腰を逃がさないようがっしりと掴み、自由を奪っている。視線を逸らすことすら罪であるかのように、ぼやけた視界の中央で、燃える琥珀色の瞳がただひたすらにリアンを射抜き続けていた。

「言え」

 ヴァレンが、有無を言わさぬ口調で命じた。

 腰の動きを一切緩めず、より奥へ、より残酷に突き上げながら、大きな手がリアンの顎を強引に掴んで上向かせる。

「俺だけだと――誓え」

「あ、っ、ぁ……」

 リアンは、もはやまともに言葉を紡ぐことすらできなかった。激しい揺さぶりのなかで、脳の芯までが甘美な痺れに侵されている。

「言え、リアン」

 ――名前を、呼ばれた。

 その瞬間、張り詰めていた何かが胸のうちで熱く弾けた。「セレン」ではない、「リアン」という、自分自身の名を。寝所では、これまで呪いのように名前を呼ばれることなどなかった。視界が霞むなか、ヴァレンの瞳が、いつになく真剣で、狂おしい熱を帯びてリアンだけを射抜いている。

「……あなた、だけ、です」

 リアンは、息も絶え絶えになりながら答えた。

「ぁ、っ……陛下、だけ……ッ」

「もう一度だ」

 ヴァレンの声が、欲情に低く掠れた。

「あなただけ、ですっ……!」

 答えた瞬間、ヴァレンの腰の動きがいっそう野性味を増して激しくなった。最も敏感な場所を強く押さえつけられ、リアンの全身がびくりと弓なりに震える。ヴァレンの渇きは、そこでは止まらなかった。

 ふいに、ヴァレンが身を起こし、埋まっていたものを一度奥から引き抜いた。

 喪失感という名の空虚が一気に腰を襲い、リアンは戸惑って顔を上げた。直後、強い力でその身体を引き起こされる。気がつくと、仰向けに横たわるヴァレンの体の上に、跨る形で無理やり座らされていた。

「自分で動け」

 ヴァレンが、抗いがたい威厳を持って命じた。

「えっ……」

 リアンは、あまりの屈辱に息を呑んだ。

「自分で俺を迎え入れ、腰を振るんだ」

 ヴァレンの琥珀色の瞳が、下からリアンを舐めるように見上げている。ぼやけた視界のなかでも、瞳に宿る揺るぎない熱と期待が、はっきりと肌を焼いた。逃げ場はどこにも残されていない。

 リアンは震える指で、自らの太腿の付け根に手を添えた。

 ヴァレンの硬く猛ったものに、おずおずと指を絡め、腰の位置を合わせていく。先端が濡れた蜜口に触れた瞬間、羞恥で全身が沸騰するように熱くなった。これまで、自分の意思で男を受け入れたことなど一度としてなかった。受け身でいることが許されなくなった今、リアンは初めて、自分の意思でヴァレンを受け入れるという行為の重みを、身体の中心と魂の奥底で同時に痛感していた。

 自らの重みで、そろそろと腰を落としていく。

 奥まで強引に押し広げられていく官能的な感覚に、リアンは唇を血が滲むほど噛んだ。ヴァレンを、身の内側へ、一部として飲み込んでいく。根元まで沈みきった瞬間、堪えきれない大きな吐息が漏れた。

「……上手いじゃないか、リアン」

 ヴァレンが、愉悦に声を潜めて低く笑った。

 リアンの頬が、屈辱と、それを上回る羞恥で鮮やかな朱に染まる。もう止まることはできなかった。両手をヴァレンの硬い胸板につき、腰を上下に動かし始める。慣れない動きにリズムはすぐに崩れ、無様な姿を晒してしまう。ヴァレンは一切手を貸そうとしなかった。ただ寝具の上に逞しい腕を投げ出し、下からリアンの乱れた姿を凝視し続けている。

「あ……っ、んっ……」

 奥に当たるたび、口から漏れる声が、いつもとはまるで違う淫らな響きを持っていた。

 受け身で翻弄されている間は、ヴァレンの動きに抗えないという言い訳ができた。今は違う。自分の腰の動きで、自分の身体の奥へと、自分でヴァレンという男を誘い込み、迎え入れている。逃げ場のない快楽が、リアンの理性を音もなく剥ぎ取っていく。

 いつしか、頭のなかから「次の妻」という呪縛の言葉が消えていた。

 ただ、ヴァレンを見つめることしかできなかった。下から自分を射貫く琥珀色の瞳。動きがわずかでも緩めば、ヴァレンの眉が苛立たしげに寄せられる。リアンは慌てて、さらに腰の動きを早めた。ヴァレンに見られている。ヴァレンに、もっと満足してもらわなければならない。熱狂の渦のなかで、リアンの世界には、ヴァレンという男しか存在していなかった。

「……いい子だ」

 ヴァレンが、満足そうに細めた目でリアンを褒めた。

 その一言で、リアンの胸に眩い灯りが点ったような感覚が広がった。褒められたい。ヴァレンにもっと喜んでほしい。リアンは無意識のうちに、腰の動きを限界まで激しくしていた。

「ぁ、っ……陛下、っ……!」

「呼んでみろ。俺の名を」

「ヴァ、レン……様……ッ!」

 名を呼んだ瞬間、ヴァレンがふいに、リアンの腰を鋼のような両手で掴んだ。

 今度は下から、落雷のような激しさで突き上げられる。リアンが自分で動いていたのとは比較にならない剛力で、身の深部を執拗に、壊すかのように突かれた。華奢な身体が、寝具の上で幾度も大きく跳ねる。

「ああっ、ああっ、もう、っ――!」

「言え。お前は誰のものだ」

「あなたの……ッ、ヴァレン様の、ものですッ……!」

 狂ったように答えた瞬間、リアンの全身が強烈に痙攣した。

 未曾有の絶頂が、頭のてっぺんから足のつま先まで稲妻となって駆け抜ける。ヴァレンも同時に動きを止め、奥処で熱い奔流を、その全てを解き放った。リアンはヴァレンの広い胸の上に力なく崩れ落ち、荒い呼吸を繰り返しながら、意識が遠い場所へと連れ去られていくのを感じた。

 まだ、深く結ばれたままだった。

 ヴァレンの大きな手が、リアンの背中を、壊れ物に触れるような慈しみで撫でている。霞む意識のなかで、リアンはヴァレンの力強い胸の鼓動が、自分の早鐘と溶け合っていくのを、ただじっと聞き入っていた。

 やがて、視界は心地よい暗闇へと沈んでいった。

 次に意識が戻ったとき、室内の燭台は、たった一つを残してほとんどが落とされていた。

 ぼんやりと残る一つの灯火が、寝台の周囲を柔らかな薄橙色に染めている。リアンは横向きに寝かされ、ヴァレンの重厚な腕がリアンの腰の上に、鎖のように重く乗せられていた。規則正しい寝息が、すぐ隣の暗闇から聞こえてくる。

 リアンは痛む体をいたわりながら、そろそろと首を巡らせた。

 ヴァレンの寝顔が、吐息が届くほどの距離にあった。視界が霞んでも、表情の輪郭はかろうじて捉えられる。漆黒の髪が乱れて額にかかり、昼間は固く結ばれていたはずの口元が、眠りのなかでは嘘のように穏やかに緩んでいた。

 昼間、家臣たちの前で見せていた氷のように冷徹な表情とは、まるで別人のようだった。

 リアンはそっと指先を伸ばし、ヴァレンの整った頬に、羽が触れるほどの慎重さで指を添わせた。寝息が乱れないか怖くなり、思わず息を止める。ヴァレンは目を覚まさず、深い安らぎのなかで眠りを刻み続けている。指先に伝わる肌の確かな温もりが、リアンの胸のうちを引きちぎれそうなほど締めつけた。

「……僕は、ずっとあなただけです」

 囁くような、夜の静寂に溶ける声で、リアンはヴァレンの頬に告白した。

「これからも、死ぬまで、ずっと――」

 リアンはヴァレンの胸に、そっと縋るように顔を埋めた。

 高価な香木の匂いと、男らしい汗の匂いが混じり合って、鼻先を満たしていく。心臓の音が、すぐ近くで生きている証を刻んでいた。リアンはその鼓動に耳を澄ませながら、声に出せない言葉を続けた。

(陛下が新しい正妃をお迎えになって、僕が用済みとして捨てられても――僕は、ずっとあなただけを愛していますから)

 今この夜、ヴァレンの胸のなかで鼓動を聞いていられる時間さえあれば、一生分の幸福には十分すぎた。

 リアンの目から、熱い涙が溢れた。

 ヴァレンの腕の重みと、胸の鼓動の温かさを全身で受け止めながら、深い眠りの淵へと沈んでいく。

 外では冷ややかな夜風が庭の木々を撫で、どこかで夜鳥が鳴いていた。

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  • 毒を孕んだ身代わりオメガ〜復讐の代償は皇帝の寵愛だった〜   第二十四話「白金の遺言」

     深い闇の底から、リアンの意識はゆっくりと浮上していった。 最初に感じたのは、規則正しい鼓動の音だった。耳元のすぐ近くで、誰かの心臓が、確かなリズムを刻み続けている。次に、温かな体温。逞しい腕が、自分の華奢な身体を包み込んでいる感触。その安心感に、リアンは一瞬、自分がどこにいるのかを忘れそうになった。(――死んで、ない?) 重い瞼を、ゆっくりと押し上げる。 霞んだ視界の中に、見慣れた天蓋が広がっていた。寝室——ヴァレンの寝所だ。窓から差し込む光の角度から、もう昼を過ぎていることがわかった。リアンの身体は、淡い寝衣に着替えさせられ、絹のシーツに沈み込んでいた。 すぐ隣で、ヴァレンが寝台の縁に腰掛けて、リアンの顔をじっと見つめていた。 その輪郭は、いつもの皇帝の威厳を僅かに失っていた。漆黒の上着の襟元は乱れ、髪も整えられていない。自分の眠っていた間、ヴァレンがずっとそばで見守り続けてくれたようだ。「……陛下」 リアンは、掠れた声で呼んだ。 ヴァレンの琥珀色の瞳が、深い安堵に揺れた。けれども、その奥には、抑えきれない怒りがまだ燻っていた。大きな手がリアンの頬を包み込み、親指でゆっくりと撫でる。その指先からは、僅かな震えが伝わってきた。「目を覚ましたか」 ヴァレンの声は、低く、震えていた。「よかった……もう、駄目かと思って――」 言葉が、最後まで続かなかった。 ヴァレンの肩が、僅かに震えている。リアンは、その震えに気づいて、胸の奥が痛んだ。死のうとしていた事実が、この男にどれほどの恐怖を与えたか——今、その全貌を知った気がした。最愛のセレンを失った男に、再び同じ絶望を与えようとしていたのだ。 残った側の気持ちを全く考えていなかったと反省する。(罪を犯したから、消えるのが一番だと思ったけど――違うのかもしれない)「陛下、ごめんなさい」 リアンは、震える指でヴァレンの手を握った。「ばか者が」 ヴァレンの声に、抑制された怒りが滲んだ。「罪を、あんな形で清算しようとするとは……許さないぞ」 リアンは、目を伏せた。「殺した罪は、僕が背負わなければなりません。だから——」「殺した罪? なんのことだ」 ヴァレンが、リアンの言葉を遮った。 リアンは、目を見開いた。「え……? だってモルセルに毒を」「モルセルは妻殺しの罪で、処刑した。

  • 毒を孕んだ身代わりオメガ〜復讐の代償は皇帝の寵愛だった〜   第七話「月影草の残り香」

     離宮の片付け作業の合間、僅かに陽の差し込む穏やかな昼下がりだった。 リアンは南向きのテラスで、指先に春の名残のような日差しを感じながら、静かに針を動かしていた。石造りの床は午前の光をたっぷりと吸い込んでおり、素足に履いた柔らかな室内靴越しにも、じんわりとした温もりが伝わってくる。頬を撫でる風は心地よく乾いていて、咲き誇る花の香りと瑞々しい芝の匂いとを、ほどよく入り混ぜた淡い甘さで鼻先を満たしていた。 糸を引き、針を通し、一針ごとに細やかな模様を白布に編み込んでいく。 この日、国王ヴァレンはリアンの部屋へ、午後の茶を共にすると知らせを寄越していた。中庭で刺繍をしているところを見つかって

  • 毒を孕んだ身代わりオメガ〜復讐の代償は皇帝の寵愛だった〜   第五話「白日の密やかなる蹂躙」

     謁見の間の天井は、見上げるたびに首が痛くなるほど高かった。 リアンの霞んだ視界には、天井に描かれているはずの繊細な装飾画は届かない。ただ、頭上から降り注ぐ柔らかな光と、無数の燭台が放つ橙色の光だけが、ぼんやりと混ざり合って広間を満たしているのが感じ取れた。空気は冷ややかに張り詰めており、磨き上げられた大理石の床から這い上がってくる冷気が、薄絹の衣装越しに足首を撫でていく。 玉座の前から数歩離れた位置に、リアンは静かに立っていた。 兄の正妻としての地位を継ぐわけではなく、ただ皇帝陛下の慰みものとして城に上がった身である。家臣たちの並ぶ場での扱いは、ある意味で当然のものだった。それでも、

  • 毒を孕んだ身代わりオメガ〜復讐の代償は皇帝の寵愛だった〜   第四話「残り香の檻」

     皇帝の居城にある一室が、リアンに宛がわれたのは、最初の夜から三日後のことだった。 家臣団からの命は、拒絶を許さぬほどに簡潔だった。陛下の慰みものとして、城に上がること。そして、護衛として騎士を一名帯同することを許可する、というものだ。「――承知いたしました」 リアンは静かに答え、傍らに控えるルシアンに視線を向けた。ルシアンは何も言わずにただ一度、深く頷いた。その瞳に宿る光だけで、言葉にせずともすべてが伝わった。 与えられた部屋は、エルスヴェイルの屋敷の客間よりも広く、置かれた調度品も一級品ばかりだった。窓からは広大な城の庭園が見渡せ、朝になれば木々の葉が陽光を反射して、宝石のように

  • 毒を孕んだ身代わりオメガ〜復讐の代償は皇帝の寵愛だった〜   第三話「微熱の余韻」

     目が覚めたとき、室内は白く満ちていた。 夜のうちは何も見えなかった窓が、朝の光を透かして薄い金色を帯びている。リアンは重い瞼をゆっくりと持ち上げ、天蓋の布が視界に入るのを確かめてから、自分がどこにいるのかを思い出した。身体の節々が鉛のように重く、腰の奥には鈍い痛みが居座っている。シーツは汗で湿り、自分の体温とは別の熱が、まだそこに色濃く染み付いていた。 リアンはゆっくりと首を動かした。朝の光の中では、昨夜の熱情よりもずっと鮮明にヴァレンの姿が見えた。枕に漆黒の髪が広がり、整った輪郭が静かな寝息を刻んでいる。眠っている顔は、昨夜、無理やり自分を抱いたときの苛烈さとは切り離されたように穏や

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